現在は四回目
今回は転生です。
生死に関わる文が出てきますので、気になる方は避けてください。
ああ、またこの人と婚約していたのか。
私は目の前でお茶を飲んでいる貴族男性を見ながらそう思った。
いや、その説明は正確ではない。
目の前にいるこの人とは声も髪の色も違う、顔の造形だけが同じ、私が過去三回生まれ変わった、その時々の婚約者を思い浮かべて苦笑いをした。
私は立場や名前が違うだけで、同じ運命を丸々三回繰り返した。
今は四回目に入ったところ。
一度目は私が子爵令嬢、この男が男爵令息。
同じ年の私達の婚約が結ばれたのは十一歳になったばかりのこと。
私達はとても仲が良かった。
しかし、十六歳になった時、ある伯爵令嬢がこの男にちょっかいを出した。この男はあっという間に陥落して、伯爵令嬢のお腹には二人の子供が宿った。
そこまできて、男爵家から婚約解消の申し入れが来たけど、これは破棄の案件だと我が子爵家は断った。すると、伯爵令嬢が突然我が家に押しかけて、『お前がいると結婚できない』と叫びながら私の胸にナイフを一突き。心臓に達した傷が原因か出血多量が原因か、とにかく私はその時死んだ。
二回目は私が伯爵令嬢、この男が子爵令息。
やっぱり同じ年の私達が婚約したのは十一歳になったばかりのこと。
一回目と同じように、やっぱり仲が良かった。
しかし、十六歳になった時、ある侯爵令嬢がこの男にちょっかいを出した。
やっぱりあっという間に陥落して、侯爵令嬢のお腹には二人の子供が宿った。
そして子爵家から婚約解消の申し入れが来て、これは破棄の案件だと突っぱねたことで侯爵令嬢が『お前がいると結婚できない』と私を刺して······
三回目は私が侯爵令嬢、この男が伯爵令息。妊娠する女が公爵令嬢。ここまででわかると思うが、我が家の爵位の一つ下の爵位にこの男の家、一つ上の爵位に妊娠する女の家、基本となる爵位は三回とも違うけど、それ以外は変わらない。
私は浮気された挙げ句、逆ギレされた女に刺されて死ぬことを繰り返している。それはこの回も変わらずで、私が今際の際に思ったのは『どいつもこいつも学習しないな』だった。
お父様も『破棄の案件だ』なんて言わないで、さっさと解消してくれれば良いのに。確か三回目の時は『解消でいきましょう』と提案をした。それなのに頑なに破棄にこだわって、そのせいで私は死んだ。
現在の私は王女、この男が公爵令息。
普通に考えれば、王女より上の爵位はいないはずだけど、抜け道があった。
「最近、瘴気溜まりがあちこちに増えてきたから、聖女を召喚しようと思う」
一昨日父である国王からそう言われ、その瞬間に過去三回の私の死に様を思い出した。
ババババッと瞬時に頭の中を駆け巡る記憶。
あまりに大量の情報が頭に来たためか、そのまま倒れ昨日まで寝込んでしまった。
そして思い出した婚約者の浮気と逆ギレ女のこと。
今回は聖女か。特別枠からのエントリーか。
神様はどうしても私のことが嫌いなんだろう。
そうとしか思えない。
来期の予算からは、教会への寄付を減らそうと決意した。
さて、今お茶を飲んでいる『将来の浮気男』は、ジェイク・カヤルナーデ公爵令息。私アンリエッタ・チナーズと同じ十五歳。今日は元々予定されていた婚約者との交流の日。
いや、学園で会っているのだから、交流なんていらない。しかも、これから浮気されて殺されるんだから、なるべく交流なんて持ちたくない。
しかし、婚約を結んでからの四年間、残念なことに私達は仲が良かった。
今もジェイクは私だけを見て、私の為に集めた話題を元に話をしている。本当に幸せそうな二人に見えるはずだ。
私の記憶を辿ると、あと半年はこの幸せが続く。
私が十六歳になるのは半年後。その一ヶ月前に浮気男が浮気女と出会う。
会っても一ヶ月は浮気をしていなかったけど、一度手を出すと我慢ができなかったようで、もう昼だろうが外だろうがお構い無しに二人はサカった。
サカリ真っ只中の猫でももう少し控えめだと思うくらいに、あちこちで目撃されていた。
それについて、我が家にどんどん報告が来る。
三回目の時にはそれを元に、なんとか早く、あっちが妊娠する前に解消しようと思って色々動いていたのに、お父様が『破棄』にこだわってあのザマだ。
ちなみに、浮気女はその都度違う人だと思われるので、記憶の継承はないと思う。
