第十話 交わされた言葉の数々
「昨日は、なんだかんだ言って結局、秘密めいた、際どい話も多かったね。でも今度こそ、それほどでもないはずだよ」
セピイおばさんは、そう言いながら、椅子の下にロウソクを置いた。私とセピイおばさんの間の椅子。強かった明かりが、ほのかな柔らかい光に収まる。
「気にしないで、おばさん。全部、大事な話だったわ」
今夜は五軒中、家から四番目の離れ。またしても小雨だ。もし、どこかの貴族家の密偵が近くに潜んでいるなら、雨音が私たちの会話を掻き消してくれるといいけど。
「ありがとうよ、プルーデンス。
では、始めるか。里帰りでベイジの商家に泊めてもらった翌朝だ。私はイリーデより先に目覚めてね。
イリーデがまだ寝ていたんで、起こさないように、そっと店先の方を見ると、ベイジと旦那さんが馬たちに草を与えていた。私も駆け寄って、手伝ったよ。馬たちの半数は、まだ寝ていた。御者さんのいびきも、馬車の中から聞こえていた。
やがて、オペイクス様が兵士たちを連れて、やって来たよ。朝日の中、現れたオペイクス様は開口一番、ベイジ夫婦に礼を言った。私らが世話になった、と。
しばらくして、宿屋に泊まった使用人たちも現れた。そろそろ一同を揃えようと、私はイリーデを起こした。イリーデは、みんなと顔を合わせるや、少し赤面していたね。『オペイクス様をお出迎えしたかったのに』とか小声でつぶやいていたっけ。
馬車から起きてきた御者さんの方は、朝の挨拶もそこそこに、ベイジの旦那さん、お舅さんに捕まって話し出したよ。どうも前の晩の酒宴で、御者さんはお舅さんたちから、しきりにお願いされたらしい。『メレディーン城に品物を売り込みに行きたい』と。
そこで、御者さんはオペイクス様に話を振った。オペイクス様は何の屈託もなく、快諾なさったよ。
『品物のやり取りを継続できるかは約束できないが、まずは私があなた方をご党首様に紹介しよう。
我々がメレディーンに戻る前に、また、こちらに立ち寄る。その際に、この店から誰か一人、我々に同行させるといい。それでメレディーンへの道を覚えられるだろう』
これを聞いてベイジの旦那さんたちは、やっと安心して、うちの御者さんを解放してくれたよ。御者さんと握手したり、抱き合ったりしていた。
そんな時に、不意にベイジが小声で私を呼んでね。私を建物の陰に連れて行くんだ。ベイジは他の人たちが自分たちの方を見ていない事を確認してから、小声のままで、こんなふうに言った。
『セピイ。気を悪くするでしょうけど、こらえて聞いて。お願いだから。
あのね。私も、あの後、寝ながら考えたの。あんたとソレイトナックのことを。あんたを羨んで応援しないとか、もう、そんな場合じゃない。それ以前よ。ソレイトナックが生きているか、どうかの問題。私は、もうだめだと思う。
だからセピイ。嫌かもしれないけど、あんたは、もう別の人を探すべきだと思うよ』
私はベイジに礼を言った。『心配してくれてありがとう』と。そしてマルフトさんからも同じ忠告を受けた事を話した。
その後ベイジ一家は、私たち一同に軽い朝食を振る舞ってくれたよ。で、私たちは店の開店前に、この山の案山子村に向かって出発した。ぐずぐずして、ベイジの店の商売を邪魔しちゃいけないからね」
セピイおばさんは、そこまで話して、小さく息をついた。忠告の中身は苦いが、甘い嘘よりは、はるかにありがたい。だから私も安堵する。ベイジが居てくれてよかった。
実は、前のお別れの場面では、私はベイジにあまりいい印象を持たなかった。でも今は違う。外孫の私からもお礼を言いたいくらい。
セピイおばさんの話は続く。
「というわけでツッジャムの城下町から、いよいよ、この山の案山子村だよ。もちろんメレディーンからツッジャムへの道のりに比べれば、距離は格段に近い。ちなみに兵士たちも、荷車に付いている使用人たちも、前の日に賊どもから受けた傷を気にしてね。それでも馬の脚は大して遅くならなかった。正午前には村の家並みが、そして、この家が見えてきた。
私は、窓から先頭の兵士たちに呼びかけて、うちの畑のそばで止まってもらったよ。ちょうど仕事をしていた父さんと母さん、そして兄さんと叔父さんたち家族が、一斉に顔を上げた。急に騎馬と馬車、荷車の列がやって来たんだから、まあ当然の反応さ。
私は馬車の扉を開けて、降りた。そして母さんを呼んだ。母さんは私を見るや叫んだよ。
『セピイっ、セピイなのかい?』
もちろん、そうだと私は答えたんだが、母さんは私の返事も待たずに、持っていた鎌を放り捨てて、私に駆け寄った。母さんは、私をきつく抱きしめて泣き出したよ。泣きながら何度も私の名を呼ぶだけで、会話にならなかった。
気がつくと、父さんも駆けつけて。両腕を大きく広げて、私と母さんを包み込んだ。父さんも涙を流していた。
我ながら・・・ずいぶん心配をかけたもんだよ」
セピイおばさんは話しながら、うなだれた。
「ひいお婆ちゃんも、ひいお爺ちゃんも、ずっとセピイおばさんのことを思っていたんだね」
私は何と言っていいのか分からず、やっと絞り出せたのは、そんな言葉だけだった。
「まったくだ。そんな両親を持たせてくれた神様に感謝しよう。
続いて、兄さんと叔父さんたち家族も集まってきた。兄さんは初っ端から目を吊り上げて言うんだよ。
『セピイ、ソレイトナックは?奴は居ないのか』
私が首を横に振ると、兄さんと来たら、何とオペイクス様に絡み出したよ。ちょうどオペイクス様が下馬して、近づいていたんだ。
オペイクス様は『ソレイトナックを連れて来られなくて申し訳ない』なんて謝った。もちろんオペイクス様は何も悪くないんだがね。
叔父さんたちが慌てて、兄さんを取り押さえていた」
「えっ、お爺ちゃん、そんなこと、したの?」
「まあ兄さんは元々ソレイトナックを良く思っていなかったからね。
そのうち、叔父さんの一人が父さんに声をかけた。とりあえず、私たち一行を家にお迎えしよう、と。それで全員、ぞろぞろと移動したよ。
馬車と荷車二台は、我が家の前。馬たちは、そこらの草むらに連れて行ってもらって、やっと本当の一休みさ。
オペイクス様は私に『みんなと外で待っている』とおっしゃった。『まずは家族で話しなさい。場合によって、私から説明した方がいいようなら、いつでも呼ぶように』とね。
お言葉に甘えて、私たち一家だけでテーブルについた。家の外では叔父さんたちが、盃に水を注いでオペイクス様たちに出したりしていた。
さて、やっと家族四人が顔を合わせたわけだが、私は一瞬、言葉に詰まった。話すことがありすぎて、一体何から、という気分になったんだよ。父さんたちも何から尋ねようか迷っている顔だった。
とりあえず私は、モラハルトの事件から話を始めた。ビッサビア様に助けられて、何とか犯されずに済んだ、と。母さんが私の手を握って、また泣いた。父さんは『あの方をすっかり見損なった』と吐き捨てるように言って、テーブルを叩いた。
兄さんは、すぐにでもソレイトナックの事を聞きたかったんだろうが、腕組みをしたまま黙って待っていたよ。それで私は、メレディーン城で辿った経過を話した。ご党首様たちにモラハルトの事件を報告して、メレディーン城で女中として働かせてもらえるようになった事。合わせてソレイトナックの捜索をお願いしたが、ご党首様たちの協力があっても、行方不明である事。
ただし、ビッサビア様とポロニュースの暗躍については、話さなかった。それがご党首様からの指示だったし、話しても母さんたちの心配を増やすだけだからね。それと、里帰りの本当の目的とか、ツッジャム城の地下道についても、やっぱり秘密だ。
ソレイトナックが行方知れずと聞いたら、兄さんは呆れて、ぶつくさ嘆いた。それで私が、ロミルチ城のオーデイショー様にも確認した事も付け加えたが、効果は無かったよ。終いには、マルフトさんや元同僚のベイジからもソレイトナックを諦めるよう言われた事まで、話さなきゃならなくなった。
三人とも、マルフトさんから事前に聞いていた内容と私の話がほぼ一致していることは、分かってくれたよ。でもソレイトナックの件は何も解決していない。そのせいか、兄さんが言ったんだ。
『今度は、あの鈍そうな騎士が言い寄って来たなんて言うんじゃねえだろうな』
とかね。もちろん私は、オペイクス様は別の用事で同行してくださっただけと説明したよ。でも兄さんは、とてもじゃないが、納得した顔じゃなかった」
うーん、お爺ちゃんったら、機嫌が悪いなあ。そう思いながら、私は言わずに話の続きを聞く。
「とは言え、いつまでも家族会議、と言うか報告会をしている場合でもないよ。私に同行してくれたお客さんたちが待ってんだ。父さんも気にして、窓の外のオペイクス様たちに何度も視線を飛ばしていた。私も見たら、村人たちが少しずつ集まっているように思えた。
私が今回も土産物を頂いた事を報告すると、兄さんが言ったよ。『さっさと配っちまおう』とね。
それで家族四人で外に出て、オペイクス様にお待たせした事を詫びた。『ん、思ったより、早かったな』とか、オペイクス様はキョトンとしていたよ。
あと、イリーデを見て、村の若い男どもがやたら視線を送って、兵士たちから追い払われていたっけ。小さい子たちが『お姫様みたい』なんてはしゃぐのは、いいんだがねえ。
私はオペイクス様に、土産物を村人たちに配るための了承を求めた。ご党首様から頂いた物ということで怒られるかも、と少し不安だったんだ。でもオペイクス様は、あっさり快諾してくださったよ。
『うむ。ここの人たちがご党首様を知るきっかけになって良いだろう。ただ、私から一言、付け加えた方が良さそうだな』
集まった村人たちを見回しながらオペイクス様は、そう、おっしゃった。
やがて我が家の前に村人たちが集結し終わった事を、父さんがオペイクス様に報告した。そこでオペイクス様が、みんなに呼びかけたよ。
まず、自分がメレディーン城に駐在する騎士である事。今回、女中セピイの里帰りに同行した事。今からヌビ家ご党首様から頂いた土産物を配るが、あまり公言しないように。自分たちメレディーンの者が来ている事も言いふらさないように、とね。
