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魔女がドレスを着る時は  作者: くろえ
12/17

噴火寸前の火山の中で

暗い水底から浮かび上がるように、ゆっくりと意識が戻って行く。

それに連れ、不安を伴う違和感も次第に大きくなってくる。ティナは恐る恐る、目を開けた。

見た事の無い景色が広がっていた。

洞窟の中と思われる。ゴツゴツした岩壁に囲まれた驚くほどの広い空間。上は真っ暗で何も見えないが、天井もかなり高いらしい。

日が差さないのに辺りの様子が窺えるのは、あちこちにある地面の裂け目から不気味な光が差し込んでいるから。

(・・・ 溶岩!?)

ティナはハッと息を飲む。

裂け目の下を流れる溶岩が赤く輝き、洞窟に光を投げ掛けているのだ。

熱をまったく感じない事を不思議に思い、そっと左手を差し伸べてみた。

震える指先が何かに当たる。目の前に見えない壁があった。

(これは、「水晶の檻」?!)

不意に、自分に何が起ったのかを思い出した。

大魔女夫婦に別れを告げて城を出た直後、真っ黒な 影 にさらわれたのだ!

同時に、違和感の正体も知る事ができた。ティナは横たわっていたのではなく、透き通る大きな水晶の中に閉じ込められて立った状態で浮かんでいるのだ。

身体の重さを感じないのが、恐怖と不安を一層煽る。

宙の高い所に浮かぶ「水晶の檻」。その魔法の檻の中で、ティナはさらに驚いた。

差し伸べた左手、薬指に美しい 指輪 がはめられていたのだ。

慌てて自分の服を見下ろすと、そこには金糸の刺繍が見事な ドレス 。ソラムに会うため選んで着て来たとっておきのワンピースではなくなっていた。

まさかと思い頭に触れる。結い上げていた髪が下ろされ ティアラ が乗ってる感触があった。

見せてもらった事はなくてもすぐにわかった。 (いにしえ)の魔女 の出で立ちである。

思考と感情が追いつかず、ティナはしばし呆然となった。


(・・・目覚めたか・・・。

   眠って居ればよいものを・・・。)


直接、頭に流れ込んでくる嗄れた声。

ティナは辺りを見回した。

ひときわ大きな地面の裂け目。ドロドロと流れる溶岩の向こうに 人が静かに佇んでいる。

 影 だ。

薄汚れた鼠色のローブを羽織ったその姿は、よりいっそう人型に見える。背が高くガッシリとした様子から、どうやら影は男性らしい。

しかしすっぽり被ったフードから垣間見える顔は闇色のまま。

その表情は計り知れないが、ジッと見つめられているのはわかる。

必死で動揺を押し殺し、ティナは影を見つめ返した。


「水晶の檻」は、魔力と同時に声も封じる。呪文を詠唱を防ぐためだ。

相手が魔道士なら聞こえるはず。ティナは心の中で問いかけた。

(貴方は、誰? なぜこんな事をするの?

答えて!知る権利はあるはずです。)

(さすが 我が主 の末裔。年若くとも気丈だな。)

影が笑った。表情の変化は見えないが、気配だけでもゾッとした。

(しかも、気高く見目麗しい。

嬉しく思うぞ、美しき (うつわ) よ。)

(・・・器?)

不穏な言葉に戸惑ったが、それより気になる事がある。

ティナは再び問いかけた。


(私を「主の末裔」といいましたね?

ならば、貴方は(いにしえ)の魔女に仕えていた魔道士なのですか?)


(・・・。)

答えは、無い。

影はティナを見つめたまま、沈黙した。


---◇◇◇---◆◇◆---◇◇◇---


(いにしえ)の魔女に仕えていた魔道士。

そう言っては見たものの、信じがたい思いだった。

(いにしえ)の魔女が生きていたのは、気が遠くなるほどの遙か昔。そんな時代の人間がここに居るなどあり得ない。

それが例え 影 だとしても。

(でも、そうとしか思えない。

だから(いにしえ)の魔女の衣装を盗んだ? 主のドレスや装飾品で何をしようとしているの?

・・・その盗んだ衣装を私が着ているのは、なぜ?

しかも彼は私を 器 だと言った。これっていったい・・・。 っ!!? )

不意に、答えがわかった。

影の魔道士がやろうとしている、とても恐ろしい事が。

ティナは水晶の壁に取りすがった。


(貴方、私の身体を使って

  (いにしえ)の魔女を 復活させようとしている のですね?!)


ティナの思念を読み取ったのだろう。

押し黙っていた影が、再び口(?)を開いた。

(さらに 聡い ときたか。

惜しい事だ。あのような 紛い物の魔女 などではなく、貴様が大魔女になっておれば、この国はより発展したであろうに。)

声が僅かに優しさを帯びた。

実体の無い影から感じる人間らしい感情の片鱗。しかし影が続けて語った事は無情極まるものだった。


(だが、貴様は大魔女にはならなかった。

内に秘めたる魔力を捨て、無力で儚い「人間」になった。

そのお陰で我が 悲願 がようやく叶う。

よかろう。教えてやろう。

貴様の魔力を失った(カラ)の身体は、(いにしえ)の魔女様の 器 となるのだ!)


影が動いた。

まるで興奮した者が語りに合わせ、身振り手振りをするように。


(我が主・(いにしえ)の魔女様は天寿を全うされる時、その魔力を正装のご衣装に封じたられた。

生涯に渡り世の人々の幸のため魔法を使い続けて来たお方だ。後の世を憂いていらしたのだろう。

ドレスと指輪、ティアラの3つに分けた魔力を再び一つにすれば、我が主は復活する。

その計り知れなく強大な魔力を注ぎ込むのに絶えうる 器 。

それが 貴様 だ。器の娘よ!)


