カイレン・テミノルデ
カイレン視点です
「アンリエッタ、約束します。必ずあなたを守り抜きます。私はその為に剣技も努力してきました。あなたは私の隣にいてください。アンリエッタ、やっとあなたに伝えることができる。あなたを愛しています」
彼女と巡り合えた人生はこれで四度目。
過去の三回は後悔しかない。
しかし、やっとあなたを私の妻に、そして今度こそ助けることができる。
彼女の存在に気が付いたのは、彼女が子爵令嬢だった時。彼女は学園の一年生。教師の手伝いのため、プリントを抱えて移動中のことだった。
近道をするためだろう、中庭を通っている時に、悪戯な風が吹いて彼女が抱えていたプリントが十数枚舞った。
私は友人と中庭で休憩をしている最中だったが、足元に舞ってきた紙を拾い上げ彼女へと渡した。
彼女は少しはにかんで『ありがとうございます』と紙を受け取った。
その瞬間、私は恋に落ちた。
はにかんだ時に薄く紅をさしたような頬が、プクリとした唇が、そして何より笑った時に少し垂れた目尻が可愛らしい。
私は彼女が立ち去っても、後ろ姿を目で追っていた。
そんな私に友人は『彼女は駄目だよ。婚約者と仲が良くて有名だ』と言う。
その日から気にして周りを見ていると、確かに彼女は婚約者の男爵令息と仲が良い。二人はよく一緒に居て、彼女は男爵令息に愛情を感じる笑みを見せていた。
あの微笑みが自分に向かないことに寂しさを感じながらも、彼女が幸せなら良いか、と諦めることにした。
ところが、ある時からプツッと見なくなり、かわりに男爵令息と伯爵令嬢が彼方此方で一緒にいた。
ベタベタ、なんて可愛いものではない。
見えていないと思っているのかもしれないが、彼方此方で卑猥な動きを見せる二人。学園では風紀が乱れると問題視されていた。
きっと彼女と男爵令息との婚約はなくなる。
諦めたはずの恋は、あっという間に再燃した。
私は父へ話し、婚約の申し込みのタイミングを待った。
しかし、聞こえてきたのは彼女が天へ召されたということ。
信じられなかったが、教えられた日に教えられた場所へ行くと、彼女の葬儀の最中だった。
ああ、なんてこと。なんの暇疵もない彼女がなんでこんな目に遭わなくてはいけないのか。
私は悲しすぎて、涙も出なかった。
視界の端で、あの男爵令息が『自分が悪かった。愛しているのは君だけだ』と泣き喚いているのが煩かった。
次の記憶は、私が伯爵家嫡男として学園に入学後のある日、廊下ですれ違う女性を見た瞬間に、その前の生の情報が頭に流れてきた。
ああ、この方は彼女だ。
すぐにわかった。
しかし、彼女の横には婚約者としてあの男がいた。
浮気したくせにと思ったが、彼女の葬儀の最中に見たあの男の言葉を思い出し、今回はきっと反省して幸せにするだろうと思った。
しかし、あの男はやっぱり浮気をして、しかも彼女は浮気相手の女に同じように殺められた。
同じではないか。
なぜ同じことを繰り返すのか、この男は反省しないのか、と憤ったが、もしかするとこの男は前世の記憶を継承していないのかもしれない、と気が付いた。
次の記憶は私が侯爵家嫡男。
前世の記憶を手に入れたのは、彼女が中庭を歩いている姿を見た瞬間。
ああ、生きている、と嬉しかった。
今度こそ彼女があの男との婚約を解消できるように、私は親に彼女との婚約を願い出た。
私の親は彼女の家に婚約の願いを出したようだが、その時は彼女とあの男は既に婚約していて、しかもやはり仲が良かったことから、却下されていた。
彼女は記憶を継承していないのか。私だけが過去の記憶があるのか。
どうにかして彼女達の婚約を無に帰さなくてはいけない。
しかし、わたしの足掻きを嘲笑うようにあの男は浮気をし、また彼女は天へ召された。
過去三回。立場は違えど流れは同じだ。
私はきっと次もあると想像し、傾向を考えた。
彼女は婚約者と仲が良い。
しかし、彼女の十六歳の誕生日を境に、あの男は浮気に走る。
その後、浮気相手が妊娠するが、彼女達の婚約がなかなか無かったことにならず、業を煮やした浮気女が彼女を手にかける。
そして、大切な情報の一つとして、
我が家は彼女の家と同じ爵位であるということ。
一回目から、爵位は一つずつ上がっていること。
あの男は記憶を継承していないということ。
彼女は、もしかすると記憶を継承しているかもしれないということ。
彼女は三回目の時、明らかに浮気が始まってすぐに婚約解消へと動いていた。
二回目までにはなかった動きだった。
彼女の父が破棄に拘らなければ、彼女は今も生きていたかもしれない。
私は今、侯爵家嫡男の立場。
次は公爵か。
浮気女は一つ上の爵位になるから王族か。
王族なら、王命で彼女の婚約は解消になるだろう。
