指輪の行方:ド田舎自警団冒険奇譚①
温かい紅茶をカップに注き、少し冷ましてからソーサーに載せた。
それを大魔女の前にそっと置く。
テーブル上の水晶玉と向き合う姉の表情はとても険しい。ティナも眉を曇らせた。
「せっかく見つけたのにまた盗まれるなんて・・・。
どういう事でしょうか?」
「わかんないわ。意味不明ね。」
大魔女は紅茶を一口飲んだ。
「ドレスもだけど、もっとわかんないのは装飾品よ。
ティアラも指輪もそれぞれ他の国にあるわ。どっちから回収しようかしら?」
「バラバラですね。なんでこんな事に?」
「何か意図でもあるのかしらね。
それとも盗んだ輩に予期しない事故でもあったのか・・・。」
バタン、と大きな音がして、部屋の扉がまたしてもノック無しで開け放たれた。
走り込んで来たオスカーが、テーブルに持っていた書類をぶちまける。
「やったぞミシュリー!
見ろよ、この完成図!エコールの小学校は5階建てだ!」
「ホント?凄いじゃない!子供達も喜ぶわね♪
って、アンタ何してんの?この時間は守護魔道士連絡会のはずだけど?」
「他の仕事もひっくるめて全部大臣に任せてきた。」
「・・・アンタ、鬼?」
「お前が言うか、その口で!!!」
ティナはこみ上げる笑いを堪え、新しいカップに義兄のための紅茶を注ぐ。
この夫婦の会話は互いにまったく遠慮が無い。
しかし今日は勝手が違う。妻側の機嫌が最悪だった。
「しょうが無い男ね、頼み甲斐ないんだから!
しかもまたノック無しで入ってきたわね?!いつになったら行儀ってヤツを覚えるんだか!」
「細かいヤツだなお前は~。そうカリカリすんなって!」
「ちっとも学ばないから叱ってんのよ!
城に来る怪獣達がマネするでしょ?!止めてちょうだい!
あと名前!
人前で名前呼ぶなって何回言ったらわかるのよ!いい加減にして!!!」
・・・さすがにコレは言い過ぎである。
淹れたばかりの紅茶を運び、ソファに腰掛けたオスカーにティナはこっそり耳打ちした。
「す、すみませんお義兄様。
今、ちょっとイライラなさってて・・・。」
「なぁに、いつもの事だ。気にしてたらキリが無いよ。」
オスカーが茶目っ気たっぷりに片目をつむる。
陽気で元気で頼もしい。
いつも大らかで優しい義兄が、ティナはとても好きだった。
しかしやっぱりこの男、勝ち気な姉に負けてない。
世界最強の魔女の夫は一癖持ってる曲者だった!
「こんなヤツでも 寝室 じゃ、
とぉっっっても可愛らしいんだぜ♡♡♡」
意味がわからないほど子供じゃない。
ティナは頬を赤らめた!
「きゃーーーっっっ!?
アンタ、ナニ言ってんのよーーーーーっっっ!!?」
大魔女の絶叫を背に受けて、オスカーはとっとと退散した。
紅茶のカップは持ち逃げされた。後で回収しなければならないだろう。
「ち、違うのよ!
今アイツが言ったのは、変な意味じゃなくってね!」
夫が言い捨てた戯言を、妻が必死に取り繕う。
顔は真っ赤で全身汗だく、慌てふためく大魔女の手足がアタフタばたついた。
「寝室では、あの、えっと・・・ト、トランプ!
2人で夜通しトランプしてンの、昨日はババ抜きで盛り上がったわ!!!」
「・・・あの、お姉様?
何もそんな苦しい嘘、つかなくたって・・・。」
「 バ バ 抜 き よっっっ!!!」
「はいっ!すみません!!!」
強く凜々しく時々過激。
でも根は純情で可愛い姉が、ティナはとっても好きだった。
---♡♡!---(*^_^*)---♡♡!---
偉大なる大魔女が末妹に、ババ抜きの楽しさを力説し始めたちょうどその頃。
ある小さな村の自警団詰所で、ちょっとした事件が起っていた。
「・・・痛ぇ・・・。」
パヴェナ・トラル共和国イル村自警団・ジャイル団長は、苦痛に耐えるため蹲った。
昨夜から詰所に籠もって寝ずの番をした夜勤明け。ちょっと朝日を浴びて来ようと、建屋から出て大きく背伸びをした瞬間だった。
スコーーーン!!!
