ドレスの行方:猛者たる女官は可憐な乙女②
騒ぎが起こったのは、昨夜フェンディル女史が激走した中庭の回廊。
ルミアと一緒に駆けつけた女史は、思わずハッと息を飲む。
回廊の床にへたり込んでいるエレクトラ嬢とオヴェルダ嬢。
泣いている娘達を煩わしそうに見下ろしているのは、2人の正式な婚約者達だ。
彼らがいつも連れ歩いている取り巻き貴公子達含め、全て昨夜の中庭で会ってしまった顔ぶれである。
フェンディル女史は戦慄し、そこから一歩も動けなくなった。
「どういう事なの、なぜ私の侍女が泣いてるの?!」
咽び泣く2人にルミアが駆け寄り、抱き寄せる。
「答えなさい!貴方達、この2人に何をしたの!?」
「何もしておりません。王太子妃ご予定者様。」
貴公子の1人が慇懃無礼に一礼した。
彼らはまったく悪びれておらず、むしろ楽しげに微笑っていた。
「婚約を解消しただけですよ。
仕方ないでしょう?
運命の人 と出会ってしまったんだから♡」
「・・・はぁ???」
驚くルミアが目を見張る。
今時少女趣味を拗らせた小娘でも言わない言葉。
しかし本気で言ってるようだ。それがなんとも恐ろしい。
「昨夜、王城の庭園で見たあの淑女。
どうしても彼女が忘れられない!」
「あんな美しい女性は見たことが無い!
月光の中佇む姿は月の女神のようだった!」
「豊かに波打つ長い黒髪、透けるような白い肌!
とにかく素晴らしい美しさだった!」
「こんなに恋焦がれた事など一度もない!
もうあの淑女の事しか考えられないんだ!」
うっとりした目で虚空を見つめ、昨夜の「淑女」を口々に褒める貴公子達。
しかしそのうち1人が叫んだ言葉に、彼らは全員殺気つ!
「とにかく、婚約なんて解消だ!
僕は彼女を探し出して、きっと結婚してみせる!」
貴公子達の罵り合いが始まった。
聞くに堪えない罵詈雑言は幼稚は殴り合いに発展し、それを見守る侍女達がさらに激しくむせび泣く。
中庭回廊で起った騒ぎは手が付けられない状態になりつつあった。
(ど、どうしよう?!)
フェンディル女史は硬直したまま狼狽えた。
騒動の原因は昨夜の自分。生きた心地がしなかった。
(名乗り出る?そんなのできない!
その「運命の人」が私だと知れたら、きっと城中の笑い物だわ!)
このまま黙っていればバレる事は無い。
ドレスの淑女が見つからなければ、厚顔無恥な貴公子達もその内きっと諦める。
激しく混乱する心の内で、自分にそう言い聞かせた。
しかし・・・。
「その女性は、誰とも結婚いたしません!
なぜなら、その女性は 私 なのですから!!!」
気が付けば、叫んでしまっていた。
泣いてるエレクトラ嬢とオヴェルダ嬢のために。
振り上げた拳をピタリと止めて、貴公子達が振り向いた。
騒ぎを聞きつけた集まって来た人々も驚きポカンと目を見張る。
フェンディル女史は結い上げた髪を振りほどく。
髪は昨夜と同じように、細かく波打ち豊かに揺れた。
人々の目線を一身に浴びるフェンディル女史は、堪えがたい羞恥に必死で堪えた。
(エレクトラ嬢とオヴェルダ嬢は侯爵令嬢。
貴族は慣例や柵が多いわ。こんな形で婚約破棄になれば、もう良縁など望めない。
それだけはダメ!あの娘達はまだ若いのよ!
この先ずっと1人で生きていく私などとは違んだから・・・!)
震える足をなんとか踏みしめ、萎える気力を奮い立たせる。
しかし。
そんな彼女を若者達は、情け容赦なく見下した!
