最終話 私が憑いているぞ
私は『なおちゃん』の顔をじっと見つめた。
伊吹は怒りをグッと堪える様に声を押さえて、こう言った。
「あなたは本当にひどい人だ。おじさんは最期まで、あなたを信じていたのに」
「それは君の買い被りだよ。オレは普通の人間なんだ。あいつはオレのことなんて、なんとも思っていない」
あいつはそう言って、力なく笑って見せた。
「そんなことない。そんなことないのに……、あなたは自分の人生がうまくいかないのを、おじさんのせいにしたんだ。あなたが自分に自信が持てないのは、自分のせいなのに……。それにおじさんがいなくなったからって、あなたのその弱さは変わらない。あなたは普通なんかじゃない!」
伊吹が声を荒げてそう言うと、あいつは独り言を呟くように、こう言った。
「……お前がなんと言おうと、オレの気持ちは誰にも解らないし、これがオレの普通だ」
それを聞いて、伊吹は唇を強く噛み締めた。
そうして、彼は私が耳元で囁く通りに、こう言った。
「……最後に、おじさんはこう言っていました。永田さんがいくら失敗しようが、挫けようが、そんなこと、おじさんには関係無かったって……」
「そうだろ? そういうやつだよ」
あいつは投げやりにそう言った。
しかし、伊吹はその言葉を遮るように話し続けた。
「そうじゃない! おじさんは……、そういうこともひっくるめた、あなたと言う存在全てを親友だと思っていたって」
それを聞いたあいつの顔が真っ青になった。
「……それは、本当に友利がそう言ったのか?」
「そうです」
「まいったな……」
あいつは言葉に詰まって、首を振った。
「……どうか、おじさんの分も長生きしてください」
これは伊吹のアドリブだ。
そうして、伊吹は例のメッセージ入りの封筒をあいつに渡した。
遠ざかる永田の背中が小さく見えた。
これから、あいつはどうするのだろう?
私が人生を懸けた研究成果を売りに行くのだろうか?
そうして何食わぬ顔で、これまでと変わらずに生きていくのだろうか?
しかし、そうなったところで、もう私の範疇ではない。
――あぁ、しかし……
ちっとも、成仏できる気がしないのだが……
そもそも、成仏とは?
神とは?
生命とは?
……一体、何だろうか?
私がそのようなライフサイエンスの謎に挑んでいると、伊吹が私を呼んだ。
「おじさん、これ」
そして、彼はあいつに渡したはずの物を、手品のようにポケットから出して見せた。
「あいつに掴みかかられた時に、サッと取り返しちゃった」
そう言うと、彼は照れたよう微笑んだ。
――あぁ、やっぱり、私は恵まれている!
私の気持ちは固まった。
「よし! では、君がその研究を続けるのだ」
「えぇ? なに? どういうこと?」
「大丈夫だ。君に研究の全てを任せるぞ」
「研究って、ぼくは文系寄りの理系だよ。出来っこないでしょ」
「なんだ? その『文系寄り』ってのは。初めて聞いた。しかし、心配するな。この技術が世に出るまで、私が憑いているぞ」
どのような形であれ、私の精神は生きている。だから、このような選択肢があってもいいはずだ。
しかし、その表明を聞いた伊吹は、慌てて首を大きく振った。
「ちょっと、待ってよ! 世に出るまでって、話しが違うくない? それって、全然、成仏する気ないじゃん!」
「大丈夫だ。必ず成功する。文字通り、私が憑いているのだから」
私はそう言って、大きく頷いた。
「だから、それがおかしいんだよ。だって、成仏する約束だったでしょ?」
「そうだ。君が例の物をあいつに渡したら、私の心残りが無くなって成仏できるはずだった。しかし、君はせっかく渡した物を取り返してしまった……。あぁ~、私は成仏したかったのに、非常に心残りだ」
私はそう言って、大げさに肩を落として見せた。
「でっ、でも、それは想定外のことが起きたから仕方なくというか、成り行きでと言うか~。だって、その方がおじさんも成仏できると思ったから!」
伊吹は額から大粒の汗を流し、驚くほどの早口でそう言った。
「残念だったね。伊吹君、ミッションクリアならず! 私も成仏できなくて悔しいよ」
私が苦り切った顔でうんうんと頷くと、彼はまた、目を吊り上げて面白い顔で怒った。
「もう! どうして、人の神経を逆撫でするようなことばっかり言うの! おじさんは人を怒らす天才だな!」
「おお、天才とは! これは、これは、最高の誉め言葉を頂戴し、天にも昇る気持ちでございます」
「いやもう、ホントにそのまま天国に行ってよ!」
彼はまた地団駄を踏んだ。
伊吹は本当に面白い子だ。
「申し訳ございませんが、それにはもう少し、お時間を頂くことと決定致しました」
「なんだよ! こっちの都合も考えずに、勝手に致さないでくれますか!」
彼は血管が切れそうなぐらい、顔を真っ赤にしていた。
「イヤイヤ、君は本当に往生際が悪いな。これは決定事項だ。さぁ、とりあえず、飛行機に乗って奄美へ行こう」
「エッ、何を言ってんの?」
伊吹がキョトンとした顔をして、私を見た。
鳩が豆鉄砲を食らった顔というのは、まさにこのことだろう。
私はもう笑いが止まらなかった。
もう、何も止める必要はない。
私の自由は誰にも止められないのだ。
「アハハッ、何って、決まっているだろう? 私が散骨を取り仕切らなければ、母君が様々な苦境に見舞われる恐れがあるからな。あぁ~、まいった、まいった。こんなに君のことが心配では成仏なんてできないなぁ~。こうなっては仕方がない。私がこの少年に一生憑いていてあげなければ……」
空港中に伊吹の悲鳴がこだました。
この物語に興味を持っていただき、ありがとうございます。
友利の物語をここまで書き上げるのに、三年ほどかかりました。
意気地なしの私にとって、友利のポジティブさは心の拠り所です。
悩んだ時、挫けそうな時、私は心の中の友利に問いかけます。
「こんな時、どうする?」と。
すると友利は、得意のブラックジョークで、
「そんなことで悩むなんてナンセンスだ」とか、
「嫌われるということは、自由に生きている証拠だ」
なんて、さらりと答えてくれます(笑)。
この物語を通して、あなたの心の中にも、
小さなポジティブマンが生まれたなら幸いです。




