第十一話 報告とか、事後の余波とか
私は興奮していた。昼間、畑仕事などを手伝いながら、顔には出していないつもりだけど。内心は、セピイおばさんから聞いた話が気になって、仕方がなかったのだ。
太陽が天辺をちょっと過ぎたくらいの時。私はセピイおばさんから、マルフトさんのお墓を教えてもらった。もちろん私は、マルフトさんに感謝の祈りを捧げた。そして(あなたの不在を埋めるように、オペイクスという人物を知ることができた)と報告した。心の中で。
ふふ。セピイおばさんは、私が何の願掛けをしているのか、と不思議に思ったかも。
美少女イリーデちゃんも傑作だし。
何より嬉しかったのは、自分の祖先、家族の様子を詳しく聞けたこと。私は嬉しすぎて、昼間、勘違いしかけたくらいだ。お爺ちゃんやお婆ちゃんがまだ生きていて、セピイおばさんが「兄さん」とか「義姉さん」とか呼びかけそうに思えたのだ。しかも、ひいお爺ちゃんとひいお婆ちゃんも近くに住んでいたりして。
もちろん、そんなはずはない。お爺ちゃんは七年前に亡くなっている。お婆ちゃんは、さらに、その前。
あの時も、セピイおばさんは里帰りしてくれた。兄であるお爺ちゃんのために急きょ駆けつけたから、お土産とかは無かったけど。
幼かった私でも覚えている。おばさんが到着したと知るや、お爺ちゃんは二人きりで話がしたいと言い出した。叔父さんたち家族はもちろん、私たち家族にも席を外させて。
父さんは、盗み聞きのつもりはなかったが、壁越しに聞いてしまったそうだ。病床についたお爺ちゃんが、セピイおばさんに謝るのを。静かに泣きながら。
(自分たちは村のために、セピイを人身御供にした)
お爺ちゃんは、そういうふうに気に病んでいたんだろう。それが父さんの見立てだった。父さんは去年、それを私に話してくれた。
マルフトさんのお墓参りでは、セピイおばさんと二人きりだったから、私は父さんの見立てについて話してみた。
セピイおばさんは、ほんの少しだけ笑った。
「どっちも考えすぎだよ。兄さんも。兄さんの息子である、あんたの父さんもね。
昨日、話しただろ。兵士がブツクサ言っていたって。あの通りなんだよ。そりゃ、モラハルトの時みたいにひどく嫌な事も、たまにはあったさ。でも、私なりに、いろいろと好き勝手させてもらったんだし。贅沢なもんだよ」
そう言いながら、セピイおばさんは遠くを見ていた。私の目を見て言ったわけではない。
贅沢だった、と言うけど。女中になりたいという私の意見には、おばさんは、まだ反対なんだろうな。私は、そう推測した。
また夜が来た。今夜は晴れて、月も星も瞬いている。
私とセピイおばさんは、離れの一つで向かい合って座る。何番めの離れか、なんて、どうでもいいや。今は、おばさんの話を追いたい。
話の舞台は、またメレディーンに戻った。
城に帰還した、おばさんたち一行がするべき最重要課題。それは何と言っても、ヌビ家の党首アンディンへの報告である。もちろん報告はオペイクスがするのだが。若き日のセピイおばさんも同席した。
オペイクスの報告は、前半は順調に進んだらしい。
同席して、セピイおばさんにも、やっと事情が分かった。熟練の騎士ロンギノがヌビ家を去る寸前だったのだ。
原因はツッジャム城の新城主パウアハルトである。このモラハルトの傲慢な息子は、年長者ロンギノの意見に耳を傾けるどころか、敬意も払わず、むしろ蔑ろにした。パウアハルトが大勢の前でロンギノを侮辱した事も、一度や二度ではなかったらしい。
そんな事が重なって、ついに一度だけロンギノも剣を抜きかけた。この時は、同僚の騎士がパウアハルトより先に気づいて止めたので、事無きを得たが。ロンギノはその直後に『もうヌビ家から離れたい』とこぼしたのである。
聞かされた同僚は急いで手紙を書いて、党首アンディンに事態を知らせた。そしてアンディンは、ロンギノを引き留めるべく、オペイクスを派遣したわけである。ただしパウアハルトに気づかれないように、セピイおばさんの里帰りを隠れ蓑にして。
セピイおばさんの話を聞きながら、私は当時の党首アンディンに賛成だった。何しろ、ロンギノはオペイクスと並ぶ好人物なのだから。若き日のおばさんにとって貴重な味方だっただろうし、そこはヌビ家も同じはず。
ゲスタスの無礼に耐え、マムーシュの無礼にも耐えて、さらにはパウアハルトの横暴さにも耐え続けて。なんて苦労性な騎士様だろう。
これほどの功労者をみすみす他家に取られるとあっては、なるほど、党首としては断固阻止すべきである。
幸いオペイクスには、かつてロンギノに部下として仕えていた時期があった。彼もロンギノを尊敬していたらしく、党首から与えられた任務に意欲が湧いたことだろう。
党首アンディンはオペイクスを派遣するにあたって、手ぶらでは済まさなかった。ロンギノほどの人材に、ただ我慢しろ、では話にならない。ちゃんと希望を持たせなければ。アンディンがオペイクスを介して、ロンギノに届けさせた希望。それは要するに、ヌビ家の将来性。その後の予定である。
党首アンディンの計画は、こんなだった。
まず聞き分けの悪い甥のパウアハルトをツッジャム城から引き離す。そのために、自分の妻キオッフィーヌのつてを頼る。彼女の伯父は畏れ多くも、当時のヨランドラ国王だ。この国王もしくは王弟の一人に、パウアハルトを預けようというのである。
王家直属の騎士。それが、パウアハルトに餌として与える肩書きだ。表向きは、いかにも派手な出世話である。
しかし、その内実は。代わりにツッジャム城を取り上げて、ヌビ家には戻さない。もし戦争などで王族の指示通りに戦って死んだら、それまで。むしろ王族のために死んだ、という名誉を賜る。それだけである。
パウアハルトが王族の元でどれだけ長く働けるかは、もう問題ではない。次はツッジャム城をどうするか、だ。もちろん、女狂いのモラハルトを城主に戻すわけにはいかない。ツッジャム城一帯の住民の心が旧城主の弟から離れている事は、党首アンディンも分かりきっていた。
そこでアンディンが白羽の矢を立てたのは、自分の次男である。ただし次男は、都アガスプスで騎士として修行した長男に比べて、武術の練度が追いついているとは言い難かった。長男と違って、修道院で学んだ何ヶ月かが差し挟まったりするからだ。それを補うべく、党首アンディンは次男を、もう一人の弟オーデイショーが城主を務めるロミルチ城で修行させるなどした。
その次男を、ツッジャム城の新城主として据える。その際に補佐役としてロンギノが居るか居ないかは、大違いなのだ。
ちなみに、長男は父アンディンからメレディーン城を引き継ぐ予定。当然の事として、ヌビの家中でも領民たちの間でも、そう認識されていた。実際にそうなったのは、また少し後の話だが。
私も、セピイおばさんの話を聞きながら思った。昔の事とは言え、お爺ちゃんお婆ちゃんたちをはじめ、領民の安寧を願えば、ロンギノのような人物にはツッジャム城に残ってほしいな、と。
幸い、セピイおばさんの話は、私の願い通りに展開した。オペイクスが元上官ロンギノの説得に成功したのである。あまり感情を顔に出さないと言われた党首アンディンも、これには喜んだ。すぐさま妻キオッフィーヌに、国王への手紙を頼んだほどだった、とか。
以上が、オペイクスの報告の前半である。これだけで済めば、オペイクスも気苦労が無かっただろうに。オペイクスには、しなければならない大事な報告が、もう一つあった。言うまでもなく、イリーデちゃんの暴挙だ。
「やっぱり報告しなきゃならないのかなあ」
私はオペイクスに同情して、つい口をはさんでしまう。
「そりゃ、そうだよ。って、あんた、何でオペイクス様がイリーデのやった事を報告しなきゃならないか、分からないのかい?」
「イリーデとブラウネンの婚約が党首アンディンたちの肝入りだからでしょ」
「なんだ、分かっているじゃないか。話をつっかえさせないでおくれよ」
「でも、いかにも、へんな話だよ」
「まあ、分かりにくいという意味では、あんたの言う通りだね。私とイリーデという年頃の娘二人に自分の裸を見せて済ませました、だなんてねえ。オペイクス様も、さぞかし話しにくかっただろうよ。でも、報告するしかないさ。それがご党首様の方針なんだし、イリーデとブラウネンのためでもある」
二人のため。たしかに私も、そう思う。いくらオペイクスが良い人でも、歳が離れ過ぎるのはなあ。私が現場に居たら、イリーデちゃんに勧める気にはならない。
で、私は、ふと思った。「セピイおばさんは、オペイクスを好きになったりしなかったの?」
セピイおばさんは微笑みながら、顔を横に振った。
「私から見ても、歳がねえ。お兄さんと言うより、叔父さんに近いような。
そもそも私は、まだソレイトナックを諦めきれていなかった」
と答えて、また私と目を合わさない。もしかして、こうして話している今もソレイトナックが忘れられないのかな?
