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第二十七話 決着の地下

 彩核は、ただ静かに息づいていた。

 その力の在り方は、使い手の業に委ねられる。

 今宵、力を操る者と、力に呑まれた者の明暗が分かれた。



 チヨの目が、こちらをまっすぐに見据えていた。


 次の瞬間――


 鋭い踏み込みとともに、獣じみた動きで距離を詰める。


 詰められる直前、敵意視により察知していたソカは、身を捻り、回避する。


 しかしチヨは止まらない。

 躱された動きを殺さず、後ろを向いたまま、肘を旋回させて裏拳を放つ。

 その一撃は、なおもソカを狙っていた。

  

 ソカは、それすら紙一重でかわした。


 なおも屈み込むチヨ。

 三度目の攻撃を放とうとする――その刹那。


 淡く光る籠手をまとい、闇に溶け込むようにしてシンが到達した。

 

 チヨの盾とシンの籠手がぶつかり合い、空気が鳴る。

 

 互いに息を呑む一瞬の沈黙。チヨの動きがわずかに止まる。


 だがそれも束の間、すぐに彼女は体勢を立て直し、目の前の敵――シンへと向き直った。

 

 “隠影いんえい”で気配を消していたシンだったが、チヨの異常な感覚は、その存在を容易く探り当てる。

 

 寸分の狂いもなく、彼の気配を捉えて拳を叩きつけた。


 ――チヨに“隠影”は通じない。


 そう判断したシンは技を解き、籠手の操作へと意識を集中させた。

 

 若衆から借り受けたそれは、常磐核じょうばんかくの“固定”を宿す彩術具だった。

 

 

 使い慣れていない種類の彩術具に戸惑いながらも、じっと機を伺った。


 一方のソカも、隙を伺いながら緘布を構えている。


『固定の彩術具で動きを封じる。その隙に』


 ごく単純な言葉。

 だが、ふたりの間には、それで充分だった。


 チヨが一度だけ動きを止めたときのことを、シンは思い出す。

 接触と発動のズレにより、ほんの短い制止で終わってしまったあの一瞬。

 機が合えば、数秒は止められるはず。


 ――今度こそ確実に。


 チヨの動きに集中した。

 出血、息の乱れ、足取りの重さ。

 既に限界を超えていることは見て取れる。

 それでも、彼女の肉体は破綻を恐れず突き進んでいた。


 しかしそれは、対するシンも同じだった。

 連戦による疲労、幽纏の多用、新技の使用――すでに限界は近い。


 二人とも、限界を超えた力にすがりながら、それでも――仲間を信じて動いた。

 

 本能に支配されたような動き。

 ならば、より大きな脅威を前にしたとき、彼女の衝動はそちらへ向かうはず。


『敵意を、瞬間的に最大まで膨らませられる?』


 シンの言葉にソカは即答した。


「やってみる……!」


 少女は、これまで感じてきた感覚を思い出す。


 ――字が穏やかに収まっていたとき。あふれ出して止められないとき。


 まだ私の力だけでは制御をすることは難しい。

 けれど、コハクの言っていた“刻名”の力を利用すれば、あるいは……。


 ソカは願いを込めて、その感覚の形に名を刻む。


「【ぜんぶ出す】――!」


名を口にした瞬間、ソカの身体から爆発的な敵意が放たれた。

 その気配に、地下施設内の全員が息を呑む。


 予兆なく放たれていれば、シンでさえ抵抗できなかったかもしれない。


 ソカへ視線を移すチヨ。数瞬の戸惑い――そして、慌てたように大振りの一撃を繰り出す。


 その瞬間を待っていたシンは、チヨの攻撃を正面から籠手で受け止めると、すぐさま彩術具へ力を流す。


 籠手が強く発光し、踏み込みと術の発動が完全に重なった――

 チヨの動きが、ぴたりと止まる。

 

『今だ』


 シンの合図に、ソカは手にしていた緘布を巻き付け、抱きつくようにしてチヨを抑え込む。


「チヨ、戻ってきて……!」


 少女の切なる願いだった。


 その途端、チヨの身体から力が抜け、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


 支えきれず、ソカも一緒に倒れ込む。

 横たわる二人。かすかに寝息を立てるチヨの鼓動に、ソカは安心した。


 深い安堵が、胸に満ちた。



 

