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七國繚乱ー森羅万象の記憶ー  作者: 平 修
序章 邂逅奇縁
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第八話 霧中の連携

 馬の距離ならばひと息、人の距離ならば十数秒。

 一町を一瞬の間に到達することができる超速移動。

 それが、護法局最速の字――“電光石火”の異能であった。



 ソカの目に映るのは、赤く揺れる敵意の塊。

 それが、これまで感知してきた敵意が可視化されたものだと認識するのに時間はかからなかった。


 ――私、敵意が視える……。


 少女が確信をもって、そう理解した後、背後に感じていた敵意が自分に迫る感覚に襲われる。

 振り返って目を凝らすと、敵意はまるで光の線のようにソカへ伸びていた。


 ――ここは危険だ。

 そう感じ、その場から飛び退く。

 

 直後――

 

「【雷閂らいさん】」

 

 声とともに、電撃を纏った刺突が超速で少女の横を通り過ぎた。


 驚きとともに、風圧で揺らいだ霧の切れ間からシンが氷に足を取られたまま動けずにいるのが見えた。


 

 足元が凍りつき、危機的状態の中――少年は必死で思考を巡らせていた。


 シンは周囲の状況を頭の中で整理する。


 すぐ前に急冷の彩術士。

 数歩後ろにソカ。その真横に攻撃を仕掛けてきた“電光石火”。どちらも距離は近い。

 迂闊に動けば即座に攻撃が飛んでくる位置取り。


 頭上には、未だ存在を気付かれていないであろう、ヨダカが霧を縫って旋回していた。

 視線を通せば、広場の地形も見える。

 隧道内の至るところから湧水が溢れ、足下の石畳は苔むしてぬかるんでいる。


 ――手を誤れば、完全に道は閉ざされる。


 それまでに、仕掛けなければならない。


 効果的な一手を……。

 

 シンの指先が震えるように動いた。彼の手には、かろうじて彩術具が握られている。


『ソカ、作戦がある……聞いて――』


 言葉が届いたその瞬間、一瞬の戸惑いの後、ソカの胸に新たな覚悟が生まれた――


「……わかった」

 つぶやいたソカの頬を、冷気と霧が撫でていく。


 

 シンは床へ張り付いて動かない足下に視線を落とし、手の中の彩術具を転がした。


 それは風の彩術具――入口の戦闘で既に発動不能となった代物。

 

 ――知恵と工夫で乗り越えろ。


 どこかから懐かしい声が聴こえた気がした……。

 

 少年は力を失った彩術具へ意識を込める。

 微かに淡く光るだけ。風を起こす力はもうない。

 だが、それでよかった――


 シンはそれを力任せに高く放り投げる。

 まるで反射的な、最後の抵抗のように。


 それを見た急冷の女が、反応する。

「あの色、風か――」

 

 咄嗟に、扇を構えて動作を止める。

 その横で、コウも短く息を止め、霧を見上げるように視線を移した。


 敵の注意がほんの一瞬、逸れた。

 その間にシンは、彩術具の詰まった腰袋に手をかける。


 その動作を合図に、霧の中を静かに素早く飛んだヨダカが腰袋を加え、離れていった。


 ヨダカはシンの真後ろを飛び抜け、ソカの足下へ腰袋を落とす。


 口の開いた腰袋から彩術具が転がる。

 

 わずか数瞬の出来事であった。

 

 彼女はそれを手早く拾った。

 

 拾い上げるだけで、鋭い痛みが掌を突き抜けた。


「……くっ」


 歯を食いしばって、両手で彩術具を握りしめる。

 掌の奥が焼けるように熱い。

 皮膚の下に異物が侵入するような、鋭利な痛み。


 だが、離さなかった。


 ――これを落としたら、シンは動けないままだ。


「私なら……持てる」

 小さく、誰にともなくつぶやいた。

 額に浮かぶ汗と、痛みに震える指先。


 その痛みの中で、つい先刻、シンの心から伝わってきた感情が甦る。


 ――この作戦が、攻めの一手になる。


 そう信じているという確信。


 ソカは痛みに耐えながら、敵意を集める。

 自らの感情を揺さぶり、掴みかけた己の力を試す。

 

 見る間に扇を構えた女の視線がこちらへ向けられる。

 赤い敵意の光が伸びてくるのを視認した。


 霧の奥から、冷気を帯びた殺意を剥き出しに、急冷の女がこちらへ向かってくる。


「二人目!」

 ソカ目掛けて扇を振る。

 

 見えない冷気が波のように押し寄せる――その瞬間。


『今だ――』


 シンの言葉がソカの心に届く。

 その合図で、少女は手にした彩術具を遠く放り出した。


 直後。


 シンによる遠隔発動。


 周囲に広がる水分が一気に蒸発し、熱波が女を包んだ。


「いつの間に――!?」

 冷気が熱に呑まれ、霧と氷の奔流がかき消える。

 視界が歪み、攻撃が逸れる。


 身を翻し、直撃を免れたが、女の動きは大きく崩れた。


 そして――


 熱の余波が伝わり、シンの足下を覆っていた氷が音を立てて弾け、溶けていく。


 長く息を吸い込みながら、少年は足を一歩、前へと踏み出す。


 熱の影響で足下から霧が濃く立ち昇っていく中、シンは周囲を見渡した。


 後方に膝をついたソカらしき影を見付け、言葉を掛ける。

『ソカ、ありがとう……』

  

 暗い隧道内、立ち込める霧。視界は悪いが、それは相手も同じこと。


 シンは、“幽纏”を構え、反撃の体勢に移る――


 

 ソカはまだ痛みに膝を突いていた。


 でも、彼女は笑っていた。


 その笑みに、言葉はいらなかった。

 

 視界が、白く濁っていく。


 霧と湯気が満ちる隧道内、周囲の気配すら曖昧になる中、敵も味方も互いの位置を見失っていた。


 足音ひとつ立てれば、斬撃が飛ぶ。

 呼吸ひとつ強ければ、冷気が牙を剥く。そんな極限の静寂と緊張が場を支配していた。


 けれど、ソカだけは違った。


 ――“視えて”いる。


 薄闇の帳に紛れた、鋭利な光の線。敵意の気配が、色となって形となって、彼女の瞳に映っていた。


「あそこにいる……」


 誰にも届かない声で、少女はつぶやいた。


 この混濁の視界を、恐れる必要はなかった。彼女にとっては、敵意が放つ“色”が、なにより確かな道標だったのだから。

 

 霧の向こう、ほんの一瞬、鋭い殺気がソカの肩先をかすめた。

 敵もまた、動き出そうとしていた――

次回予告

第九話 「霧に沈む刃」

力の代償は、少女の身を確かに蝕んでいた。

緊迫する戦況の中、少年は力を振り絞って新たな技で敵を翻弄する――すべては守るために。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


もし楽しんでいただけましたら、ページ下の「評価(☆)」や「ブックマーク」で応援いただけると、何よりの励みになります。


ご感想やリアクションも大歓迎です。

あなたの声で物語に色を付けてください。


物語の余韻が、ひとひらの彩りとなりますように――


たいらおさむ

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