(・・・。)

ティナは愕然と目を見張った。

しかしその一方で、動揺していた心が次第に鎮まっていく。

静かに問いかける彼女の声は、深い「哀しみ」に沈んでいた。

(私は4年前、魔女ではなくなり人間になりました。

その時から待っていたのですね。子供だった私が大人になるまで。

いえ、違う。もっとずっと前からだわ。

何百年も昔、(いにしえ)の魔女様が亡くなられた時から、器に相応しい者が現れるのを待ち続けていたのですね・・・。)

(その通りだ。器の娘よ!)

影がティナを仰ぎ見た。


(我が主の魔力は、最強だなどと自惚れる 紛い物の魔女 の上を行く。

並の器では受け止めきれぬ。注ぎ込んでも制御しきれず身を滅ぼすだけだろう。

人間に成り下がる前の貴様は、我が主と同格の強大な魔力を持つ魔女だった。

貴様のその肉身ならば、我が主の魔力を余す事なく宿せるのだ!

美しき器よ!(いにしえ)の魔女様に身を差し出す事を、至上の誉れと思うがいい!)


(・・・。)

もう恐怖も感じない。

主の復活のためその身を寄越せと言う魔道士に、抱く思いは一つだった。



「 哀れ というより他にないわね。

復活させる? (いにしえ)の魔女を? 今、ここで?

できるわけないでしょそんな事!!!」



溶岩流れる洞窟内に、凜とした声が響き渡った。

影の魔道士が目の無い顔を、声の方へと静かに向ける。

ティナも同じ方へと目を向けた。

広い洞窟内にそそり立つ岩壁、風穴と呼ばれる横穴がある崖の上。

そこに佇み睥睨している、金のローブを着た人の姿に!


「・・・ お姉様 !!!」


思わず安堵の笑みがこぼれた。


---◇◇◇---◆◇◆---◇◇◇---


「あら、ステキ♡

ティナったら似合うじゃない!」


「水晶の檻」に閉じ込められてる妹に、大魔女はニッコリ微笑んだ。

「そのご衣装一式、城に帰ったらアンタにあげる。

ソラムと結婚する時、花嫁衣装にするといいわ♡

・・・さて。」

大魔女の微笑がガラリと変った。

愛情溢れる温かいものから、怒りがこもった冷酷なものに。

「いいお住まいね。

噴火直前の火山の中。ここなら誰にも邪魔されないわ。

死者の復活とかいう馬鹿げた黒魔術ごっこもやり放題。できっこないのにご苦労な事ね!」

(・・・来たか。待ちわびたぞ。)

「黙りなさい!痴れ者!

誰が 紛い物の魔女 ですって?

幽霊まがいのコソ泥野郎、よくも妹に手を出したわね!!!」

大魔女はローブを翻し、ふわりと崖の上から飛んだ。

立っているだけで燃え出すような灼熱の地面に降り立つと、影の魔道士を鋭く睨む。

「でもそうね。後学のために教えてもらおうかしら。

ドレスも指輪もティアラもみんな、何の魔力もない骨董品なのよ?

アンタほどの魔道士が、それに気付かないはずはない。どうして古の魔女の魔力が封印されてるなんて思ったの?」

影の魔道士がくつくつ笑った。

(だから、貴様は 紛い物 なのだ。

名ばかりの大魔女め!)

「なんですって?」

(貴様こそ気付かぬか?

これ見よがしに首から下げてる あの方の首飾り が秘めたる力に!)

「・・・。」

大魔女はしばし沈黙した。


気づいてはいた。ドルア火山に到着し、追跡魔法でティナの気配を追っている最中、大魔女の首飾りからただならぬ魔力を感じた事に。

危険な場所に足を踏み入れたので、首飾りが放つ守護魔法が強化されたのだと思っていた。

しかし、違うようだ。この場所に来てさらに魔力が強くなった。

まるでずっと秘めていた強大な物を、一刻も早く解放したいとでも言うかのようだ。


「なるほどね。

それぞれの魔力を封じてんのはこの首飾りって事ね。

ドレスと指輪とティアラと魔力の無い空の『器』。

そこに首飾りがそろって完成ってわけか。」


大魔女は小さく吐息をついて、「水晶の檻」に捕らえられてるティナを見た。

彼女が纏うドレスや指輪、ティアラか淡く光っている。

首飾りが近くに来た事で魔力を帯び始めたのだ。

それも、とてつもなく強大な魔力を。


「大昔に良く使用されてた魔法ね。

 『条件魔法』。今じゃ誰も使ってないわ。

必要条件が揃わなきゃ発動しない。そんな魔法、面倒なだけだもの。」


(だが、強力だ。

我が主の魔力を他の者に気取られぬよう完璧に封じ、万一破られても施術対象物が分散している分だけ「反転」の力を軽減できる。)

影の魔道士がバサリとローブを翻した。

抑えきれない興奮に打ち震えているのがわかる。彼は凄まじい邪気を放ちながら、両手を大魔女に振りかざした!


(極上の器は手に入れた!

衣装も装飾品も装着済みだ!後はその首飾りのみ!

さぁ寄越すのだ、紛い物の魔女よ!

これから後の世は(いにしえ)の魔女様と我の2人で、再び守り導いて参るゆえ!!!)


「寝言は寝てからほざくのね!

コソ泥の分際でご大層な夢、見てんじゃないわ!!!」


大魔女も右手を突きつける。

彼女が放つのは清浄の光。白い光が烈風と共に渦を巻いて立ち昇る!


「いったい誰を紛い物扱いしたか、キッチリ思い知らせてあげる!

ティナ!怖かったら目を閉じてなさい!!!」


ドォン!!!


光と闇の魔法が轟音と共に激突した!

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