「それよりオペイクス様の報告だが」
セピイおばさんは話を戻した。
「急速に、ご党首アンディン様が様子が変わったよ。とは言え、怒鳴り散らしたりはしないし、顔色も変わらない。そんなアンディン様の姿を、私は結局、一度も見なかった気がするね。だが、この時は、アンディン様を包む空気のようなものが明らかに変わった。暗く、重たいものになったんだよ。私には、そう思えて仕方なかった。
オペイクス様は平謝りだが、元よりオペイクス様が悪いわけじゃない。私も証人として弁護しようとしたが、アンディン様から途中で止められた。最後まで聞くまでもない、と。
ため息混じりだったけど、アンディン様はオペイクス様におっしゃった。『そなたに任せて正解だった。オーカーやアズールだったら、今頃どうなっていた事やら』と。
オペイクス様の二つ目の報告自体は、これで済んだよ。アンディン様が長引かせたりしなかったんでね。
ただ、お話は少し続いた。ご党首アンディン様は、こんなことをおっしゃったんだ。
『これを機にセピイも覚えておいてくれ。私は欲張りなのだ。
美貌のイリデッセンシアを身内に与えても、それはその者が喜ぶだけ。政略結婚としては効果が小さい。
それより、イリデッセンシアとブラウネンの結婚を後押しすることで二人の親たちに恩を売り、ヌビ家への忠誠心を起こさせた方が得というもの。私は、そう思う。
ならば、私が党首としてイリデッセンシアに頭ごなしに命じれば済む話、ではある。
しかし、ただ命じるだけでは、だめだ。イリデッセンシアに自覚してもらわねば。ブラウネンと夫婦になることで、二人の親族が結びつきを深める。その上で、二人の親族はヌビ家に従う。それがイリデッセンシアに求められていることなのだ、と』
この辺りまではオペイクス様にも聞かせているような話し方だったんだが。後は、はっきりと私だけに向けた言葉だった。
『よって、もう一働き、頼むぞ、セピイ。イリデッセンシアの教育は、もちろん我が奥に任せる。そなたは我が奥を補佐して、イリデッセンシアが結婚を自覚するよう促すのだ』
私は『尽力します』とお答えしたよ」
うーん。おばさんには悪いけど、私は、また口をはさみたくなった。
「たしか、ビッサビアも似たようなことを、おばさんに言いつけてなかったっけ?」
「そうだよ。その辺りまで、イリーデはヒーナ様に似てしまったんだ。
しかし、ありがたいことに、夫は正反対だったよ」
セピイおばさんは静かに微笑んだ。
そうなるとブラウネンの人となりが知りたくなるし、早く登場してほしいのだが。
物事には、しかし順番がある。ブラウネンの前に、キオッフィーヌだ。
彼女は、夫アンディンとオペイクスを一度退室させると、セピイおばさんにイリーデを呼びに行かせた。それで改めて、報告と言うか、イリーデの言い分を聞くわけだが。
「奥方様は呆れながらも、優しく、粘り強くイリーデから話を引き出そうとしてくださった。しかし何度、確認しても、よく分からなかったねえ。イリーデが何でブラウネンを毛嫌いするようになったのか。奥方様は私にも同じ事をお尋ねになったが、私もイリーデ本人から聞かされていないんで、答えようもない。
結局、奥方様はイリーデの心境を、こう解釈した。稀に見るお人好しのオペイクスが目の前に現れて、珍しかったんだろう、と」
うーむ、と私は心の中でうなる。今回は、何とか声には出さなかった。半々だな、と思ったからだ。
珍しい男に目が行くことは、私にもある。年に何回か、城下町の商人のお使いが何かの用事で、村長である父さんを訪ねて来る。大抵は父さんと似たような中年男だが、若い男が来る事も無いわけじゃない。そして私には、そういう男が垢抜けて、いかにも街の住人らしいと思えてしまうのだ。だから若き日のセピイおばさんがニッジ・リオールにほだされたのも、ちょっと分かる気がする。
だからと言って、そんな心境を素直に認めるか。認めにくいなあ。特に、世馴れた年上のお姉さん方に言われた日には。その男が物珍しかっただけよ、なんて子供扱いにしか聞こえない。
もっともキオッフィーヌほどの貴婦人がイリーデちゃんを子供扱いしてしまうのは、仕方ない事なのだが。
イリーデは認めなかった。自分は真剣に相手を吟味して、その上で真に素晴らしい男性を見つけたのだ、と主張して憚らなかったのだ。セピイおばさんの話にまぎれて、キオッフィーヌのため息が聞こえてきそう。
後世の聞き手である私は、イリーデを応援してあげたいけど、この気持ちは応援できない。そもそも相手、オペイクスの方は乗り気じゃないんだし。
むしろ、私は奥方キオッフィーヌの方に同情してしまう。きっと、意固地になったイリーデを持て余したんだろうなあ。歳の近い美少女より、おそらく母さんと同じくらいの歳であったろう奥方様に共感するなんて、私は自分自身にびっくりだ。
しかし、さすがは奥方様と言おうか。キオッフィーヌは手をこまねいてばかりではなく、ちゃんと方針を示してみせた。イリーデにブラウネンとの結婚を延期するよう、言い渡したのである。婚約破棄ではなく、延期。
『ブラウネンとの縁を切り捨てる前に、もう一度、彼をよく観察してみなさい。危うく、もったいない事をするところだった、と気づくかもしれませんよ』
セピイおばさんが言うには、奥方キオッフィーヌはイリーデに、いたずらっぽく微笑みかけたそうだ。
優しい命令だと思う。別れる方は、いつでもできる。しかし一度違えた仲を戻す方は、簡単には済まないのだ。て言うか、ほぼ無理。友達付き合いしか無い私でも分かる。
と言うわけで、方針が定まったキオッフィーヌは、夫アンディンに報告して、了承を得ることにした。そのために今度は、セピイおばさんにアンディンを呼び戻しに行かせたのである。
それは大して手間取らなかった、とセピイおばさんは言う。中庭、つまり党首の書斎から、そう離れていないところに、党首アンディンは居た。オペイクスを含め、五、六人と立ち話をしていたのである。その中に少年が一人、混じっていた。これがブラウネンだった。
『どうやら女同士の話は済んだようだな』
アンディンはセピイおばさんを見るや、そう、つぶやいた。そしてブラウネンにも書斎に来るよう促した。話の流れを見越して、イリーデに会いに来たブラウネンをつかまえてくれていたわけである。
生真面目なオペイクスは、改めて同席したいと主君アンディンに頼んだ。この時点でまだ事情を知らされていないブラウネンは、それを不思議に思ったことだろう。
改めて、党首の書斎に一同が集まった。党首夫妻、婚約中の若い二人、彼らの関係者であるオペイクスとセピイおばさん。
