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二十二話目 大逆転劇

「さぁ、もういいだろう。早く、パスワードをくれないと搭乗時間が来ちまう」


 永田はそう言うと、焦れたように立ち上がった。

 その時、伊吹が小さな声でこう言った。


「どうして、毒を入れたんですか?」

「フェ?」


 永田は不意を突かれて、裏返った声を出した。


「だから、そこまでおじさんと仲良くしていたのに、どうして殺そうと思ったんですか?」

「お前!」


 永田は声を荒げて、伊吹の胸倉を掴んだ。それと、同時に周囲の人々の視線が二人に集まった。それを感じ取った永田は彼の腕を掴み、強引にロビーの端の人目につかない場所へ連れて行った。


「お前、何を知っている?」

「あのおじさんは全部お見通しですよ」

「何のことだ?」

「あなたはおじさんに毒入りの水筒を渡しましたよね?」


 伊吹が確信に満ちた声でそう詰問すると、永田は、


「はあ? そんなことするわけないだろ? オレとあいつは親友なんだぞ」


 と、裏返った声で白々しいセリフを吐いた。

 すると、伊吹もあいつの調子に合わせて、白々しく、そして、当然のように、こう返した。


「そうですよね。親友ですもんね」


 そして、彼は語気を強くして、こう続けた。


「でも、あなたはあのおじさんが邪魔だった!」


 永田はグッと詰まった表情を見せたが、すぐに愛想笑いを浮かべて、こう返した。


「そんな訳ないだろ。あいつはオレの経営していた不動産屋が潰れそうで困っていた時、今の会社にオレを快く迎えてくれたんだぜ。そんな恩人に、そんな仕打ちをするわけがない」


 私もそう思っていた。

 そんな恩人なのだから、当然、好かれていると思っていたのだが、飛んだ思い上がりだったようだ。


 しかし、そんな私の虚しさをよそに、伊吹は二時間ドラマのクライマックスで主役が犯人を追い詰めるような口調でこう言った。


「そうですよね。おじさんは困っているあなたを雇って、自分の会社の経理を任した。しかし! あなたはそれをいいことに会社のお金を遣いこんだ!」


 一瞬にして、永田の顔から血の気が引いた。


「友利が、お前にそう言ったのか?」

「そうです。おじさんは死ぬ間際に、そう話していました」


 とうとう、伊吹は私が死んだことを言ってしまった。


 それを聞いた永田は目を見開いて怒り出した。


「死ぬ間際って? 友利が? さっき、おまえは具合が悪いだけだって言っていたじゃないか!」


 永田の全身がブルブルと震えている。それは怒りでというより、怯えによるものかもしれない。その証拠にあいつの顔面からは血の気が失せていた。


「それは、自分が死んだことを出来るだけ隠してほしいと、おじさんに頼まれたからです。そして、あなたには自首してほしいって言って、息を引き取ったんです。ぼく、本当はこれを言うために来ました」

「自首?」

「そうです。今ならまだ間に合います」


 伊吹は警察の標語のようなことを言った。


「どうして、オレがそんなことを」


 永田は、フンっと鼻で笑った。すると、伊吹は崖の上で犯人を追い詰めているかのように、自分の推理を披露した。


「あなたは! ポジティブおじさんに強いコンプレックスを持っていた! 何をやってもおじさんに勝てない。それだったら、いっそ、おじさんを亡き者にしようと考えたんじゃないですか?」

