第七話 氷冷の扇
現在、確認されている彩核は全部で十種。
それぞれに特異な力が秘められているが、何でできているのか、いつからあるのか、未だ解明されていない――
辺りを包んでいた熱気が静まり、夜明けを迎える風が火照った身体に心地よい。
『腕、大丈夫?』
心配そうにこちらを伺う少年の顔に、ソカは痛みを我慢し、笑って返した。
その様子に渋々と引き下がる少年は、岩肌の裂け目に設置した彩術具を回収する。
既に光は淡い輝きを失いかけていた。
「それ、もう使えないの?」
シンが小さくうなずき、説明をしてくれた。
『彩核は、その機能を失ったときに光が消失する。原理は分かっていないけどね』
話をしながら、シンは先程の敵が使用していた彩術具を回収していく。
使える物は利用する。旅慣れた彼の処世術だった。
そんな彼の後ろ姿に感心しながら、回収を手伝おうと少女が手を伸ばした。
「――いッ」
突然の痛みに顔をしかめながら、手を引っ込める。
以前にもあった、少女の適性の無を告げる痛み。
――また、“適性なし”か……。
少女の表情に陰りが見える。
その様子に気付いたシンが言葉をかけた。
『あせらなくても大丈夫だよ。きっと、ソカにも合う彩核があるから』
少女は、その言葉に安心感と焦燥感が綯い交ぜになるような気持ちだった。
彼がそっと伸ばした手を取り、ふたりは隧道の入り口へと足を踏み入れていった。
隧道の中はひんやりと湿っていた。湿気と湧水の匂いが鼻腔をくすぐり、壁面を伝う水滴が、時折ぽとりと地面を叩く。
その音すら、響きすぎるほど暗く静かな空間だった。
ふたりの足音が、ぽつり、ぽつりと濡れた石畳に残る。
シンの手にした彩術具が淡い光を放ち、辺りを照らしていた。
「そんな使い方もできるのね……」
『彩術具は淡い光を放つ予備動作と強い光を放つ発動動作に分かれる』
『その性質を利用して、予備動作で灯にする。旅の中で教わったんだ。何事も知恵と工夫だって』
ソカはまた一つ世界の知識を手に入れ、感心した。
そして、慎重に、一歩一歩確かめるように歩みを進めていく。
しばらく進むと、隧道の奥、天井の高い開けた通路へたどり着いた。
『気をつけて。何かいる……』
警戒の色を一段強くしたシンの言葉が、ソカの心に届く。
ソカの声は小さく、しかし確かな警戒を帯びていた。
「……奥、誰かの“敵意”を感じる――」
少女の言葉が、まるで合図だったかのように奥の通路から影が動いた。
シンが即座に反応するも、影の動きは素早く、少年の横をすり抜け、長刀を濡れた石畳へ突き立てた。
「【雷楔】」
――どこかで聞いた声。
声の主を思い出した瞬間、ふたりの身体に電流が走った。
「……んんっ」
ソカの悲痛な叫び。電流はそこまで強くはなかったが、数秒、身体の自由を奪うには充分な圧だった。
影の主が突き立てた長刀を振るおうとした、その時――
シンが、攻撃の直前に床へ落とした“急熱”の彩術具が強い光を放ち、辺りを熱気に染めた。
急熱は隧道内の水分を蒸発させ、霧へと変化させる。
お互いに視界のおぼつかない中、先に動いたのは身体の痺れのが取れた少年だった。
少女の手を取り、通路の奥へと駆け抜ける。
少し進むと水の湧き出る広場へと出た。
先程の通路よりも湿気が高かった。
灯にしていた彩術具を使用してしまい、暗闇と霧で視界が悪いふたりは音を頼りに警戒する。
前方、濡れた地面を踏みしめて、誰かが歩いてくる音が聞こえた。
光が差さぬ隧道の奥、そこにいたのは――赤い外套を纏った女。青く光る扇形の彩術具が辺りを淡く照らしている。
「止まりなさい。ここは行き止まりよ……」
手前の道から悠々と長い外套を纏った男が、静かに姿を現す。
“電光石火”の字を冠する追撃者、コウ。
一歩、また一歩。
ふたりを挟む形で、コウがゆるやかに距離を詰めてくる。
コウの手にした長刀、濡れた石畳を引きずるように迫ってくる。
シンは地面に散った水たまりが気になった。
刀が通るたび、そこに蒸気が立ち昇る――が、蒸発した直後、霜のような白い膜が残る。
『……あの刀、彩術具か?』
その刹那、別の気配が横から跳ねた。
冷気をまとった女が、シンの足下へ扇を振った。
「凍えなさい」
囁くような声とともに、空気が震えた。
同時に、足元へ冷気がまとわりつく。
『今度は“急冷”か……!』
咄嗟に飛び退くが、足元の冷気は水を凍らせ、少年の脚を封じた。
“急冷”の異能――“瑠璃核”の彩術師。
冷気に満ちた空間で、ソカの呼吸が浅くなる。肌を刺すような寒気に、先ほどの痺れが再び蘇るようだった。
「シン、大丈夫……!?」
少女の声に、少年はかすかにうなずいた。だが、その手はわずかに震えていた。
逃げ場はない――左右は岩壁、背後には“電光石火”。前には“急冷の彩術士”、二人の追撃者。
コウが、長刀を持ち上げる。
刃が脈動するように明滅交錯し、刃に電気が溜まる。
急冷の女も、静かに舞うように構える。冷気はさらに濃く、霧と凍気が混ざりあって視界を奪っていく。
『……囲まれた。動けば、斬られる。止まれば、凍る』
少年の思考が回る。
どうする?この状況で打開策は――
そのとき、ソカがわずかに呻いた。
「……嫌な感覚が……視える……?」
少女の瞳は“何か”を捉えていた。
その視線の先――霧の奥に、“それ”が光となって浮かんでいる。
それは、赤く、鋭く、牙のように彼女を狙っていた。
次の瞬間――石畳を蹴る音が響き渡る。
途端、白に染まった視界が弾けた――
次回予告
第八話 「霧中の連携」
少年が選んだのは、痛みを伴う決断――すべてを守るために。
少女は応える。その覚悟は、信じる心から生まれた。
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平修