これを聞いても、やっぱり呑み込みの悪い連中が居るんだよ。何人かの大人たちがひそひそ話し合うのが、私のところからも見えた。
そのうちの一人、近所のおじさんが挙手してね。『騎士様。わしらもお言いつけには従う所存なんですが、理由、と言うか事情を教えていただけませんかね』とか尋ねたんだったかな。
それにオペイクス様が答えた。『実は今回のことは、モラハルト様にもパウアハルト様にも内緒なんだ』
途端に、ひそひそ話どころか、村の大人全員がどよめいたよ」
「うん。まあ、そうなるよねえ」と私。
地元の領主親子に秘密だなんて、しがない領民は動揺するに決まっている。
「私もちょっと心配になったが、オペイクス様は相変わらず淡々と話すんだ。
『やはりお二人の名が出ると、皆は気が引けるか。ならば、ついででもないが、もうお一方、名を使わせていただこう。ヌビ家のご党首、アンディン様。私は今回、アンディン様から采配を任された。
こうして、計三人のお方のお名前を口にしたからには、私にも、それなりの覚悟があるつもりだ。今回、皆が土産物を受け取って、役人などから咎め立てが来るようなら、その時は私の名を出しなさい。メレディーン城のオペイクスが許可した、と。
それでもまだ心配なら、よし、私が一筆、残そう』
オペイクス様はそこまで言って、父さんたちに羽筆や羊皮紙を頼んだ。で、父さんや叔父さんたちは慌てて、それぞれの家から、それらを持ち寄って、オペイクス様に渡したよ。オペイクス様は、うちのテーブルを借りて、断り書きを書いてくださった。同時に、私ら一家に土産物を配らせながらね。
それはそれで村の連中は喜ぶ、と言うか、そわそわするんだが、まだ恐る恐る品定めをしていたねえ」
「おばさん、ちょっと待って」私は、つい、いつものように話に割り込んでしまった。
「もしかして、そのオペイクスの断り書きって、まだ、うちにある?」
「ふふ、いい質問だが、さすがに無いよ。兄さん、つまり、あんたたちのお爺さんが言うには、それから十年間くらいは念のために取っておいたらしい。でも、ありがたいことに、お役人たちに突きつけなきゃいけないような事態は一度も無かった。結局、何事も無く済んだんだとさ」
「うーん、心配しすぎたのかな?」
「いいんだよ、それくらいで。逆に心配していない時に限って、お役人とか兵隊とかが押しかけてくる、と思っていなさい」と、セピイおばさんは私を諭した。
「それより、土産物配りに話を戻そう。
メレディーンから連れてきた使用人たちが荷車の覆いを取り除けてくれたんだが、品物は食べ物より、食器とか衣服とか実用品の方が多かったねえ。その事を、どっかの男の子がぼやいて、父親から拳骨を落とされていたっけ。
他には小さめの酒樽が幾つかと、薬の小袋や瓶とか。使用人の一人が酒樽を村人に手渡しながら言ったもんさ。
『お前ら、これを大事に分け合って呑めよ。間違っても、こぼしたり、独り占めしたり、すんじゃねえ。俺らだって、呑んだ事ねえんだからな。て言うか、俺にも一口、味見させろ』
言われた村の男は、独り占めの当てが外れたんだろう。その小さい酒樽を抱えたまま、周りの連中と目を合わせて、固まっていたもんさ」
「お菓子は?」私は笑われるのを覚悟して、聞いてみた。気になるのだから、仕方がない。
「ああ、たしか、小さい焼き菓子があったはずだ。イリーデが配ってくれたんだが、若い男どもが途端に群がろうとしたんで、父さんが注意しなきゃならなくなった。『菓子は子どもだけだ』ってね。兵士たちも怒鳴ったりしていたよ。
まあ、そんなこんなで土産物が大方、行き渡った頃だ。今度は、村人たちがまめに礼を言いに来た。そのまま大人しく引き下がる気が無いんだよ。いつまでも近くをうろうろしてね。特に男どもが。
気を利かせたつもりか、土産物の酒を盃に注いで、オペイクス様に持ってきたおっさんも居たねえ。オペイクス様も気前がいいもんで、まだ呑んだ事が無いとぼやいた使用人に譲ってやっていたよ。
また、どこかのわんぱく小僧が木の棒を持って、オペイクス様に向かって構えてみせたりした。本物の騎士と聞いて、ちびっ子たちは興味津々だったんだろう。大柄なオペイクス様は、その子たちを高い高いしてやっていたよ。それをイリーデちゃんが、うっとりと見つめて。私は内心、嫌な予感がしたんだ。
そうかと思えば、私の袖を引く者もいたよ。村の同世代の娘たちさ。私が女中になって村を出て以来、前の里帰りでも話しかけて来なかったくせにね。どうやらイリーデの美貌にビビったらしい。案外、ヌビ家の令嬢じゃないか、とか私に聞いてきた。要するに村娘たちは、イリーデに話しかけるために、私に仲介させたいわけさ。で、三つ四つ質問したら、後はもう私を飛び越してイリーデに直接、話しかけていた。まあ、そうやって歳の近い同性と接すれば、イリーデも退屈しないだろう、と私も成り行きにまかせたよ。
イリーデも、根はいい子でね。一応、貴族の一員なのに、それを自慢したりしないんだ。貴族と言っても下級で、紋章も蛇ではなく、細い十字架だ、と村の娘たちに答えていた」
「ふむ、謙虚ね。てっきり都会育ちで、こんな片田舎じゃ物足りないだろうって、聞きながら心配していたわ」
「まあ、内心はそうだったんだろうけど、メレディーン城で女中を務めただけあって、顔に出さなかった。まだ若かったのに、偉いよ」
「ふふ、オペイクスが居たから、だったりして」
セピイおばさんもニヤリと笑った。
「そういうところばっかり気がつくなんて、あんたも年頃だね。
それで思い出した。村娘たちが集まってきたんで、同年代の男連中も、そろそろと近づいて来たんだよ。兵士たちの目を気にしながらね。若い男どもがイリーデに話しかけたがっているのは、見え見えだった。それに気づいた私は思ったんだ。ここにベイジが居たら、イリーデに婚約者がいる事を言いふらして、男どもを追っ払うだろうな、と。
んだもんで、私はイリーデに耳打ちしようとした。でも、ブラウネンと言いかけただけで、イリーデは私を睨んだよ」
ぷくくっ、かわいそうなブラウネン。他人事と思って、私も笑ってしまう。
「後は、イリーデを村に案内したよ。と言っても、ほんの少しだが。こっちが、うちの畑。あっちは、お隣さんの。村共同の井戸は林の中にあって、水車は小川のそば、とかね。分かるだろ。大して見せるもんなんか無いのさ。
私はイリーデを連れて、この家に戻ることにした。その方が村の連中を引き離せると思ってね。
すると、家の前でオペイクス様が待っていた。で、頭をかきながら言うんだ。昨夜はあまり寝ていないから、どこか横になれる場所を提供してほしい、と。オペイクス様に同行した兵士二人も同様だった。
それで父さんたちが、離れや納屋に急ごしらえの床を用意した。父さんたちはオペイクス様から感謝されていたよ。
イリーデが心配そうに見ていたからか、オペイクス様は横になる前に、私とイリーデに事情を話してくれた。もちろん小声で。前の晩は私らと別れた後、ツッジャム城に忍び込んでロンギノ様に接触した、と。そして今夜も城下の店で会う予定だ、とね。イリーデはロンギノ様を知らなかったから、私の補足説明が必要になった。
オペイクス様とロンギノ様は相当、話し込んだのかねえ。オペイクス様は、うちのすぐ隣りの離れで体を横たえるや、グウグウいびきをかいた。ちびっ子たちが覗きに来て、くすくす笑っていたよ」
「やっぱり地下道を使ったのかな?」
「そうらしい。もちろん、そこは察するだけで、私もオペイクス様も口にするわけにはいかないがね。
後で兵士たちが言っていたが、地下道の中でよその密偵とかと鉢合わせにならないよう、随分と神経をすり減らしたそうだ」
「うーん。村では、のどかなのに、やっぱり任務となると、緊張するんだね」
セピイおばさんが離れを四つも増やした気持ちが、改めて分かる。私もドキドキしてくる。「ま、そんな感じで、きな臭い事情もあるんだが、私ら一行が居たのは、この村だ。あの日は何事も無く済んだ。
うちには御者さんとイリーデが泊まって、使用人二人は叔父さんの一人に引き受けてもらった。で、オペイクス様と兵士たちは、日が暮れてから起き出して、またツッジャムの城下町に向かったわけさ。
これも後で聞いた話だが、使用人たちは叔父さん一家から、メレディーンについて質問責めにあったそうだよ。まあ、我が家でもイリーデと御者さんが、たくさん質問に答えていた。
でね」
セピイおばさんが不意に話を区切って、私の目を覗き込んだ。少し笑っている。
「この時の晩餐に、兄さんがお客を一人、加えたんだ。誰か分かるかい、プルーデンス」
私はセピイおばさんの意図が読めずに答えに迷った。が、おばさんの笑みを見ているうちに、ひらめくものがあった。
「も、もしかして、お婆ちゃん?」
「そう。その時点から近い将来、あんたたちのお婆さんになる人さ。兄さんはお嫁さんを連れてきて、私に会わせてくれたんだよ。厳密には、まだ花嫁候補だったか。結婚式は私がメレディーン城に戻って三ヶ月後くらいだったかねえ。その時はさすがに、もう一度、里帰りというわけにもいかなかったよ。義姉さんの家族も、いつまでも待たせられないからね。
プルーデンス。あんたもお爺さんを覚えているだろ。色男でもなけりゃ、明るくもない。はっきり言って、気難しい方だ。その兄さんがよその娘さんと並んだ姿なんて、私は生まれて初めて見たよ。
兄さんたら、照れくさいのか、あさっての方向に顔が向いたり、チラチラとしか義姉さんと顔を合わせられなかったりしてね。ああ、神様に頼んで、あの時の兄さんをあんたたち孫一同に見せてやりたいよ」
へえー。孫の一人として、私もニヤニヤしてしまう。
「セピイおばさんから見た、お婆ちゃんの第一印象って、どんなだった?」
「うーん。正直、義姉さんを初めて見た時は、だいぶ大人しい、気の弱そうな人と思ったよ。私はべつに、義姉さんを馬鹿にしたいわけじゃないよ。義姉さんが、気難しい兄さんをきつく感じたりするんじゃないかと、ちょっと心配になったんだ。