「勝つ? オレがあいつに? 大体、あいつが死んだら、どうやって、あいつに勝つんだ? それは永遠に負けっぱなしって言うことだろ? 笑わせんなよ……」


 永田の顔が不気味に引き攣っていた。


「でも、おじさんのことが邪魔だったんでしょう?」


 伊吹がそう言うと、永田はまた遠くを見つめながら、こう呟いた。


「違う。邪魔だなんて……。そんな一言で片付くようなことじゃない」

「じゃあ、おじさんのことをどう思っていたんですか?」


 伊吹が単刀直入にそう聞くと、永田はフッと笑って、


「お前に説明したって解らないよ」


 と、相手にしなかった。

 しかし、伊吹はしつこく質問した。


「でも、毒入りのコーヒーを渡したんですよね?」

「お前が友利に何を言われたか知らないが、オレがそんなことをした証拠がどこにある?」

「それは今から水筒を調べれば、すぐに分かることですよ」

「そう思うなら調べればいいよ」


 永田はニヤッと笑って、そう言った。


 私は不思議に思った。

 永田一人でこんなことを計画できるわけがない。

 もしかしたら、誰か協力者がいるのかもしれない。

 怪しいのは、あの営業マンだが、一介のサラリーマンが人を殺してまで自社の利益を追求するとは思えない。もしかしたら、うちの研究員と共謀しているということもある……。


 ――……もう、止めよう。

   既に、私は死んでしまった。

   他の誰が私の死に関わっていたとしても、

   それを呪ったところで……

   だが、これでは私の人生は一体何だったのか……


 私がそうやって葛藤していると、永田の携帯電話が大音響で鳴り出した。

 永田は緊張した空気が途切れたことに、ホッとした表情を見せてから電話に出た。


「もしもし、永田だけど。あぁ、鈴木さん?」


 鈴木は私の会社の研究員だ。


「エッ! 社長が動脈瘤乖離で死んだ!」


 私と伊吹は、ハッと顔を見合わせた。


 私は病死だったのか!


 永田は狼狽えながら、状況を聞き出そうとしていた。


「それで、病院に到着してから、どれぐらいで死亡したんです? えっ、救急隊が駆けつけた時には、すでに心肺停止していたと―」


 一方の伊吹は悔しそうな顔をしていた。いつの間にか、彼の中では永田との勝負になっていたのかもしれない。


 永田はそのまま、思案しているような顔で話し続けている。


「ですが、私はこのまま、飛行機に乗って。エェ! 現地にも中止と伝えた? どうして、そんな……。うん、はい、分かりました。総合病院ですね。私もそちらに向かいます」


 永田は電話を切ると、勝ち誇ったように伊吹を見た。


「聞いたか、今の電話を。あいつは病死だったぞ! どういうことだよ! きっと友利は、死ぬ間際にふざけたことを言ったかもしらんが、オレはあいつを殺していない。なんたって、死因は動脈瘤乖離なんだからな! これで、オレはやっと、あいつから解放された!」


 永田はそう言うと、高笑いした。


 その喜々とした声を聞いた途端、伊吹は拳を振り上げた。

 しかし、それよりも早く、私があいつを殴っていた。

 しかし、何度殴っても、私の拳は永田の身体を素通りするだけだった。


 その時、私の中に永田の感情が土石流のように、荒々しく流れ込んできた。


『友利が死んだ! しかも、オレのせいじゃない! ざまあみろ! これでオレも日の当たる場所に出られる。みんながオレと友利を比べて馬鹿にする。なにをしたって、あいつには敵わないんだ。……○△■*α△■*β………………○■*…… 

……………………じゅんちゃんが死んじまった。あのじゅんちゃんが本当に死ぬなんて……○■*α…… でも、あいつが悪い。じゅんちゃんが悪いんだ…………○△*αβ…………』


 そうして、私の脳裏には、冷たい濁流の向こう側に、大学の合格発表の掲示板の前にいる私と永田の姿が映った。あいつが、私をどうにもならない絶望のまなざしで見つめている。

 親父さんに殴られた頭を氷嚢で冷やしているあいつの姿も見えた。

 それから、あいつの奥さんのバカにしたような笑い声が聞こえた。


 最後に、暖かな日差しに包まれた小学生の私とあいつの姿が見えた。

 あいつは「じゅんちゃん、明日は何して遊ぼうか~」と、

 満面の笑顔で言った……



 ――あいつの中で、私は、ずっと『じゅんちゃん』だったのだな……

 


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