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魔女がドレスを着る時は  作者: くろえ
10/17

ティアラの行方:聖女と下僕の恋愛喜劇②

( 俺が、護ってやる・・・!!!)


確かにそう聞こえたのだと、エレンゼは今でも信じている。

その少年と出会ったのは、10年前。

父と共に宮殿に訪れた1人の少年。彼は短い謁見の去り際、声なき言葉を残していった。

彼の強い眼差しが、凍えた心に光を灯す。

生まれて初めて知る温もりは、幼い少女の 宝 になった。


エレンゼが 恵みの御子 になったのは、まだ字も満足に書けない幼少時。

群がりへつらう知らない大人達が怖かった。国を導く重責を課せられ、何度も心が壊れそうになった。

その度、護衛として仕えてくれるあの少年に救われてきた。

愚直なまでにひたむきで、呆れるくらいに天衣無縫。

大人達が氷の微笑を浮かべる中で、太陽のように笑ってくれた。

気性が激しく素直になれない、そんな自分が嫌いだったが真正面から受け止めてくれた。

ただ、側に居てくれる。

それだけでとても幸せだった。


誰より大切な人だから、今回の王城行きに「一緒に来て」とは言えなかった。

エレンゼに危険が迫った時、魔法を使えないからこそ身を挺してでも護ってくれる。

彼はそういう人。だから宮殿に残るよう命令した。

しかし、彼は来た。危機に陥るエレンゼのために。

大切な人が自分のために怒り傷つき、命を削って魔法を放つ。

このままでは死んでしまう!心の底から戦慄した。


「・・・やめてやめてやめて !

   や め て ーーーーーっっっ!!!!」


エレンゼは我を忘れて絶叫した。


---☆◇☆---☆◆☆---☆◇☆---


ゴルバが膝から頽れる。

倒れ伏しつつあってなお、腕に抱えたエレンゼはそっと優しく地面に降す。

自分はぬかるみに顔から突っ込む形でぶっ倒れた。

ゴルバはそういう男である。

泥にまみれたゴルバの巨体に、エレンゼは半狂乱で取りすがった。


「ゴルバあぁ!

いや!死なないで!

お願い、死なないでーッ!!!」


無我夢中でゴルバを揺さぶり泣き叫ぶ。

そこにはただ有りのままの、か弱い少女の姿があった。


「大丈夫。そいつ、死んだりしないわよ。」


突然聞こえた女性の声。

エレンゼはハッと顔を上げた。

「魔女」が居た。

金のローブをはためかせて立つ赤毛の魔女が、辺りの様子を伺っている。

雷光・烈風・地響き地割れで、人々が阿鼻叫喚に陥っている。

彼女は首飾りに左手を添えた。

そして、右手を大きく薙ぎに振る!


キィン!


湿原に美しい音が響き渡った。

その途端、雷鳴が止み竜巻は消えた。

割れた地面は綺麗に閉じて、空を覆った暗雲も綺麗さっぱり消え失せた。

右手を一振りしただけで湿原は静けさを取り戻した。

これほどの力を持つ魔女は、この世にたった1人しか居ない。

かの国の 大魔女 。

その圧倒的な魔力を前に、人々は愕然と立ち尽くす。

「言っとくけど、私は()()()に付くわよ?」

棒立ちになる敵兵団へ目を向け、大魔女は超然と笑って見せた。


「さぁ、とっとと帰って王太子に伝えなさい!

恵みの御子にはこの大魔女と、大地を裂くほどの魔力を持った 大魔道士 が付いている とね!」


王太子付きの警護兵団は、すごすご撤収していった。


---○○○---(^ ^;)---○○○---


敵兵団を追い払った大魔女は、エレンゼの膝を枕にしているゴルバの姿に苦笑した。

「やれやれ、なんて奴なの?こんな所で 爆眠 だなんて!」

「ね、寝てる?!」

「そ! あんなに魔力を解放したら、並の魔道士なら死んじゃうトコロよ。

ゴーレムみたいに頑丈な奴ね。お見それしたわ!」


エレンゼはゴルバを見下ろした。

泥にまみれた顔のまま、幸せそうに笑っている。

地鳴りのようないびきまでかき始めたのには驚かされた。呆気にとられたエレンゼは放心状態でつぶやいた。

「でも、なぜゴルバが魔法を? 魔力は無いはずなのに・・・。」

「あぁ、それならあっちで伸びてる魔道士に詳しい話を聞いたらいいわ。」

大魔女が軽く首を巡らせ、ぬかるみの中でひっくり返るゴルバの弟・クラウドを示した。


「 呪術の反転 よ。

ゴルバは随分前からアイツに魔力を 封印 されてたみたいね。

アレ、ゴルバの弟なの?だったら動機は推して知れるわ。

兄の魔力を嫉んだのね。あわよくば家督の跡目も奪う気だったんじゃない? 

