異形の目覚め
目が覚める。腕を伸ばす、全身から嫌な音が鳴っていた。昨日は買い替えたばかりのベットで安眠した筈なのに、全身を走る痛みに思わず溜め息が漏れた。
「……やっぱ、ベットは硬いほうが良いのかなぁ」
地面を撫でる。そうそう、丁度こんな硬さの、まるで土みたいに冷たくて、適度に柔らかい、乾燥した草の上みたいな。
「……あれ?」
昨日まで、そこにあった筈の枕も、ベットも、どこにもなくて、
ついた手をそのままに、体を勢いよく起こす。きょろきょろと忙しなく、あちこちに視線を飛ばす。まず目に映ったのは見上げるほどの巨大な木、そして背中を支えているのは既に変色した沢山の落ち葉と、巨大な木の根。
「…うそでしょ、」
声は震えていた。寝起きの頭に、ようやく異常が染み込んできた。
異世界転生モノなら使い古された展開だけれど、まさか自分がそんな目に遭うとは思ってもいなかった。いや、そもそも転生なのか? それすら分からない。
「えっと、まずは状況確認…」
落ち葉を払ってゆっくりと立ち上がる。全身が重い、寝起きだからだろうか? とにかく今は周囲の様子を確認しよう。そう思って、視線を上へ向ける。
視界の端に、揺れる影が見えた。
「ん?」
木漏れ日を浴びて揺れる、丸い何か。自分の視線に合わせて動いている。頭を傾けると、それも傾く。右へ、左へ、ゆらゆらと、
「……え?」
そっと、頭に手を伸ばした。指先が何かに触れる。硬い。金属のような、ひんやりとした感触。
「えっ、なにこれ」
何度か触る。自分の頭がそこにあることを確かめるように。
だが、そこにあるべき髪の毛も、頭皮も、骨の感触も、何もない。
「…………いや、いやいやいや」
息が乱れる。いや、待て、冷静になれ。これは夢だ、悪夢。そう、夢なのだ。だから、こんなふざけたことが起きているだけ。
……夢なら、目を覚ませばいい。
「覚めろ、覚めろ、覚めろ!」
必死に念じる。瞼をきつく閉じ、再び開く。
視界に広がるのは、変わらぬ深い森の風景。そして、自分の影に映る異形の頭。
車輪。
何の冗談だ?どうしてこんな事に?そんな疑問が頭を駆け巡るが、答えはどこにもない。
「っ……」
深く息を吸い込もうとするが、うまくできない。焦りが喉を締めつける。
いや、違う、そもそも鼻がない、口もない、顔がない。
手で何度も自分の顔を触る。硬い、冷たい、滑らかな車輪の曲線。どこをどう探しても、人間の顔はない。
「……うそでしょ」
暫く、その場に立ち尽くしていた、頭が理解を拒んでいた。そのうち、日が暮れて、森は騒がしさを増していった。遠くで獣の叫び声が聞こえる。
きっと獲物を探しているのだろう、見つかったら食い殺されるかもしれない。もっともこの姿では、餌とも認識されないかもしれない。
「痛っ…、」
こつん、頭に何かが落ちてくる。驚いた事に、痛覚はあるらしい、
地面に転がるそれを拾い上げる、木の実だろうか?それは酷く歪な形をしていた。
まるで何かに貪られたように、
____どすん
巨体が、目の前に落ちてくる。
その顔は鶏に酷似しているが、開いた口に並んだ牙は、それの獰猛性を表していた。
私は必死に走った、怪物は私を捕らえようと翼を広げ、何度も飛び立とうとしているように見えた。
恐らく翼を負傷しているのだろう、好都合だったが、翼を負傷しているからこそ、地面に落ちて来たのだろうと思うと、運が良いとも言い切れない。
「誰か……誰か、助けて!」
喉の奥から絞り出すように声を出す。口も喉もないのに、どうして声を出せるのか、そんな事はもう、どうでもよかった。
「こんな馬鹿なことが……」
ふと、そんな声が聞こえてきた。人間の声。
──いや、どうしてそれが聞こえた?
心臓が激しく鼓動し、耳元でその声を追い求める。
どすん、
また、大きな音がして、恐る恐る振り返る。そこに立っていたのは、一人の青年だった。金色の髪を揺らし、穏やかな表情を浮かべてこちらを見つめている。その足元には、先程私を追いかけてきた、あの恐ろしい怪物が転がっていた。
その青年は、まるで舞台に上がる演者のように優雅に歩み寄ってきた。
「驚かせてしまったかな?」
彼は軽く微笑むと、少しだけ首を傾げた。
子供のような仕草だと思った。
「君が目を覚ますのを待っていたよ」
「あなたは……一体、誰?」
思わず口にした言葉は、震えていた。
下手をすれば、私もあの怪物のように殺されてしまうのではないか、そう思ったからである。
「僕は……君が目覚めたその瞬間から、君の導き手であり、監視者だ」
青年は静かな口調で続ける。
穏やかな声は、深い慈愛の心を含んでいるように聞こえる。
「君が今、ここで目を覚ましたのは偶然ではない。君の運命の扉が、今、開かれたんだよ」
運命? それは何を意味している?
青年はさらに微笑んで言う。
「僕の名前は、ラバ・ヘルイド」
「君たちの言葉でいう、神様さ」
異形頭転生、前々から書いてみたかったんですよね…。
元が人間で、良識があって、異世界転生者特有の冷静さを極限まで落とした反応を、書きたかったんですよね…