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第十五話 芽吹きと装い

 やさしい布が少女の背中に触れたとき、世界が静まった。

 敵意に縛られた日々は、ひととき霞の彼方へ。

 それは少女にとって、はじめての自由であり、はじめての武装だった。


 陽は昇りきり、西日が道の端に咲いた草花を照らし、足音に小さく揺れた。


 チヨとソカは、木霊ノ郷の静かな小道を並んで歩いている。


 道すがら、住人たちはチヨに笑顔を返す一方、ソカには訝しげな目を向けた。

 そのたびにソカは肩をすくめ、視線を落とす。


「気にすんな。郷のやつら、慣れてないだけさ」


 そう言って、チヨは話題を変えるように前を向いて歩き続けた。


 やがてふたりは、苔むした坂道を越え、軒に薬草が干されたチヨの家へ着く。


 先程、放り出された荷はそのままに、チヨは戸棚の奥から、小さく折り畳まれた白布を取り出した。


「これ、最後の一枚の緘布かんぷ。特別にソカにやる」


「え!でも、これ……超希少だって――」

 ソカが目を見張って、手振りで遠慮の意を示す。


「遠慮するなって。それに、そのままじゃ、郷を歩くだけで一苦労だろ」


 “そのまま”が字の敵意を指すことは、すぐに察しがついた。

 確かに、このままでは予言の書の出所を探すことすら叶わないかもしれない。

 それでも、チヨからの厚意に戸惑いはあった。


「字を覆うように素肌に巻くんだ」

 そんなソカの様子を見かねてか、チヨは受け取ることを前提に話を進めていく。


「やってあげるから、それ脱いでくれる?」


「ありがとう」 

 ソカはチヨに背を向け、逃走と戦闘でボロボロになった衣服をはだけた。

 

 白い柔肌に、場違いのように“四面楚歌”の字が刻まれている。

 

 素肌を、字を人に晒すのは怖かった。それでも、それがチヨへのせめてもの礼儀だと思った。


 チヨは慣れた手つきでソカの身体へ緘布を巻いていく。一周、素肌に巻き終えると、空気が一変した。


「どうかしら?」


「完璧だよ、ソカ。何も感じなくなった」


 その言葉に、ソカは肩の力が抜けるような安堵を覚えた。

 けれどその反面、自分の存在を世界から遠ざけたような感覚に陥り、その目に翳りが宿る。


「私、隠さなきゃいけない存在なのかな」


 チヨは一瞬黙った後、柔らかく言葉を紡ぐ。


「違うよ。これはな、元々“制御のための練習布”でもあったんだ。自分の力を操作できるようになるために、一時的に借りるもんだ」


「ソカが抑えられるようになったら、そんなもん必要なくなる」


 そう言って、家の中から荷をまとめ始めたチヨが、朗らかに笑った。


「さ、行くぞ。今日はいろいろ仕立ててやるって決めたんだ」


 ふたりが向かったのは、郷の外れにある道具屋だった。

 湯屋へ向かった道とは反対に、円環状に続く道を歩いた。


 道中、先程とは別の住人が通りがかり、ソカがおずおずと頭を下げると、思いがけず優しい笑顔が返ってきた。


 ソカの顔が、ぱっと花のように綻ぶ。

 それを見たチヨも、つられるように頬を緩めた。


 やがて道具屋へと着く。木と藁できた簡素な造りだが、大きな建物だった。


「やあ、シンバ!調子はどう?」

 暖簾をくぐるなり、チヨが声をかけた。


 “シンバ”と呼ばれた若き店主は、作業の手を止めて顔を上げた。

「やあ、チヨ。こんにちは。今日は何の用だい」


 ふたりが談笑している間、ソカは辺りを見回していた。  木棚に並ぶ、果物や衣類、書物に原材料らしき品々。


 どれも初めて見るものばかりで、ソカは目を輝かせながら衣類の棚へ移動した。


 いくつかの小袖を比べて眺めていると、チヨが横から声をかけてきた。

「灰桜か、いい色だな。ソカに似合いそうだ」


「ソカ、こっちに来て」

 チヨが店の奥へと手招きをする。


 通された奥には、武器や防具が立ち並んでいた。


「チヨの頼みだから、仕方なくね」

 シンバが渋い顔をしながら説明を始める。


「郷は、字も彩術具も武器も、戦う力は掟で禁じてる。ここは改革派専用の裏棚さ」


 本心では、よそ者のソカに公開することに抵抗があるのだろう。それでも、チヨの頼みとして受け入れてくれているのがわかる。


「ソカ、“戦う力がほしい”って言ってたろ? それに、そんなボロ服じゃ、せっかくの美人が台無しだろ」


 チヨがそう言って笑うと、ソカは少し照れながら礼を述べた。


 店内を見回すと、柔らかな布地の羽織が目にとまる。


「これは?」


「“嫩羽織わかばおり”。御響様――天籟樹の若枝を繊維にして、霜萩しもはぎの糸で仕立てた軽衣だ」


「着てみてもいい?」


 シンバは頷いた。


 袖を通すと、羽織は軽く、身体にそっと馴染んだ。


 ソカは嬉しそうに羽織をひらひらとさせて回り、チヨはその光景を微笑ましく見守っていた。


 次に武具の棚へ。


「ソカはどんな戦い方をするんだ? それに合わせて選ぶのがいい」


「囮?」


 思いがけない答えに、チヨは一瞬きょとんとしたが、すぐに真剣な顔へ戻る。


「なら、防御が必要だな。受け流しと視線誘導がカギだ」


 話を聞いていたシンバが棚の奥から取り出してきたのは、一対の舞扇だった。


静籟扇せいらいせん。儀式用の舞扇を、実戦用に改良した。天籟樹の枝を扇骨に、静布苧しずぬのおと霜萩の布で仕立ててる。防御と受け流しに特化してるよ」


 ソカはそっと手に取った。


「これなら、私にも……使えるかな」


 チヨが頷く。


「完璧に使うには修行がいるけど、適正はある。それに、こういうのは直感も大事だ」


「うん。私、これにする」


 チヨとシンバは、ソカに灰桜色の小袖と嫩羽織を着せ、静籟扇を持たせた。


 若草色の羽織が、蕾が芽吹くように少女を包む。


 静籟扇は腰に収まり、姿に芯の気配を添えた。


 ふと、店の隅に置かれた浅い盤に目が留まる。盤には天籟の霧水が張られていた。


 ソカが覗き込むと、灰桜の袖と若葉の羽織をまとった自分が揺れて映る。


「それ、澄槽ちょうそうって言うんだ」

 シンバが説明する。

「水鏡の一種で、霧水に心を映すって言われてる」


 ソカはじっと見つめた。歪んでいた輪郭が、ほんの少しだけ――まっすぐになった気がした。


「どう? 変じゃない?」

 少女は嬉しそうに、くるりと回って見せた。


「いや。悪くねえ。……似合ってるよ」

 穏やかな顔で、チヨが言った。

 

 その姿は、これまでの彼女とはまるで違っていた。


 まるで、新しい旅のはじまりを告げるように――

次回予告

第十六話 「風の告げる音」

少女が出会ったのは、風に揺れる髪がどこか幻想めいた美しき女性。

彼女は、少女へ目を向けながら、風の音に不穏な兆しを聴いていた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


もし楽しんでいただけましたら、ページ下の「評価(☆)」や「ブックマーク」で応援いただけると、何よりの励みになります。


ご感想やリアクションも大歓迎です。

あなたの声で物語に色を付けてください。


物語の余韻が、ひとひらの彩りとなりますように――


たいらおさむ

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