指輪の行方:ド田舎自警団冒険奇譚③
嵐のような1日だった。
心身共にヘトヘトである。ジャイル団長は回廊の支柱にもたれ掛かり、ぼんやり辺りを見回した。
(さすがだな。まるでどこかの宮殿のようだ。)
今、自分がこの場所にいるのが信じられない。
パヴェナ・トラル共和国の首都にある 共和国国議会議事堂 は、由緒ある建築家が建てたと言われる荘厳な造り。
小高い丘の上に建つ「宮殿」は、2階の回廊から見える景色も絵画のように素晴らしかった。
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カークが指輪を売った相手は、赤毛の魔女が魔法を駆使して突き止めた。
相手はヤリ手の悪徳商人共だった。金を返すと言ったところで、素直に従うわけはない。
「時間が惜しい」とのたまう魔女は、実力行使の暴挙に出た。
なぜか戦う羽目になったイル村自警団有志達。結構派手な修羅場を乗り越え、なんとか「契約の指輪」を奪還できた。
これで終わりと思いきや、キィン!と首飾りが高らかに鳴って、気付けばなんと土の中。
イル村近辺の森の下。
土と木の根で築かれた立派な宮殿、それがイル村を護る 地の精霊 のお住まいだそうで・・・。
『ナニしに来やがったゴルァーーーっっっ!!!』
「地の契約」を疎かにされ激怒している精霊に、鬼の形相で追い回された。
壮絶な恐怖を味わったが、赤毛の魔女の取りなしもあり何とか許していただけた。
ただしカークは許されなかった。当分地の精霊の宮殿に囚われ、下働きして罪を償う。
この精霊は人使いが相当荒いと、赤毛の魔女が言っていた。これで彼の根性曲がりが少しは治ればいいのだが。
「じゃ、アタシはこれで。
後はアンタ達でしっかりやんのよ!」
赤毛の魔女はイル村自警団を首都の共和国議会議事堂に連れてきた後、パッと一瞬で消えてしまった。
「転移魔法」というのだそうだ。ほんの一瞬で目的地に移動出来る便利な魔法で、村長宅の居間から連れ出された時もその魔法を使用したという。
とんでもない場所に置き去りにされた。泡を食ってオロオロしてると、当然警備員に連行された。
しかもなぜか国議会議員が集まる議員議場に連れて行かれた。
事の顛末一部始終をこの場で詳しく話せと言われ、心の底から驚いた。
「そうか。それであの魔女様が現れたのか・・・。」
ジャイル団長の話を聞いた国議会議員達は、全員深く吐息を付いた。
「あの魔女様は地の精霊よりも恐ろしい。
我が国は彼女の国から魔法支援を受けている。不興を買うのは得策ではない。」
「気性の激しいお方でな、テレーズ嬢の婚約についてもしっかり物申して行かれたよ。」
「その後、何が起ったと思う?
隣国の紛争が沈静化したよ。どうやらあの魔女様が仲裁に入ったようだ。」
「全面的な和平は難しいだろうが、戦火が広がる事は当面無い。」
「安心したまえ。イル村直轄地化は全会一致で廃止になった。」
「当然、今回の縁談も白紙になる。
イル村は今まで通り、君達が護って行きたまえ。」
本来ならば狂喜乱舞する所。
しかし疲れ果てたジャイル団長は、力無く笑う事しかできなかった。
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(かの国の偉大なる大魔女様、か。まさかそんな大物に出くわすとはね。)
ジャイル団長は苦笑した。
そして国議会議事堂2階の回廊から、何気なく首都の街を眺めた。
暮れなずむ空は茜色に染まり、どこまでも家々の屋根が続く。
カークが憧れた都会の景色は洗練されて美しく活気溢れて 窮屈 だった。
(根っからの田舎モンにゃなじめん所だ。指輪も取り戻したし、とっととイル村に帰ろう。
・・・そうだ、そういえば。)
ふと思いだし、上着のポケットに手を入れる。
取り出したのは、最初の指輪。
頭にたんこぶを作ってくれた、古文字が掘られた指輪である。
テレーズに返そうと思っていたが、「もう要らない」と言われてしまった。
彼女は父親と一緒にイル村から駆け付け、「契約の指輪」を携えて一足先に帰っていった。
国議会議員の息子との婚約は無事解消された。テレーズはルーと結婚する。
カークの事を心配したが、彼の今後を詳しく話すと連れ帰るのを諦めた。
もしかしたら、ルーが村長の跡目を継ぐ事になるのかもしれない。
その方がいい。きっと地の精霊も真面目で誠実な婿養子を祝福してくれるだろう。
(この指輪、どうするかな?
