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プロローグ

 まだ近代化が訪れていなかった時代。人にとって夜は異世界も同然だった。


 太陽の光は消え、生命の息吹すら感じられない闇の世界。地上に届くのは月明かりのみ。


 その月明かりすらも届かない場所は、人が立ち入ることを許されない漆黒の闇しかなかった。


 しかし、人類が近代化を迎えた時、夜の世界は古い時代と共に押し流されていった。


 近代化がもたらした技術の発展は、人間の住む世界を大きく広げた。


 新たに発明されたガス灯が夜の街を照らすようになると、それまで人を拒んできた夜の世界にも、人々は足を踏み入れるようになった。


 煌々と光を灯す街灯は人々を見守り、人はその灯りと共に夜を生きていく。


 こうして人類はついに、夜の世界をも征服するに至ったのだ。





 大都市・マール。今なお近代化と繁栄を続ける世界都市であり、この時代で最も発展した都市の一つ。


 そんなマールでは、夜の気配は微塵も残されていなかった。人々が恐れていた闇は消え失せ、街はどこを見ても光り輝いていた。


 近代化を遂げたマールを、人々は『太陽の都』と呼んでいた。


 太陽が沈んだ後も光り輝くマールの姿は、まさに太陽そのものとさえ言えた。


 そんなマールの中で、一際輝く場所があった。


 真新しい町並み。舗装されたばかりの街路。くすみのない街灯。


 そんな若々しい街区の中心に、その劇場は建っていた。


 トレゾール。宝物と名付けられたその劇場は、まさしく宝石のように輝いていた。


 荘厳な装飾と堂々とした威容。街行く人々は足を止めて、まるで聖堂を見るように劇場を仰ぎ見る。


 その劇場のメインホール。そこに集まった数百の人々の視線が舞台に向けられていた。


 その舞台の中央に立つ、たった一人の女優。人々は彼女の演技に見惚れていた。


 サフィナ・ガルニール。この劇場の女優であり、この国で誰もがその名を知る女優だった。


 その演技を一目見れば、誰もが彼女に心奪われる。


『劇場の宝石』と呼ばれることもあるガルニール。そんな彼女の演技を、そこにいる観客は誰も目を離せなかった。


 舞台の上で演じ、歌い、言葉を紡ぐ。サフィナの一挙一動に人々は胸を焦がす。


 その時、サフィナが舞台で微笑んだ。柔らかく、そして暖かな微笑み。


 彼女の演技を見た者は、彼女に恋をする。そんなことが人々の間で囁かれていた。


 きっとこの日も、誰かが恋に落ちたことだろう。

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