「ブラウネンは、まあ、かわいそうだったよ」
セピイおばさんは当時を思い出して、苦笑いを浮かべる。
「まず奥方キオッフィーヌ様が、イリーデ本人に告白させたんだ。旅行中にどんな事をやらかしたのかを、ね。イリーデと来たら、ご党首夫妻の御前なのに、ふくれっ面で誰の目も見ないで告白したよ。一度オペイクス様を恨めしげに見たんだったかな。
一方、ブラウネンは半泣きの顔で、愛しの婚約者と無実のオペイクス様を交互に見る。何度も、何度も、だよ。口は開きかけていたが、なかなか言葉を出せずにいた。
それでオペイクス様は気の毒に思ったんだろう、ご党首夫妻から発言の許可をもらった。オペイクス様は、たしかブラウネンに、こんなことを言ったよ。
『気にするな、と言っても無理だろうが、それでも言わせてもらうぞ。今回のイリーデの振る舞いは、気の迷いのようなものだ。後々になって振り返れば、何で、このオペイクスなんぞに関心を持ったか、彼女自身も不思議に思うだろう』
するとイリーデは、すかさず否定するんだ。『そんなこと、ありません。私は本気です』とか語気を強めて。
私は長引くかと心配したが、キオッフィーヌ様が、やんわりと制した。
『そのあなたの本気を確かめるには、時間がかかるでしょう。だから延期という形を選んだのですよ。
ブラウネンには、イリーデの保険になってもらいます。辛抱強くイリーデを待ってあげなさい。いいですね?』
なんて言われて、ブラウネンも半泣き顔のまま、了承するしかない。元よりブラウネンだって、美少女イリーデを諦めたくなかっただろうからね」
「しかし、保険だなんて、露骨だね」
私は例によって、口をはさまずにはいられなかった。貴婦人たるキオッフィーヌがそんな言い回しをするとは予想もしなかったのだ。
「わざとだよ。遠回しだが、キオッフィーヌ様はブラウネンに『しっかりしなさい』と促したのさ。『保険なんかじゃなくて、イリーデの本命になりなさい』とね」
セピイおばさんは平然と言う。
「で、党首アンディンも、この奥さんの方針に同意したわけね」と私。
「ああ。これで、へんな報告会も、ようやく片付いた。
ただし具体的な実行は、この後だ。
まず女中頭であるノコさんが私と一緒に、キオッフィーヌ様に呼び出された。キオッフィーヌ様はノコさんにも事情を説明して、私と二人してイリーデをよく見張るように、とおっしゃったよ。ノコさんも、少しでも気になる様子があったら、キオッフィーヌ様に報告する、と約束していた。
ノコさんも、さすがにキオッフィーヌ様の前では出さなかったが、退室した途端に苦い顔をしていたね。
で、肝心のイリーデなんだが、修道院に通わされることになったよ。前に、ご党首夫妻の令嬢が修道院に居られるという話をしただろう。そう、ヒーナ様の従姉妹にあたるお方だ。馬車を仕立てて、その方の元に定期的に通うのさ。表向きは、キオッフィーヌ様とその姫様という親子間の手紙の配達。でも実際は配達のついでに、イリーデは修道院長様からありがたい講義を受ける。結婚に備えての心構えとか、貞操の大切さとか。姫様に見守られながらね。こちらが、イリーデに課せられた、本当の任務というわけさ。
ご党首夫妻は、さらに気を利かせて、ブラウネンにイリーデを出迎えさせたり、護衛として同行させたり、したよ。イリーデが意固地にならないよう、加減もした上で、だ」
「手が混んでいるなあ」と私はつぶやいてしまう。
「それだけ肝入りの縁組みってことさ。
一方、オペイクス様の方でも外出が多くなった」
「ふふーん。オペイクス自身が買って出たんでしょ。おばさんの里帰りを早めに切り上げた時と同じで」
「ご明察。メレディーン城内でイリーデと鉢合わせにならないよう、イリーデが修道院に行かない日は、ご党首様から何とか用事をもらって出かけていたらしい」
「ぷぷっ。せっかく騎士になったのに、美少女から逃げ回るなんて、おめでたいと言うか、贅沢な話ね」
「ちょっと。あんたは他人事と思って笑っているが、巻き込まれた私やオペイクス様は大変だったんだよ」
セピイおばさんは顔をしかめた。
「でも、さすがにイリーデも、自分が避けられていることに気づいてね。自制心が効かなくて、城内のどこに居ても、ぼやくんだ。いくらご党首夫妻やオペイクス様が関係者に口止めしても、それじゃ、旅行中の一部始終が噂になっちまうよ」
「同行した兵隊さんや使用人さんたちは、ちゃんと黙っていたのかな?」と私は意地悪な質問をしてみる。
途端にセピイおばさんは目と唇を細くして一度、私を睨んだ。
「予想がついているんなら、聞かなくてもいいじゃないか。
もちろん連中も城内で言いふらしたりはしなかったさ。しかし、それでも、いつの間にか城詰めの全員に、イリーデの事件が知れ渡っていた。おそらく兵士たち、使用人たちが陰で、ごく一部の者にだけ内緒とか断ってから話したんだろう。しかし無駄な断りだよ。噂話の格好のネタなんだから。
それに、兵士たちも使用人たちも男だ。ブラウネンみたいに婚約者になれないにしても、稀代の美少女には興味津々だったんだろう」
「言わずにはいられなかったんでしょうね」
私は、ひひっと笑うのを止められなかった。
「こら。それくらいにしておきなさい。あんまり他人を笑っていたら、いつか泣きを見るよ。あんただって近い将来、必ず好きな男ができるはずだ。その時、周りから好き勝手に笑われたら嫌だろ」
うぐっ、調子に乗りすぎた。私は大人しく謝って、話の続きをせがんだ。
「とにかくメレディーン城内は、イリーデの噂で持ちきりになった。もちろん、みんな、ご党首夫妻の御前では控えていたよ。叱責されるのが目に見えている。女中たちもノコさんの目を恐れて、場所と時を選んでいた。イリーデが修道院に行っている時とか。
ついでに、と言おうか、オペイクス様を笑う者も少なくなかったねえ。私の里帰りに同行しなかった方の使用人たちが言っていたよ。『あの人も騎士のくせに意気地が無えな。気が知れねえよ』とか。要するに、この村の下世話な田舎者どもと同じ反応なのさ。メレディーンなんて都会に住んでるのに」
セピイおばさんは呆れ顔で、ため息をつく。人間、やることは一緒だね、なんて口をはさみたくなったが、私は叱られたばかりなので我慢しておいた。
セピイおばさんの話は続く。
「城内が浮ついたと言うか、へんな空気なったねえ。特に、ブラウネンが好奇の目に晒されていた。考えてみれば、男が振られそうになるなんて、笑い話には持ってこいだ。ブラウネンとイリーデの婚約を羨んでいた男どもも、ざま見ろ、とか思っていたんだろう。