俺が持っててもなぁ・・・って、あっ!?)
無骨で不器用な男の手から、指輪がコロッと転がり落ちた。
指輪はキラキラ光って回廊の外へ。
すると下から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「・・・きゃ?!」
(マズイ、人に当たった!?)
回廊の下は小さな中庭になっている。そこへ行くには議事堂内をグルリと迂回しなければならない。
ジャイル団長は大慌てで掛け出した。
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中庭に辿り着いたジャイル団長は、思わず立ち止まり息を飲んだ。
さっき自分が居た場所のちょうど真下に、娘が1人佇んでいる。
遠い異国の者のようだ。髪や瞳の色合いがこの国の者とは全然違う。
手にした指輪をジッと見つめて涙ぐんでいる。
その姿はたおやかで可憐。夕暮れ時の静けさの中、どこか神秘的ですらあった。
娘がハッと顔を上げた。
「あの、これ、貴方の指輪ですか?」
「も、申し訳ない、上から落としてしまいまして。
大丈夫でしたか?あの、泣いて・・・?」
「あ、いえ、違うんです。
急に落ちてきて驚きましたけど、痛かったワケじゃありません。」
気遣うジャイル団長に、娘がふわりと優しく笑う。
花のような微笑だった。
「指輪に刻まれてる文字を見て、つい・・・。
私の故郷の古文字ですわ。古い詩の一節が刻まれてるんです。
懐かしいわ。国を出てからいろいろあって、すっかり忘れてしまってたから・・・。」
(そうか、この人も・・・。)
胸が痛んだ。
ルーの顔が脳裏に浮かぶ。彼もまた隣国で燻る戦火を逃れて村に来た。
ルーにとって異国の暮らしは決して楽では無かった事を、ジャイル団長は知っている。
だから、つい言ってしまった。
遠き故郷に思いを馳せる娘に微笑みかけながら。
「差し上げますよ、それ。」
「えっ?!で、でも・・・。」
「受取ってください、ぜひ。
不躾ながら貴女には、幸せになって欲しいんです。」
「・・・。」
格好付けてはみたものの、猛烈に恥ずかしくなってきた。
ジャイル団長は取って付けたような一礼を残し、踵を返して歩き出す。
「あ、待って、お名前を!」
慌てて呼び止める娘の声に、かつてないほど後ろ髪を引かれた。
しかし振り返る事はしなかった。
(ルーやテレーズと同じ歳くらいの、まだ若い娘さんだ。
俺みたいなオッサンなんかお呼びじゃないさ。名乗るほどのモンじゃないってヤツだ。
うん、いいね!俺って奥ゆかしい!♪)
ヘタレを隠してダンディ装い、無意味に自分を賞賛した。
そのまま立ち去ることができれば、確かに格好良かっただろう。
しかし。
そうは問屋が卸さなかった。
「だんちょー!
ジャイル団長、どこっすかー!?」
「おい、こんな広い所なんだからさ、もっとキチンと呼んだ方がよくね?」
「おぉそうか!
そろそろ村に帰りますよー! サミュエル・ジャイル 団長殿ー!」
「イル村自警団の、ジ ャ イ ル 団 長 ーーーっっっ!!!」
ダンディズム台無し。
ジャイル団長は全速力で駆け出した。
そしてしつこく名前を連呼する部下達の元へ駆け付けると、彼らを思いっきりど突き倒した。
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(サミュエル・ジャイル。イル村の・・・。
優しい方。部下の皆さんにとても慕われていらっしゃるのね・・・。)
娘はその名を心に刻み込んだ。
ジャイル団長が知る由もないが、彼が娘にした事は、娘の国では「求婚」。
男が女に指輪を贈る。それだけでもう、ロマンチックで熱烈な愛の告白だったのだ!
