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第二十九話 封誓刻名の儀

 罪は積もり、裁きの座が整えられた。

 評議の間には、嵐の前の静けさが漂う。

 次に響く声は、赦しか断罪か――


 厳しい沈黙の中、円座に並ぶ六人の重鎮を前に、並べられた面々はそれぞれの心持ちで言葉を待った。


 最初に語られたのは、今回の事態の経緯だった。


 帳録役の女性――シオが、紙面の束に目を落としながら、穏やかで深みのある声で語り始める。


「――昨夜未明、外縁郷がいえんきょうにて結界の綻びが発生。そこから凶獣、異形が侵入し、郷はかつてない被害に見舞われました。その引き金となったのは、改革派による彩術具での結界構造への干渉と判断されます」


 続いて、伝令役の青年――ソウギが記録を読み上げる。

「改革派の活動拠点より、複数の彩術具が見つかっております」


 評議の場がざわつく中、治水工の古老――カヅラが怒気を孕んだ声をあげた。

「結界は郷と民を守る命そのもの。それを破ろうとした……その罪、万死に値する」


 神事祭事の世話人――ゲンザも強く頷いた。

「外縁の者たちは、家を焼かれ、家族を失い……! 誰がその責を負うのか!」


 沈黙の中、先生が一歩前に出て、深く頭を下げた。

「……すべて、我ら改革派の不徳です。郷をよりよく変えたいという理想が、慢心となり、掟を踏み越えました」


 先生に続き、チヨが深く頭を垂れる。ハヅキは二人を見てから、それに倣った。

「改革派は、私の責任のもと解体します。そして、今回の責は全て私が負います。どうか願わくば、彼女らに温情を……」


 その姿に、重鎮らはお互いに目を見合わせ、それぞれ意見が飛び交った。


「これほどの所業、追放でも生ぬるい」

「だが追放すれば、郷の秘事が外へ洩れる」

「ならば死罪か――」


 だが、この郷には久しく死罪の例がなく、その任を負う者もいない。


 チヨは、針のむしろに座すがごとき心持ちで、ただ沙汰を待った。


 やがて喧騒が静まり、長老は咳払いを一つすると言葉を放った。


「今回のこと、到底許されるものではない。掟に背き、彩術具の密輸や通行証を持たぬ者を郷へ無断で引き入れた。結界を破壊し、郷に甚大な被害をもたらせた。この罪、重く数え切れぬ」


 長老の険しい顔が改革派の三人へ向けられる。


「しかし、その一方で、彼らの尽力によって事態の収拾が急いだことも、また事実……」


 長老が一息の間を空け、審判を告げた。

「まず、改革派については解体とする。以後、三者が関わり合うことを禁ずる。次に、それぞれの処分はひとまず保留とし、監視の下、郷に留め置く。以後の行動は厳しく制限し、防衛の任を与える。最後に、再発防止の誓約を課す」


