エピローグ
「誓約の儀式」は、きっかり30分で終了した。
人騒がせな母親の企てどおり、儀式は魔法の水晶玉を通じて広く全国民に公表された。
その反響は凄かった。ドルア火山での武勇伝も相まって、王都の城を臨む広場は押しかけてきた人々で埋め尽くされた。
彼らが異口同音に絶賛するのは、大魔女が秘める強大な魔力と強く気高い慈愛の心。
しかしどうやら、それ以外にも素敵な理由があるようで・・・。
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広場に集まる民衆に応えるための露台は、城の南側3階にある。
まだ露台への扉は閉ざされているので、外の様子はわからない。しかし大魔女を讃える人々の声が歓声とともに絶えず聞こえ続けている。
控え室に待機する大魔女は、居心地悪そうに身じろぎした。
どうせ「見世物」になるのなら、とっとと済ませてしまいたい。しかし時間に厳しい寡黙な大臣がそれを許してくれなかった。
露台の扉を横目に眺め、大魔女はうんざり肩を落とす。
しかも、心穏やかでいられない困った理由が他にもあった。
「いいねぇ♡ 美しいねぇ!♡♡♡」
儀式を終えて控え室に来てから、何度も聞いてるこの台詞。
オスカーだ。彼はさっきからずっとこの調子。
部屋の真ん中に妻を立たせ、満足そうに眺め回しては飽きる事なく楽しんでいる。
「ねぇ、もう止めて?ちっとも落ち着かないわ!」
「ヤなこった!今じっくり見とかないと、今度はいつ見られるかわかったモンじゃない。
いいねぇ!
大魔女ミシュリーの 艶 姿 ♡♡♡」
オスカーが大袈裟な吐息を付いた。
頬の辺りが熱くなる。
大魔女は薄化粧した顔を思わず伏せた。
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まさかあの母親が、ホントにドレスを仕立ててみせるとは少しも思っていなかった。
着るべき衣装が手元になければ「見世物」にならずにすむかも知れない。そう思ったのも甘かった。
古の魔女のご衣装一式、ティナにあげたと知った時、驚く事に母親ははしゃぎ回って喜んだ。
「だったらお前、これ着なさい!」と問答無用で着せられたのが、今、身に付けてるこのドレス。
勝手に装飾具までいろいろ新調されていた。お陰で「誓約の儀式」にしぶしぶ臨んだ大魔女は、見違えるような様相だった!
ドレスは肩と背中、胸元が大きく開いた碧色のもの。
生地には小粒の金剛石が星のように散りばめられ、光の加減で真夜中の碧から青玉の碧、澄んだ空の碧へと色味が美しく変化する。
細腰には銀サッシュを巻いている。結び目が腰の左で大きな薔薇を形どり、余った布地が膝の辺りから広がるスカート部分をふわりと覆う。
首にはもちろん、輝く大魔女の首飾り。
豪華な大ぶりの耳飾りで両耳を飾り、高く結い上げた緋色の髪には宝石を散りばめた小宝冠を乗せている。
指輪は金の指輪が1個だけ。左の薬指にはめてある。他の指にはめるのは、オスカーが許してくれなかった。
ちなみに、真新しい礼服姿の彼も指輪をはめている。
同じ左の薬指に、対で仕立てた男性用の金の指輪を。
「いいねぇ♡美しいねぇ!♡♡」
大魔女の夫はご満悦だった。
「もぉ、いい加減にして!
おバカな事言ってないでおとなしくしてて!」
「おバカとはなんだ。本気で褒めてる。」
「止めてってば、お願いだから!」
ますます落ち着かない。
大魔女には今、どうしてもオスカーに伝えておきたい事がある。なのに切り出すきっかけを掴めず、悶々と思い悩んでいた。
(露台から国民に手を振る「見世物行事」終わった後は、各国要人と夜通し盛大に晩餐会。
それが終われば今度は怒濤の公務三昧。今回のゴタゴタにかまけたお陰で、仕事が山ほど溜まってる。さすがにマズいわ、片付けなくちゃ!