とは言えブラウネンも一応、貴族の一員だ。使用人たちも女中たちも面と向かっては、からかったりしなかったよ。
ただし、騎士のオーカーさんなんかは違ってねえ。自分の方が目上と思って、遠慮無しなんだ。ある時、唇をかみしめて立ち尽くすブラウネンにわざわざ近寄ったと思ったら『オペイクスの旦那に感謝しろよ』と来た。一応、小声なんだが、顔がニヤついているから、忠告になっちゃいない」
「何だかんだ言って、オーカーもブラウネンが羨ましかったんじゃない?」と私は、すかさず割り込んだ。
「ああ、私もそう思って、オーカーさん本人に言ってやったよ。そうすることでブラウネンを応援できると期待してね。
ところが、全く効き目が無かった。オーカーさんはムッとするどころか、逆に無駄口を増やすんだよ。
『そうなんだよ、セピイちゃん。俺は、イリーデちゃんみたいな超絶カワイコちゃんと婚約できたブラウネン君が羨ましくて羨ましくて、仕方ないんだ。
ブラウネンも、イリーデちゃんを諦める時は俺に言ってくれよ。真っ先に立候補するから』
とか何とか、話が長くなって。
ブラウネンは顔を引きつらせながらも、やっとこさ『そんな予定はありません』とか返した。
そしたらオーカーさん、今度は私に顔を向けるんだよ。『聞いたかい、セピイちゃん。こんなわけで俺は、さみしい独り身だぜ。俺の相手、してくれよ〜』だとさ」
「いい性格してるわねえ。悩みとか無いんじゃない?」
「ふっ。たしかに私も、あの人が悩んでいる姿なんか、見た事が無いよ。
それに私としては、オーカーさんからもソレイトナックの存在を否定されたような気がして、腹も立った。『私だって婚約者がいるんですからねっ』なんて力んで言ったものの、ちょっと涙がにじんでしまったよ」
「もしかしてオーカーはその後も、おばさんにしつこく言い寄ったの?」
「そんな事は無いさ。色男さんにしてみれば、軽い冗談だよ。本気で言っているわけじゃない。
だから、あんたも、この手の男の言うことなんか、真に受けるんじゃないよ、絶対に。
実際オーカーさんは、城内の通路の先にご党首様の姿を見かけるや否や、そそくさと雲隠れしたんだ。私に対する関心も、その程度ってことさ」
ふうむ。私は声を抑えて唸ってしまう。もちろん私だって、男どもの軽口なんか信じるつもりはない。でも、突っぱねてばかりも寂しいような。なんて本音は、まだ、おばさんには聞かせない方がいいだろうし。
「しかし困ったわね。オーカーとか、うるさい外野は放っておくにしても、肝心のイリーデちゃんはブラウネンと仲良くする気が無いんでしょ?」
「そこなんだよ。ブラウネンが一生懸命に話しかけても、あの子ったら、生返事ばかりでね。ブラウネンに対する接し方が、他の男どもに対する時と、なんら変わらないんだ。わたしゃ、二人を見ていられなかったよ」
「あちゃー」
言ってしまって、私は思い出した。カーキフとベイジの話の時も、私は言ったんだった。
「大丈夫かな、ブラウネン。カーキフみたいなことにならない?」
「まあ、片想いって点は共通しているね。でも事情は、いろんなところで違っているよ。
しかし、私が困り果てたというところも共通していたか。
散々迷って、私はシルヴィアさんたち、姉さん女中にも相談してみたんだ。
シルヴィアさんは『そうねえ』と言ったっきり、苦笑いしていたっけ。
意地悪だったのが、スカーレットさんだ。私とシルヴィアさんの間に、わざわざ割り込んで来て言うんだよ『あら。だったら、私がブラウネン君と仲良しになっちゃおうかしら。あの子、かわいいじゃない』なんてね。
私は慌ててスカーレットさんを止めたよ。そんな発言をイリーデとブラウネンに聞かれた日には、大ごとになっちまう」
「助け舟どころか、余計ややこしくしてるわね」
「それで私も心配をしたよ。
でもシルヴィアさんが笑って、否定してくれた。冗談だから安心しなさい、と。シルヴィアさんが言うには、スカーレットさんの本命は、もう一人の美男の騎士、アズールさんだと。要するに、スカーレットさんはアズールさんにやきもちを焼かせたかっただけなんだ。ちょうど女中部屋の窓の下を、アズールさんが通りかかってね。シルヴィアさんは笑っていた。
『あいつ、涼しい顔をしていたけど、聞き耳を立てていたに決まっているわ。だからスカーレットの作戦も効果有りよ』
私は、それを聞いて、ホッとするやら、呆れるやら、へんな気分だったねえ」
「でも、本当に大丈夫かなあ?」
私は思わず言ってしまった。セピイおばさんはキョトンとした。
「おや。まさかスカーレットさんが本当にブラウネンを誘惑するなんて思ったのかい?」
「さすがに、そうは思わないけど」
私は一度、言い淀んだ。言い出しておきながら、ちょっと迷ったのだ。そのくせ、言わずにはいられそうにない、と自分でも思う。セピイおばさんが再び尋ねるので、正直に言ってしまおう。
「その、スカーレットさんって、胸、大きくなかった?」
セピイおばさんは一瞬、固まってから、苦笑した。
「やれやれ、何を邪推しているかと思えば、そんなことかい。あんたも年頃だねえ。
まあ、たしかに姉さんたち三人の中では、スカーレットさんが一番張り出していたかもね。ビッサビア様ほどじゃなかったが」
「でも、冗談にしたって、ブラウネン少年が聞いたら、結構な揺さぶりだと思うよ。スカーレットが近づいただけで、目が泳いだりして」
「ふふ、よく分かっているじゃないか。だから私も、ブラウネンにスカーレットさんの言葉を教えたりしなかったよ」
セピイおばさんが笑いをこらえている間、私は、つい想像してしまう。少年と年上のお姉様が並んでいる姿。もちろん、おばさんには言えない。
「じゃあ三人目、ヴァイオレットさんは、どんな意見だったの」
「ヴァイオレットさんはね、少し、ひねってきたよ。一芝居、打ったらどうかって言うんだ。アズールさんかオーカーさんが悪党に変装して、イリーデを襲う。そこをブラウネンに救出させたらいいんじゃないか、と。
早速、シルヴィアさんが賛成したよ。特にオーカーさんがやるべきだ、って。ブラウネンを冷やかした罪滅ぼしになるってわけさ。
オーカーさん本人は『そんなの、やってられるかよ』とか、顔をしかめていたがね」
「それ、実行したら忙しくなるでしょうね」私も笑いながら言ってしまう。
「あんた、また分かっていて、言っているね」
セピイおばさんは、ちょっと睨むような、笑うような、複雑な顔を見せた。
「たしかに実行は、しなかったよ。私が念のためと思って、オペイクス様に意見を求めたら、止められたんだ。『かえって、ブラウネンとイリーデのためにならない』と。嘘や芝居では、いずれイリーデを失望させるし、ブラウネンも自信が持てない。オペイクス様は慌ててシルヴィアさんたちのところに飛んできて、同じ説明をしていたよ」