 地下のさらに奥、目の前に立つ少女の両腕にまとわりつく“それ”を、コハクは冷静に観察していた。


 少女を縛るように左腕に絡む、ひび割れた黒い数珠――

 “黒封珠くろふうじゅ”と呼ばれる、異質な黒核の彩術具。今は鳴動もなく沈黙しているが、その内にひそむ禍々しさは消えていない。


 そして左手に嵌めた手套。紋様と素材からして、鐵籠かなこもり製の朽葉核きゅうようかくによる彩術具“衰朽手すいきゅうしゅ”だと考えられる。

 触れたものを腐らせる、厄介な一具だ。


 さらに、少女が纏っている袖のない羽織。

 気配から何かしらの彩術具だと推察できるが、ここからではその全容を判別することはできない。


 右手には、浅葱核せんそうかくの“風の指輪”と、茜核せんかくの“昂の指輪”――いずれもあかつき帝国で大量に流通している彩術具だった。 

 

 異質な気配。おそらくは、どちらか“偽造彩核”。

 近年、闇で取引され流通している模造品で、被害がいくつも報告されている。

  

 本来であれば、これだけの彩術具を同時に使用すれば、術者の精神は長く保たない。

 

 ――だが、この少女は。


 もはや彩核に使役される、抜け殻のような存在だった。

 自我を失い、力に取り込まれ、ただ死ぬまで彩核の器であり続ける。


 その原因は、おそらく左腕の“黒封珠”。

 そして引き金となったのは、右手のどちらか――偽造彩核による暴走と共鳴。


 年若い少女がこのような形になり、不憫には思う。


 だが、コハクは情に流されることなく、ただ静かに自らの役割を反芻していた。

 

 この場で止めること。それこそがコハクの使命。


 状況整理を終えたコハクは、静かに詠唱を始める。


「白き守りよ、我が身を囲み、外の穢れを払いなさい――【守護の白】」


 杖の先から白い光が渦を巻き、彼女の周囲を取り囲む。

 対彩術防御の術式。

 簡素ながら安定性が高く、彼女の得意とする防御の基点だった。


 対峙するハナエが光に誘われるように風を巻き起こし、前方からコハクに襲いかかる。


 しかし、風は守護の光に触れた瞬間に霧散した。

 

 風で牽制をしながら、ハナエはゆっくりと間合いを詰めてくる。


 どこか緩慢で、それでいて異様な執着を感じさせる足取り。


 コハクもまた、一歩ずつ慎重に間を詰めていく。


 その時――


 爆発的な気配が、地下に充満した。


 咄嗟に意識が逸れかける。

 しかしそれは、目の前の相手も同じだった。


 ハナエの瞳が、遠くの“敵意”に引かれていた。

 コハクは小さく息を吐き、微笑んだ。


「余所見をしては駄目ですよ」


 その言葉と同時に間合いを詰め、杖を構える。

 

 反射的にハナエの左手が伸びる。

 

 応じて、杖の先端でそれを受ける。


 触れた瞬間、杖の先端がじわりと腐り始めた。


 コハクは、腐の侵食を意にも介さず、静かに詠唱を始めた。


「咎を抱きし者よ、白き檻にて裁かれなさい――【咎の白檻はくかん】」


 杖の先端から光が迸り、空間を白く染める。


 拘束、抑制、浄化の三重奏で相手の動きを封じるコハクの技。


 光の空間そのものが檻となって、ハナエの身を閉じ込めた。


 ハナエは声にならない悲鳴を漏らし、白光の中で身悶えた。

 もがくたびに、黒封珠が軋み、指輪が青く点滅する。

 

 それでも、抜け出せない。


 十数秒ののち――

 ハナエの身体が、ふっと力を失って崩れ落ちた。


 それを見届けたコハクは、そっと後ろを振り返る。


 チヨのもとに膝をつくソカとシンの姿が見える。


「本当に……すごい力ですね、“四面楚歌”は」

 そっと微笑んだコハクの視線が三人に注がれていた。

次回予告

第二十八話 「収束の夜明け」

戦いは終わり、審判の刻が始まる――


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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あなたの声で物語に色を付けてください。


物語の余韻が、ひとひらの彩りとなりますように――


たいらおさむ

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