第二十八話 収束の夜明け
夜はようやく終わり、光が静かに満ちていく。
傷ついた者たちは、ただ静かに歩き出した。
その歩みの先に待つのは――裁きの座。
地下深く、闇の底。
静けさの中に、再び石碑が淡く光を帯び始めた。
「どうやら、郷の結界……復活したようですわね」
コハクは光を帯びた石碑を見つめて、そう呟いた。
シンは何も言わずに眠るチヨを背負うと、出口の階段へと向かった。
ソカは慌てて後ろを追い、その背を支えた。
地下施設に残されたその光を背に受け、階段を上っていく三人。
そのすぐ後ろを歩くコハクは、意味ありげに振り返ると、光をたたえる石碑をじっと見つめていた――
やがて、最上段へ差し掛かる頃、差し込む光に目を細める。
そこには白み始めた空が広がっていた。
長かった夜は終わり……静かに夜明けが訪れていた。
辺りを伺うも、異形の気配はない。
「郷の様子も気になりますけれど、まずは休める場所へ行きましょう」
コハクが促すように言って歩き出した、そのとき。
強面に刻まれた深いシワに立派な顎髭をたくわえた人物が、青年を引き連れて目の前までやってきた。
顔をしかめ、深いシワを一層濃くした結界守の長――ゲンバが、敵意を剥き出しにして尋ねた。
「ここで……何をしていた」
ゲンバの声からは、警戒と不信が滲んでいた。
コハクは一歩前へ出て、静かに事情を説明する。
「地下で異形を封じ、暴走を止めました。信じられないとは思いますが、事実だけを述べています」
その言葉に眉をひそめるゲンバと若衆であったが、コハクが詠唱とともに、【白いかご】を展開し、彼らの敵意を静めた。
薄く広がる光の膜が、柔らかく彼らを包み込むと、空気が和らぎ、ゲンバは若衆へ目線で合図を送ると、若衆は数人がかりで地下の確認へ向かった。
しばらくすると、若衆の一人が戻り、ゲンバへ地下の状況を伝えた。
ゲンバは頭を下げて、三人へ詫びる。
「……まずは、疑ったことを詫びよう。確かに、君らの言った通りのようだ。加えてこちらでも結界の復活は確認している。綻びはまだ残っているが、周囲は警護し、異形もほぼ殲滅した」
そう言うと、ゲンバは顔を上げて続けた。
「クチバ殿の功績によるものだ。外縁郷の被害は甚大だが、郷全体は守られた」
そして、視線を三人へ戻す。
「あなた方は郷の者ではないと見受けられるが、どのようにして郷へ入ったのか。今回の件と併せて、詳しく事情を伺いたい」
ソカが前へ出て話そうとするその肩を、コハクが制した。
「……そちらの事情もお察しいたします。ですが、見ての通り、わたくしたちにも休息と手当てが必要です。どうか、ご猶予をいただけますか」
ゲンバはしばし黙し、やがて静かに頷いた。
「事情は理解した。こちらも状況の整理が必要だ。明日、チヨの家へ迎えを寄越す。それまでに、体を休めておくように」
一同は頭を下げ、別れを告げた。
チヨの家へ向かう道すがら、焼け焦げた田畑や崩れた家屋、瓦礫の中でうずくまる人やそこかしこに倒れた人の姿が目に映る。
そのすべてが、郷に起きた夜の惨劇の痕跡だった。
チヨの家に辿り着くと、シンは倒れるようにして横になった。
コハクは黙々と薬草を煎じ、包帯を取り出し、チヨの応急処置を施す。
そして静かに寝床へと寝かせた後、手にしていた布を差し出した。
「これは、チヨさんから外した“緘布”。必要でしょう。……また、巻いておきなさい」
ソカは小さく頷き、その布を受け取る。
「……ありがとう」
「おやすみなさい」
コハクのその柔らかい声音に不思議とソカも安心し、深い眠りに落ちた。
――そして翌朝。
陽が二度目の光を射す頃、三人は顔を見合わせていた。
「……本当に、ごめん!」
チヨが深々と頭を下げる。土下座に近い姿勢だった。
その謝罪に、ソカとシンは優しく頷いた。
「チヨも字持ちだったなんて、驚いちゃった」
ソカのその言葉に、チヨはそっと自身の左腕に触れた。
「事情は、コハクから聞いた」
やがて、チヨは顔を上げると、視線を落として呟く。
「ハナエが、偽造彩核の暴走で……結界を封じようとしたなんて」
小さく震える指先を握りしめながら、言葉を続けた。 「改革派がこんなことになって……あたしたち、どうなるんだろう……」
コハクが、どこか上品な微笑を浮かべて言う。
「極刑の可能性も、なくはないわね」
その言葉に唇を噛み締め、沈黙するチヨ。
少しの間を経て、チヨが再び口を開いた。
「先生や他の改革派のみんなは、どうしたんだろう」
誰も答えられなかったが、その沈黙を破るように、コハクが言った。
「これから、わかるかもしれないわ」
そう言い終わると同時に、戸が叩かれた――
案内役に導かれ、内縁郷へ続く坂道を上り、四人は評議の間へと向かった。
そこには、既にクチバとハヅキが座していた。
「先生……!」
無事を喜び、駆け寄るチヨに、クチバはただ静かに微笑んだ。
「ハナクラとシンバは……?」
辺りを見回しながら問いかけるチヨの声が震える。
その問いかけに、伝令の青年が代わりに答えた。
「……おふたりは、遺体で発見されました」
その言葉に、チヨは力なく膝をついた。
ソカはその姿に、胸の奥が締めつけられるのを感じた。
評議の間には、昨晩、郷の危機に対して集まっていた六人の重鎮たちが、静かに座していた。
長老を筆頭に、帳録役、結界守のゲンバ、治水工の古老、若き風詠みの御子、神事祭具を継ぐ者。
正面に座る長老が、低く重い声で言い放った。
「全員集まったようだな。――では、これより“詮議”を開く」
次回予告
第二十九話 「封誓刻名の儀」
それぞれの罪は誓いとともに刻まれた――
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平修