「あら。色男さんたちは悪役にならずに済んだのね」
「ああ。オーカーさんが言っていた。『やっぱ、オペイクスの旦那は人がいいな。おかげで助かったぜ』なんてね」
私を注意しておきながら、セピイおばさんもニヤニヤしている。
何だかんだ言って、この手の話は、やっぱり楽しい。いつの間にか、浮かれてしまう。
しかし、さすがに当事者たちは楽しむどころではなかったようだ。セピイおばさんは言う。特にオペイクスが苦労していた、と。
「あの方の見立てでは、ブラウネンがイリーデを諦める事態も充分あり得る、とのことだった。大人しくて、イリーデに対して遠慮がちなブラウネンの性格を考えれば、なるほど、と私も思ったよ。
オペイクス様は私に、こっそり言い含めていた。イリーデだけじゃなく、ブラウネンの様子にも気をつけてくれ、と。そして、少しでも変わった事があれば、すぐ教えてほしい、とね。
そんなふうに気づかってくれるオペイクス様を、ブラウネンは逆恨みするんだよ。剣の稽古なんかでオペイクス様に相手してもらっている時に、明らかに感情的になっていた。武術に詳しくない私から見ても、剣の打ち込み方が激しい、と言うか、やけに乱暴だったね。目も吊り上げて、オペイクス様を焼き尽くさんばかりに睨みつけて」
「うーん。どうせなら、オーカーとかに怒ればいいのに」と私。
「もちろんオーカーさんも恨んでいたよ。アズールさんが陰で笑っていた事も、ブラウネンは気づいていたし。二人それぞれに手合わせしてもらうこともあるから、やっぱり剣の打ち込み方が荒れていた。それで二人とも、ニヤつきながらブラウネンの木剣を受け止めたり、受けきれなくて体に当たった時は怒ったりして。
でもブラウネンが一番激しくなるのは、やっぱりオペイクス様に対する時だったね。私にはそう見えたし、事情を知っている全員がそう思っただろう。
幸いオペイクス様の方が、さすがに年季があって、オーカーさんたちより剣の受け方が上手かったようだ。
それでも稽古中に痛い思いをする事は多少あっただろうに。オーカーさんたちと違って、オペイクス様は怒ったりしないんだ。メレディーン城の代表格の騎士様が見かねてブラウネンを注意しようとして、オペイクス様が止めたほどだよ」
「でも、そうやってブラウネンに遠慮してばかりで、いいのかなあ?」
「うむ。あんたの言う通りだよ。実際オペイクス様も、言うべきことは言わねば、と考えておられた。
ある時、剣や槍の練習をした後で、オペイクス様の方からブラウネンに歩み寄ったよ。そして、おっしゃった。
『ブラウネン、念のため、言わせてくれ。私の言葉など聞きたくないと思うかもしれないが、こらえて聞いてくれ。
まさかと思うが、イリーデを恨んだり責めたりするんじゃないぞ。イリーデに怒りを向けるんじゃない。私を憎んでもいいから、イリーデを憎むんじゃない。憎むなら、私や他の男どもにしなさい。
そうすれば君とイリーデは必ず結ばれる。少し時間はかかるが、君とイリーデは寄り添い合える』
また弓の稽古だったか、こんなこともおっしゃった。『女性は、結婚や出産の前後に、何かと不安にかられるらしい。イリーデも、そうなんだよ』とかね。
でも、いずれの場合も、ブラウネンはオペイクス様を睨むように視線を返すだけで、返事もしないんだ。聞いてはいるんだろうが、はた目には無視しているようにしか見えない。私は、ますます心配になった」
セピイおばさんは、そこまで話して、重いため息をついた。
「とにかく、そんなやり取りがしばらく続いた。
そして、ある時、ついにブラウネンがオペイクス様に返事したよ。やっと、と思ったら、こんな言い草だった。『もう、ほっといてください。あなたに僕の気持ちなんか分かるもんか』だと」
「うーん、ブラウネンは当たる相手を間違えているわね」と私も言わずにはいられない。
「その時は、たまたま私も居合わせたんで、さすがにオペイクス様もお怒りになるんじゃないか、止めに入るべきか、と緊張したよ。
でもオペイクス様は違った。ブラウネンが顔を背けるのにも構わず、その背に言うんだ。少し大きめの声で。
『なるほど。人の気持ちが分かる、などと簡単に言うべきではないだろう。
しかし今回は、少し事情が違うぞ。私は、かつて、好きになった女性を他の男に奪われた事がある。だから今回の君の気持ちは分かるつもりだ』
これを聞いて、ブラウネンも振り向いた」
えっ、と私も思った。でも声は出ない。なぜか、口をはさむべきではないという気がした。
「その場が一瞬、止まったように、私には思えたよ。いや、居合わせた全員が思ったはずだ。
ブラウネンは、しばらく何も言えずにいた。
で、やっと口を開いたと思ったら、こんなことを言い出したよ。
『逆のことは考えなかったのですか?オペイクス様は逆の発想をしなかったのですか?自分は、かつて好きな人を奪われた。だから、このブラウネンも同じ目に遭えばいい。こいつも婚約者を奪われればいい。こいつの婚約者を奪ってやろう。そんな気に、ならなかったのですか?』
普段は大人しいはずのブラウネンが目をギラつかせて、オペイクス様を睨みながら言うんだよ。
それを受けて、オペイクス様は数秒、立ち尽くした。
そしたら、どこで様子を見ていたのか、イリーデがすっ飛んできて、二人の間に入った。『ブラウネン、やめてっ。やめなさいっ』とか喚いて。
イリーデはブラウネンに向かって平手を振り上げるまでしたが、その手をオペイクス様が掴んで止めた。
イリーデは、それでもブラウネンに『オペイクス様に失礼じゃないっ。謝って』なんて言ったが、オペイクス様は、それをも止める。
オペイクス様は青ざめた、と言うか、悲しげな顔でおっしゃった。
『いや、いいんだ。それより二人とも、よく聞いて。
ブラウネン、いい質問だぞ。正しい疑問の持ち方だ。そういう、気をつける姿勢、警戒心が大切なんだよ。君がこのイリデッセンシア嬢を守っていくために、欠かせない要点だ。どうか忘れないでくれ。
それに、君が謝ることは無いぞ。実際、私の中にも、君が指摘したような悪意がわいてきたことはあった。だから君の言う通りなんだ。私は君たちを羨んでいた。君たちが仲違いすれば、あわよくば自分が、という気持ち。そんな気持ちが、何度も起こった。それはイリーデのためでも、君のためでもない。ただただ、私の身勝手に過ぎないんだ。
だから君たち二人は、私を疑いなさい。警戒しなさい。そして二人で助け合い、支え合うんだ。いいね?