だから私は兄さんに釘を刺しておいた。義姉さんに優しくしなさい、自分で思っている以上に優しくしなさいって。あんた、分かるかい。要するに私は、スネーシカ姉さんの真似をしたんだ。
兄さんは『それくらい言われなくても分かっている』とか言い返してきたよ。それに続けて、義姉さんも言ってくれた。『その点は、私も安心しきっています』と。言った後で、少し赤らめた顔で兄さんを見つめて。兄さんはそれに気づいて、真っ赤になって、よそを向いた。
母さんが涙ぐみながら『良い人が来てくれた』と義姉さんの手を握ったもんさ。父さんも義姉さんに言ったんだ。『神様とご両親に感謝する』とね。
御者さんが両手を叩いて祝福してくれて、イリーデは、うっとりしていた。素敵だとか、理想の結婚だとか、二人を褒めてくれたよ。あら、あなたの婚約者の方がよっぽど素敵よ、とか、こちらからも言ってやろうかと思ったんだが。イリーデが機嫌を悪くしても面倒だから、そこは私も我慢した」
「ぷくくっ。おばさんの話を聞いていたら、若い頃のお爺さんたちだけじゃなくて、イリーデにも会いたくなってきたわ」
「そうだろ。とにかく、あれはいい夜だった。イリーデや御者さんが加わってくれたおかげでね。それと義姉さんも。あれで、うちの家族だけだったら、わたしゃ、どれだけ絞られていたことか。特に兄さんから。
しかし、まあ、楽しい時間に限って、早く過ぎるもんだ。そのうち兄さんが、義姉さんを家に送ると言い出した。私は、イリーデと御者さんを母さんたちに任せて、兄さんたちを追いかけたよ。
暗い夜道を歩く二人を、私は呼び止めた。そして義姉さんに改めて頼んだんだ。
『偏屈で、扱いづらい兄ですが、よろしくお願いします。うちの父と母も、よろしくお願いします。
兄と暮らすようになったら、私の事に巻き込まれる形で、ときどき嫌な目に遭うかもしれません。ですが、どうか許してください。私を許さなくてもいいから、兄と父、母は許してやってください。やらかしたのは、私なんです。隙があった私が悪いんですから』
その辺りまで言ったところで、義姉さんから止められた。『セピイさん』と呼びかけて、義姉さんが私の手を取ったんだ。
義姉さんは・・・。何か悲しそうな顔をしたように見えたねえ。暗い中で、よく見えたとは言い難いが、一瞬そんな気がしたんだ。
『そんなことは気にしないで。そして、いつでも帰ってきて。みんなで、この村で、のんびり暮らしましょう。これは私一人の意見じゃないんですよ。私の父と母も同じ意見です』
義姉さんがそこまで言ってくれた時、義姉さんの後ろで、兄さんと別の影が動いた。迎えに来た、義姉さんの親父さんだった。
『そうなんだ、セピイさん。わしらも、そう思うとるんだよ。
正直、わしはセピイさんの悪い噂を真に受けたクチだから、言えた義理じゃない。だが、わしみたいな奴のことは気にせず、堂々と戻ってきておくれ。その方がセピイさんのためにも、ご家族のためにも、良い気がする。
それに何たって、山の案山子村のセピイさんじゃないか。すぐに結婚の申し込みが殺到するよ』
私は絶句してしまった。で、代わりに、兄さんが二人に礼を言ってくれたよ。
兄さんは私に言った。『家はまだ、すぐそこだから、一人で帰れるな。俺は親父さんたちを送ってから戻る』と。兄さんが義姉さんの親父さんと歩き出すと、肝心の義姉さんだけ、さっと私に近寄って、耳打ちした。
『あなたのお兄さんは、あなたが思っている以上に、あなたのことを気にかけていますからね』
前よりも強く私の手を握ってから、義姉さんは自分の父親と花婿のところに戻っていった。
私は、しばらく、そのまま立ち尽くしたよ。三人が暗がりに溶け込んでいくのを、ただただ見ていた・・・
これまで噂の件で、私に直に謝ってくれたのは、義姉さんの親父さんだけだったねえ」
セピイおばさんは、そこで話を区切って、盃を持ち出した。そして葡萄酒。少しではなく、一杯分をしっかり注いで、おばさんは呑み干した。
私は何も言えずに、それを見ている。若き日のセピイおばさんとお婆ちゃんが、そういう会話ができた事。もう一人のひいお爺ちゃんの誠意。それら自体は私も嬉しいし、神様に感謝してもいいと思う。
でも何だろう。ちょっと泣きたい気分。
「少し、しんみりさせちまったね」
セピイおばさんが話を再開した。
「でも安心おし。家に戻ったら、真逆の問題が待ち構えていたよ。
何って、またしてもイリーデちゃんさ。寝室で二人きりになったら、大事な相談事がある、と真剣な顔を向けてきてね。それから、とんでもないことを言い出したよ。『オペイクス様に自分の初めてを捧げたい』と来た」
私は椅子から転げ落ちそうになって、ガタつかせてしまった。直前のお爺ちゃん、お婆ちゃんたちと交わした言葉のやり取りと、落差があり過ぎるじゃないか。
セピイおばさんは私の様子を見て、くくっと笑った。
「まあ、あんたが呆れるのも当然だ」
「もしかしてイリーデちゃんは、ヒーナの話を聞いて、自分もやってみようと思ったんじゃ」
「だろうよ。それで、私に見張りを頼もうってわけさ。そこまでヒーナ様を真似するつもりだったんだからねえ。もっとも前回は馬車で、この時はオペイクス様が泊まる離れが舞台になるんだが」
「ええ〜。おばさんは、それでイリーデに協力してあげたの?」
「するわけにはいかないと、まず思ったよ」
「そうよね。イリーデは婚約者がいるんだし、こんな片田舎で無茶なことをしたら、たちまち噂が広まっちゃうわ」
「だから私はイリーデをなだめすかして、その夜は寝かせたよ。オペイクス様たちが出かけていて良かったと思ったもんさ。
私は困ったことになった、と横になりながら頭を抱えたよ。義姉さんたちがせっかく言ってくれた言葉が、消し飛ぶかと思った」
私も何だか、頭を抱えたい気分になった。だから私も葡萄酒を呑むことにした。もちろん、少しなんかじゃ足りない。ちゃんと一杯分をもらった。
そんな私の振る舞いに、セピイおばさんはニヤニヤしていた。
「次の日はね、午後から兄さんたちに、マルフトさんのお墓まで案内してもらったよ」
セピイおばさんの言葉に、私は、あっと声を上げた。
「そうだった。あんたに、まだ教えていなかったね。まあ、今度ちゃんと教えるから、慌てないでおくれ。お墓は逃げないよ。
私はお墓に手を合わせて、マルフトさんの人となりをイリーデたちに説明した。イリーデも御者さんも使用人たちも、みんな手を合わせてくれたよ。早朝の暗いうちに村に戻ってきて、午前中は寝ていた、オペイクス様と兵士たちもね。
私はそれがありがたくて、泣けてきた。父さんたちも叔父さんたちも鼻をすすっていたっけねえ。
そうそう、義姉さんも居たんだ。やっぱり兄さんの隣りで、手を合わせくれた」
「よかった。マルフトさんの親戚の代わりじゃないけど、これでマルフトさんも報われるわ」
「そうなんだよ。こうしてマルフトさんと知り合えたのも、神様に何かお考えがあってのことだろう。だったら、この縁を大事にするまでさ」
「でも、おばさん。マルフトさんのお墓参りができたんなら、ヒーナのお墓もお参りしたかったんじゃない?」
「鋭いね、プルーデンス。その通りだよ。だから、これもオペイクス様に相談した。
するとオペイクス様は、またしても気前良く賛成してくれてね。メレディーンから来た自分たちだけでもヒーナ様のお墓にお参りしよう、と。イリーデや御者さん、兵士たちと使用人たちにも声をかけてくれた。
ただし。ただし、とオペイクス様は付け加えたね。長居はできない。しかも、ごく少人数でお参りしなければならない。直にお参りするのは私とイリーデ、兵士たちの四人だけにする、と言うんだよ。
あんた、こっちの方は分かるかい?」
セピイおばさんに問われて、私はうなずいた。
「ビッサビア、モラハルト、パウアハルトに秘密だから」
「正解。どこで手の者が見ているか分からないからね。それでオペイクス様は、自分自身も外したのさ。考えてみりゃ、大柄なオペイクス様じゃ目立つよ。
みんなで、この家の前まで戻ったら、御者さんたちが馬車に馬たちを繋いだ。荷車二つは、すでに村人に譲っていてね。使用人二人も残った馬に乗って、同行することになった。
水を少し飲んだりしてから、私らは出発したよ。ほら、城下町から、ほんのちょっと離れたところに小さな丘があるだろ。あそこの墓地に歴代のツッジャム城城主とその家族が葬られているんだ。オペイクス様は、ご党首様から事前に教えられていたようだ。墓地の場所も、そして、その中にあるヒーナ様のお墓の位置も。
私とイリーデが馬車の窓を開けていると、ツッジャムの城下町が見えてくるのに、大して時間がかからなかった。墓地のある丘も、すぐに分かった。
先頭の兵士たちは、墓地の入り口から距離を取って、止まったよ。元々オペイクス様から、そう指示されていたらしい。
私とイリーデが馬車から降りると、付き添いとして、兵士二人が私らの両側に並んだ。それぞれ馬を引きながらね。二人とも、剣の類を外套の中にしっかり隠していたよ」
「それもオペイクスの指示?」
「そういうこと。オペイクス様は私とイリーデにも、外套の頭巾を目深に被るように言いつけた。
で、ご自身は馬車の陰に隠れるようにしながら、御者さんたちと一緒に、こちらを見守っていた」
「随分と念入りね」
「オペイクス様の予想では、墓守くらいはすれ違うだろう、と。ずっと真面目に墓地についているわけじゃないだろうが、ちょっとした見回りなら充分あり得る、と私も推測したよ。
それに賊が現れたとしても、兵士たちが居るし、しかも武器と馬も揃っている。もちろんオペイクス様も駆けつけてくれるだろうさ」
「な、なるほど」
と私は唸った。用意周到とは、こういうことか、と改めて理解した。
「私とイリーデは兵士二人に守られながら、墓地の入り口を通った。
墓守らしき姿は、たしかに在ったよ。ただ遠くに居ただけで、私らに気づいても特に変化は無かった。駆け寄ってきて、こちらを確認したりは、一切ない。墓守らしき初老の男は、そのまま、どこかに歩き去った。近郊の住人とか思われたのかもしれないね。
