異形頭、街に行く
それからは彼に言われるがままに走った。
時折、燃料切れを起こしながらも走り続けていると、木々の間隔が次第に疎らになっていった。
「もうすぐ、森を抜けそうだね」
「そうですね、ラバさん。これから私は、何処に行けばいいんですか?」
問いかけに、彼は少し悩むフリを見せたあと、私の動きを止めさせ、笑顔で答えた。
「君は、まず街へ行くといい。この世界のことを知るには、それが一番手っ取り早いからね。」
「街……」
森の向こうに広がる景色を想像してみる。そして不安になる。この見た目で、人々の中に入っても良いのだろうか。
彼はちらりと私を見て、優しく言った。
「心配することはないよ。これから向かう先は、異種族にも寛容な場所だからね。君のような存在がいても、すぐに拒まれることはない。」
「……それでも、私の姿を見たら驚かれるのでは?」
自分の頭に手を触れた。硬い感触が返ってくるだけで、温かさもなにも感じない。
「確かに、君のような異形頭は珍しい。でも、君みたいな異形が現れることは、何年かに一度あるんだよ。」
彼の言葉に、私は顔を上げた。私以外に、異形がいる。それも、何人も。
「何年かに一度?」
「そう。この世界にはね、こういう言い伝えがあるんだ。"異形の存在は、神の試練を乗り越えし者" だってね。」
「神の……試練……?」
「つまり、君はこの世界の人々にとって、神の使いのようなものなんだ。」
「…………」
驚きすぎて、言葉が出てこなかった。
そんな私の様子を見て、彼はくすくすと笑っいながら言葉を続けた。
「実際は違うけどね。」
「でも、君の姿を見ても、恐れるのではなく、"試練を乗り越えた者" として受け入れてくれる人が多い。もちろん、全員がそうとは限らないけどね。」
「……そんな伝承が、この世界にはあるんですね。」
「うん。だから、堂々と歩けばいいよ。」
そう言いながら、彼は森の向こうを指さした。
「ほら、もうすぐ見えてくるよ。」
私は視線を上げた。
森の木々が途切れ、陽の光が広がる先。アーチ状のものが、そびえ立っていた。遠目に見ても巨大なそれは、明らかに人が作った物の形をしている。
私は思わず足を止め、その光景を見つめた。 門は威圧的なほどに大きく、そして荘厳だった。そこに立つ門番たちは槍を持ち、鎧を身に纏っている。まるで物語の中のような景色だった。
「……私は、本当にここへ入れるのでしょうか?」
無意識に零れた言葉に、彼は私を一瞥し、安心させるように笑った。
「大丈夫。君は"歓迎される側"だからね。」
「でも……」
「試しに、周りを見てごらん。」
促されて、私は目を凝らす。
門の近く、そしてその向こう
____人々の姿が見えた。
一見すると普通の人間たちのように見える。だが、その中には明らかに違う存在も混じっていた。
尻尾を揺らす者、羽を持つ者、頭に耳が生えた者もいる。 人とは異なる姿を持つ人が、当たり前のように生活している。
「……こんなに、…たくさん…?」
驚きと戸惑いが混ざる。
門の側を見た限りでは私の様な頭を持つ人はいないが、確かに異形と呼ぶべき存在が、そこで暮らしていた。
「ここはそういう街なんだよ。」
彼の声が、静かに響く。諭すような声は、私に私に落ち着きを与えてくれる。
「異種族も、異形も。ここでは珍しいかもしれないけれど、排除されることは少ない。だから、君も恐れることはないよ。」
「……本当に、そうでしょうか。」
彼の言葉を聞いても、私は不安を拭いきれずに呟いた。確かに、異形はいた。けれど、私のような者は一人もいない。
「本当だよ。」
彼はそう断言すると、一歩前に進んだ。
自信に満ち溢れた声は、私に勇気を授けてくれる。
「さあ、行こうか。君の歩みを止める理由は、もうないはずだよ。」
彼の言葉に、私は再び門を見つめた。
高くそびえ立つそれは、まるでこの世界への入口のようにも思えた。
私はゆっくりと、確かめるように。
新たな世界への、歩みを進めた。
「まて!そこの二人、」
門番の一人が声を荒げる。