さあ、もう行きなさい』
オペイクス様は二人の背中を押した。
ブラウネンとイリーデの二人は、絶句するやら、お互いの顔を見合わせるやらして、のろのろと、その場を離れたよ」
聞かせてもらった私も、言葉が出なかった。言いたいことが無いわけではない。むしろ尋ねたいことだらけ。でも。なぜか、口にしてはいけない気がする。まだ、その時じゃないような。
私は、セピイおばさんの話の続きを待つ。
「二人が見えなくなった後も、その場は静まりかえっていた。
居合わせた男どもの反応は、半々ってところかね。
少し離れたところで、オーカーさんやアズールさんたちがニヤニヤしながら、オペイクス様をチラ見していた。一応、声をひそめて。
逆に、私の里帰りに同行した兵士、例の、うちの兄さんにからんだ兵士なんかは、その眼差しから真剣に聞いていた事が分かったよ。
私はオペイクス様に近づいた。あんたも気になっているだろうが、私もオペイクス様の事情を知りたくて仕方がなかったんだ。しかし、何と声をかけたら良いのやら。
オペイクス様は私と目が合うと、頭をかきながら、おっしゃった。
『私の拙い経験談は、いずれ二人に聞いてもらおうと思うんだ』
私は、すかさず言ったよ。『そ、その時は私も同席させていただけませんか。私も聞きたいです』と。私と来たら、声がうわずって早口になっちまったよ。
オペイクス様は私を不思議そうに見ていた。そして、こう、おっしゃった。
『そうだな。なるべくなら、セピイとソレイトナック君が揃った時に聞いてもらいたいが。それではイリーデとブラウネンまで待たせることになる。せめてセピイだけ先に、二人と一緒に聞いて、ソレイトナック君と再会した時の話題の一つにしてくれ。
そもそも私はソレイトナック君と言葉を交わした事が無くてね。見知ってはいるんだが』
この言葉に私は、すぐに返事できなかった。一瞬、オペイクス様の憐れみが、悲しいような気がしたんだ。しかしオペイクス様が私とソレイトナックの関係を認めてくれている証拠と思えば、嬉しくもある。私は内心、感謝して、改めてお願いしたよ。イリーデとブラウネンに話す時は、私もぜひ、と」
私は、ふーっと息をついた。もう予想がついている。オペイクスの話は明るいものでも、楽しいものでもないだろう。決して。それでも知りたい。セピイおばさんから見抜かれた通り、私は知りたい。若き日のセピイおばさんと同じく、私も知りたい。私はオペイクスを知るべきなんだ。
セピイおばさんは話の続きをする前に、葡萄酒を少し呑んだ。私も黙って、同じくらいもらう。おばさんが私を焦らしているわけではない事は分かっているし、私も急かさない。
セピイおばさんは改めて背筋を伸ばした。
「さて、その日は、すぐに来なかった。私も早めにあんたに話したいが、時間の流れを振り返ると、その前に話しておく事があってね。
見たところ、オペイクス様自身も迷うと言うか、分からない様子だった。自分の経験を話す機会を、どう設けたら良いのか。そりゃ、目上の立場で頭ごなしに、イリーデたちと私に召集をかければ済むことだよ。でも、それをするようなオペイクス様でもないし。
そうやってオペイクス様がもじもじしている間に、私も考えた。イリーデとブラウネンの関係が少しでも改善すれば。なんて、私は勝手に期待したんだが。
甘かったね。イリーデとブラウネン、二人してオペイクス様の事情をいろいろと推測したようだが、結局イリーデは、ブラウネンがオペイクス様に対して失礼だったという結論に達したらしい。つまりイリーデから見て、ブラウネンの評価は低いまま。
そんな経緯もあってか、ブラウネンが、とうとう、こんなことを言い出した。
『婚約解消した方が、彼女を解放してあげられるのかも。きっと僕はイリーデを想っているつもりで、彼女を自分のそばに引き留めようと、縛りつけようとしているだけなんだ』
これを聞いた時、私は焦ったよ。何とかしてブラウネンを励ましたいんだが、こういう時に限って、すぐに気の利いた言葉が浮かんで来ない。
何か材料は無いかと周りを見回したら、離れたところで談笑しているオーカーさん、アズールさんたちが見えた。私は声を抑えながら言ったよ。
『そんなことしたら、オーカーさんとか、イリーデに言い寄りたがっている人たちの思う壺じゃない?そういう人たちがイリーデの将来や幸せを真剣に考えると思う?』
つまり私は、婚約解消が必ずしもイリーデの為になるとは言えない、という主張でブラウネンをなだめることを思いついたんだよ。やっとこさで。
『奥方様がおっしゃっていたように、結論を急がないで。もう少し時間をかけて考えて』と念を押して、その場はブラウネンを帰した。
で、すぐさま報告したよ。ご党首夫妻やオペイクス様に。
聞いた途端に、オペイクス様は苦しそうな表情になった。『ああ、何か、きっかけが欲しいなあ。イリーデがブラウネンを見直すような何かが』とか、つぶやくんだが」
「でも一芝居打つのは反対なんでしょ、オペイクスは」と私は合いの手を入れてみる。
「そうなんだ。で、これまた、代案が思いつかない。
それより悩ましい反応だったが、ご党首アンディン様だ。『二人には少々、荒療治が必要のようだな。そのためにもブラウネンに、そろそろ戦を経験させよう』なんて、さらりとおっしゃる。私はドキリとして、硬直してしまったよ。
ただし、ご党首様は同じ頃、別の手も打ってくださっていた。イリーデとブラウネンのそれぞれの両親を呼び戻して、争わないよう釘を刺していたんだ。二人より先にそっちがこじれたら、もっと面倒だろ」
「たしかに。と言うか、貴族家のご党首様ともなると、さすがに頼もしいわね」
私は本気で感心した。こういう領主なら、なるほど、税を納めようという気になる。
セピイおばさんも私の相づちに深くうなずいてから、話を続けた。
「ご党首様は、私とオペイクス様を退がらせたよ。イリーデたちに動きがあったら、また報告するように、と念を押して。おそらく、後は奥方様と話し合ったりしたんだろう。
私はオペイクス様と別れて、自分の仕事に戻った。あの時は、たしかノコさんやロッテンロープさんに指示を仰いで、外城郭の隅に行ったんだ。そこで洗濯物を伸ばして、干したりする作業があってね。私より先にやっていたのは、シルヴィアさんたち、三人。他の女中たちは、それぞれ他の仕事に回っていた。イリーデも、彼女と同年代の娘たちも。
だから私は、ちょっと考えたんだ。会話の流れによっては、ブラウネンのことをもう一度シルヴィアさんたちに相談してみようか、と」
「でも、またスカーレットさんが茶化したりしない?」と私。
「たしかに、その心配はあったが、その時は深刻さを強調するつもりだったよ。ご党首様に報告したばかりだ、と。
でも、余計な気回しだった。シルヴィアさんたちとの会話は、すぐに別の方に流れてね。ブラウネン以前に、オペイクス様の噂だよ。やっぱりオペイクス様がブラウネンたちに話をすると予告した時、オーカーさんたちは聞き耳を立てていたんだ。で、オーカーさんたちは、その足でシルヴィアさんたちのところに寄って、ぺらぺらしゃべったわけ。それで事態を聞きかじった姉さん方は私から、もっと詳しく聞きたがってね。