私らはオペイクス様から事前に教わった通りに、ヒーナ様のお墓を探した。墓地の真ん中の小道を進んで何列目で、左に幾つ目のお墓って数え方だよ。
こうして私らは、ヒーナ様のお墓にたどり着いた。私は一度、振り返ってオペイクス様たちの方を見たよ。手を振ったりしたら、オペイクス様たちが隠れているのがバレるから、目で合図を送るだけ。それでもオペイクス様は充分気づいてくれて、こちらに向かって手を合わせていた。
私は改めてヒーナ様のお墓を見た。そして墓石に彫られていた、ヒーナ様の名前を読み取った。それで、やっぱりヒーナ様は亡くなったんだ、と思い知らされたよ。
私は、いろんなことを思い出して考えた。ヒーナ様との付き合いは短くとも、濃密だった。ベイジを含めて三人揃って、ソレイトナックを追いかけて。それがために仲違いまでして。やがてマムーシュに嫁がなければならなかったヒーナ様は、辛い最期を迎えた。
私は記憶をたどっているうちに思い出したと言うか、気がついたよ。ヒーナ様が私に向けた最後の言葉は、私をなじるものだった、とね。
『私もツッジャムに帰って、あの人に会いたい。何でセピイには、それが許されて、私には許されないの。
卑怯よっ。セピイ、降りなさい。馬車から降りて、ここに残りなさい』
このヒーナ様の叫びはね、すぐに耳の奥に蘇るんだ。このお墓参りの時だけじゃない。今でも。いつでも。
そして私は認めたんだ。ヒーナ様を助けられなかった事。そのくせ、ちゃっかりソレイトナックと結ばれていた事」
「おばさん」私は強めに呼んで、話を遮った。「おばさん、やめようよ、そういう言い方」
セピイおばさんは、私の声で我に返ったらしく、ノロノロと頬を拭いた。やっぱり。おばさんは泣いている自分に気づいてなかったんだ。
「悪いのはマムーシュでしょ。おばさんじゃないわ」
セピイおばさんは、しかし、答えずに、やはり鈍い動作で首を横に振った。
そして話を続けた。
「そうやって物思いにふけって、時間がかかったんだろうね。イリーデから呼びかけられている事に、私はすぐに気づかなかった。私がハッとすると、兵士二人も私の顔を覗き込んでいたよ。
『セピイ。そろそろ戻らねえと。オペイクス様から言われただろ』
とか片方の兵士から言われて、私は立ち上がった。いつの間にか私は、膝をついて泣いていたんだ。
イリーデも兵士たちも、もうお参りが済んでいた。ご党首様やオペイクス様から頼まれていた通りに、祈りを捧げた、と。
私も踏ん切りがつくと言うか。心の中で(また、いつか、ここに来させて)とヒーナ様にお願いしてから、お墓から離れた。
兵士たちは騎乗して、それぞれ私とイリーデを後ろに乗せて、帰りを急いだ。
馬車のそばで合流すると、オペイクス様からお礼を言われたよ。『四人とも、ありがとう。私はヒーナ様に直接お会いした事は無いが、ご党首様と奥方様は姪にあたるヒーナ様をとても案じておられた。お墓を参る事ができたと報告すれば、お二人も満足してくださるだろう』と。
それから私らは揃って、また、この村に戻った」
私は、うーん、と唸った。
「お参りできて、ひとまず安心って言いたかったけど。ついつい二つのお墓参りを比較しちゃうなあ。身寄りの無いマルフトさんが大勢にお参りしてもらえたのに、ツッジャム城のお姫様だったヒーナが堂々とお参りしてもらえないなんて。おかしいし、理不尽よ。
まあ、どれもこれも、人でなしの夫と身勝手な父親のせいだけど」
私のぼやきに、セピイおばさんも同意のため息をついた。
「それでも一応、モラハルトもヒーナ様の親だったよ。後で聞いた話では、ビッサビア様と息子のパウアハルトと揃って、何回かお墓参りをしていたらしい」
と、セピイおばさんは付け加えたけど。それって実の家族なんだから当たり前じゃない、と内心思いつつ、言わなかった。おばさんにぶつける言葉でもないだろうから。
セピイおばさんは話を続けた。
「さて、村に戻ってから一悶着じゃないが、あんたにも聞いてもらいたい出来事があってね。
私らは、ぶらぶらしていた。私がちょっと畑仕事を手伝ったら、イリーデや使用人たちも付き合ってくれて。兵士たちは、そんなイリーデに男どもが近づかないよう、付かず離れずで目を光らせていた。御者さんは馬たちの世話をしながら、同じように牛や馬を連れた村人たちとおしゃべりしていた。
オペイクス様は木陰で横になっていたよ。前の晩は城下町の店で、密かにロンギノ様と会合していたんだ。それこそが、この里帰りの一番の目的だったわけだが。その分、気疲れしたんだろうね。すぐに、いびきが聞こえてきたよ。直前に『とにかくロンギノ様は分かってくださった』とか小さくつぶやいていたのを、私は聞き逃さなかったよ。
で、私らの畑仕事の手伝いは、ほんのちょっとで済んだ。お墓参りの後だから、日が傾き出すのに、大して時間がかからなかったのさ。
私らも畑のそばで、しばらく、おしゃべりした。うちの家族や村人たちを交えて。それに何だかんだ言って、結局、兵士たちも使用人たちもイリーデと言葉を交わしたがってね。村の若い男女も少なくなかったから、話題があちこちに飛んだ。
で、肝心のイリーデは、木の根元で寝ているオペイクス様を何度も気にするんだよ。それに何人かが気づいて、いつしか話題はオペイクス様に移った。
そのうち村の若い男が『あの騎士さんは本当に強いのか』なんて言ったもんで、兵士の一人に胸ぐらを掴まれた。
意外なことにイリーデが、その兵士を止めるじゃないか。私が不思議に思っていたら、イリーデはその村男の頬を思い切り、平手打ちにしたよ」
ぶふっ。私は吹き出した。「何、イリーデちゃんったら結局、それ?」
「そう。べつに男を助けたんじゃない。他人にさせるのが嫌で、自分で直に一発お見舞いしたかっただけなんだ」とセピイおばさんも笑っている。
「それからイリーデは、結構な演説をぶった。オペイクス様の武勇伝をみんなに聞かせて、オペイクス様の名誉を回復しようってわけさ。それには、行きがけの賊退治がちょうどいいネタだろ。イリーデが話せば、兵士たちや使用人たちも合いの手と言うか、補足説明を加えてね。
兵士たちが調子づいたのか、その延長で、賊ども全員の脚を折った話になった。途端に、村人側はざわついたよ。『あんな、おっとりしているのに、そんな残酷な事もするのか』なんて驚きの声が上がった。
で、すかさずイリーデが反論だ。『何が残酷なもんですかっ。あんな悪魔たちには当然の報いよ。オペイクス様は間違ってないわ』とか何とか。
そうやって少し騒ぎ過ぎたのか、とうとうオペイクス様は目を覚ましたよ。で、のろのろと、こちらに歩いて来た。
イリーデは、オペイクス様を起こしてしまった事を詫びながら、事情を説明しようとした。兵士の一人も、ついさっき胸ぐらを掴んだ村人に向かって、オペイクス様に謝罪するよう言いつけたりして。
村人側は、オペイクス様が怒り出すと思い込んで、すっかり沈黙だよ。うちの父さんもオペイクス様の前に飛び出そうと構えていた。その気配が、私にも分かった。
でもオペイクス様は、ぼんやりとした表情で私らも村人たちも見回してね。イリーデや兵士たちをなだめた。
『べつに私のことは気にしないでいい。
それより、我々が行きがけに遭遇した賊の話をしていたのか?』
私は正直に、話したと告白し、話さない方がよかったでしょうか、と問い返した。
すると、オペイクス様の答えは、こうだ。
『いや、話していい。それに関連して、皆に聞いてもらいたいと思っていた事があるんだ。できるだけ多くの人に知ってもらいたい。
ただし、楽しい話じゃない。それこそ残酷で、とても辛い話だから、どうか心して聞いてほしい』
オペイクス様はみんなに、そう呼びかけた。オペイクス様の顔がその言葉通りに、辛そうに見えた」
そう話すセピイおばさんの表情も陰った。今ここが、もともと薄暗い部屋だから、というわけではない。これは。私は嫌な予感がした。
「『言い訳じみた話になるかもしれないが』とオペイクス様は前置きして話し出したよ。
十年近く前。その頃のオペイクス様は、まだ二十代半ばだ。オペイクス様は、もっと人数の多い山賊を討伐する戦いに加勢した事があった、と。私らが遭遇した賊どもの倍以上だったとか。
で、この山賊どもが、とんでもなく、むごたらしい事をやらかしたんだ。若い娘を捕まえて輪姦する際に、娘に逃げられないよう、脚のすねを折ったんだよ。ひど過ぎるだろ。イリーデの言葉を借りて言えば、なるほど悪魔だ。もう人間じゃない。
そんな経験があるオペイクス様が、ツッジャムに来る途中で賊どもを捕まえたわけだ。それで、しかも頭目のあのせりふだろ。オペイクス様は『山賊どもの事件を思い出して、カッとなってしまった』と言っていたよ」
「で、同じ目に遭わせてやったってわけね。当然よ。昨日、話を聞いた時は、ちょっとやり過ぎかもって思ったけど、それなら納得だわ。
ひいお爺ちゃんたちや村の連中だって、理解したはずよ」
「ああ。ほとんどの顔が、なるほど、とうなずいていた。
それでオペイクス様は付け加えた。『だから、みんなも賊には気をつけてくれ。それを伝えたくて、この嫌な話をしたんだ。どうか頼むから、忘れないで。そして今ここに居合わせない者にも、みんなから教えてやってほしい』
そこまで言って、オペイクス様は頭を下げるんだよ。村人たちは慌てて、おっしゃる通りにします、とか口々に返事した。中には、涙ぐむ村娘も居たっけねえ」
セピイおばさんの話を聞いているうちに、私は、ほおっと感嘆のため息が出た。
「いい人だね、オペイクスって。何だかマルフトさんが生まれ変わって、騎士になって現れたみたい」
「あんたも上手いこと言うね。ただ、生まれ変わりは、付けない方がいいかもね。特に教会の前では。
ま、それはともかく。そんな人の良いオペイクス様に、あんたたちのお爺さんは絡むんだから、驚きだよ」
「えっ、セピイおばさん、何言ってんの。それって本当なの?」