もの凄い勢いで飛んできた「何か」が頭にぶつかったのだ。
結構強烈な衝撃だった。ジャイル団長は目から火花が飛び散る感覚を味わった。
「な、なんだぁ?!」
出来たてのたんこぶを摩りつつ、辺りをキョロキョロ見回してみる。
まだ早朝のせいか、誰もいない。朝靄に煙る村の家々は静まり返ったままだった。
ふと、足下に目線を落とす。
頭を奇襲したのはコレらしい。キラキラした物が転がっていた。
「コレは・・・指輪?」
厚みがある幅広の地金に見事な彫刻が施された、凝った造りの指輪だった。
しかもどうやら女物。一体どこから飛んできた???
(仕方ない。仕事の合間にでも持ち主を捜すか。)
謎の飛行指輪を上着のポケットに放り込み、ジャイル団長は踵を返す。
顔を洗ってシャキッとしたい。彼は洗面所に足を向けた。
流し台の前で鏡と向き合う。
ジャイル団長は己の顔に苦笑した。
(我ながら冴えん顔付きだなぁ。
稼ぎも悪いし、こりゃ嫁さんが来なくて当然だな。)
三十代半ばで独り者。仕事は男所帯の自警団、女っ気なんてまるで無し。
性格も無骨で少々不器用。部下の信頼が厚いのだけが救いである。
さやぐれた気分でバシャバシャ乱暴に顔を洗う。
部下の1人が駆け込んで来たのは髭を剃ろうとカミソリを手にした時だった。
「団長ー!
大変っす、マジやべーっすよ!」
危うくカミソリを落とす所だった。
髭剃りは諦めなければならなかった。
---!?!---!?!---!?!---
なんでも、村長の家に 泥棒 が入ったそうだ。
詰所の居間兼食堂では、部下達がその話題で盛り上がっていた。
「すげぇ!こんなド田舎に泥棒が出た!」
「俺、ずっとこの村に住んでるけど、こんな事一度も無かったのに!」
「貧乏人しかいないのにな。ここ。」
騒ぎ立てるのも無理はない。ここは国境沿いの辺境地、正真正銘ド田舎なのだ。
村長の家に盗まれるような物が有ったというのも驚きだった。温厚でいい人なのだが、尻にツギを当てたズボンを履いてるような貧乏村長である。最近娘の縁談が決まったそうだが、その持参金を工面できるかすら危うい。
そんな家に泥棒が入った?
一体何を盗まれたのだろう?
「 指輪 だよ。
先祖代々伝わる家宝ってヤツだ。」
そう教えてくれたのは、村長の息子・カークだった。
盗難の一報を知らせに来たのも彼だという。詰所の居間でくつろいでいる部外者にジャイル団長は眉をしかめた。
カークは気さくで陽気だが、思慮浅くて楽天家。
オマケに少々根性曲がり。なかなか厄介な奴だった。
「いやぁ、困ってんだよね。
アレがなきゃ、妹の縁談が破談になっちゃうかも知れないんだ♪」
カークの妹・テレーズは軽薄な兄とは正反対の内気で真面目な娘だった。
「指輪が無いと破談?なんだそりゃ?」
「相手が共和国議会議員の金持ち息子でさ、持参金も花嫁道具もいらないから、ぜひ指輪と一緒に嫁いできてくれって言われてんの。指輪、指輪って鬱陶しいくらいこだわってたんだよね。
その指輪がなくなっちゃったんだから破談だね♪
せっかくの玉の輿、もったいなかったかな? あっはっは♪」
・・・全然困ってるようには聞こえない。
むしろ楽しげにすら見える。カークを眺める団員達の目は、どれも一様に冷たかった。
「ナニ笑ってんだ!自分の家が大変だって時に!」
団員達が声を荒げた。
「指輪を取り戻さなきゃ!テレーズさんの為にも!」
「団長、村長の家に行きましょう!