だからって問い詰められても、私も大したことは知らないよ。かつて好きになった相手を奪われた、とオペイクス様本人が言った事。オペイクス様は、その詳しい事情をイリーデたちに話そうと考えている事。それだけ。
私が正直に降参したら、早速ぼやかれた。『ええ〜。つまんないわねえ』だって。たしかスカーレットさんだったか。
あの時は、三人揃って、妙にそわそわしていた。会話しているうちに、私も予想がついたよ。姉さん方の心境は、おそらく、こんな感じだろう、と。オペイクス様は稀に見る堅物だ。そのオペイクス様が好きになった女とは、どんな者なのか。とんでもなく美しいのか、あるいは、それほどでもないのか。二人が結ばれなかった原因は、二人のどちらにあるのか。そうやって気になる疑問が次々わいてくる感じ」
「うーん。気持ちは分かるけど。洗濯物干しは、はかどらなかったでしょうね」と私は、ちょっと茶化してみる。場をほぐそうと思って。
「ああ、その通りだよ」セピイおばさんは、ニヤリとしてくれた。
「あんまり、おしゃべりが続くから、ノコさんか誰かに見つかるかも、と私は少し心配になった。
それで周りに気をつけていたら、色男さんたちがやって来るじゃないか。
『何だ、なんだあ。仕事、ほっぽり出して、随分と楽しそうじゃねえか。俺らも交ぜろ』とか言ったのは、アズールさんだったかねえ。
『何だよ。またオペイクスの旦那が話題になっていたのか?』とアズールさんが尋ねると、
『だって、どんな事情か気になるじゃない。よりによって、あのオペイクスさんなのよ』とかスカーレットさんが答えた。
そしたら今度はオーカーさんだ。
『ふん。どうしたも、こうしたも、惚れた女を他の男に取られただけだろ。いかにも旦那らしいじゃねえか』
なんて一度、笑ってから、こんなことを言い出した。『それより、もっと気の利いた、ど派手な話題があるぜ』
途端にヴァイオレットさんだったか、『え、何、なあに』とか食いついたよ。
オーカーさんはすぐに答えないで、手を空にかざして、顔もそちらに向けた」
セピイおばさんは言いながら、その仕草をやってみせる。
「で、感極まったように目を閉じて、やっと言うんだ。『祝え、メレディーンの乙女たちよ。これを聞いて、安堵の日が来た、と喜ぶがいいっ』
それを見て、シルヴィアさんが軽く笑って、突っ込みを入れた。『何それ。あんた、役者にでもなるつもり?』とかね」
「うん。私も、そう思った」
私の反応が確かめられると、セピイおばさんは、もう一度ニヤリとした。
「そしたらオーカーさんは、してやったり、と言わんばかりの得意げな顔になってね。
『聞いて驚け。かの悪漢、マムーシュ・シャンジャビは死んだ』
と来た」
その名を聞いて、私は、あっと声が出てしまった。
「ふふ。私も、あんたみたいな反応になったよ。シルヴィアさんたちも、色男の騎士二人も、マムーシュの悪評は知っていたようだが、奴を直に見た事があるのは、私だけだったからね。
私が身を乗り出してオーカーさんに聞き直したら、その事でも姉さん方は驚いていた。だから私はヒーナ様との関係や、マムーシュの屋敷に行った時の話を手短に説明したよ。
そのうち、アズールさんがオーカーさんに釘を刺した。『おいおい、いいのかよ。まだ、ご党首様に口止めされていただろ』
でも、オーカーさんは意を介さない。『なーに、ご理解いただけるさ。いずれ、みんなも知ることになるんだ。時間の問題だぜ』だって」
「でも、どうしてマムーシュは死んだの。さらに悪い事をして、縛り首にでもなったの?」私も興奮して、早口になってしまった。
セピイおばさんは首を横に振った。緩い動作だった。
「刑死じゃなかったよ。まあ、それを私も願ったが、そこまで神様も合わせてくださらなかった。
オーカーさんが聞いた噂だと、マムーシュは親族に殺されたそうだ。なぜって、生家のシャンジャビが割れちまったのさ。そう。ヨランドラきっての大貴族シャンジャビ家が、この時、分裂したんだ」
「ぶ、分裂?」私は、まだ話が呑み込めない。
「シャンジャビ家は今でも大所帯だろ。でも人数が多いって事は、それだけ不満分子も多いって事さ。
で、その連中がシャンジャビ家から独立しようと動いた。元のシャンジャビ家にとっては、由々しき事態だよ。自分たちの勢力が、みすみす削られるんだからね。そこで本家は独立派を止めようとした。抑え込みにかかった。
マムーシュは、その諍いに巻き込まれて、斬り殺されたのさ。オーカーさんが言うには、独立派に首領格の一人として担がれて、いい気になっていたらしい」
「うーん。天罰と言いたいけど、物足りないなあ」と私は言わずにはいられない。
「そりゃあ、私もマムーシュをもっと苦しめてやりたかったよ。でも、どうすることもできないだろ」
「たしかに、そうだけど。
あっ。ちなみにシャンジャビ家は、その後どうなったの」
「いい質問だよ、プルーデンス。王家が仲裁に入ったんだ。結論から言うと、王様たちは独立派の主張を認めてやった。この時だよ、シャンジャビ家の分家、レザビ家が興ったのは」
「レザビ家。名前だけなら、城下町でも聞いた事があるわね」
「ま、分家と言っても、紋章の蛇は、ほとんど見分けがつかないし。今では本家シャンジャビと、だいぶ仲直りしたようだがね。
では、ここで、逆に私から問題を出すよ、プルーデンス。シャンジャビ家から分家が出ることを、王家は、なぜ許したと思う?」
私は急いで、当時の王様たちの気持ちを推測してみる。
「シャンジャビ家が強くなりすぎないようにするためね。そりゃ、シャンジャビ家もヨランドラ王家に忠誠心を持っているでしょうけど。貴族の頂点である王様たちが完全に信じきるわけないもの」
「正解だよ、プルーデンス。適切な解釈だ。あんたに少しずつ話して聞かせた甲斐があった。これからも、そういう、ものの見方を忘れるんじゃないよ。
そう。王家はこの事件を活用して、シャンジャビ家の力を削ぐことにしたのさ。何しろタリンの他の四カ国は、シャンジャビ家の紋章(武器を持つ蛇)を見て、ヨランドラの一般兵士の紋章と思い込むくらいだからね。それぐらいタリン人の意識に浸透しているんだ、シャンジャビ家の存在は。
そしてヨランドラ王家としては、そんなシャンジャビ家を重臣として頼もしく思いつつも、同時に怪しむと言うか、だんだん面白くなくなってきたんだろうよ」
「だったらシャンジャビ家の分裂は、ヌビ家やリブリュー家みたいな他の貴族たちには、願ったり叶ったりね」と私も握りしめた手に力が入ってしまう。
「そういうこと。まあ、他人の不幸を喜ぶようで、褒められた振る舞いじゃないがね。
てなわけで、この話題も盛り上がったよ。
オーカーさんと来たら、芝居口調が気に入ったのか、その後も演説をぶってね。『これこそ、神が公平な目で、この地上をご覧になっておられる証拠よ』とか何とか。もちろん声も大きくなっているから、ご党首様が通りかかったりしないか、私は心配して、止めようとしたんだよ。