「本当だよ。あの時、あんたたちのお爺さんは騎士様に絡んだんだ。それも、肩書きだけの威張りんぼで乱暴な騎士じゃない。よりによってオペイクス様みたいな、本当の意味での騎士様にね。
今のあんたと同様、うちの父さんや叔父さんたちも、村の連中も、みんなオペイクス様に感心して静かになっていた。そんな中、兄さんだけがオペイクス様に近づいてきたんだよ。私は兄さんの顔を見て、嫌な予感がしたし、父さんたちも、そっと兄さんの背後に回っていた。
兄さんは、こんなことを言い出した。
『騎士様よ。賊についての教訓は、ありがたく戴いておこう。
ただし、もう一つ戴きたいものがある。賊を退治する仕方の説明だ。そこの兵隊さんやお姫様の話だと、あんたは、うちのセピイを含めて仲間全員を囮にしたように聞こえたんだが、俺の勘違いか』
途端に、父さんや叔父さんたちが兄さんに飛びかかった。でも、その父さんたちを、オペイクス様は止めたよ。しかも、ほぼ同時に兵士たちに向かって手をかざして。兵士二人はその場で動けなくなった。私も思わず、立ち上がったものの、なぜか脚が進まない。
『いや、勘違いじゃない。君の言う通り、私は君の妹さんも仲間たちも囮にした。はっきり意図して、危険に晒したのだ。許されない行ないだと自覚している。
ただ、さらに言えば』
オペイクス様は一度、話し続けるのをためらった。
『この戦い方は、実は、よくやる手なんだ。君やご家族には悪いが、セピイには、また囮になってもらうかもしれない。それは充分あり得る』
オペイクス様の告白に村の連中は、ざわめいたよ。叔父さんたちも唖然としていた。『い、居直るのかよ』とか、兄さんが唸るのも聞こえた。
そしたら兵士の一人、村男の胸ぐらを掴んだ方の兵士が手を挙げた。『オペイクス様っ、お願いです。俺にも発言させてください。俺からも、ここの全員に言いたいことがあります』とか言ってね。
オペイクス様は『発言を許すが、ここの人たちにきつい言い方をしないように』と条件をつけた。
で、兵士は言ったよ。
『セピイのお兄さんよ。お怒りは、ごもっともだ。だから、俺らを許してくれなくたって構わねえぜ。
ただ俺ら本職から言わせると、あの手の奴らを引っ捕まえるには、囮が一番、手っ取り早いんだよ。
それに、お前らは知らねえかもしれんが、ここに居られるオペイクス様は、ただの騎士じゃねえんだ。ヨランドラどころか、タリンで一番のお人好しと言ってもいい騎士様なんだよ。そのオペイクス様が、仲間を見捨てるわけねえだろうが。
そもそもオペイクス様自身が囮役を何回もこなしてんだ。
十年前も、そうでしょう、オペイクス様』
兵士が問いかけると、オペイクス様は『実は』と返事しながら頭をかいた。
兵士はオペイクス様に向かって話し続けた。
『お人好し呼ばわりして、すみません。でも、馬鹿にしたいわけじゃないんです。お人好し呼ばわりされるくらいだからこそ、あんたはご党首様の信頼を勝ち得た。俺はあんたについて行くことで、あんたみたいに強くなって、のしあがりてえんだ。そのためなら囮役でも何でも、喜んで買って出ますぜ』
この言葉に、村人たちは、しんと静まった。オペイクス様は『うーん、買いかぶりだと思うが』とか、つぶやいたっけ。
でも兄さんが、また余計なことを言うんだ。
『兵隊さんよ。あんたの意気込みがご立派なことは、俺も認めよう。だが、それに俺の妹が巻き込まれる筋合いが、どこにあるっ』
これには兵士が目を吊り上げて、兄さんに詰め寄ろうとしたんで、オペイクス様がきつく叱りつけて止めた。
兄さんも父さんや叔父さんたちに捕まって、後ろに引きずられていた。それでも何か喚いていたから、私も叫んだよ『兄さんも、もうやめて』と。
その時、気づいた。義姉さんが叔父さんたちのすぐ後ろで、オロオロしながら泣いていたんだ。
オペイクス様も義姉さんに気づいたのか、父さんや叔父さんたちに呼びかけた。
『お待ちください。どうか彼を解放してください。悪いのは、彼の言う通り、私です。彼が悪いのではない』
それで父さんも叔父さんたちも、兄さんを捕まえていた腕を緩めた。
解放された兄さんは立ち尽くしながらも、まだオペイクス様を睨んでいた。そんな兄さんの腕を、叔父さんたちに代わって、義姉さんが掴んだよ。静かに泣きながら。心配をかけた義姉さんには悪いが、これで兄さんの動きを封じることができる、と私は思った。いくら兄さんでも、義姉さんの手を無理に振り解いてまで、オペイクス様に食ってかかったりはできないからね」
ひーっ。私は心配のあまり、声を漏らしてしまった。
「大丈夫。あんたたちのお爺さんは、お婆さんを泣かしたりはしないよ。
動けない兄さんに向かって、オペイクス様は言った。『済まないが、妹さんを、セピイをもうしばらく貸してほしい。ヌビ家には、セピイの力が必要なんだ』
これを聞いて、私はオペイクス様に礼を言った。ありがたいお言葉だと。そして『これからもよろしくお願いします』と私からも頼んだ。
兄さんは黙って、それを聞いていた。すると父さんが兄さんの後ろで、サッと動いた。何かと思えば、義姉さんの親父さんを義姉さんのそばまで引っぱって来たんだよ。で、父さんは小声で、親父さんや義姉さんに何か頼んでいた。私は予想がついた。兄さんをその夜だけ、義姉さんの家に泊めてもらいたかったんだ。
了承してくれたらしく、義姉さんの親父さんがうなずくのが見えた。
そこまで段取りしてから、父さんはオペイクス様に言った。
『騎士様、うちのせがれが大変失礼しました。どうか、お許しください。
ついでではないですが、おしゃべりもそろそろお開きにしましょう。ご覧の通り、だいぶ日が傾いてきました』
オペイクス様は父さんに『気にしないように』と言ってくれたよ。
父さんは今度は、みんなに呼びかけた。
『みんなも帰って、夕食の支度をするといい。使用人さんたちや兵隊さんたちを受け持つ家も、よろしく頼むぞ』
これで、ようやく村人たちは解散して、ぞろぞろと帰り出した。使用人たちも兵士たちも、受け持ちの村人に連れられて行った。御者さんも前の晩とは違って、お隣さんに泊めてもらうことになっていた。我が家の離れを空けて、今度はオペイクス様を泊めるためさ」
「それで、お爺ちゃんをお婆ちゃんの家族に預けたのね」と私。
「そういうこと。夕食とかで、また兄さんがオペイクス様に絡み出したら、困るだろ」
「うーん、たしかに話を聞いていると、お爺ちゃんはそこまでやりかねない気がする。でもお爺ちゃんが、それだけセピイおばさんのことを心配していたって事でしょ」
「そうだね」
セピイおばさんは、それだけ言って、すぐには言葉を続けなかった。私からも目をそらしている。
「兄さんに、あんな一面があるなんて、私も知らなかったよ。そりゃあ小さい頃から多少の兄弟げんかもしたが、大体そっけない、情の薄い人だと思っていた。そんな兄さんが騎士様に食ってかかったりするなんて。
まあ、相手がオペイクス様だったから良かったが」
セピイおばさんは葡萄酒をあおった。
「長い一日だったね」
私は思わず言ってしまった。お墓参りが二件。しかもヒーナの分は、かなり特殊なお参りの仕方になった。そして村に戻ってからの一悶着。と言うか、結構な大騒動だ。その主要人物が私のお爺ちゃんだなんて、びっくり。
だから私は話が翌日の事に移ると思い込んでいたのだが。セピイおばさんは、首を横に振った。
「まだだよ。夕食も済んで、もうお休みしようって時に、また、なかなかの騒ぎが起こったんだ」
セピイおばさんは、そこまで言っておきながら、私の顔をちらちら見る。ちょっと話すのにためらいがあって、私の反応から判断したいらしい。
そんなおばさんの様子に、私もピンと来た。
「も、もしかして、イリーデちゃん?」
「そ。前の晩と違って、今度はオペイクス様もお泊まりだろ。だから、離れが舞台になるって言ったのさ」
ひえーっ。私は、また小さく叫んだ。
「まさか、おばさん、手伝ったの?」
「手伝うわけないじゃないか。ブラウネンはマムーシュとは違うんだし、オペイクス様も、その気があるとは思えなかった。イリーデを止める意味で、ついて行ったんだよ。
イリーデときたら、私の寝室に入っても、寝床に腰掛けたまま、しばらく黙り込んでね。と思ったら、私が聞いてもないのに、ぶつぶつ言い出すんだ。
『私、ヒーナ様にお祈りしたんです。力を貸してください。応援してくださいって』
私は意味が分かっているから、頭がクラクラしたよ。
でも、そんな暇は無い。イリーデは私に見張りを頼もうとする。私は断って、オペイクス様に迫ること自体をやめなさい、と忠告した。
そしたら、あの子は、私を睨みながら反論してきた。部屋が薄暗くても、目に涙がたまっているのが分かったよ。
『嫌です。私は、自分をオペイクス様に捧げます。私だって、ヒーナ様やベイジさんやセピイさんみたいに、自分の初めてを納得のいく相手に捧げたいんですっ』
言い切るや否や、寝室を飛び出して、うちの離れに向かうじゃないか。もちろん、私も慌てて追いかけたよ」
ひーっ。
「離れに着くまでの短い道で何とか捕まえたんだが、あの子ったら、暴れてねえ。ご近所に気づかれないように、静かにしなさい、と何回注意しても、大人しくならない。
早くイリーデを落ち着かせようと焦っていたら、離れの扉が開いて、明かりが広がった。オペイクス様の影も伸びた。
当然オペイクス様は、どうしたのか、と聞いてきたよ。しかしイリーデは、それに答えもせずに、私の手を振り解いてオペイクス様に抱きついた。
『二人っきりでお話したいんです。
セピイさんは邪魔しないでっ』
なんて、オペイクス様のみぞおち辺りに顔を埋めながら、叫んでねえ。
でもオペイクス様は言った。
『いや、二人きりは、いかん。君は嫁入り前だ。
とにかく、二人とも入りなさい。騒いだら、近所の人に見られる。セピイも同席して、私とイリーデが二人きりじゃなかったという証人になってくれ』
私が、この言葉を聞いて、どれだけホッとしたことか」
おお、と私も感心しかけた。が、すぐに思い直した。美少女のイリーデちゃんから迫られたら、いくらタリン一のお人好しのオペイクスでもスケベ心を出すかも。用心は女のたしなみである、と母さんから私も教わっているのだ。