ただでさえドルア火山の噴火・消失の後始末で、オスカーと顔を合わせるヒマ、なかったのよ?今を逃したらいつ言えるかなんて見当も付かない!
躊躇っている場合じゃないわ。ちゃんと言って伝えなきゃ!!!)
大魔女は深呼吸してざわつく心を何とか鎮めた。
「あの・・・あのね?オスカー。」
声が掠れて震えている。
それが我ながら情けない。
「ん? なに?」
「ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど・・・。」
「なんだ?また人助けの話か?
今度は誰にお節介焼いてんだ?ちっともジッとしてない奴だなぁ。」
「それはそっちも同じでしょ!
・・・って、そうじゃなくって!
伝えたい事があるの。
もっと早く、言うべきだったんだけど・・・。」
「伝えたい事???」
オスカーが訝しげに聞き返した。
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顔を見ながら話す勇気は、残念ながら出なかった。
大魔女は左手薬指の指輪に目を落とし、玩びながら言葉を繋ぐ。
「あの、貴方にはいつも助けてもらってるでしょ?
今回のドルク火山での事もそうだし、その前の北の魔王の件もそう。
出会った頃から私、ずっと助けてもらってばっかりで・・・。
それで、その・・・。」
緊張で喉がカラカラだ。
言おうとするほど無駄に狼狽え、言いたい言葉が出てこない。
(お、落ち着くのよ!今日こそちゃんと言わなくちゃ!)
何とか気持ちを鎮めたい。
1人の時にこっそり練習してきた台詞を、心の中でつぶやいてみる。
貴方に出会えて本当に良かった。
結婚できてとても嬉しい。心の底からありがとう。
そ れ か ら ・・・。
(い、言えない!
ムリ!やっぱり恥ずかしい!!!)
ずっと前から想い続けてきた大事な気持ち。
一度くらいは素直に言おうと決心してはみたものの、どうしても言葉が口から出ない。
そんな自分が情けない。
大魔女は口をつぐんでしまった。
ガシッ!!!
突然、両肩を掴まれた!
「ぴぇ?!?!」
驚くあまり、妙な悲鳴が口から漏れた。
顔を上げるとそこには滅多に見る事のない夫の真顔。真正面から見据えられ、身動き一つ取れなくなった。
身をすくめる大魔女の耳に 夫の言葉 が飛び込んでくる。
その言葉は驚いたことに、今、言おうとしていた 台詞 だった!
「 愛 し て る !
世 界 で 一 番 、だ !!!」
「・・・。」
緊張なんか吹っ飛んだ。
頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。
呆気にとられる大魔女に、オスカーが優しく微笑み掛ける。
さすがに少々照れたらしい。はにかむような笑顔だった。
「先に俺から言った方がお前も楽に言えるだろ?
台詞だって簡単だ。
たった 4文字 で済むんだから。」
「・・・。」
涙がこみ上げてきた。
胸が震えて熱くなり、思いっきり泣きたくなった。
同時に笑いたくなった。ガラにもなく赤面している夫の笑顔が可笑しくて。
(もぉ!ホントこの人ときたら・・・!!!)
確かに、とても簡単だった。
大魔女はありったけの思いを込めて たった4文字 を口にした。
「そうね、ありがとう。
わ た し も よ! オスカー!!!」
言ってしまった勢いで、夫に飛びつき抱きしめた。
同じ想いでしっかり抱きしめ返してくれる。その喜びを噛み締めた。
重ね合わせた唇は、当然離れ難くなる。
2人は、とても幸せだった。
時間に厳しい寡黙な大臣が控室に乗り込み、定刻になったと告げるまでは。
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露台の扉が開かれた。
広場はもちろん、国中から割れんばかりの歓声が上がる。魔法の水晶が国中すべての街の空に、大魔女夫妻が手を振る姿を大きく映し出しているのだ。
「うわぁ!大魔女様、綺麗だなぁ!」
王都上空も例外ではない。空を見上げるソラムが声を上げて感嘆した。
彼の隣に佇むティナも、幸せそうに頷いた。
2人は遠くに城を臨む高台の公園から、空に映し出される大魔女夫婦を眺めていた。
展望台には広場に入りきらなかった人々が詰め掛け、熱狂的な歓声を上げている。
「大魔女様、本当に綺麗だ。
いろいろあったけど『誓約の儀式』が無事に終わってよかったね。」
「ありがとう、ソラム。心配掛けてごめんなさい。」
「謝る事ないよ。君が一番大変だったんだから。」
目を伏せ詫びる恋人を、ソラムは優しく労った。
「古の魔女様のご衣装盗難から始まって、君の誘拐、火山の噴火。凄い事だらけだったなぁ。
でももう二度とゴメンだな。あんなに大変な事、滅多に起きるものじゃないけどね。」
滅多に起きるものじゃ、無い。
その一言に、ティナがとんでもない事をつぶやいた。
「どうかしら?
