指輪の行方:ド田舎自警団冒険奇譚②
ジャイル団長と自警団の面々は、村長宅の狭い居間で全員そろって頭を下げた。
「・・・と、言うわけでして!
私の部下が、大変申し訳ございませんでした!!!」
パジャマ姿の村長が、寝ぼけ眼をパチクリさせる。
まさに「寝耳に水」といった顔で、素頓狂な声を上げた。
「ルーが指輪を?盗んだって?
それ、本当なのか?ジャイル!」
「え?」
ジャイル団長は頭を上げた。
(息子は盗難に気付いたのに、その父親が気付いていない?なんだそりゃ?)
少々不審に思いつつ、上着のポケットから あの指輪 を取り出した。
「この通り指輪をお返ししますので、今回の事は大目に見ていただけませんか?
罰するというのなら、部下の監督不行き届きで私をお裁きください。」
「!? 団長!?」
悲鳴に近い声を上げたルーに優しく微笑みかける。
「この指輪だろ? お前が『闇雲にぶん投げた』のは。」
「は、はい!でも、どうしてそれを?」
ルーの唖然となった表情が可笑しい。
こみ上げてくる笑いを堪え、ジャイル団長は指輪を村長の前に差し出した。
しかし。
なぜか、村長は受取ろうとしない。
手のひらで煌めく指輪を眺め、困ったようにつぶやいた
「・・・いや、コレ、
家宝の指輪と 違う んだけど???」
「・・・はぃ???」
思わずマヌケな声が出た。
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村長は指輪を手に取ると、珍しそうに観察した。
「コレはこの国の指輪じゃないな。
表面の模様をよく見てごらん、他国の古代文字が彫り込まれている。」
「そんなはずは!
僕は確かにコレを盗んだんです!」
必死で自分の罪を訴えるルーに、村長は眉をひそめるばかり。
ルーが嘘を付いていないのなら、指輪は彼が盗み出すより前にすり替えられていた事になる。
いったい誰が? なんの為に・・・???
ジャイル団長は首を傾げた。
「・・・ごめんなさい。私がすり替えたの。
婚約を解消してもらいたくて・・・。」
澄んだ女性の声がした。
全員、弾かれたように居間の入口に振り向いた。
亜麻色の髪の若い女性が所在なさげに佇んでいる。
テレーズである。彼女は目に涙を浮かべ、憔悴仕切って震えていた。
「テレーズ?! お前、どうして!?」
さすがに驚く父親に、娘は悲し気に俯いた。
「指輪があの指輪じゃなくなったら、破談になると思ったの。だって、先方が私との結婚を望んでいるのは、指輪を手に入れるため なんですもの。
ごめんなさい、お父さん。こんな結婚、やっぱりイヤ!
私、ルーを愛しているの・・・!」
娘は両手で顔を覆い、肩を震わせ泣き出した。
---♡☆♡---(/_;)---♡☆♡---
静かに咽び泣くテレーズに、ルーが寄り添い肩を抱く。
(やれやれ・・・。)
ジャイル団長は苦笑した。
若い2人の「犯罪」に朝っぱらから振り回された。
本物の指輪はテレーズが持ってるのだろう。コレにて一件落着である。
(いや、まだだ。)
ジャイル団長は村長と向き合った。
「村長、どうかルーの事を認めてやってください。
コイツにゃ金も地位もありませんが、とても生真面目な良い奴です。
2人の想いをわかってやってもらえませんか?
この通り、頼みます!!!」
可愛い部下とその恋人のため、再び頭を深々と下げる。
「お、お願いします!!!」
ルーも慌ててジャイル団長の横に駆け込み、勢いよく頭を下げた。
仲間達も後に続く。団員達が次々と駆け寄り、全員揃って腰を折る。
テレーズも涙を拭いて顔を上げた。
「お願い、お父さん・・・。」
「・・・。」
しばしの間村長は、必死の面持ちで懇願する一同を黙ってじっと眺めていた。
やがて気難し気だった彼の顔が、次第に和らぎ綻び始める。
「負けたよ。君たちには。」
優しく微笑む村長が、ため息混じりにつぶやいた。
「ルーは正直で誠実な若者だ。娘婿に申し分ない。
テレーズの婚約は解消しよう。2人で幸せになりなさい。」
ワッと団員達が喜びに湧いた。
ジャイル団長も歓喜した。しかしその一方で、妙な不安が心をよぎる。
「コラコラ、まだ喜ぶな。
先ずは先方と話し合わにゃならんだろ!」
抱き合うルーとテレーズを冷やかしはしゃぐ団員達が、ハッと目を剥き静まった。
「た、確かに。国議会議員は気位が高いっていうからなぁ。
何事もなく婚約解消してもらえるかな?」
「そもそも、ホントに指輪が欲しいんだったらそう言って来りゃいいんじゃね?