今目の前にいる浮気男は、記憶を継承しているのかどうかわからない。わからないけど、そんなことはどうでも良い。
この男と疎遠になろう。あと半年がタイムリミットだ。
「アンリエッタ、顔色が悪いよ。まだ体調が戻ってないのかい?」
「ありがとう。そうね、少し頭が痛いわ」
「それは良くないね。残念だけど今日はお開きにしようか。明日も学園で会えるのだから、ランチを一緒にしようよ」
「そうね、ありがとう。今日はごめんなさいね」
今はまだ優しいジェイク。ありがたくその提案に乗ることにしよう。
侍女に手を引かれて立ち去る私を、心配そうに見送ってくれるけど、あんたが浮気しなければ良いだけの話なんだけどね。どうせ無理だけど。
私は考えることが多すぎて、オーバーヒート気味の頭を押さえつつ部屋へと戻った。
ソファに座ると、侍女が偏頭痛に効くというハーブティーを淹れてくれた。
青い香りがするけど、嫌いじゃない。
一口飲んで、ふうっと溜息をついた。
私は過去三回、十六歳までしか生きていなかった。だけど、今度こそ長生きしたい。浮気女に『こんな男、熨斗をつけて差し上げますわ!』なんて啖呵をきってみたい。
それには一刻も早く動きたい。
だけど今はまだ浮気者二人は出会っていない。
私のカンでは、今度の浮気女は聖女だ。
聖女を召喚して一ヶ月以内にはケリをつけないと、またグズグズと流れる気がする。
「あれ?聖女を召喚?」
我が国には聖女を召喚するための聖泉がある。
この聖泉は、いつも清い水が湛えられて、この水を召喚用の魔法陣に振りかけると聖女を召喚できるという。
だけど、我が国には召喚師がいない。
隣国と、この聖泉を争って戦争が頻繁に起こり、両国の消耗が激しくなった時に停戦協定を結び、その時に聖泉は我が国、召喚師は隣国のテミノルデ帝国にまとめたのだった。召喚する時は両国が協力するという記録も残して。
既にテミノルデに召喚師の派遣を依頼したのだろうか。
情報を整理しつつ少しずつ考えていると、『陛下がいらっしゃいました』と侍女が言い、扉脇に控えていた近衛騎士が扉を開けるとお父様がやって来た。
「アンリエッタ、体調が戻っていないんだって?無理をしては駄目だよ」
「ありがとうございます。少し頭が痛むだけです」
「一昨日は話の途中で倒れたから、心配したんだよ」
「あ、話の途中だったのですね。申し訳ありません」
「良いんだよ。アンリエッタが一番大切だからね。それでね、その話の続きをしたいのだが、今は大丈夫だろうか」
「はい、問題ありません」
「そうか。聖女を召喚するという話までしたね。実はテミノルデに召喚師を二ヶ月後に派遣して欲しいと手紙を出したのだが──」
二ヶ月後?半年あったはずのタイムリミットが二ヶ月に縮んでいる。
これは来期からの教会への予算は全額カットだ。私は死んでいるかもしれないから、遺書に書いておく。そんなに喧嘩を売りたいなら言い値で買ってやる。
「アンリエッタ、聞いているかい?」
「あ、聞いております。二ヶ月後に召喚」
「それなんだけど、テミノルデが条件を出してきてね。困ったことになっているんだ」
「条件?なんでしょう。お父様を悩ませるようなとんでもないことを?」
「ああ、これはアンリエッタにとても酷なことなんだよ」
私に酷なこと。
逆ギレされて殺される以上に酷なことってあるのかしら。
「あちらの皇太子が、アンリエッタを皇太子妃にしたいと、それが呑めなければ召喚師を派遣しないと言い出してね」
私はクッと息を呑んだ。
婚約者がいる王女を横からかっ攫おうとするなんて、とんでもない国だ。しかも、召喚に関してはお互いが協力するとの約束もあるのに条件をつけるなんて。
確かに私には兄がいて、兄は王太子となり二年経った。
王太子妃も昨年娶り、二人は仲が良い。
王太子妃のお腹には、現在世継ぎがいる。
私がこの国にいなくても、なんの問題もない。
だけど、そんな献上品みたいな扱いは酷いと思う。
「どこかからお前の耳に入る前に伝えておこうと思っただけだから、気にしなくて良い。召喚しなくても、少々白魔法師と騎士達が今以上に働けば良いんだ。アンリエッタにはジェイクがいるからね」
私は、ハッとした。
これは婚約解消の絶好のチャンスなのでは!
ありがとうございます。
三話を予定しています。
最終話は隣国の皇太子視点です。