十二話目 それぞれのニューワールド
大学の入学式を終えた私は、同じく専門学校の入学式を終えた永田と合流し、駅前のファミリーレストランで遅めの昼食を取っていた。
「大学の入学式って、どうだった?」
「どうって、どこでも変わらないだろ。集まって、偉い人の話を聞いて、今後のスケジュールを聞く。なおちゃんのところも、そうだっただろ?」
「そうだった」
「だろ?」
「でも、オレ、じゅんちゃんがいないから、不安だったよ」
あいつは少し唇を尖らせて、そう言った。
「何を言ってんだよ。楽しみじゃないか。これから新しい世界が広がっていくぞ」
「新しい世界? 何だよ、それ」
あいつはストローの袋をグチャグチャに丸めながら、そう聞いた。
「そうだなぁ。例えると、新作のゲームソフトを買って、今から冒険に出る感じだな。どうだ? ワクワクするだろ?」
「オォ~! それはワクワクするな」
「だろ? おれはもうサークルに入部してきた」
「エッ? 早いな! もしかして、女子とお近づきになるチャンスがいっぱいのテニスサークルか? おれにも女を紹介してくれ」
「違うよ。明るく健全な化学サークルだ」
私が入学式の会場を出ると、さまざまなサークルのユニフォームを着た在校生たちが、新入生を待ち構えていた。そして、手当たり次第に新入生に声を掛け、まるで押売りのように入部届を書かせようとしていた。
そんな活気溢れるキャンパスは、さながら、ゲームのオープニングのようだった。
「なんだよ。つまんないサークルに入ったな」
彼はまずいものを食べた時のように、ベェ~と舌を出した。
「どうしてだ? 実験室が使いたい放題だぞ」
「実験って、爆発したりしない?」
「アハハッ、たまに頭がチリチリになるかもしれないな」
「よく、そんな恐ろしそうな部活に入ろうと思うね。黄色い球と女の子のお尻を追っかけてた方が、よっぽど楽しいのに」
「そんな事ばっかり言っていると、いつか痛い目にあうぞ。だけど、先輩の話を聞いてみると、実験だけってこともないみたいだ。たまに山登りしたり、バーベキューしたりと、他のイベントも盛りだくさんらしい」
「へぇー、バーベキューだけは楽しそう。だけど、うちの学校は部活とかサークルとかは無さそうだったな」
あいつはそう言うと、大口を開けてナポリタンスパゲッティを啜った。
案の定、あいつのベージュ色のスーツにケチャップが飛び散った。
「なおちゃん、ほら、ケチャップが付いたぞ。だから、今日はカルボナーラにしておけと言ったのに」
私はそう言いながら、おしぼりを渡してやった。
「ごめん、ごめん」
あいつはそう言って、服に付いたケチャップを拭き取った。
私はニヤニヤしながら続けた。
「全く、無いのか?」
「うん。たぶん無い。資格ばっかり取るって、そんな説明だった」
「簿記とか?」
「そうだよ。会計といえば、簿記しかないっての。でも、欲張ったら会計士とか。まぁ、そこまでは、オレには無理だけどね。普通でいいよ」
「普通ってなんだよ」
私はあいつの投げやりな言い方にカチンときた。
せっかく勉強するのだから、ベストを尽くさないという手はない。
「だから、普通だよ。例えばさぁ、専門学校からの紹介で就職して、そこの経理とかで働いて、職場結婚とかしちゃってさ。休日には嫁とガキ2匹を連れて近所のショッピングセンターに行って、フードコートでたこ焼きとか食べんだよ。それが普通」
「それはお前の思う普通だろ」
「そうだよ。でも、大体の人がそう思ってるよ」
「そんなことないよ。現に、おれの普通はそうじゃない」
「知っているよ。でも、それは、じゅんちゃんが普通じゃないからだよ」
「オッ、それは誉め言葉だな」
「そうだよ。褒めてんの。じゅんちゃんはすごいって言ってるんだ。だから、オレとは違う」
あいつはそう言うと、オレンジジュースをストローで一気に吸った。
私とあいつは小学校から高校までの十二年間、ほぼ毎日のように一緒に過ごしてきた。
しかし、このように進路が別々になってからは、月に一回会えば多いぐらいの頻度でしか会わなくなってしまった。
しかし、それでも、二人で会うと、他愛もない話にバカ笑いをした。
今、振り返ると、あれが私の青春というものに値するのだろうと思う。
あいつは授業カリキュラムの多さと資格試験のスケジュールに追われて、毎日忙しく、そして真面目に勉強していた。そうして、あっという間に、2年間の専門学校生活を終え、その後は、学校の紹介で中小企業に就職して経理部に配属された。
そのように、あいつは自分の描く普通の道へ進んだ。
一方の私は、大学での研究に没頭するあまり、家に帰ることすら億劫になって、週の大半を大学で寝泊まりしていた。そうして、大学を卒業した後は大学院に進み、そのまま大学に残った。
私は、まだまだ研究がしたかった。
そして、それが私の思う普通だったのだ。




