十五話目 友利と永田
会社を設立して早十年。
順風満帆ではなかったが、徐々に事業が安定してきた時、永田から「久しぶりに会わないか」と電話があった。
私達は地元の居酒屋で会うことになった。
そこは、二十歳の成人式の帰りに乾杯したり、あいつの結婚の報告を聞いたりと、数々の思い出が詰まっている私達の聖地のような場所だ。
店に入ると、あいつは肉付きの良い笑顔でニンマリと笑った。
「よぉ、じゅんちゃん。久しぶり」
「おぉ、元気そうだな」
「まぁな」
永田は新卒で勤めた会社を一年足らずで辞めて、その後は転職を繰り返していた。そして、四十歳を過ぎてやっと父親の不動産業を継いだ。その時はあいつの父親が身体を壊して、渋々、実家に戻ったらしい。
「子供たちは何歳になったのかな?」
「4歳だ」
あいつはそう言うと、両手を挙げて降参のポーズを取った。
「双子の子育ては大変なんだろ?」
「まあね。でも、嫁とお義母さんとで何とかやってる」
「親父さんはどうしているんだ?」
「う~ん。時々、入院したりしているけれど、癌の割には元気そうにしてるよ」
「そうか」
そんな話しをしていると、店員が注文した生ビールと、先付の塩辛を運んできた。
私達は久しぶりの再会にジョッキをカチリと合わせた。
「プハァ~、うまいな」
永田は勢いよく飲んで、胸元がビチャビチャになるほど零した。
「なおちゃん、汚い」
私はそう言うと、おしぼりを渡した。
「ごめん、ごめん」
あいつはそう言いながら、Tシャツを拭いている。
その胸元には「That’s standard」と書かれていた。
「じゅんちゃんのところは?」
「うちの両親は、この前、夫婦で船旅に行っていたよ。生きているうちに楽しみたいってね」
「へぇー。それは、良かったよ」
あいつは自分で話題を振っておきながら、上の空で返事をしたように聞こえた。
私は変な胸騒ぎがした。
「なおちゃん、何かあったのか?」
すると、あいつはすぐに身を乗り出して、こう言った。
「倒産するかもしれない」
「倒産って、不動産屋のことか?」
「そうだよ。それしかないだろ? どうしよう。どうしたらいいかな?」
あいつはそう言うと、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「詳しく教えてくれ」
「実は……」
つまり、あいつの話を要約すると、部屋を紹介した女子大生と仲良くなり、つい出来心で浮気した結果、別れ話で揉めた挙句に、客に手を出す最低な不動産会社だとSNSで拡散されたらしい。それからは客足も遠のき、家族からも見放されて別居状態だということだった。
「嘘だろ? それは、さすがにひどいな」
「そうだろ。いくらなんでも、ネットにそんなことを書かれたら終わりだよ。大人しそうな顔していたのに、ひどい女だったよ」
「そうじゃなくて……、逆だろ? まぁ、なおちゃんは無類の女好きだから、いつかは痛い目に合うと思っていたけれど、ここまでひどいとはね」
「いや、その、でも、子供の事ばっかりで、オレのことなんて……」
あいつは言葉に詰まって、しどろもどろだった。
「なんだよ。それ」
私が呆れていると、あいつはさらに言い訳を続けた。
「でも、ほら、嫁がさ、産後に別人かってくらい、イライラしてさ。せっかくの休みの日に、オレが昼寝してたら、庭の草むしりぐらいやれって、怒鳴られたんだぜ。その時、オレは鬼と結婚したのかと思って震えたよ」
あいつはその時のことを思い出したらしく、ブルっと身震いした。
「それはそれでキツイけれど、だからって、浮気してもいいってことじゃない。それは分かっているだろ?」
「うん。反省しているよ」
「それなら、いいけれど。それで、奥さんにはちゃんと謝ったのか?」
私は、あいつの奥さんのぱっちりとした二重を思い出した。
「う~ん。一応、謝ったけど……」
「なんだよ、その一応って。じゃあ、もう一度、誠意を以って謝るんだ。二度としませんってね。いいな」
「……分かったよ」
「それと、店の方は元々、経営不振だったな?」
「そうだよ。親父から継いだ時からヤバかったから、潮時と言えば潮時だ」
「じゃあ、丁度良かったと割り切って、店仕舞いしたらどうだ?」
「う~ん。それもいいけど。そうしたら、無職になってしまう。この歳で、しかも妻子持ちでプー太郎はヤバい」
「そうだな。フーテンだけは避けなければ」
「そうだよ。観たことないけどな」
「おれだって、観たことないけどね」
そして、私達は同時に笑い出した。
それから、暫しの沈黙の後、私は泡がすっかり消えて無くなった生ビールをグイっと飲んだ。
「おれの会社に来いよ。なおちゃん」
「エッ、いいのか?」
あいつは食い気味に、そして、笑顔でそう言った。
「丁度、事務の子が田舎に帰ることになって、辞めるんだよ」
「それは助かるよ。オレは何を担当すればいいんだ?」
あいつはいい歳をして、瞳をキラキラとさせた。
「そうだな~。何をと言うより、何でもだな」
「何でもってなんだよ」
「うちは小さな会社なんだ。おまえには、研究以外の仕事全般をしてもらうことになる」
「研究以外の仕事って?」
「経理、総務、電話応対、営業、契約の管理、取引先との折衝。備品管理、ライバル会社の営業マン撃退などなど。エトセトラ。エトセトラだ」
「『エトセトラ、エトセトラ』って、なんかの呪文みたいに言いやがって、飛んでもない仕事量じゃねえか! しかもその営業マンの撃退って、なんなんだ?」
あいつは手に持っていた箸を、バンっとテーブルに叩きつけて怒った。
「アハハッ、しつこい奴がいるんだよ。あなたの研究成果をぜひわが社にと言って、何回断っても諦めなくてね。まぁ、何でも屋だと思って働いてくれ。そして、その呪文を毎日唱えながら仕事をして、会社を大きくしてくれ」
「相変わらず、無茶苦茶だな。それで、じゅんちゃんの会社って、何人働いているんだっけ?」
「う~ん。おれとお前と、研究員一人の計三人だな」
「それだけ……」
永田はそう言うと、空になった突き出しの小皿をじっと見つめた。
「あぁ、そうだ」
「オレ、イヤになってきたよ」
「なんだよ。まだ、働いてもいないのに。嫌ならフーテンになるしかないな」
「それだけはダメだ」
わたしはニヤッと笑って、「そうだろう?」と、返した。
すると、あいつは決心したように大きく頷いて、こう言った。
「仕方ない。じゃあ、頼むよ、じゅんちゃん」
「よし、そう頼まれては仕方ない。だが、一つ条件がある」
「なんだよ、怖いなぁ~」
その時、店員が生ビールのお代わりを持ってきた。
私はジョッキを持ち上げて、何でもない顔を装って提案した。
「一緒に働くからには、名字で呼び合うようにしよう。これからは仕事仲間だな」
すると、あいつもジョッキを片手に快く応じた。
「なんだ、そんなことか。分かったよ、友利」
「では、よろしく。永田」
私達は少しはにかみながら、またジョッキをカチリと合わせた。