また何かが起きそうだけど。」
「え?」
思いがけない言葉だった。
しかも何だか不穏な発言。驚くソラムの戸惑い顔に、ティナが意味ありげに微笑する。
その笑顔は真面目な彼女らしからぬ、悪戯っぽいものだった。
「あのね、私が少しの間だけ 魔女 に戻ってたって話、したでしょ?
ドルア火山で古の魔女様の魔力を受けて。」
「うん。でもその魔力、全部大魔女様に渡しちゃったんだろ?」
「えぇ。そうしたはずだったんだけど・・・。」
ティナはソラムの手を取った。
「ほんの少しだけ 残っちゃった みたいなの。
魔法が使えるほどじゃないけど、人に見えないものが見えたり感じたりする事はできるみたい。
だから、こうすれば貴方にも見えるかしら?
ほら、お姉様達をよく見てくれる?」
指を絡めて繋いだ手から、ティナの温もりが流れ込んでくる。ソラムはよくわからないまま、言われたとおりに空を見上げた。
そして、見つけた。
人に見えないはずのものを!
「・・・!?! 大魔女様の隣!
小っちゃい 子供 居るんだけど??!」
ソラムは驚き、狼狽えた。
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和かに手を振る大魔女夫妻は気付いてない。
それどころか、空を見上げる国民達の誰1人として何も見えてはいないようだ。
しかし確かに大魔女の横には 幼児 がいる。
露台の手すりに腰掛け、まるで歌でも歌っているようにゆらゆら身体を揺らして笑っている。
元気でとても利発そうな、オスカーによく似た 男の子 !
半ば呆然となりながら、ソラムは傍の魔女を見た!
「見えた?」
魔女が可笑しそうにクスクス笑う。
「面白いわね。
大魔女の国に 王子 が誕生するわ!」
ソラムはさらに驚いた。
「えぇ?! アレってそういう事!?
でもこの国に王子がいた事、有ったっけ!?」
「さぁ? 私も聞いた事ないの。
大魔女は女の子しか生まないはずよ。ここは魔女が治める国だから。
前代未聞ね。どうなるのかしら???」
小首を傾げてティナがつぶやく。
彼女は少しの間考え込んだが、すぐにニッコリ微笑んだ。
「でも、きっと大丈夫だわ。
あの2人なら!」
ティナの声が聞こえたかのようだった。
空で手を振る大魔女夫妻。そのすぐ横に勝手に居座る子供の笑顔が輝いた。
しかも水晶玉の映像越しに2人の姿をしっかり見据え、元気にブンブン手を振ってきた。
恐ろしい事に 遠視魔法 が使るようだ。生まれる前からこの様子では、ただ者なんかじゃあり得ない!
ティナとソラムは苦笑した。
そして、やがてこの国に歓喜と混乱をもたらす子供に、優しく手を振り返した。
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思いがけずに垣間見た、ほんの少しだけ先の「未来」。
不安を覚える2人をよそに、今日を喜ぶ国民の声は強く大きく響き続ける。
ワクワクするような期待と驚き、笑うしかない不安を秘めて、この国は歴史を刻んでいく。
ここは 強く凜々しく時々過激、根は純情でお節介焼き の 大魔女 が治める国である。
「何が起きるかわからない」など、当たり前の事だった。
お終いでございます。
お読み下さった方、ありがとうございました!!!