「オペイクス様は自分だけ突っ立って、私とイリーデを寝床に腰掛けさせた。今と違って、あの時は離れに椅子とか置いてなかったんだよ。
オペイクス様がイリーデに話すよう促すと、イリーデは口元を震わせて、何とも恨めしげに私を睨む。それに気づいて、オペイクス様は言った。
『イリーデ。同僚のセピイにも聞かせられないような話なら、やめなさい。そして、もう休みなさい』
すると、イリーデは涙をポロポロこぼしながら叫ぶように言ったよ。『オペイクス様を好きになったから、自分の初めてを捧げたい』とね。
あの時のオペイクス様の顔は、まあ、見ものだったよ。もともと細いはずの目をまん丸く見開いて、口をぱくぱくさせていた。
『ま、待て。今、何と言ったんだ。君は本気で言っているのか』
なんて聞き直したが、イリーデは泣きながら同じ主張を繰り返すだけだ。
オペイクス様は続けて、ブラウネンのことを聞いた。ブラウネンと喧嘩でもしたのか、と。
イリーデは『していない』と答えた。『でも婚約は解消する』と言い出したよ。
それでオペイクス様は、さらに尋ねた。
『なぜ婚約を解消するのか。ブラウネンはいい奴だし、私の知る限り、君の花婿に一番ふさわしいのは、彼だぞ』
これに対して、イリーデは首をぶんぶん横に振って、答えた。
『私はオペイクス様のお嫁さんになりたいんですっ』
オペイクス様は、また口をぱくぱくさせた。
『正気か。私は君のご両親をお見かけした事があるが、私と君のご両親の歳は大して変わらない。私が少し年下というだけだ』
そしたらイリーデは『歳なんか関係ない』と叫んだよ。しかしオペイクス様は、ゆっくり首を横に振ったね。
『いいや、ある。年齢は結婚に、大いに関係する。歳が離れ過ぎていたら、当然、年寄りの方が先に死んで、その分、残された連れ合いが一人で生きる時間が長くなる。
仮に私が君の夫になったとしても、君のご両親が亡くなる前後に、私も死ぬだろう。むしろ騎士として、もっと早く死んでも、おかしくない。私より、ブラウネンなら間違いなく、君を長く守れる。
それに、私では世代が違い過ぎて、君の気持ちを汲んでやれないだろう。同じ世代のブラウネンの方が断然、君に寄り添えるよ』
するとイリーデは、また叫んだ。『ブラウネンは経験を積んでいないから、頼りになりません』
で、オペイクス様は、こう返した。『それは君も同じだ。お互い許し合いながら、二人で経験を重ねていきなさい。夫婦とは、そういうものだよ』
という感じで、要するに平行線だったわけさ」
「うーん。オペイクスに良識があって、ホッとしたような。イリーデちゃんに聞き分けが無いような」
「そうだね。聞き分けが有ったとは、とてもじゃないが、言えないね。どうしてもオペイクス様が受け入れてくれないと悟ったのか、イリーデは、わあわあ泣きじゃくった。
おかげで、オペイクス様も私も大弱りだよ。絶対、近所に聞こえていると思ったね。こちらはイリーデを早くなだめようと焦るんだが、イリーデと来たら、私やオペイクス様を叩いてまで抵抗した」
「セピイおばさん」私は、あえて話に割り込んだ。
「ん、何だい」
「これは、ちょっと意地悪な推測かもしれないんだけど。イリーデは美少女の自分がふられるわけない、とか思っていたんじゃない?」
セピイおばさんは数秒、動かずに私をひたと見る。
「ああ、そこが気になったか。まあ正直、私もそれは思ったよ。でも、そんなこと言っている場合じゃないだろ。
オペイクス様はイリーデが振り上げた片手を捉えて、静かに話し出した。
『分かった、イリーデ。君の好意は、すごくありがたい。しかしと言うか、だからこそ私は君の好意を、安易に受け取るわけにはいかない。
私が君の好意に感謝するなら、どうすれば一番、君のためになるのかを考えるべきだ。すると、気をつけて君に接しなければならない、という結論になる。本当に君に感謝するなら、私が君の貞操に触れるなんてことは、もっての外だ。それは、私という男が、君の好意につけ込んでいるだけなのだから。
そして、そういうずるい男が世の中に多い事を、君も頭に入れて、気をつけなければならない』
その辺りまで聞くと、イリーデも少し落ち着いたのか、オペイクス様の話に聞き入った。まあ、まだメソメソしていたが。
『そして君が気をつけるべきことが、もう一つある。君は自分を捧げると言ったが、君自身はその言葉の意味を、まだ分かっていない。少しきつい言い方になるが、私には君が理解して発言したとは思えない』
これに、またイリーデが反発した。
『そんなこと、ありません。私だって、男女の契りくらい知っています。子供扱いしないで』
で、オペイクス様は、すかさず問い返した。『それは、経験した、という意味なのか』
イリーデは、ぐっと詰まって、涙をポロポロ流した。『だからオペイクス様と経験したいって言ってるのにぃ』とかブツブツこぼしたりしてね」
うーむ、と私は唸った。受け入れてもらえないイリーデの気持ちを考えると、さすがに同情してしまう。
「オペイクス様はイリーデの顔を覗き込んで、話を続けた。
『イリーデ。私は君を馬鹿にしたり、子供扱いしたり、したいわけじゃない。むしろ、まだ経験していない君に安心したし、改めて君を美しいと思った。それでいい。君は、そのままでいいんだ。
これは時期の問題なんかじゃないぞ。君とブラウネンには時間がたっぷりあるんだ。どういう契りの仕方がいいか、二人で、ゆっくり話し合いなさい。
ブラウネンは必ずや、君との話し合いに応じるだろう。ブラウネンは、そういう奴だ。これは君たち女が男を選ぶ時に、一番と言っていいほど大事なことだよ。
君を怖がらせたくないが、世の男たちのほとんどは、美しい君を脅しつけて服従させようと近づいてくる。あるいは、話し合いに応じているような顔をして、君を騙すか。そんな接し方が関の山だ。これがどういうことか、分かるだろ。男たちは君の外見を褒めそやしても、君の内面、君の気持ちに配慮しない、ということなんだ。
だから君たち女は、よくよく男を見極めなければならない。そりゃあ、男の私が言えた義理じゃないよ。でもイリーデ、君には、よく考えて行動してほしい。
君は幸い、環境に恵まれているんだ。ここにいるセピイや、城に戻ればシルヴィアさんたちに教わることができる。ましてや婚約者のブラウネンは、君を思いやれる。自分を優先したりしないで、君を待つことができる』
と、ここでイリーデが口をはさんだ。『彼は、私に嫌われないように必死になっているだけです』
すると、だよ。今でも、はっきり覚えているが、オペイクス様は、ふっと笑った。『それは悪いことかい?』
イリーデは、また言葉に詰まっていた」
う。聞いている私も、唸ることもできず、詰まってしまった。
セピイおばさんも、少し笑ったような。
「オペイクス様は続けて、とても優しい口調で言った。
『君に嫌われるのが怖い。つまり、それぐらいブラウネンは、君が好きってことじゃないか。
君に嫌われまいとするブラウネンの振る舞いが、君には、媚びへつらいのように見えて苛立ちを感じるのかもしれない。
たしかに、そういう負の部分もあるだろう。だが今は、ちょっと許すと言うか、様子を見てやってくれないか。
なるほど、男は女を抱きたいという魂胆をひた隠しにして、女にへつらう。ブラウネンにも、そんな気持ちが全く無い、とは言い切れないだろう。でも、そんな気持ちばかりと決めつけるのも、それはそれで言い過ぎなんじゃないかな。
私の見たところ、ブラウネンは君に嫌われることを恐れながら、君の気持ちを考えている。そうやって君に配慮する、君を思いやるクセが付きつつある。
これが、どういうことか分かるかい。ブラウネンは君から学びつつあるんだ。思いやりだとか、相手の気持ちを察することを』
オペイクス様はそこで話を区切って、イリーデをしばらく見つめたよ」
そういうセピイおばさんも今、私を見つめている。そうか、と私は悟った。おばさんは、この人を私に教えたかったんだ。このオペイクスという男を。そしてオペイクスの言葉を。
「イリーデは、オペイクス様に見つめられたまま、しばらく何も言えないでいた。何と返したらいいか、考えつかなかったんだろう。だからオペイクス様は、もう一度、言った。
『もう少し、ブラウネンを様子見してごらん。今まで気づかなかった彼の一面が見えてくるはずだ。婚約を解消するのは、それからでも遅くない』
イリーデは、これにも答えられなかった。
かと思ったら、数秒して、こんなことを言ったよ。『で、でも、お話を聞いて、オペイクス様をますます好きになりました』ってね」
私は、椅子から滑り落ちそうになった。それで、また椅子がガタついた。
セピイおばさんは、そんな私に少しニヤリとしながら言った。
「オペイクス様も、今のあんたみたいな顔をしていたよ。ちょっと頭をかいて、どう返すべきか考えていた。
『ありがとう、イリーデ。君ほどの美しい娘から、そんなふうに言ってもらえるなんて、光栄だ。神様と君のご両親に感謝しよう。
しかし戴くのは、その気持ちだけだ。君の体に、私が触れるわけにはいかない。それこそ罰当たりだ。
話がブラウネンのことにずれていったが、やはり君は、自分を捧げると言った意味を理解しているとは、私には思えないな。
それを今から教えよう。よく見ていなさい』
そう言っておきながら、オペイクス様は私をチラッと見た。何ともバツが悪いって顔でね。私はオペイクス様が何をためらっているのか分からなかった。でも、そのためらいも、ほんの一、二秒だよ。オペイクス様は、すぐに行動に移った。何をするかって、服を脱ぎ出したんだよ。
イリーデはハッとして、自分も服を脱ごうとした。でもオペイクス様はすぐに止めた『だめだ。見るだけだ』と。そして私にも、イリーデを止めるように、頼んだ。
なんて、ちょっと揉めている間に、オペイクス様は、とうとう裸になってしまったよ。イリーデは顔を真っ赤にしながらも『セピイさんは見ちゃだめっ』と来た。