何か犯人に繋がる手がかりがあるかも知れない!」
意気込む団員達が出掛ける準備をし始めた。
途端にカークが不機嫌になった。彼は露骨に顔をしかめ、小さな声でつぶやいた。
「いいんじゃない?行かなくても。
ちっぽけな指輪だぜ?もう見つかンないって。」
「コイツ、妹の縁談がダメになりそうだってのに!」
「だぁってさ~。ゴニョゴニョゴニョ。」
言いにくそうに口籠るカークに苛立ちが募る。
団員達が無意識に、拳を握りしめた時だった。
「待て、お前ら。
賊の正体はわかっている。」
「え?」
全員、一斉に振り向いた。
部下達の視線を一身に浴びるジャイル団長は、深く重たい吐息を吐いた。
居間の隅へと目を向ける。
そこにいるのは、粗末な木の椅子に腰掛ける浅黒い肌の若い団員。
彼は両手に顔を埋め、一人弱々しく項垂れていた。
「お前だな? ルー。」
ルーと呼ばれた青年がぎこちなく顔を上げ、まっすぐ団長を見つめ返した。
「・・・はい。
すみませんでした・・・。」
村長の娘テレーズは、つい先日までルーの恋人だった。
罪に怯える青年を、ジャイル団長は痛ましげに眺めた。
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恋人の結婚をどうしても破談にしたかった、と、ルーは苦し気に白状した。
ただ、決して自分のためではないのだと、重ねて必死に訴えた。
「僕だってテレーズが幸せになるなら喜んで身を引きます。
でも、この縁談は何かおかしい。
まるで指輪を手に入れるためにテレーズと結婚するみたいじゃないですか!」
ルーの叫びは怒りと哀しみ、そして苦悩に満ちていた。
彼を見守る仲間達は、言葉を失い立ち尽くした。
確かにおかしな話である。
テレーズはなかなか器量良しだが、良家の子息がぜひ嫁に!と望むほどの美女ではない。
しかも指輪に執着し過ぎ。ルーが疑念を持つようにテレーズがオマケみたいに思えてくる。
「だからといって盗みの言い訳にはならない。わかるな?ルー。」
ジャイル団長はルーの肩に手を置き、労りを込めて握りしめた。
「一緒に村長の所へ行こう。
なにもかも正直に話して懺悔するんだ。きっと許してくださる。」
ルーが戸惑いの表情を見せ、狼狽えた。
「す、すみません、実は指輪、もう無いんです。
盗んだ指輪を見てると堪らなくイライラしてきて、さっき外で闇雲に ぶん投げちゃった んです!
どこに飛んでいったかもわかりません。ぼ、僕はなんて事を・・・!」
ジャイル団長は苦笑した。
頭のたんこぶがズキズキ痛む。ついさっきまで忘れかけていたというのに。
ルーは村はずれの国境を越えたすぐ先の隣国から来た移民だった。
パヴェナ・トラル共和国は紛争や天災で行き場をなくした移民・難民を心優しく受け入れる。彼も隣国で起きた大きな紛争の犠牲者だった。
着の身着のままの有様で国境を越え、イル村に辿り着いたのは9年前。
当時まだ幼かったルーを、ジャイルは弟のように可愛がった。
・・・放っておけるはずがない。
ジャイル団長は努めて明るく笑い掛けた。
「心配するな。俺が何とかしてやるから。
ただし、後で1杯奢ってもらうぞ?
酒でも飲みゃ、たんこぶの痛みも少しはマシになるだろうからな♪」
「・・・たんこぶ???」
不思議そうに聞き返すルーを椅子から立たせ、背中を一発バシン!と叩く。
村長宅へ行く仕度を始めるジャイル団長に、仲間想いの団員達が次々にお供を申し出た。
そんな中。
「えっ? あれ? その、あの、えぇぇ???」
なぜかカークが狐につままれたかのように、妙にオロオロ狼狽えていた。