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九話目 人生の分岐点

 大学の合格発表の日、キャンパスは受験生やその関係者でごった返していた。

 私達は人だかりを掻き分け、講堂の前まで辿り着いた。


「番号あった!」


 私は羅列された番号の中から自分の受験番号を見つけて、大声を出した。

 受かる自信はあったものの、これにはさすがの私も安堵した。

 受かってよかったと心の底から嬉しかったことを覚えている。

 しかし、横にいるあいつの青い顔を見た途端、その安堵が引っ込んだ。


「……なおちゃんのは?」

「オレの無い……」

「そんなバカな。番号を見せてみろ」


 しかし、何度見てもあいつの番号はなかった。

 今までで気まずいと思ったのは、あの時だけだ。


「大丈夫だ。落ちたのは、なおちゃんだけじゃないぞ。ほら、あそこにも泣いている子がいるだろ」


 私が気休めで言った言葉は、何の足しにもならなかった。


「じゅんちゃん、どうしよう……」

「とにかく、学校へ行こう」


 私は、あいつの腕を掴んで逃げるように、その場を立ち去った。


 私達が学校に着くと、あいつの父親も駆けつけていた。


「父ちゃん、ごめん」


 あいつは父親の顔を見るなり、泣き出した。

 すると父親は、いきなりあいつの頭を拳骨でガンと殴った。


「この恥さらしが! 落ちてみっともない上に、人様の前で泣くとは、この根性なし!」


 そうして、さらに掴みかかろうとしたところに、担任が間に割って入り、何とかその場は収まった。


「これからどうするんだ。俺は親戚中に、うちの息子はいい大学に決まったって、言っちまったぞ」


 担任が顔を引き攣らせた。


「発表前に、そんなことを言ったら、永田君がかわいそうですよ」

「だって、先生。母ちゃんが死んじまって、俺の楽しみはこいつしかないんですよ。それなのに、親に恥かかせやがって」


 これには、さすがの私もカチンときたが、優先度が大事だ。


「それよりも、今は、これからどうするかが先決ですよ」


 すると、担任もあいつを労うように、柔らかな口調でこう言った。


「他にも選択肢はいくらでもあるわ。これから、他に受けられる大学あるし、それがダメでも、浪人して予備校へ行くとか。専門学校に行ってもいいと思うわ。それに、いっそ、お父さんの不動産業を手伝うというのもいいと思うわよ」


 すると、あいつの父親はもっともらしい顔で、こう言った。


「お前、母ちゃんにプー太郎だけはダメだと言われていただろ。覚えているな?」

「うん」

「じゃあ、これからどうしたいんだ?」

「オレ、じゅんちゃんと同じ大学に行きたい……」


 あいつは小さな声で、そう返答した。


「じゃあ、来年、もう一度、受けるんだな?」

「違う。そうじゃなくて、今年、一緒に行きたい……」

「バカ! そんなことだから、落ちるんだ!」


 あいつはまた大泣きした。


 その後、あいつは受験で張りつめていた糸がプッツリと切れたらしく、他の大学をいくつか受けたが、すべて不合格になってしまった。

 そうして、卒業式も近づいた頃に、あいつの家を訪ねると、あいつは不合格通知を握りしめて私に縋りついてきた。


「じゅんちゃん、どうしよう?」

「まぁ、落ち着けよ。そんなに物事を重大に受け止めてはいけないと思うよ」


 こうやって、縋りつかれるのは今回が初めてではない。

 落ちるたびに、私はあいつを励ました。


「どうやったら、落ち着いていられるんだよ! じゅんちゃんは受かったから、そんなことが言えるんだよ」

「そんなことを言われても」

「だって、そうじゃないか! 春になったら、オレを置いて一人でキャンパスライフを楽しんじゃってさ、それで、彼女なんか作っちゃってさ。どうせ、オレの事なんか忘れてちまうんだろ!」

「アハハッ」


 あいつの子供じみた怒り方が面白くて、私は思わず笑ってしまった。


「人が真剣に話しているのに、どうして笑うんだよ!」


 あいつは鼻の穴をフゴフゴとして、怒りに震えている。


「どうしてって。なんだよ、面白い顔して。アハハッ」


 私は笑いが止まらずに、お腹を抱えて笑った。すると、釣られて、あいつも笑いだした。


 しばらく、二人で笑った後、あいつがこう言った。


「ごめん。いいんだ。オレのことは忘れて青春を楽しんでくれ」

「何を言っているんだ。忘れるわけがないだろ。一緒に楽しむんだよ」

「オレの人生はもう終わった。もう大学になんか行かない」


 あいつはそう言うと、英字新聞柄のシャツがクシャクシャになるのも構わずに、ベッドに寝転んだ。


「じゃあ、どうするんだ。プー太郎はダメなんだぞ」

「プー太郎だろうが、くまのプーさんだろうが、もう、どうでもいい」

「フーテンもダメなんだぞ」

「それ、何だっけ?」


 永田はそう言いながら、ティッシュで鼻をかんだ。


「知らないの? 大人気の人情映画だよ」

「そんな映画は観たことない」

「おれだって観たことない」

「なんだよ、それ」


 このようになんの意味もなく、そして、くだらない時間が一番楽しかったのかもしれない。


 その時、私に妙案が浮かんだ。


「じゃあ、なおちゃんは、会計の専門学校に行ったら?」


 あいつはベッドから頭を持ち上げて、私の方を見た。


「ほら、あの大学の駅前に、そういう専門学校があっただろ?」

「あ~、駅のホームから、看板が見えていたやつだ」


 受験した当日に、二人でその看板を見た。

 そこには「簿記検定1級取得まで完全サポート!」、「就職率99%!」と大きな文字で書かれていた。


「それだ」

「どうして、そこなの?」

「そこなら、学校帰りに一緒に遊べる。なんなら、なおちゃんも大学に遊びに来たらいい」

「さすが、じゅんちゃん。ナイスアイデアだよ。それだったら、気分だけでも大学生になれるかもしれない」


 あいつは一気に笑顔を取り戻した。

 それから、私はあいつの背中をもう一押しするために、補足情報を付けた。


「それに、会計を勉強しておけば、将来、不動産屋を継ぐ時に役立つはずだし、それだったらおじさんも納得してくれそうだろう?」

「じゃあ、そうする」


 ――こうして、あいつは「違う道」への一歩を踏み出した。



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