「・・・あっははははは!!!」
王城中庭の回廊に、大爆笑が沸き起こる。
ついさっきまで殴り合ってた貴公子達が、髪を下ろしたフェンディル女史を狂ったように嘲笑した!
「見ろよ!僕達全員、あんなのに騙されたんだぜ!」
「一生の不覚!傑作だな、なんて若作りだ!」
回廊に集まる人々も、物珍しげに女史を眺めてクスクス小さく笑い始めた。
泣いていたはずのエレクトラ嬢とオヴェルダ嬢まで、顔を隠して嘲り笑う。
フェンディル女史も自らを蔑み、諦めたように微笑した。
もはや悔しさも悲しみも感じない。
ただ、歳をわきまえずドレスなど着た昨夜の自分が、酷く愚かで浅はかに思えた。
(・・・大魔女様の元へ帰りましょう。
こんな私に人を指導する資格なんて無い・・・。)
気丈に振る舞うにも限界がある。
ぼやけ始めた視界に気づき、慌てて目を伏せた時だった。
「すまないが通してもらえないかな?」
突然、笑い悶える貴公子達の背中に穏やかな声が掛る。
声量豊かなその声は、辺りをしぃんと静かにさせた。
「 国王陛下 !」
ルミアがドレスのスカートを摘まみ、優雅に淑女の礼をする。
王太子ラチェットと共に現れたのは、グストーシュ国の 現 国 王 。
レイヴァン・グストーシュ7世。
近々退位を予定しているこの国の 君主 だった。
---☆--- Σ(゜0゜;)---☆---☆---
「聞こえなかったのか? 退きなさい!」
呆然と立ち尽くす貴公子達を、レイヴァン王は睨み付けた。
貴公子達がすっ転ぶ勢いで脇に避ける。周囲で見ていた人々も大慌てで最敬意の礼をする。
フェンディル女史も頭を下げた。いつも以上に深々と。
(いっそ、このまま顔を上げずに消え去りたい・・・。)
そう思っていた時だった。
誰かにそっと両手を取られ、驚きのあまり顔を上げた。
見上げた先にあったのは、レイヴァン王の優しい瞳。
彼はニッコリ微笑むと、フェンディル女史の手を握ったまま、その場で静かに跪いた!
「メラニー・フェンディル嬢。
私は貴女の愛を乞う。
どうか 結婚 していただきたい!」
「・・・えええぇぇぇ!!?」
回廊に集まる人々が、1人残らす絶叫した!
上へ下への騒ぎの中で、フェンディル女史は自分の手を取る 求婚奇襲者 を凝視した。
穏やかに微笑うレイヴァン王。しかしその双眸には有無を言わさぬ気迫があった。
「ご承諾、いただける?」
「(ひぃ?!)は、はい!」
「えええぇぇぇーーーっっっ!!?」
回廊中が再び沸いた!
そんな群衆をサラリと無視してレイヴァン王が立ち上がる。
彼は女史の右手にそっと優しく口付けた。
「ありがとう、メラニー嬢。・・・さて、ところで。」
突然ガラリと口調が変った。
怒りがこもった冷たい声に、人々はハッと息を飲む。
「私の恋人を笑い者にしたのは、どこのどいつだったかな?」
「ひぃ!?」
騒ぎを起こした貴公子達が悲鳴を上げて後退る。
その時、今ここにいるはずのない女性の声が響き渡った!
「そこでガン首揃えてるガキンチョ共よ。
よくも我が国の女官をコケにしてくれたわね?!」
キィン!
金のローブを翻し颯爽と現れた 大魔女 の、首飾りが奏でる甲高い音。
貴公子達がその場で頽れ、半狂乱でのたうち回る。
蒼白になった彼らの顔からは、 口 が綺麗に消えていた!