そうとは知らずに指輪をくれたと、娘もよくわかっている。
それでも彼女はもらった指輪を、指にそっとはめてみた。
もちろん、左の薬指に。金の指輪は娘の指で、とても美しく煌めいた。
「まぁ!ピッタリ・・・♡」
娘はニッコリ微笑んだ。
金の指輪に刻まれた、遠い昔の詩の一節。
その意味は、
「私は貴女と巡り会う為この世に生まれ、
貴女は私と共に生きる為ここに居る」・・・♡
娘が指輪と共に旅立ったのは、今日この時より数日後。
彼女は慎ましやかで気立ても良いが、狙った獲物は逃さない素敵な根性も持っていた。
ついでに年上・ひげ面が好み♡ 渡りに船とはこの事だ。
国境沿いの小さな村で執り行われた 結婚式 は、それは盛大だったという。
村を護る地の精霊も祝福してくれたのだろう。
その年取れる農作物は例年になく豊作だった。
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「テレーズが悪いんじゃないわ。
あの娘は『古の魔女の指輪』を、肌身離さず持っててくれてたそうよ。」
イライラ歩き回りながら、大魔女はつぶやいた。
「なのに、気が付いたら無くなっていた。
また盗まれたんだわ!
やってくれるわね、絶対とっ捕まえてやる!」
パヴェナ・トラル共和国から自室に戻ってから、ずっとこの調子である。
ティナがコーヒーを淹れて来た。
マグカップから立ち昇る芳醇な香りがささくれた心を和ませる。ソファに座って書類に目を通していたオスカーも、温かいコーヒーを一口飲んで幸せそうに吐息をついた。
「敵さん、なかなかの手練れだな。一応言っとくけど無茶すんなよ?」
彼は傍に投げて置いていた上着を手に取り、立ち上がった。
「例の国の和平調停会合には、俺が行った方が良さそうだな。
なぁに、大魔女の国が仲介するんだ。何をいがみ合ってンだか知らないが、紛争はもう起きないさ。
その後、ラーシェンカの街に寄るから帰りはかなり遅くなる。
あそこの守護魔道士が、ドルア山に噴火の兆しがあるって言って来てんだ。」
「えっ?・・・ごめん、知らなかった。」
大魔女は夫の方に振り向いた。
ドルア山は活火山。
標高はあまり高くないが、一度噴火すれば街にかなりの被害が出る結構厄介な山だった。
「悪いわね、最近いろいろと任せっきりで。
こっちがこんなに手こずるだなんて思わなかったのよ。」
「気にすんな。早く犯人とっ捕まえて盗まれたモン取り戻さないとな。」
屈託のない笑顔が頼もしい。
感謝を込めて微笑み返すと、夫は片目をつむって見せた。
「そんなワケだから、
今夜の バ バ 抜 き は おあずけ だ。
悪いが先に休んでてくれよ?♪」
「・・・とっとと行って来ぉーーーいっっっ!!!」
ぶっ飛んできたクッションをヒラリとかわし、オスカーは和平会合に出発した。
今度はマグカップを持ち逃げされた。また回収しなければならないだろう。
末妹相手に口にした苦し紛れの戯言を、こっそり聞かれていたらしい。
肩で息する大魔女は、顔から火が出る思いだった。
彼と結婚してからこんな風にやられっぱなし。思い起こせば一緒に過ごした子供の頃もそうだった。
ワザと、意図的にからかっている。
照れて恥じらい取り乱す大魔女の姿を見るために。
「もしかして アタシ・・・。
手 玉 に 取 ら れ ち ゃ っ て る・・・???」
「気付くの遅いです、お姉様。」
ティナが笑いを堪えて突っ込んだ。
何も言い返せない。
末妹を睨む代わりに、魔法の水晶玉へと目を向けた。
テーブル上の水晶玉は、古の魔女の ティアラ の行方を写し出していた。