オペイクス様も言った。
『巻き込んでおいて悪いが、たしかにセピイに見られるのは恥ずかしいな。
もっともイリーデにも見せるつもりはなかったんだが』
それからオペイクス様は、ため息をついた。バツの悪そうな顔のまま、自分の股間を見下ろしているんだよ。『どう考えても、見てくれのいいもんじゃないよなあ』なんて、ぼやきながら」
「な、なんか、へんなことになったね」などと私まで、相づちに困ってしまう。
「そうなんだよ。私は、自分が男の裸を見るのがソレイトナック以来だと気づいて、なお恥ずかしくなった。
とは言え、私もオペイクス様も恥ずかしがっている場合じゃなかった。イリーデを説得しないと。
『イリーデ、分かるかい?私と君が契るということは、君も裸にして、この裸の私が君にのしかかるということなんだよ。そして君の脚を開かせて、私のこの醜い陰茎を君の中にねじ込むんだ。
イリーデ、これを見て、よく考えなさい』
イリーデは、やっぱり何も答えられなかったよ。顔は真っ赤。目は、やり場に困って、散々泳ぎまくっている。オペイクス様のおちんちんをチラチラとしか見られない」
あー、セピイおばさんが、ついに言っちゃった、と私は思った。
「そして、ついにイリーデは両の手で顔を覆いかけた。すかさずオペイクス様は言ったよ。
『だめだ、ちゃんと見なさい。これは君が言い出したことだ。
まあ、見るに耐えないものだとは、自分でも思うが』
私は、このオペイクス様の一言を笑うべきか分からなかったよ」
「おばさん、ちょっと、ずるい」私は吹き出しながら抗議した。
セピイおばさんはニヤリとしている。
「ま、冗談は、ともかくとして。
言い返せないイリーデは、膝のところで服の裾を握りしめて、また泣きそうになっていたよ。
オペイクス様は、ちょっと頭をかいて、話を続けた。
『本当は、こいつがおっ立っているところも見せるべきか、とも思ったが。さすがに、この状況では無理だな。
二人どちらかの太ももか、胸の谷間でも少し覗かせてもらうという手もあるが、それもおかしな話だし』
私は、えっ、と驚いたが、先にイリーデが叫んだ。
『だめっ、セピイさんのは見ないでっ。私のを見てください』
で、また服を脱ぎかけた。もちろん私とオペイクス様は止めたよ。
『もう、やめておこう。今回の授業は、ここまで。
これで分かったね、イリーデ。君は男に慣れていないんだ。それは悪いことじゃない。当然のことだよ。
だから、少しずつブラウネンに慣れていけばいい。二人で、じっくり、何度も話し合いなさい。次の授業は二人でやるんだ。
さあ、もう休みなさい。
へんなものを見せてしまったね』
オペイクス様は、そこまで言って、やっと腰に布を巻いてくれた。で、イリーデと私を急き立てて、扉に向かわせる。
かと思ったら、オペイクス様は先に自分で扉を開いて、外に向かって叫んだ。
『さあ、君らも、もう家に帰るんだ。そして、このオペイクスが、こちらのイリデッセンシア嬢に不埒な真似をしなかった事を忘れてくれるなよ。あとあと、証人になってもらうからな』
途端に、近くの暗がりでうごめく影が幾つか見えて、そのあちこちで声も起こった。あわあわ言う声と、転んだり、互いにぶつかったりして痛がる声だよ」
「えっ、やっぱり覗かれていたの?」
「覗くと言うか、離れの壁に貼り付いて、聞き耳を立てていたんだろうね。招かれざる近所の男どもだよ。それに、土産物の荷車を引いてくれた使用人たちも混じっていた。
『す、すみません、オペイクス様』
『なんだ、君たちもいたのか。だったら、村人たちをメレディーンに連れて行く必要も無い。ご党首様には、君たちが証言してくれ』
なんて、やり取りしている間に私は、そおっとイリーデを寝室に連れて行った。やっと連れ戻せたんだよ。
『とにかく、もう寝よう』と私は促した。そしたら、あの子ったら私の目も見ないで、毛布を頭から被って、横になったよ」
そう話すセピイおばさんは、イリーデの態度に怒るより、少し笑っている。正直、私も同じ気分だ。
「大変だったね」
「ああ、人騒がせな子だったよ、まったく。まあ今となっては、いい思い出だが」
「恋人でもない男の人の裸を見た事が?」と私も思わず突っ込んでしまった。
セピイおばさんは大笑いした。
「そう言えば、そうだった。あんたも、少しは手加減しておくれな」
おばさんと私は、密偵の心配も忘れて、心から笑った。
さて今度こそ、翌日の話である。セピイおばさんは、その前に葡萄酒を少し呑んで、喉を湿らせ、私にも勧めた。
ツッジャムの城下町、ベイジの家で一泊。この山の案山子村の、我が家で二泊。三泊目は果たして、どんな珍事件が起きるのやら。なんて思いながら、おばさんの話を聞いていたのだが。
セピイおばさんたち一行は、三泊はしなかったそうだ。オペイクスがセピイおばさんに頼んだのである。メレディーン城に戻ろう、と。党首アンディンからは、一週間くらい過ごしていいと許可をもらっていたはずなのに。
原因はイリーデちゃんだ。オペイクスは密かに、セピイおばさんに理由を明かした。もう一泊して、またイリーデに迫らせたら困る、と。
なるほど、妥当な判断だ、と私も聞きながら思う。それとも、もう一回、誘われたら、今度は理性を保てない、という意味だろうか。この少し意地悪な見立てをセピイおばさんに話したら、またウケた。
でも、おばさんはその後すぐに訂正した。「いや、あの人は、やっぱり、あの子に手を出さなかっただろうね。あの人は、そういう人だ」
これを聞いて私は、すごい信用だな、と思った。そんな人がこのヨランドラの男だなんて。誇らしいし、嬉しい。
そして、そんな話を大叔母と共有できた事を、外孫の私も嬉しく思う、のだが。
気のせいか、話しているセピイおばさんの声に、だんだん張りがなくなってきたような。
話は、おばさんたち一行が村を出発する直前の、みんなの様子に移った。
「帰りには、ツッジャムの城下町でもう一度ベイジの商家にも立ち寄る予定だったからね。オペイクス様は御者さんや使用人たちを急かした。
イリーデは、早々と馬車の中に引きこもったよ。まともにオペイクス様の顔を見られなかったんだろう。まあ、私が同じ立場でもそうすると思って、好きにさせておいた。
しかし、そんなイリーデを離れたところから見ていたのか。近所の男どもが、わざわざオペイクス様に近づいて、話しかけるんだ。
『騎士様、あんた、ほんとにいい人だな。昨夜は、すっかり感心したよ。あんだけのべっぴんさんが誘ってくれてんのに、自分の裸を見せるだけで済ますなんて』
オペイクス様は村人の無礼を叱りもせずに、軽く笑って言った。
『ああ、あなた方には醜いものを見せてしまったな。せめて、雑談のネタにでも活用するといい』
これを聞いて、村の男どもが調子づいてね。『いやいや、俺のより何倍もご立派でしたぜ』なんて言って、下卑た笑いが起きたりした。
他にも『できれば、あのお姫様の方も拝見したかったなあ』なんて言う奴も居て。
その辺りから、さすがにオペイクス様の調子も少し変わってきた。
『それは見せられないな。あなた方があの子のそんな姿を見た日には、私はあなた方を斬らねばならなくなる』
オペイクス様がさらっと発した一言に、男どもは、ヒッと声をもらして詰まった。
それで連中も大人しくなる、と私も期待したんだが。やっぱり、この村の男どもだね。食い下がるつもりでもなかろうに、余計なことを言う馬鹿が、まだ居たんだよ。
『それにしても騎士様。あんた、すげえや。俺があんたの立場だったら、とっくに、あのお姫様にむしゃぶりついて』
馬鹿の無駄口は、そこまでだった。オペイクス様の手がすばやく動いて、男の両の唇を掴んだんだ。ほんのちょっと瞬きした間の出来事だよ。もちろん男はしゃべれないし、他の男どもも固まった。
オペイクス様はあいかわらずの口調で、穏やかに馬鹿男を叱った。
『いけないな、そんな言葉を使っては。女性に対して失礼だ』
続けてオペイクス様は、他の男どもに呼びかけた。
『誰か、この人の奥さんか、家族を連れてきてくれないか。村の女性陣からも、叱ってもらおう』
これが聞こえたんだろう。少し離れた所から、こちらの様子をうかがっていた、ご婦人方の一人が飛び出して来た。そして馬鹿男の頰を思い切り、つねった。
『あんたってば、ほんっとに恥さらしなんだから。これ以上、村の評判を落とすんじゃないよっ』
とか叱ってから、オペイクス様に謝ったよ。奥さんは、そのまま自分の旦那さんを引きずっていった。
それに合わせて他の男どもも、足音を立てずに、すごすごと引き下がった」
「また、とんだ一悶着だったね。しかも、この村らしい、と言うか。思ったことを全部言わないと、気が済まないのかしら』
「まったくだよ。恥ずかしいったら、ありゃしない。オペイクス様には、私からも謝ったんだよ。田舎者の振る舞いと思って、多めに見てください、と。オペイクス様は笑って許してくれたけどね。
そうこうしているうちに、馬車や兵士たち、使用人たちの準備も整った。あとは出発するだけ。うちの家族と叔父さんたちの家族も、私を見送ろうと集まってきた。
ここで、さらに一悶着と言うか、前日の続きと言うか」
セピイおばさんは、はっきりと、ため息をついた。
「父さん母さんをはじめ、親戚筋まで一通り挨拶が済んだと思ったら、兄さんが最後に残っていた。
サッと私の前に立つや、兄さんは言ったよ。
『セピイ。あの騎士が悪い奴じゃない事は、俺も認める。なるほど、人が良すぎるくらいだ。
だが、そんなことは俺ら家族には、何の関係も無い。
はっきり言うぞ、セピイ。お前は村に残れ。
そして、こいつらと縁を切れ。もう、こんな連中と付き合うんじゃない。いくら田舎もんの俺でも気づいたぞ。お前の里帰りは表向きで、本当は何か、ヌビ家の都合、貴族たちの都合があったんだろう。俺は親族の一人として、お前が貴族たちの軋轢なんかに巻き込まれてもいいとは思わんぞ』
ここで、例の兵士の片方が割り込んできた。
『おうおう、あいかわらず人聞きが悪いな、お兄さんよ。もうすでにヌビ家が陰謀めいた動きをしている、みたいな決めつけ方じゃねえか。証拠でも有んのかよ?」