「よいな」――長老の声に、誰ひとりとして異を唱える者はいなかった。


 やがて評議の話題は、ソカたち外部の者へと移った。


「通行証もなく、この郷に入り込んだこの者たちの処遇をどうするかだが――」

 長老の言葉にチヨが声を上げる。

「こいつらは、あたしが連れてきたんだ! 罰ならあたしが受ける」


 ふむ、と一つ頷くと、結界守のゲンバが静かに尋ねた。

「おまえたちが、木霊ノ郷を訪れた目的はなんだ?」


 ソカがシンへ確認するように目配せをすると、少年はその意を理解して静かに頷いた。


 ソカが一歩前に出て、一枚の書を取り出す。

「……これを、確認するためです。私の父がこの地で受けたと語る“予言の書”」


 手渡されたその紙を広げ、郷の重鎮たちで回された。


 森羅万象 朧霞おぼろかすみ水面みなも

 月夜に移ろい 揺蕩たゆた


 声なき契り 路となり

 影を渡りて 夢を継がん


 汝、四面楚歌を宿す者よ

 世界の拒絶者と相成るとも


 されど 秘めし門はひらかれん

 いかなる願いを 汝は託すや


 やがて、言葉を発したのは、これまで一言も語ることのなかった若き風詠みの御子――シスイだった。

「……確かに、この書は先代のものです」


 その場に、静寂が訪れる。


「この地へ正当に踏み入れる者は、ここ何年もそうおらん。誰に宛てたものか、人物が特定できそうなものだが……」

 結界守のゲンバが顎髭をいじりながら言った。


「……誰に宛てたかどうかはさておき、あの“森羅万象”を指し示す予言の書が現実に現れたのは事実だ」


 治水工のカヅラが言い、世話人のゲンザが続けた。

「“森羅万象”の情報がここにあるのだ。なおさら、この者たちをただで帰すわけにはいくまい」


「しかし、郷に残る伝承から、“森羅万象”については不干渉とするのが郷の掟だと記録されております」

 帳録役のシオがそう言うと、再び場に静寂が訪れた。


「話が逸れたな。結界の秘密を知った旅人をどうするかが、本題だ。何か意見のある者はおるか」


 長老の言葉に風詠みの御子のシスイがおずおずと手を挙げて言った。

「“封誓刻名ふうせいこくめいの儀”を執り行うのはいかがでしょうか」


「ふうせいこくめい……?」

 ソカの疑問に帳録役のシオが答える。

 

「“封誓刻名の儀”とは――郷で最も古く重い霊儀で、御響みひびき様を祀る祠のもと、名を刻み、誓いを立てる。誓いが破られたとき、名は穢れ、魂は森に見放されると伝わっています」


「……では、今回この事件に関わった者全てにこの儀を課す。旅人も、改革派も、等しく名を刻むこと」

 長老の言葉に一同が静かに頷いた――


 場所は移り、天籟樹の御前。

 評議の間から、目と鼻の先に祠はあった。


 淡い陽の光が差し込む中、御響様を祀る祠の前に六人が跪くと、郷の重鎮たちがそれを見守った。


 神装に身を包んだシスイが、天籟の霧水が張られた大盆を手に六人の前に立った。

「心を映す水鏡“澄槽ちょうそう”でございます。御響様の下、皆様にはここへ誓いの言葉を賜りたく存じます。私が誓詞を唱えますので、その後、心を映し、名を告げてください」


 シスイは霧水を湛えた大盆を掲げ、祠に響く声で唱えた。


「此の地にて知り得し事ども、故なく漏らすことわず、

 永久とこしえにこの誓ひを守り奉らむことを、

 森を護りし天籟樹てんらいじゅの御響きに、

 ここにつつしみて、おごそかに申し奉る」


 その声は水鏡に揺らぎ、六人の胸へと沁み渡っていった。


 シスイがゆっくりと六人の前に立ち、まず、コハクが進み出た。

「コハク……ここへ誓います」


 続いて、シン。言葉はない。

 ただ、水鏡を見つめ、心で名を刻んだ。


 次のソカは、唇をきゅっと結び、深く息を吸ってからコハクの言葉をなぞった。

「……ソカ……ちかいます……」

 声はかすかに震えていたが、その瞳は水鏡をまっすぐに見据えていた。


 続いて、チヨ、クチバ、ハヅキの三人もそれぞれの名を刻む。

 悔いと誓いを胸に、頭を垂れた。


 ――封誓、成りたり。


 シスイはその言葉と同時に、天籟樹の幹へ大盆の中の霧水を余すことなく注いだ。


 その瞬間、一陣の風が祠を通り過ぎ、その後に詮議の終わりが宣言された。


 コハクはふと顔を上げ、霧の奥を一瞥した。探すようなその視線は、一瞬だけ鋭さを帯び、何かを計る色が宿る。

 そしてシンとソカへ歩み寄る。

「……おふたりに大切なお話がございますの」

次回予告

第三十話 「旅立ちの朝」

いつもと同じ朝、旅立ちの朝――


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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ご感想やリアクションも大歓迎です。

あなたの声で物語に色を付けてください。


物語の余韻が、ひとひらの彩りとなりますように――


たいらおさむ

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