なんで縁談持ち掛けるくるのさ?」
「なんか、意味あるのかな?
何なんですか?その家宝の指輪ってのは???」
団員達が騒ぎ始める。
それを見ていた村長が、淋しそうに微笑した。
「・・・いずれ、村人達にはキチンと説明するつもりだったんだが。」
そう言って微笑む彼は、なんだか泣き出しそうだった。
「あれは、『契約の指輪』なんだ。
我が家のご先祖がこの地を護る精霊と 特別な約束事をした証 なんだよ。
『地の契約』と呼ばれる魔法でね。地の精霊の力を享受する代わりに、その地に住まう者達を護り導く責が課せられるんだ。
本来は土地のどこかに『契約の魔法陣』を刻み、その上に祠を建てて祀らなきゃならん。
でもこんな小さな村じゃ、魔法陣を護る祠だなんてとてもじゃないが建てられない。
それでご先祖様は地の精霊に頼んで、契約の証を 小さな指輪 にしてもらったんだそうだ。
我が家は代々、家宝としてその指輪をずっと大事に護ってきたんだよ・・・。」
「!? 待ってください!
それじゃ、テレーズの縁談は・・・!?」
村長の話に恐怖を覚え、ジャイル団長は口を挟んだ。
もし、テレーズが国議会議員の息子に嫁げば、婚家は契約者一族と縁ができる。
『契約』の譲渡が可能になるのだ。指輪と一緒に嫁いで来いと言った理由はそれだろう。
これが意味する事は一つしか無い。
「隣国の内紛が激化しているそうだ。
この国にも戦火が飛び火しかねないほどに。」
俯いたままの村長が、重々しい声で説明した。
「共和国国議会は国境沿いのこの村を 直轄地 にしようとしている。
軍隊 を置こうと考えているんだろう。そうなると今まで通りの暮らしは出来なくなるね。
隣国の紛争が広がれば、国境沿いのこの村も醜い争いに巻き込まれる。
私と君達自警団だけじゃとても守りきれない。仕方がない事なんだ・・・。」
議員一族を「契約者」にして、「地の契約」ごとイル村を国の管理下に置き軍用地化する。
それが共和国国議会の目論みなのだ。
「・・・そんな!」
ジャイル団長は絶句した。
ルーや団員達も言葉を失い、ただ愕然と立ち尽くす。
村長が再び微笑した。
その微笑は淋しそうでも、娘を想う深い愛情で溢れていた。
「国議会がある共和国首都には優秀な魔道士や魔女がたくさん居る。
結婚しなくても『契約』を譲渡できるかどうか、その人達に相談してみよう。」
「ありがとう、お父さん・・・。」
テレーズが無理して微笑んだ。
彼女はスカートのポケットに手を入れ、取り出したものを手のひらに乗せる。
それは、華奢な造りの小さな指輪。
金と白金を取り混ぜた台座で色とりどりの宝石が輝く、洒落た造りの指輪だった。
「ルーが金庫から盗んだ指輪は、私が旅の小物売りさんから買ったものだったの。
本物の指輪を返します。本当にごめんなさい!」
「・・・。」
娘の手の中で輝く指輪を、村長は無言でジッと眺めていた。
本物の指輪が返ってくれば、一先ず事件は一件落着のはずである。
しかし・・・。
「・・・いや、テレーズ?
この指輪も 違う んだけど???」
「・・・はぃ???」
再びマヌケな声が出た。
今度はジャイル団長だけなく、全員の口から一斉に。
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考えるより先に身体が動いた。
逃げ出そうとするカークを捕まえ、床の上に押さえ込む!
「ぎゃーっ!ゴメンナサーイ!」
「謝る前に説明しろ!
