残業のコビトさん
電卓を叩いていたら、コビトさんと目が合った。
「お疲れ様です」
「おつー」
敬語で挨拶をする私に、ライトな返事を返すコビトさん。
入社4年目、26歳、オス。
仕事がデキて、人当たりも良く、上司受けも上々。
『コビト』という名字の癖に無駄に背が高くて、こいつのせいで私の席からホワイトボードが物凄く見えにくい。
「何やってんの」
「計算です」
「ふーん」
数字叩いてんの、見たら分かるでしょうが。
まぁいつものことだから気にしない。
気にしないけど、イラッとはする。
向こうは社員でこっちはバイトだからそういうものと言われれば仕方ないが、納得はしていない。
「きょう、何時まで?」
「20時までです」
「過ぎてるけど」
向かいの席に座るコビトさんが暢気のんきにコーヒーを啜りながら言った。
「明日の朝イチで使うから今日中に処理をと依頼されたもので」
こっちだって、好きで残業している訳じゃない。
大体バイトに残業させるなよ。
気が付けば、本来の終業時刻より1時間超過している。
コビトさんはコーヒーを手にしたままこちらの席へ回って来ると、手元の資料を覗き込んで「ん?」と言った。
「これ、もう受け取り済みなんだけど」
女子社員たちからきゃあきゃあ騒がれている顔が、私の左頬のすぐそばにある。
近い。
離れろ。
「計算も何も、資料自体今日の昼に別部署に回してるからやる必要ないよ」
あぁ、またか。
地味な嫌がらせだ。
面倒臭い。
「そういう訳にはいきません」
「終わった仕事だってば」
「数字を確認してくれと言われたもので」
「それこそバイトにさせない作業だよ」
私の耳元で「何でこんな無駄なことをやらせるんだろう」とぶつぶつ言い続けるのがうっとおしくて、私は言ってやった。
「コビトさんのせいです」
「俺のせい」
「コビトさんが私にばかり構うから、余計な妬みを買うハメになったんじゃないですか」
元来『コビト』というのは知らないところで仕事を片付けてくれる存在なのに、増やしてどうするんだ。
この人のせいで女子社員たちからの当たりがまぁまぁキツくて居心地が悪いし、陰湿なことをするヤツの存在そのものにもイライラする。
「このままじゃ仕事がやりづらくて仕方がないです。もう話し掛けないでもらえますか」
それだけ言うと、私は再び電卓を叩き始める。
こうなったら意地でも終わらせてやる。
ムカムカしながら人差し指でひたすら数字を連打していたら、後ろから「くくく」と笑いをかみ殺す声が聞こえてきた。無視していたら殺しきれなくなったのか、ついに「はは!」と声を出して笑ったので、私はギョっとした。気付けばフロアには私とコビトさんしかいない。
「何がおかしいんですか」
「君、面白いよね」
こっちは全く面白くも何ともないんだが。
「あぁ、笑った」
それまで下を向いていた顔が、ふとこちらを見た。
あれ?
何か様子が違うぞ。
「こうもなびかないと、楽しくなってきたなぁ」
「そんなワクワクするようなポイント、ありましたっけ」
「俺的にはめちゃくちゃある」
コビトさんは夢中で泥団子を作る幼稚園児のように、目をキラキラさせている。
「俺さ、昔から自分がどう振る舞えばモテるかって分かるんだよね。女はもちろん性別も年齢も関係なしに大体みんな俺のこと好きになるんだけど、どうしてか君だけ俺のこと、ミジンコを見るような目で毛嫌いするから逆に気になっちゃって、ふふふ」
テンションが上がっているのか、笑いが収まっていない。
「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど、とりあえずミジンコに失礼ですよ」
「だから、そういうとこね」
超楽しいと、腹を抱えている。
まさかコビトさんが虐げられて悦びを覚える変態だったとは。
この本性、コビトさんのことを狙っている女子社員たちに教えてやりたい。
ひとしきり笑って感情が落ち着いたところでコーヒーをぐいと飲み干すと、コビトさんは言った。
「まぁ、そんな訳でこれは貰っていくね」
「あ」
計算途中の資料をひょいと没収されたので「困ります」と取り返そうとしたら、伸ばした手をそのまま掴まれた。
「悪いけど、君のことをそうやってイラつかせていいのは俺だけなんだわ」
「は?」
「今度こういうことがあったら言って。速攻叩き返す」
じゃあ早く帰んなよと言って、コビトさんは私のタイムカードを勝手に切った。
何なの。
ちょっと自分の顔面がいいからって、何を言っても許されると思ってるところが鼻につく。
何気ない行動に見えてすべて計算ずくで、気の強い私に対しても「こうすれば面目が保てるだろ」と思ってそうなのもムカつく。
「……それじゃあ失礼します」
仕方なく私は身支度をして、席を立つ。
こうなったらいつまでもずっとゾウリムシを見るような目で見てやる。
コビトさんなんて、絶対好きにならないんだから。
エレベーター前で固く誓うと、私は会社を後にした。