シルヴィアさんなんか、心配どころか、怒っていたくらいだ。『あんた、だめじゃないっ。ご党首様の指示を軽んじるなんて』と、きつく睨んでいた。
オーカーさんは、それでも懲りずに『でも、ご党首様は話が分かるお方だぜ』なんて屁理屈を返していたが」
「え〜、大丈夫なの?オーカーはオペイクスどころか、党首のアンディンまで舐めてんじゃない?」と私も呆れてしまう。
「まあ、そう言われても仕方ないね。幸い、ご党首様はお出かけなさったのか、見かけなかったよ。
代わりに、ご党首様の書斎で別れたばかりのオペイクス様の姿が、内城郭への入り口辺りに見えた。
そしたら、シルヴィアさんが私に言うんだ。『オペイクス様がイリーデたちに話をする時、私も同席できないかしら』と」
「えっ、何でシルヴィアが」私は、ちょっと声が裏返ってしまった。
「私も不思議に思ったよ。
だが、私が尋ねる前に、オーカーさんが割り込んできた。『おいおい、旦那の話なんか聞いて、どうすんだよ。どうせ面白くないぜ』とか、けなして。
それに対してシルヴィアさんは、ニヤリとして、こう返した。『面白くないかどうかは、私が話を聞いて判断することよ。あんたには、関係ないわ』とね。
オーカーさんは口元をひん曲げて『あー、そうですかい』なんて、いじけていたっけ。
そんなやり取りの途中で、私は、あっと声が出そうになったよ。私と目が合ったオペイクス様が小走りでこちらに向かって来るのが、見えたんだ。
スカーレットさんも気づいて、声を抑えた。『ちょっと。聞こえたんじゃないの?あの人、こっちに来るわよ』って。みんな、途端に苦笑いのまま、口数が激減した。
代表するつもりか、それとも観念したのか、アズールさんがオペイクス様に声をかけた。
『これはこれは、オペイクスの兄さん。どうなさったんですかい。ちょうど兄さんも話題になっていたところですよ』
スカーレットさんが、すかさずアズールさんの袖を叩いた。もっとも、スカーレットさんだってニヤけていたんだが。
『私が話題?君たちにウケるようなネタがあったかな?』なんてオペイクス様は大真面目に首を傾げる。
私は何だか、アズールさんたちとオペイクス様をそれ以上、会話させたくない気がした。それで私からもお尋ねしたんだ、何かあったのか、と。
オペイクス様は私に目を戻して、ハッとしたよ。『そうだった。セピイに頼みたかったんだ。もうブラウネンとイリーデに話を聞いてもらおうと思う。ブラウネンは私が呼んでくるから、セピイはイリーデの方をお願いできないかな』とおっしゃる。
私はノコさんたちから、イリーデがどこで仕事をしているか聞いていたので、快諾したよ。
で、続けて、シルヴィアさんに目配せしてみた。シルヴィアさんは、ちょっと照れ笑いと言うか、おずおずとオペイクス様に話しかけた。あの人にしては珍しいことなんだが。
『あの、オペイクス様。できれば私も同席して、お話を聞かせていただきたいのですが。よろしいでしょうか』
案の定、オペイクス様はキョトンとした。オペイクス様が答えられないでいたら、オーカーさんの『やめときゃいいのに』なんて小声が聞こえた」
「いやらしいわね。小声といっても、オーカーは本人に聞かせるつもりで言ったんでしょ」
私は苛立ちをおぼえて、言ってしまった。
逆に、セピイおばさんは、いつしか笑みを浮かべている。
「ま、その通りだろう。でも、ちゃんとバチが当たったから、安心しな。
オペイクス様が返事したら、こんなだった。『ん、もしかしてオーカー君と一緒に、私の話を聞くのかい?』
オーカーさんは途端に、ずっこけていた」
これには私もニンマリした。おばさんの笑みは、こういう意味だったのね。
「ふふ、いい気味だわ」
「でも、喜んでばかりもいられなかったよ。この頃のオーカーさんは、たしかヴァイオレットさんと付き合っていたはずだと思ってね。私とシルヴィアさんは慌てて否定するやら、取り繕うやら、忙しかったよ」
セピイおばさんは、まだ笑みを見せている。
「どうもオペイクスは、男女の組に聞かせたいと思っていたようね」と私も予想した。
「そうなんだ。だからこそシルヴィアさんが話を聞きたがることを、オペイクス様には理解できなかったんだろう。もっとも私にも、シルヴィアさんの胸の内が全然、読めなかったが」
「シルヴィアもオペイクスに気がある、かなあ?」尋ねておきながら、私は自分の問いに首をかしげた。
「ふふ、あんたも微妙なところだと思うだろ。私も最後まで、本人の口から聞けなかったからねえ。
それはともかく、オペイクス様はシルヴィアさんの同席を了承してくださったよ。
で、他の姉さん方と色男さんたちは、ご遠慮していた。
オペイクス様と私は、メレディーン城の塔の一つを選んで、そこに落ち合うことにした。塔の中でも太めで、頂上部が一番広い塔だよ。
オペイクス様は『自分の決心が鈍らないうちに話したいから』とブラウネンの方に急いだ。もう日が暮れ出して、ブラウネンが城下の自分の屋敷に戻るかもしれなかったんだ。
そして私とシルヴィアさんはイリーデを呼びに行くんだが。近くまで来て、イリーデの姿が見えたところで、シルヴィアさんは立ち止まって、苦笑いになった」
「ははーん。さすがにお姉様だけあって、自分が敬遠されていると自覚しているのね」
「だから私は気を使って、シルヴィアさんに言ったよ。『先に塔の上に行って、待っててください』と。シルヴィアさんは『恩に着るわ』とか言ってくれたっけ」
「うーん。そんなことをしてまで、オペイクスの話を聞きたかったのかなあ」
私はシルヴィアが、どんどん分からなくなってきた。
「まあ、シルヴィアさんの心境はさっぱりだが、それよりイリーデだ。私はイリーデを連れて、待ち合わせの塔に向かったが、その道すがら、シルヴィアさんのことは言えないと思った。
実際、塔の天辺に着いて、シルヴィアさんを見るや、イリーデはすごい顔になってねえ。しかも私を睨むんだ」
「おばさんも大変だね」と私も、悪いけどニヤけてしまう。
「ああ、私は必死で、しらばっくれたよ。
シルヴィアさんも笑顔をつくろった。『ごめんね、割り込んで。私も拝聴させていただくわ』とか、イリーデに断りを入れて。
イリーデは『シルヴィアさんには関係ないはずです』なんて尖った声を出した。
ところが肝心のオペイクス様が『いや、一人でも多く聞いてもらえて、ありがたいよ』とか言うもんだから、それ以上シルヴィアさんにからんだりせずに、大人しくなったけどね」
私は、ふくれっ面の美少女を想像して、ぷぷっと吹きそうになった。
セピイおばさんは、それに構わず、話を続ける。
「オペイクス様は気を利かせて、私たち女連中が座れるようにと、椅子を持参してくださったよ。ブラウネンにも一つ、持たせていた。
それで、私たち女はそれらの椅子にありがたく座らせていただいて、オペイクス様とブラウネンは突っ立ったまま。
これで、いよいよ、オペイクス様のお話だ」
セピイおばさんは改めて背筋を伸ばして、深めに息を吸った。