思わず辺りを見回したが、他に人は居ない。もしかして、私達の事か?と思い、自身に指を指す。
「おや、僕たちの事かな?」
彼がすっとぼけた顔で自分を指さすと、門番は眉をひそめ、槍の柄で軽く地面を叩いた。
「他に誰がいる? この街に入るなら、身分証の提示が必要だ。」
「身分証……」
私は彼の方を見る。彼は少し考え込む素振りを見せた後、ポケットから何かを取り出した。
「では、これで。」
門番が受け取り、目を細める。
その紙には妙に達筆な字でこう書かれていた。
『ラバ・ヘルイドの特別入城許可証』
門番の顔が一瞬にして険しくなった。
「ふざけるな!!どこの世界に手書きの許可証が通ると思っている!?」
「おや、ダメだったか。じゃあ、こっちはどうかな?」
そう言って、彼は新たな紙を差し出した。門番はため息をつきながら受け取り、内容を確認する。
『ラバ・ヘルイドの身分証明書(公式)』
「……公式?」
門番が紙を裏返したり、光に透かしたりしている間に、こっそり覗き込んでみた。
『ラバ・ヘルイド 世界のどこかに所属 特技:人を騙す』
「安心できる要素が何一つない!!」
門番が叫び、紙を丸めて地面に叩きつけた。
明らかに法の手続きが入っていないそれは、安っぽく。美しい模様が、更に間抜けさを助長させていた。
「いいか、身分証とは正式なギルドや国が発行するものだ! それがない者は、推薦状か保証人が必要になる!」
「推薦状か……」
彼はわざとらしく考え込んでいる。
私は既に頭を抱えていた。あれほど神秘的に見えていた彼が嘘のようだ。
この神様、かなりの天然らしい、
門番の呆れたため息が聞こえた。
「身分証もなし、推薦状もなし……。お前たち、一体何者なんだ?」
私は答えに窮する。彼がいい加減なことを言えば、門前払いどころか捕まるかもしれない。
だが、彼はまるで気にした様子もなく、にこりと微笑んだ。
「何者か、と聞かれれば……そうだね。僕はただの旅人で、こちらは」
そこで言葉を区切り、私をちらりと見た。
「_____神の試練を乗り越えた者、だよ。」
門番の表情が変わる。私は、いきなり何を言い出すんだと彼の方へ視線を向ける。
口元に当てられた指は、私の声を止めるのに十分な力を発揮した。
「……なんだと?」
「この世界には、そのような言い伝えがあるだろう?」
彼の声音はいつの間にか真剣なものに変わっていた。軽口ではなく、確信に満ちた響き。
「異形の存在は、神の試練を乗り越えし者。この者もまた、その一人さ。」
門番たちが顔を見合わせる。私はまだ、衝撃から立ち直れずにいた。その間にも、彼らの話は止まらない。
「……確かに、そのような伝承はある。しかし、だからといって、誰でも受け入れるわけにはいかん。」
「当然だね。でも、ほら、」
彼は再びポケットを探り、今度は小さな封筒を取り出した。
「これを確認してみてくれないか?」
門番は警戒しながら封を開け、中身を取り出す。それは一枚の書状だった。
『この者、入城を許可する。王国公認の魔法使い、アルセ・マージク』
「……アルセ様の、許可状……?」
紙の上には緑色の蝋印が一つ。葉のような形をした変わった紋章は飾り気はないが、恐らく何かの家紋で、そしてそれは本物なのだろう。門番の顔色が変わっていた。
「そうとも。これで問題ないだろう?」
門番はしばらく書状を見つめたあと、しぶしぶ頷いた。
「……確認が取れるまで不審者扱いするつもりだったが、アルセ様の名がある以上、むやみに拒むわけにはいかんな。」
そう言って、門の前から退いた。
「……通れ。」
「ありがとう。」
彼が軽く礼を言い、私の方を振り返る。
伸ばされた手を、戸惑いながらも繋げていた。
「さあ、行こうか。」
…始めからそれを出していれば、という門番の嘆く声が聞こえたような気がした。
新キャラの名前が出てきましたね。
次の話で出るかは未定です。
因みに主人公が門番に呼び止められた際、戸惑いを見せた理由としては、自分とラバさんは人なのか?という疑問から来ています。