なんで逃げようとした?知ってる事を話すんだ!」
語気を荒げるジャイル団長に、へつらうようにカークは笑う。
逃げられないと悟った彼は、ゴニョゴニョ白状し始めた。
「いや、あの指輪がそういうモンだってのは知ってたんだけどさ。
アレのお陰で妹、国議会議員の息子と結婚させられちゃうんでしょ?好きでもないのにさ。
だったら指輪がそういうモンじゃなくなっちゃえば、破談になるかな~、なんて♪
別に玉の輿になんか乗らなくたっていいじゃん!都会は怖いトコロなんだしさ。ね?♪」
ジャイル団長は頭痛を覚えた。
つまり、カークは妹の結婚を嫉んだのだ。
お金持ちの名家に嫁ぎ、都会で優雅に暮す妹。
それに引き替え自分は村長家の跡取り息子。辺境地のド田舎村で一生暮す事になる。
どうしてもそれが許せない。コイツはそういう男である。
「やる事が兄妹だな。お前も指輪をすり替えたのか・・・。」
ならば、自警団詰所で家の受難を楽しげにペラペラ語ったのも頷ける。
すり替えた指輪が盗まれた。お陰で自分の犯行がバレずに済む。
縁談だって無くなるだろう。高笑いが止らなかったのに違いない。
「いやぁ、何だかすり替えるのに丁度いいカンジの指輪が落ちてたモンで。
綺麗でしょ?その指輪も。」
「バカ言え!とにかく本物の指輪を返せ!持ってるんだろ?!」
「え?あ、イヤ、その・・・。」
露骨に狼狽えるカークの様子に戦慄した。
指輪の行方が推して知れる。ジャイル団長は怯えるカークを鬼の形相で睨み付けた。
「さてはお前、『契約の指輪』を
売 り 飛 ば し た な ??!』
ヘニャッとカークが笑み崩れた。
肯定を誤魔化すお愛想笑いに、怒りを覚えた時だった!
「・・・はあぁ?!
ナニやってんのよ冗談じゃないわ!!!」
横合いから吹っ飛んできたのは凄まじい怒声。
突然現れた若い女性が、ジャイル団長の手からカークをもぎ取り、胸ぐら掴んで怒鳴りつけた!
「売った?! 指輪を?!! 無断で?!!!
ちょっとアンタ、『地の契約』をなんだと思ってんのっっっ!!?」
・・・見た事ない女性である。
燃えるような赤い髪。挑むような鋭い目。
金のローブ姿から「魔女」と呼ばれる存在のようだ。
突然現れた赤毛の魔女は、なぜか超絶に怒っていた。
「精霊が『契約』してくれるのは、契約者とその一族を愛して信頼してるから!
大事に思ってくれてるからこそ、必死で護ってくれてたの!
だからこの村、すぐ隣に紛争まみれの国があっても今まで無事でいられたんでしょーが!
恩知らずにもほどがあるわ!地の精霊、カンッカンに怒ってんのよ?!
もう何があっても絶対助けてやんないって、ブンむくれちゃってんだからね!!!」
怒り心頭の赤毛の魔女が、カークをガクガク揺する。
呆気に取られて眺めていると、ジャイル団長もまた魔女にガッチリ捕まえられた。
「アンタ、自警団団長だったわね?!
一個小隊揃ってんでしょ?全員連れて付いて来て!」
「へ? つ、付いていくって、いったいドコに?!」
「いいから黙って一緒に来なさい!
一刻も早く指輪を取り戻さなきゃ、地の精霊にお詫びもできないでしょ!
あぁ、そうそう!そこの娘さん、テレーズっていったかしら?
アンタが持ってるその指輪、ウチの国の国宝なのよ。
後で取りに来るから持っててちょうだい!頼んだわよ、ヨロシクね!
・・・行くわよアンタ達! ほら気を引き締めて!」
声を掛けられた団員達が、顔を見合わせ狼狽える。
「ちょ、待ってください、すみません!」
「おねーさん、いったい何者ですか?!」
「どーでもいいわよそんな事!急いでんのがわかんない?!」
「イヤ、メッチャ大事なんですが!?・・・って、ぎゃー!!?」
キィン!
何かが弾ける音と共に、魔女とイル村自警団は全員綺麗に消え失せた。
村長宅の小さな居間が、瞬時にしぃんと静まり返る。
取り残された村長父娘は、何が何だかサッパリわからず茫然自失で立ち尽くした。