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七國繚乱ー森羅万象の記憶ー  作者: 平 修
序章 邂逅奇縁
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第五話 敵意の気配

 夜気は冷たく、敵意は静かにうごめく。

 “四面楚歌”のあざなが目覚め、少女はその兆しを受けとめる。

 “森羅万象”の予言に導かれ、ふたりは渦中へと踏み出していった――


 森を包む夜の空気が変わった。

 

 一番初め、その気配に気付いたのは、双樹の上から番をする黒鷹のヨダカ。


 遠くから、こちらへ向かってくる闇に紛れた影を視界に捉えると、小さくひと鳴きした。


 夜目の効く鷹の目に映ったのは、赤外套の人物二人。

 ゆるやかに、しかし確実に砦へと迫ってきていた。

 

 シンはヨダカの視界を通じて敵の接近を察し、すぐに背後を振り返る。


『ソカ……!』


 振り向くと、少女はすでに起きていた。

 砦の床に敷かれた外套を払い、ソカは静かに身を起こす。


「……何か、気配を感じるの」


 自身の字と向き合う覚悟を決めた少女へ呼応するように、“四面楚歌”の力は高まっていた。


 夜気に肌寒さが混じる。だが、ソカの目には迷いがない。

 外の空気とは別の冷たさ――胸奥に刺すような違和感が、彼女を目覚めさせた。


「誰かが、私を憎んでいる」


 そう呟いたソカの眼差しは、確かな変化が宿っていた。

 

 まるで見えぬはずの“敵意”を感じ取るかのように、彼女は砦の外へ視線を巡らせる。


「……私の力、少し変わった気がする――」


 囁くような声。だがその言葉の裏には、覚悟があった。

 あの手紙を読み、涙を流し、そしてそれでも歩くと決めた夜。


 “世界の拒絶者”という予言すら、彼女の歩みに従うなら。


「もう、目を逸らさない。……シン、行こう」


 シンはうなずき、砦に残していた荷を手早くまとめる。

 地図と書、外套と水袋、保存食を袋に詰めて抱え、少女と少年は崩れた石階段を駆け下りる。


 砦の木扉は軋む音を上げて開き、冷たい風が二人の顔を撫でた。

 

 月はまだ雲の切れ間にある。


 夜明けまで、しばらくの時間があった。

 

 その刹那の隙を突くように、彼らは闇へと飛び出した。



 ――数刻後、双樹砦の最上層。

 

 長い外套の裾を揺らしながら、男が踏み込んだ。

 

 “電光石火”の字を冠する追撃の才、コウ。


「……もぬけの殻か」


 破れた床板、浅く残る足跡、地図を敷いた痕。

 

 人がここにいた気配は、まだ色濃い。数刻前まで確かにこの場にいた。


 だが、残った熱すら冷めかけている。


「速すぎる……だが、残滓ざんしは確かにある。何かしら、異能が働いたか」


 眉をひそめながら、周囲を見渡す。

 

 部下の女が割れた蝋封の欠片を拾い上げた。


「手紙か……投げ捨てられた様子はない。整理して発ったようだな」


 コウは静かに目を閉じる。

 

 全体図が、頭の中で鮮やかに浮かび上がる。


「逃げたのではない。“進んで”いるな」


 周囲に配した部隊の配置を思い出す。

 

 砦を拠点に、北の廃坑、南の廃村、隧道ずいどうへと繋がる三路が封じられているはず。


「逃げ道は限られている。次は隧道だ」


 低く、静かな声で命じた。


「急ぐぞ。奴らの足は――まだ届く」


 再び夜を裂いて、影たちが森へと消えていった。



 ――砦を後にし、山を下る二人の足は速い。

 

 崖沿いの小径を駆け抜け、土砂で崩れかけた道を、跳ねるように進んでいく。


 まとわりつく汗に夜風が心地よかった。

 

「シン、地図だと……この先、三枝村さえぐさむらが近道だけど……」


 ソカが立ち止まり、額の汗をぬぐう。


「でも、変な気配がする」


 少女は、夜闇に隠れて見えない廃村を睨みつけるように見ていた。


「なんて言えばいいか……私に向けられてる“敵意”が、濃くなってる気がするの」


 心がざわつく、寒気にも似た違和感。

 

 それは人混みのざわめきではなく、ひとつひとつが自分へ向いている感情の粒。


「……多分、あそこには誰かいる。待ち伏せ、かも」


「“敵意”ってこんなふうに感じるんだ……はっきりと、わかる。私を狙っている誰かが近くにいるって」


 言葉の端に震えが混じるが、それは怯えではなかった。

 その感覚こそが、彼女が向き合って得た力――“四面楚歌”が目を覚ました証だった。


 シンは地図を差し出し、谷沿いの獣道を指さす。


『こっちから行こう。ソカの力を信じるよ』


 ソカは一瞬、目を見開き、すぐにうなずいた。

 彼の言葉が胸にしみる。自分は、もう逃げているんじゃない。

 

 ふたりは進路を変え、獣道のような迂回路へと足を向ける

 足場は悪く、風も強い。


 敵意の気配は――遠ざかっていた。


 霧は谷底から這い上がり、ふたりの足元にじっとりとまとわりつく。

 

 草葉をなでていた風もいつの間にか止んでいた。耳を澄ませば、夜鳥の声すら聞こえない。

 

 夜の静けさに少女の不安は募っていく。

 それでも、敵意に抗いながら、自分で決めた道を進んでいる。


 “自分で決めた”。

 それは小さな一歩だったが、ソカにとっては大きな意味をもっていた。

 

 ふたりは足を速め、木の根を踏み越え、霧の中へと消えていく。


 新たな敵意の感覚に苛まれながら――

次回予告

第六話 「熱の狭間」

立ちはだかるのは、急熱を操る彩術士。

近づけぬ敵に、少年は、あの日交わしたひとつの教えを思い起こしていた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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ご感想やリアクションも大歓迎です。

あなたの声で物語に色を付けてください。


物語の余韻が、ひとひらの彩りとなりますように――


たいらおさむ

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