Lv3 世界の解像度
レベル101に到達した瞬間、アーサーの身体に宿ったのは、単なる力の増大ではなかった。それは、自身を取り巻く世界の解像度が上がったような感覚。瘴気の濃い空気が、以前よりも遥かに軽く感じられた。
(これが、レベル100を超えた力……レベル101になっただけで、筋力が300も上がるとは。これは、俺のユニークスキル、【限界突破】の真の恩恵なのか?)
アーサーは、自らの剣、《雷聖剣》を握りしめた。剣の重さ、手のひらの感触、全てが以前よりも鋭敏に感じられる。
ステータスウィンドウを再び開き、ユニークスキルを確認する。
スキル:【音速の剣】(Lv.MAX)【魔力剣】(Lv.MAX)【鋼鉄の皮膚】 (Lv.MAX)【魔力障壁】(Lv.MAX)【限界突破】(Lv.1)【???】(未習得)
【限界突破】は相変わらずLv.1のままだが、その効果は計り知れない。
通常のレベルアップは、レベルが上がるごとに必要な経験値が雪だるま式に増えていき、上昇するステータスボーナスは徐々に減少していく。それがレベル100で完全に停止する。
しかし、アーサーの現状は、まるでその定規を破壊したかのようだ。レベル100を通過した途端に、ステータス上昇の効率が反転し、異常な加速度で強くなっている。
(レベル100までが、この世界の理に従った成長だとすれば、レベル100以降は……この世界の理そのものを無視した、特異点としての成長だ)
アーサーは、目の前の道を進むことに迷いはなかった。この力を使って、誰も到達しなかった深淵を見たいという探究心、そして、誰にも負けない最強の剣士になりたいという純粋な願望が、彼を突き動かしていた。
彼は、モンスターの残骸が転がる広間を抜け、さらに下へ続く階段を発見した。
「第三階層か……」
階段を下りると、瘴気の濃度はさらに高まり、まるで霧のように空間を覆っていた。光玉の魔法を使っても、視界は数メートルが限界だ。
『警告:【強力な瘴気】によるステータスデバフが発生しています。』
ステータスウィンドウの表示が変わる。
【強力な瘴気デバフ】 効果:筋力、敏捷、魔力、体力、全能力を20%減少させる。
「ちっ、20%か」
レベル101になったばかりのアーサーのステータスから20%引かれると、筋力は実質1520程度まで低下する。
(だが、レベルアップ直後だからこそ、このデバフを受けてもまだ戦える。これがレベル100のままだったら危なかった)
彼の警戒心は最大限に高まっていた。
新しい階層に足を踏み入れた直後、アーサーは即座に戦闘態勢に入った。
ザッ……
背後から、岩をこするような音が聞こえる。
振り返ると、それは一本の巨大な腕だった。
「なんだ、あれは!?」
それは、上半身しか存在しない、巨大な人型モンスターだった。全身は紫色の瘴気を纏い、その皮膚は黒曜石のように硬い。特筆すべきは、その両腕の異様な太さだ。
《闇を這う強者:グラウンド・アーム》
レベル表示はなかったが、その圧力はオーガキングを遥かに凌駕している。
グラウンド・アームは、アーサー目掛けて、その巨腕を振り下ろした。
ドォンッ!
地面が叩きつけられ、アーサーが立っていた場所に深いクレーターができる。アーサーは寸でのところで回避に成功し、体勢を低くした。
(速い! それに、なんてパワーだ!)
レベル101のステータスに慣れる暇もなく、本物の超限モンスターとの戦いが始まった。
アーサーは冷静に剣の魔力を高める。闇属性の敵には、光や雷の魔力が効果的だ。
「魔力剣・絶技:【雷鳴斬】!」
アーサーの剣が、唸りを上げる巨腕と激突した。
ガキィィン!!
金属がぶつかり合うような甲高い音。剣はグラウンド・アームの硬い皮膚を僅かに切り裂いたが、それ以上の深傷を与えることはできなかった。
『与ダメージ:-800』
(硬い! 防御力が異常に高いな……)
アーサーは、即座に連撃に切り替える。彼は、自身が持つもう一つの強力なスキル、【音速の剣】を発動した。
「音速の剣・絶技:【千刃風】!」
目に見えないほどの高速の斬撃が、グラウンド・アームの全身を襲う。ババババッ!という連続音とともに、グラウンド・アームの硬い皮膚から、無数の火花と紫色の体液が飛び散った。
『与ダメージ:-1200, -1000, -950, ……』
それでも、グラウンド・アームは怯まない。その巨大な左腕が、まるで鞭のようにしなって、アーサーを薙ぎ払おうとする。
アーサーは、冷静にその攻撃の軌道を見極め、ギリギリで躱しながら、その左腕の付け根に最後の力を込めた一撃を叩き込んだ。
ザンッ!
付け根から、巨腕が宙を舞う。
「グオォォォ!」
グラウンド・アームは、初めて苦痛の叫びを上げた。片腕を失い、動きが鈍くなる。
アーサーは、この隙を見逃さなかった。彼は残りの右腕の下に潜り込み、渾身の力を込めて、その核となるであろう上半身の中央、胸部をめがけて剣を突き立てた。
「終わりだ!」
ズブリッ!
剣は、硬い皮膚を破り、その奥にあるドクドクと脈打つ紫色の核に到達した。
ドシュゥゥ……
グラウンド・アームの巨体が、まるで砂のように崩れ落ちていく。瘴気が霧散し、その場には巨大な魔石だけが残された。
『ユニークモンスターを討伐しました!』
『大量の経験値を獲得しました!』
『次のレベルアップに必要な経験値: 520,000 / 1,000,000』
アーサーの経験値ゲージは、一気に半分以上まで跳ね上がっていた。
「おいマジか!? 経験値が破格すぎるぞ……! これならレベル110はおろか、レベル200だって夢じゃない!」
レベル上限の解放は、ただ強くなれるというだけではない。それは、この世界で最も効率よく、加速度的に強くなることを意味していた。
しかし、その時、アーサーのステータスウィンドウに、新たな通知が表示された。
『【音速の剣】(Lv.MAX)が経験値上限に達しました。』
『進化の条件:【限界突破】の真なる覚醒、及び【光の加護】を持つ武器による100000回の斬撃。』
「スキルが、進化する……?」
アーサーは、目を輝かせた。レベルアップだけでなく、スキルもレベル上限を越えて進化する可能性がある。
彼の握る剣、《雷聖剣》は、この世界でも最高級の光の魔力を持つ名剣だ。
「【音速の剣】の更なる高み……! それが、レベル100を超えた世界で、俺に与えられた新たな目標か」
アーサーは、疲労を忘れて剣を強く握りしめた。彼の旅は、真の意味で、今、始まったばかりなのだ。
彼は、残された魔石を拾い上げ、更なる深淵へと続く暗い通路へと、躊躇なく足を踏み入れた。レベル101という、人類の到達点を一つ越えた剣士は、誰にも知られることなく、この世界の限界を独りで見極めようとしていた。




