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十話目 母の供養と若さゆえ

 あの時、永田が会計専門学校に進んだから、今、うちの会社で経理を任せることができている。

 人生とは、どこでどうなるか分からないものだ。


 私が青春の一ページを懐かしんでいるうちに、タクシーは高速道路の入り口を通過していた。


「そういえば、伊吹は高校生だろう? 今は春休みだな?」

「う~ん。高校生だったって言うのかな。この前、卒業した」


 彼は呼び捨てにされることを受け入れたようだ。


「じゃあ、4月からは大学に行くのか? それとも、就職組か?」

「ううん。どっちでもない」

「じゃあ、どうするんだ。フーテンか?」

「バーテンダーのこと?」


 彼は真顔で、そう言った。

 この年代には通じないワードだったらしい。


「あぁ、失敬、失敬。忘れてくれ。それより、受験はしなかったのか?」

「って言うか、受けられなかった。母さんが倒れたのが、受験日の朝だったから。それどころじゃなくて……」


 伊吹は涙ぐみながら、また、右ポケットに手を当てた。


「うん? さっきもそうしていたな」

「あぁ、う、うん」

「そのポケットに何か入っているのか?」

「母さんの……」

「骨なのか?」

「うん」

「持っていると落ち着くのか?」

「そうじゃなくて、骨を海に撒こうと思って」

「海に撒く?」

「うん。うちの母さんは奄美大島の出身なんだ。いつかは、あのきれいな海に帰りたいって言っていたから」

「テレビでしか見たことが無いが、海が透き通っていて素晴らしいところだな」

「そうでしょう? 実際に見たら、もっとすごいよ」


 伊吹は少し自慢げに、そう言った。


「もしかして、奄美大島に行くために、あのバス停にいたのか?」

「正解!」

「チケットは? 何時の飛行機だ?」

「エッ? 空港に行ってから買えばいいやと思って……。違うの?」


 私は首を捻った。

 まさかとは思うが、彼には計画性というものが無いのだろうか?


「いや、乗れることは乗れるが、席が空いているどうか……。それに宿は? そっちは予約したのか? それとも親戚がいるのか?」

「ううん。もう誰もいないけど、ホテルなんて、向こうに行けば何とかなるよ」


 この少年はネガティブ路線かと思いきや、非常に大胆なポジティブ思考も持っている。


「伊吹よ。百歩譲って、無事に奄美に到着し、宿も見つかったとして、骨はどうやって撒くつもりだ?」

「どうやって? それは、海岸からそっと投げようと思っているよ?」


 彼は、はにかんだように微笑みながら、無謀なことを言った。


「投げるって、まさか、骨をそのままか? そういう時は、骨を細かく砕いて粉体にするのがセオリーだぞ」

「エッ、そうなの? でも、骨を砕くなんて、母さんがかわいそうでできないよ。大体、そんなの知らないし。そのまま、投げても大丈夫じゃない?」


 伊吹は不服そうに唇を尖らせた。


「しかし、それだと波に押し戻されて、母君の骨が砂浜に戻ってくるぞ」

「えっ? そうなの?」

「まぁ、十中八九そうなる」

「うん? じゃあ、百パーセント、そうなる訳じゃないんだね?」

「まぁ、潮の加減にもよるから、必ずとは言い切れないが……」

「じゃあ、なんだかんだで、大丈夫な気がする」


 ―もう仕方がない


 私だってこんなことは言いたくないのだが、このまま彼を行かせてしまったら、大変なことになる。


「伊吹よ。よ~く、想像してみろ。仮に、海岸の波打ち際から、君が大きく振りかぶって母君の骨を遠くへ投げたとする。しかも、涙ながらにだ。そして、君は良い供養ができたと。これで母親もさぞかし喜んでいるだろうと思い、奄美を後にする。そうして月日は流れ、海水浴シーズンとなり、砂浜に大勢の観光客が押し寄せる。その中には、ビーチバレーを楽しむ若者もいるだろう。そうして、イケメンアタッカーがギャルたちの歓声を浴びながら力強いスパイクを打ち、彼が着地した足元に、母君の骨が……」


「やめろよ!」


 彼はそんなことを想像もしていなかったのだろう。

 私の例え話を聞いて、一気に真顔になった。


「まぁ、聞きなさい。こんなこともあるぞ。砂浜でスイカ割りを楽しむ親子がいる。そして、目隠しをした男の子が大きなスイカを目掛けて金属バットを振り下ろした先に、母君の骨が……」


「もう、やめて!」


 彼は激しく首を振り、こう言った。


「海岸は止めます」

「よし、いい子だ」


 ようやく理解したようだが、少し、荒療治が過ぎたかもしれない。


「今は、海に散骨してほしいと希望する故人が増えているそうだ。まぁ、今どきは、そういうことを専門にやるところもあるらしい。そこに頼めば粉骨もしてくれるし、散骨のために船で沖合まで連れて行ってくれるそうだ」

「そうなんだ……」

「まぁ、そういうところに頼むのもアリじゃないかな?」

「おじさん、初めていいこと言った……」


 伊吹は感心したような目で私を見た。


「ハッハー、恐れ入っただろ。私に取り憑かれてよかったな」

「それとこれとは、話が別だよ」

「しかし、きちんと供養した方が母君も喜ぶだろう」

「そうだね。ちゃんと調べてみるよ。なんか、家で母さんの遺影を見ていたら、急に思いついちゃって」


 彼はしおらしい態度を見せた。


「そうだろうな。その出で立ちは旅行するには軽装だ。そのリュックには、替えのトランクスぐらいしか入ってないだろ」


 私がそう言うと、伊吹は驚いた顔で、リュックサックを隠すように両手で抱えた。


「もしかして、幽霊って透視できるの?」

「いや、これはただの推察だ」

「ホントに~?」


 伊吹は疑いの目で、私を見た。


「でも、アレだな。伊吹」

「アレって?」

「散骨できなくても、故郷に行けば、母君もきっと喜ぶだろう。それにきっと、君も前を向ける」

「そうかな」

「きっと、そうなる」


 私は力強くそう言った。


「あっ、それは幽霊の勘みたいな感じなの?」

「いや、これは予言としておこう」

「なんだよ、それ。どう違うかわかんないや」


 彼は不服そうな言葉を並べたが、まんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。


 案外、かわいいところもあるようだ。


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