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花見のコビトさん

 グレープフルーツ味のチューハイは苦くて、あまり好きじゃない。

 なのに、どうして私はそれを呑んでいるのか。

 次の3つのうちから選びなさい。


 レモンチューハイと間違えたため。

 あえて苦手な味にすることで呑み過ぎないようにするため。

 押し付けられたため。


 正解はこちら。


「いやー、呑んでもらっちゃってごめんね」


 近くで場所取りをしていた別の団体の女子から貰った紙コップ入りのチューハイをコビトさんに押し付けられたから、だ。

 笑顔で受け取った以上は自分で呑むのが礼儀でしょうが。


「お酒、イケる口だって聞いたんだけど、どう?  美味しい?」

「マズいです」

「わぁ、正直者」

「バーベキューの火起こしのお礼で貰ったのはコビトさんなんですから、本来はコビトさんが呑むべきものですよ」

「俺、苦いのダメなんだもん」


 何が『もん』だ。

 ちょっと顔が良くて、周りより仕事がデキるところに愛嬌を乗っけて更に親しみやすさを演出とか、見せる相手を間違えているとしか思えない。


「その顔でさっきの女子に同じことを言ったら、クッソ甘い果汁ゼロパーセントのブドウジュースでも買ってくれるんじゃないですか」

「いやー、それはちょっと望んでないというか」

「面倒臭いのでもう黙ってて下さい」

「それそれ。氷点下並みの冷たい視線、痺れるわ」


 事務の手伝いをしている部署が花見をするからとバイトの私にも声を掛けてくれたのはありがたいが、どうして場所取り担当が私とコビトさんなのだ。

 同じ部署の女子は勿論、受付嬢から掃除のおばさまに至るまで、幅広い層のファンがいるコビトさんなら、ただただ寒くて暇なだけの場所取りでも一緒にやりたいと挙手する人はいっぱいいただろうに。

 見るともなくスマホを開いていると、ウキウキした声でコビトさんが話し掛けてきた。


「なぁなぁ、皆が来るまで何して遊ぶ?」

「遊びません」

「アカペラのど自慢大会とかどう?」

「歌い出しで即、鐘鳴らしますけど」

「俺の歌声、聴いてよ」

「脳にノイズが走るんで遠慮します」

「3オクターブぐらい出るから」

「そんなに歌えるなら今すぐ会社辞めてオペラ歌手にでも転職したらどうですか」

「ヤだよ、人前で歌うの恥ずかしい」


 一応私も人間なんですが……と言おうとしてコビトさんを見ると、物凄く目をキラキラさせている。


 しまった、忘れていた。

 秀でた見た目と人当たりの良さに皆騙されているが、コビトさんの実態は言葉責めが大好物なただの変態だったということを。


 私はラリーを打ち返すことを止め、チューハイを一口呑む。


「マズいなら止めときなよ」

「美味しくいただいてますが」

「さっきマズいって言ったじゃん」

「記憶にないです」


 ちびちびとしか進まないので一向に量が減らない。


「もしかして、苦いのダメだったりして」

「いいえ、大好きですが何か?」


 こういう(やから)は、弱みを握るとすぐ調子に乗るのだ。

 私は勢いよくカップを傾け、心を無にして喉の奥へチューハイを流し込む。

 シュワシュワとした炭酸が粘膜を撫でるように通過していく。口の中いっぱいに独特の苦みが広がっていくことから意識を逸らすように、私は頭の中でひたすら寿限無(じゅげむ)を唱えた。


 が、無理だった。

 うげぇ、やっぱダメだわ、この味。


 カップの中にはまだ半分ぐらい残っているが、果たして気合だけで呑み切れるのかと思っていたら、横からコビトさんの手が伸びてきて、ひょいとカップを奪われた。


「え」


 流れるようにカップに口を付けると、コビトさんは喉仏を上下させながらゴクゴクと一気に呑み干した。


「旨い」

「いやいや、何してんですか」


 苦いのダメって言ってたの、貴方なんですが。


「今、旨いって言いましたよね」

「言ったっけ」

「言いましたよ、5秒ぐらい前に言ってます」

「記憶にないな」

「真似しないで下さい」

「グレフルチューハイ、美味しいよ」

「マジで、ざけんな」


 お前が苦いのイヤだからってこっちに押し付けた癖に、旨そうに全部呑み干すとかどういうことだよ、舐めてんのか……と喉まで出掛かったが、さっきのチューハイのダメージが尾を引いているのか、ゲップしか出て来ない。


「苦いの得意じゃないんだろうなぁと思ってたけど、俺のことを罵りながら弱みを見せないように必死で苦手な物を受け入れる気の強いところがちょっとたまんないなと思っちゃって。ずっと見てたかったんだけど、別に虐めたい訳じゃないからさ」


 にんまり笑うコビトさんの顔にグーパンを入れようと握り拳を用意したところで、部署の人々が歩いてくるのが見えた。


「こっちこっち」


 コビトさんが右手を挙げて、居場所を知らせる。

 週明け、コピー中に紙切れを起こしても絶対補充してやらないからと心に誓う私に、コビトさんがぼそりと小声で言った。


「まぁ、本当の目的はコレだったんだけど」


 紙コップに薄く残る淡いリップの跡を私に示すと、コビトさんは私の目を見たまま同じ場所に被せるように唇を付けた。


 何やっとんじゃ、お前。


「堂々とした変態っぷりに、ちょっと引いてるんですが」

「その顔、最高」


 近付いてきた部署の人たちが、大笑いする正社員と呆れ顔のアルバイトを見て「何があったのか」と不思議そうにしている。


 来年は誘われても絶対行かないから。


 私は空の紙コップを忌々しく眺めながら、固く決意した。

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