兄さんは、これに詰まるどころか、すぐに言い返した。
『証拠は無い。しかし俺には、そう見える。俺のこの見立てが不満なら、あのノッポ野郎、ソレイトナックを連れて来て、今すぐ俺に会わせろ。でなければ、うちの妹もいずれ、あいつみたいに行方知れずになるんじゃないのか。そうならないと、お前たちは保証できるのか」
兄さんと兵士は、きつく睨み合った。でも兄さんも兵士も互いに詰め寄ったりは、できなかったよ。とっくに父さんや叔父さんたちが兄さんの腕を掴んでいたし、兵士も同僚に同じことをされていた。オペイクス様も目で、兵士に注意を促していたしね。
逆にオペイクス様の方から、音も無く、兄さんに歩み寄って、頭を下げた」
「えっ」
私は思わず声をはさんでしまった。聞き間違いかと思ったのだ。
「頭を下げたんだよ。騎士であるオペイクス様が、平民に過ぎない、うちの兄さんに。
兄さんのすぐ後ろで、叔父さんたちが口をぱくぱくさせていたっけ。
オペイクス様は言った。
『すべて、君の言う通りだ。我々は君の妹さんを危険なことに巻き込んでいる。そして今後もあるだろう。昨日の繰り返しになるが、それでも、やはりセピイの、妹さんの協力が我々には必要なんだ。申し訳ない』
私も、たまらなくなって叫んだよ。兄さんもオペイクス様も、すぐそばに居るのに。
『兄さん、もうやめてっ。
オペイクス様も、どうか頭を下げないでください。私は自分の意志でヌビ家にお仕えしているんです。私から改めてお願いします。どうか女中を続けさせてください』
すると、兄さんは私の言葉を遮った。
『それは、ヌビ家にソレイトナックを探してもらうためだろ。だから奴のことは諦めろ。マルフトさんからも、そう勧められたんだろうが』
これには私が詰まってしまったよ。図星だったからね。
でも、返事に悩む暇は大して無かった。兄さんの後ろから、叔父さんの一人が進み出て、話に入ってきたんだよ。
『ちょ、ちょっと待ってくれ。みんな。
騎士様。一つ、お尋ねしたいことがあります。仮にセピイを村に引き止めた場合、私どもは、いただいた物をお返しした方がよろしいのでは?』
オペイクス様は『いや、そうとは限らない』と言ってくれたが、兵士が、またしても割り込んだ。
『オペイクス様、こいつらに遠慮することはないですよ。文句があるんだったら、呑み食いしたもんを吐いてでも返せって、言ってやりましょうぜ』
オペイクス様は、これも叱りつけた。でも兵士は、しばらく小声でブツブツ言っていたよ。私には、ちゃんと聞こえたんだ。『平民のくせして、誰のおかげで、こんないい目を見られたと思ってんだ』とかね」
「ヌビ家のおかげって言いたかったのかな?」
「まあ、そんなとこだろう」
うーん、と私は唸った。聞けば聞くほど、若き日のお爺ちゃんに賛成だからだ。セピイおばさんは女中を続けて良かったのか、と考えてしまう。って、私も女中になりたがっていたはずなのだが。
セピイおばさんの話は続く。
「オペイクス様は『気にしないように』と言ってくれたんだけど。
今度は父さんが『私からも』と、オペイクス様に質問した。
『正直、私は娘の件で、村がモラハルト様から何か嫌がらせを受けるのではないか、と恐れておりました。しかし今日まで、そのような事は一度もありません。
もしや、ヌビ家のご党首様が、何らかの配慮をしてくださったのでは?』
これにはオペイクス様も少し、返事に困っていた。その辺りはオペイクス様も、ご党首様から聞かされていなかったんだ。オペイクス様がそう答えると、兵士が手を挙げた。
『オペイクス様、お怒りでしょうが、あと一つだけ発言させてください。
俺は、ご党首様の配慮があった、と断言していいと思います。たとえ、ご党首様が実際に何かしたわけじゃなかったとしても、です。
モラハルトだって、セピイがご党首様に事件ついて話したと察していたはずだ。ご党首様を意識して、下手な行動に出なかった事は充分、考えられますぜ』
オペイクス様は、また少し考えていた。
『うむ。君のその意見は、たしかに一理ある』
続けてオペイクス様は、父さんに問い返した。『しかし、セピイのお父さん。今なぜ、それを気にするのです?』
父さんは何か言いたげな顔をしているのに、すぐには答えなかった。そんな父さんを見て、兄さんが目を見開いたよ。『親父、まさか』と呻いた。
『ああ、そのまさかだ。私は、やっと頭の整理がついた。
セピイよ。父さんは改めて、お前に頼む。済まないが、村のためにヌビ家の女中を続けてくれ』
父さんがそう言うと、兄さんが『親父っ』と叫んだ。でも、やっぱり叔父さんたちが捕まえていたんで、兄さんは父さんに近づけなかったよ。
オペイクス様は父さんに言った。『失礼ですが、それは気の回し過ぎです。たとえセピイが女中を辞めたとしても、ヌビ家には領主として、この村の安全を守る義務がある』
しかし父さんは黙って、オペイクス様を見つめるだけだった。
私も言ったよ。『父さん、気にしないで。元から、私は女中を続けるつもりだから』
すると兄さんが、私やオペイクス様に背を向けて、家に戻ろうとした。それで父さんは兄さんに、私に対して別れの挨拶をしろ、と言いつけた。兄さんは、もう充分、私と話した、と言い返した。父さんは兄さんを叱った。みんなの前で。
それで兄さんは、ゆっくり振り向いて言ったんだ。
『じゃあ騎士様に、あと一言だけ言わせてもらおう。卑怯だぞっ』
これで今度は、叔父さんたちが父さんを止める事になった。父さんが兄さんを殴るつもりだったのが、私にも分かった。オペイクス様もサッと手振りで、兵士たちを制していた。
私は泣きたかったが、まだ早かったよ。兄さんに、義姉さんが駆け寄ったからね。私は義姉さんに向かって叫んだ。『兄を頼みます』と。義姉さんは力強くうなずいてくれた。
そして父さんが、青い顔をしたまま、オペイクス様に言った。
『せがれが、たびたび失礼しました。
どうぞ、もう出発してください。おかげさまで、私たち家族は充分、話せました』
これに答えて、オペイクス様は父さんと母さんに約束した。メレディーンから定期的に私の手紙を届けさせる、と。
そして私に、馬車に乗るよう促した。馬車の窓からは、イリーデが心配そうな顔を出していたよ。
で、ようやく馬車が動き出した。馬車の窓からは、泣いている母さんを支える父さんの姿が見えた。私は窓を閉めた」
セピイおばさんは、そこで話を区切って、頰の涙をぬぐった。それを見て、今度は気づいていたか、と私は思った。セピイおばさんは、静かに涙を流していたのである。
おばさんは付け加えた。忘れない、と。この時のひいお爺ちゃんとひいお婆ちゃんの様子。若き日のお爺ちゃんとお婆ちゃんの振る舞い。セピイおばさんは、一生忘れない、と繰り返した。
私にも、その意図は分かった。外孫の私にも忘れないでほしい、知っていてほしい、とセピイおばさんは願っているのだ。もちろん私も同感である。おばさんの期待に応えたい、と思った。
「やれやれ今夜も長くなっちまったか。後ちょっと続きを話して、今夜はお開きにしよう」
そう言うとセピイおばさんは、メレディーンまでの帰途を手短かにまとめて、説明した。
山の案山子村を出て、すぐツッジャム城の城下町に入り、ベイジの商家に立ち寄った事。メレディーンまでは、ベイジの旦那さんと使用人の一人が同行した。行く先々で、ベイジの旦那さんは地名や目印になる教会堂なんかを、羊皮紙に書き留めていた。
それに付き合って隊列を止めて休憩している時に、セピイおばさんはオペイクスから言われたそうだ。
『君のお兄さんは立派だった。私は、すっかり感服したし、妬ましいくらいだよ。親兄弟と絶縁している私なんかより、はるかに偉い』
これを聞いて、セピイおばさんもイリーデも驚くばかりで、何も言えなかったそうだ。セピイおばさんが言うには、オペイクスに表情がとても悲痛なものに見えた、とも。
聞いていて、私も不思議に思った。お人好しと言われるほどのオペイクスが家族と絶縁?でも私は、セピイおばさんに尋ねるのを我慢した。おばさんは話に区切りをつけようとしているのだ。私も今さら、話の腰を折ったりしない。
おばさんたち一行は、その後、賊に襲撃された地域の村長と、役人のところにも立ち寄ったそうだ。賊の頭目を含め、悪人どもの半数は衰弱死していた。オペイクスは被害者の家族に再会して、被害に遭った娘さんの様子を尋ねた。娘さんは人を怖がるようになって、家に閉じこもっている、とのことだった。賊への報復も家族に任せて。
「ヴィクトルカと同じだね」
私が思わずつぶやくと、セピイおばさんは「そうなんだよ」と相づちを打った。とても小さな声で。
そしてセピイおばさんたち一行は、メレディーン城に帰還した。もう太陽も沈んで、山の端に隠れていたそうだ。
党首アンディンは内心、一行の早すぎる帰還を驚いていただろうが、すぐにセピイおばさんたちを問い質したりはしなかった。オペイクスからの報告も急かしたりせず、ベイジの旦那さんたちに会ってくれたそうだ。
ベイジの旦那さんと使用人は、さぞかし緊張しただろう。でも、その甲斐あって、党首アンディンから許可をもらった。月に一度、メレディーン城での品物の売り込みを許されたのだ。
もちろん党首アンディンは、ベイジの旦那さんからツッジャム城下の情報を、庶民の声を収集するつもりだったに違いない。
ついでと言おうか、セピイおばさんがお爺ちゃんたちに宛てる手紙は、これ以降、ベイジの旦那さんたちが届けてくれることになった。
その夜、ベイジの旦那さんたちはメレディーン城に一泊して、翌朝ツッジャムに帰っていった。
こうして、ようやくセピイおばさんの里帰りの話に区切りがついたのだ。
セピイおばさんは、離れから私を送り出しながら、言った。
「イリーデとオペイクス様の一悶着で、もっと浮いた話になる、と思っていたんだがねえ。
こんなに話すことがあるとは、自分でも驚きだ」
そして、しっかり休むように、と言い足しながら、私の背を押した。