次は、次こそは彼女は死なずに済むかもしれない。
私は僅かに期待して、三回目の生を終えた。
四回目。私は八歳の皇太子だった。
彼女は何処の王女か。
私は近隣諸国について調べた。
最初は、ここなら良いなと思った『聖泉』のあるチナーズ国。
『聖泉』と我が国にしかいない『召喚師』は切っても切れない。瘴気を浄化する為に、聖女を召喚するというのはよくある。しかも、もしかすると今回の浮気女は聖女なのではないだろうか。
王女よりも位が高いものなどいない。
しかし、聖女は別だ。
聖女は何をおいても尊重される存在。
だからきっと、今度の相手は聖女。
それならば聖女を召喚しなければ彼女は幸せになるのだろうか、と考えたが、それはないだろうと結論づけた。
浮気する男は、誰だろうがどんな立場だろうがする。
あの男は、絶対に浮気をする。そして彼女は苦しむ。
では、どうすべきか。
まず、父上にアンリエッタ・チナーズ王女と結婚したいと言い続け、あとは時間が許す限り、じっくりと作戦を練った。
彼女が十六歳になる半年前、聖女を召喚する為に召喚師を派遣してほしいとの依頼がチナーズ国から来た。
父は、『アンリエッタ王女を貰い受けることを条件にしようか』と私に言った。
父は、カイレンの妻に、皇太子妃にとの返事を出したようだ。
いずれ我が妻にと願っていたので、それに関しては嬉しく思った。
しかし、ありがたい話だが、私は今すぐ彼女を奪うつもりはない。
彼女は過去三回、理不尽に苦しめられた。
今回は彼女が苦しまないように、あの浮気者達が苦しむように。今まで考えた作戦を実行するのが先だ。
その時は来た。そう思った私は、チナーズ国へ向かった。
そして、私は彼女に会った時に正直に話した。
驚くべきことに、彼女は記憶を継承していた。
そして、私へ助けを求めてきた。
私はあなたを助けるために存在しているのだ。
今までの後悔を、今回私は絶対に無駄にしない。
そう決意して、アンリエッタへ作戦の詳細を話した。
聖女は絶対にジェイク・カヤルナーデ公爵令息を側に置こうとするだろう。今回はきっと護衛だと予想できる。
アンリエッタはジェイクとの婚約はそのままに、聖女との浄化の旅へとジェイクを送り出す。
今まで浮気者達は出会って二ヶ月以内には関係を持つので、今回もそのパターンが予想できる。
あとは聖女が孕んだという報告を待って、アンリエッタは婚約を破棄すればいい。
「アンリエッタ王女と仲良くしていたジェイクが、聖女に手を出して孕ませたとなれば、あっという間に縁は切れるだろう。街の噂も背中を押してくれる」
普通なら聖女が王女の婚約者を奪って孕むという醜聞は街中には流れない。情報は統制されるから。
しかし、たった一人足並みを乱せば後は早い。
特に国民に愛されている王女に関することだ。
もう、ジェイクは王都では暮らせないだろう。
社交界にも出られないだろう。
アンリエッタ王女は、傷心を慰めてくれたカイレン皇太子に絆されて隣国へ嫁ぐ。
これだけでいい。
命までは奪わない。
お前達は生を終えるその時まで、後ろ指をさされていけ。
作戦は予想通りに進んだ。
アンリエッタは、私の妻になってくれた。
三人の子供にも恵まれ、健康面でも大病などなく八十歳を迎えることができた。
「アンリエッタ、ありがとう。私の今世はとても幸せだった」
「カイレン、お礼を言うのはわたしの方ですわ。あなたに愛してもらえて、私は幸せに生きてこられました。願わくば、次は最初からあなたと婚約を結びたいものです」
「ああ、私の方が先に神の御下に行くことになる。神にそう願っておこう」
「では私は、教会への予算を増やすように遺言を残しますわ」
「ははっ、それは大切なことだな」
カイレンは最後の時をアンリエッタと二人で過ごしていた。
もう、声を出すのが精一杯で、目は閉じたままだ。
アンリエッタはカイレンの手を握り、カイレンを見つめる。
「アンリエッタ」
「はい、カイレン」
「愛しているよ」
「私も、愛しています。すぐにあなたのお側へまいりますわ。そして、次は私があなたを探します」
「アンリエッタ」
「はい」
「······エッタ」
「お側におりますよ」
愛するアンリエッタに見送られ、カイレンは一日早く旅立った。
アンリエッタはカイレンの髪を少し切り、ハンカチに包んだ。
翌日、もうだいぶ日が高くなったにもかかわらず起きてこないアンリエッタの様子を、侍女が静かに見に来た。
アンリエッタは、愛する夫の髪を包んだハンカチを大切そうに胸に抱いて、静かに眠るように神の元へと旅立っていた。
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