「戯れ言しか言えない口なら必要ないわ。
2,3日絶食したって死にゃしないから、安心なさい!」
大魔女は冷たく言い放った。
---♡♡♡---( ̄ー ̄)☆---♡♡♡---
無様に泣き出す貴公子達を、大魔女は忌々しげに一瞥した。
「せっかくメラニーを貸し出したってのに、性悪なのは小娘共だけじゃなかったって事ね。
ドレス着た女を馬鹿にする?国の教育方針を疑うレベルだわ!」
「全くもって申し訳ない。偉大なる大魔女よ。」
レイヴァン王が苦笑する。
「私も常々、高位貴族若年層の傲慢さを気にしていたのですよ。
だから退位するのです。私自ら若者達を徹底的に教育し直す為にね!
ついでと言ってはなんですが、玉座から降りれば柵がなくなる。
愛さえあれば誰とでも、自由に結婚出来るのですよ。
メラニー嬢は美しい。
何より心がとても綺麗だ。厳しくも優しい愛情で満ちている。
こんな素晴らしい女性と一緒になれるなら、王冠などいりません。」
フェンディル女史の頬がパァッと朱に染まる。
恥じらう彼女に優しく微笑み、レイヴァン王はささやいた。
「貴女にはこの国の教母になってもらいたい。
共にグストーシュ国の未来を担う若者達を教え導いて行こう!
もちろん手心など必要ない。
1mmたりとも容赦無く ね♪」
「・・・。」
フェンディル女史の双眸に、熱い闘志の炎が宿る。
俯き加減の顔を上げ、未来の伴侶を見上げる彼女はもう超然と笑っていた!
「まぁ、どうしましょう?
私、武 者 震 い が!!!」
「・・・ひいいぃぃ!!?」
エレクトラ嬢とオヴェルダ嬢が悲鳴を上げた。ルミアも思わず苦笑する。
大魔女の国の猛者たる女官・メラニー・フェンディル。
娘達の絶叫はその大復活の序章となった。
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たった今まで求婚劇を繰り広げていた恋人達。
怯え戦く若者達をギラギラした目で威嚇する仲睦まじい(?)2人の姿を、大魔女は面白そうに眺めていた。
「さて、そろそろ本題に入りたいんだけど?」
フェンディル女史がハッと振り向き、慌てて淑女の礼をする。
レイヴァン王もラチェット王子とルミアを従え、礼儀正しく一礼した。
「これは失礼。偉大なる大魔女よ。本日はいかなる用向きで我が国に?」
「ドレスを返して頂きたいの。夕べ、メラニーが着ていたドレスよ。
あれね、古の魔女が着ていた物で国宝なの。
誰かに盗まれちゃって、探してる所だったのよ。」
「まぁ!そんな大変な物だったなんて!」
フェンディル女史が飛び上がって驚いた。
「だから夕べはあんなに綺麗になれたのかしら?
申し訳ございません、すぐにお持ちしますわ!」
アタフタ慌てて走りだす彼女は、小さな子供のようだった。
女史の背中を見送る大魔女は、静かに首を横に振る。
「いいえ、メラニー本来の美しさよ。
あのドレスに人を惑わす力なんて無いんですもの。」
「わかりますよ。彼女は美しく、とても可憐で可愛らしい。」
レイヴァン王の優しい言葉に、ルミアも微笑み頷いた。
「にゃ~♪」
その足下にフワフワの白い毛玉が纏わり付いた。
大魔女は悪戯っぽく笑って見せる。
「あら、子猫飼い始めたのね?
可愛いわ。誰かさんにソックリ♪♪♪」
ルミアの側に佇んでいたラチェット王子の顔色が変る。
遅まきながら気付いたようだ。子猫がらみのあの事件がいったい誰の仕業かに。
甘える子猫を抱き上げたルミアが彼の異変に気付く。
「どうしたの?ラチェット。」
引きつり固まる恋人を案じ、小声で問いかけた時だった。
「大変でございます、大魔女様!」
フェンディル女史が戻ってきた。
彼女の手には何もない。ドレスを携えてはいなかった。
「ドレスが消えてしまってますわ!
部屋にもクローゼットにも、確かに鍵を掛けましたのに!!!」
「・・・なんですって???」
大魔女の顔から微笑みが消えた。