でも、貴女が襲われてるのを見たゴルバが、怒りに任せて封印魔法を打ち破った。

封印魔法はある種の呪い。破られた力は術者に返るわ。何倍にも強力になってね。

その衝撃にやられたんでしょう。でもあまり同情できないわね。」


ゴルバを按じて側に控えるレビトゥ将軍の目がつり上がる。

鬼の形相で気絶している下の息子に駆け寄ると、怒気も露わにどやし始めた。


「さて。もう大丈夫よね?」

大魔女はニッコリ微笑んだ。

「貴女がしているティアラ、ウチの国から盗まれた物なの。

(いにしえ)の魔女の啓示じゃなかったワケだけど、結果良ければ全て良し!忠義に厚い大魔道士様が付いてるんですもの。貴女なら立派にこの国を導いて行けるわ。

だからそれ、返してくれる? 

持って帰らなきゃ母親がギャーギャーうるさいのよ。」

「えっ?あ、は、はい!」

ぼんやりしていたエレンゼが慌てて頭からティアラを外す。

パヴェナ・トラル共和国で無くなった指輪とよく似た造りのティアラだった。金と白金の台座にはめ込まれた色とりどりの魔石が煌めき美しい。

泥汚れをドレスの裾で綺麗に拭いて、エレンゼはティアラを差し出した。

その時。

一陣の風が突然吹き付け、身を竦めるエレンゼの手からティアラを素早く奪って行った!


「!? 待ちなさい!!!」


大魔女が空を仰ぎ見る!

突風は(いにしえ)の魔女のティアラと共に、空の彼方へ消えていた。

漆黒の闇を秘めた禍々しい風だった。

大魔女は唇を噛みしめる。目の前で奪われるなど、これ以上無い屈辱だ!


(でも、正体の片鱗は見えたわね。

覚えてらっしゃい!絶対捕まえてやるわ!!!)


湿原に冷たい風が吹き始めた。

さっきの突風が呼んだのだ。大魔女は大きく右手を振り、邪気を含んだ風を払った。


---×××---(`ヘ´) ---×××---


この話には後日談がある。

兄王子の不正を正したエレンゼが、王太子になった日の事だ。


立太子の儀式を終えたエレンゼが、王城最上階の露台(バルコニー)に出ると盛大な歓声に包まれた。

新しい王太子の誕生を喜び祝う人々が、城下の広場に集まって来ている。休日には大きな市場になる広場は、遥か彼方までビッシリ人で埋め尽くされていた。


彼らに手を振るエレンゼの横で、ゴルバは滝のように涙を流す。

感無量である。側に控える女官や従者、大臣・家臣の目も憚らず、ただひたすら号泣した。

そんな中、声が聞こえた。

耳や首筋を朱に染めた、エレンゼの消え入りそうな小さな声が。


「ゴルバ・・・。私を支えてくれますか?」


声に魔力を込めているのだろう。

蚊の鳴くようなささやきだったが、大歓声の中でも耳と心にしっかり届く。


「貴方が居てくれたから、

   私は今日まで頑張れました。

 貴方が居てくれるなら、

   この先どこまででも歩いて行ける。

だから、これからもずっと側に居てもらえませんか?

こんな私・・・ですけれど・・・。」


最近、エレンゼはすっかり優しくたおやかになり、さらに美しく綺麗になった。

そんな彼女が前を向いたまま、一生懸命言葉を繋ぐ。


「 私には、貴方が必要なんです。

    私・・・私 、貴 方 の 事 が ・・・。」


(・・・おぉっ !!!)

聞こえないふりして聞いていた女官や従者・大臣家臣。

誰もがみんな心の中で、未来の女王に声援(エール)を送る。

そんな空気に耐えきれず、エレンゼが恥じらい俯いた。

その場に居合わせる人々は固唾を飲んで、告白の結末を見守った。

しかし。

彼らはすっかり忘れていた。

このゴルバという男。魔力と忠義は超一流だが、

  粗暴で粗忽で配慮に事欠く抜け作唐変木 だという事を!


「はいっっっ!♡!

もちろん、喜んでっっっ!!♡」


ゴルバが突然、絶叫した!

無駄に魔力がこもった声は近くで聞いてる人々はもちろん、城下広場の隅々にまで実にハッキリ轟いた!!!


「このゴルバ!!!

 終生 エレンゼ様の 下 僕 ですっっっ!!!」


・・・し~~~~~ん・・・。


あんなに盛り上がっていたというのに、広場中が静まり返った。


---♡♡♡---(゜◇゜;)---!??---


この残念な雄叫びは、娯楽に飢えた民衆の 恰好の餌食 になってしまう。

見目麗しい恵みの御子と魔力が無かった男の恋は、小説・戯曲にうってつけ。多くの作家が喜び勇み、こぞって作品を書きまくる。

ただし、恋愛物(ラブストーリー)ではなく、喜劇(コメディ)として。

後に、もれなく大当たりするそれらの作品が流行する度、若く美しい女王は当然、露骨に機嫌が悪くなる。

夫の魔動将軍も、国民達から親しみを込めて、こう呼ばれちゃう事になる。


 女王様の最強()()

   唐 変 木 大 魔 人 ゴ ル バ !!!


・・・。

2人が治めるファヴィク国は幾久しく平和だった。


---☆●☆---○★○---☆●☆---


ハーブティーをカップに注ぐティナの手が止まった。

「・・・実体が、ない?」

「えぇ。どぉりで今まで何の気配もなかったわけだわ。まるで肉身がないんだもの。」

自室のソファに深々と座り、大魔女はテーブル上の大皿からエクレアを1つ、摘んで食べた。

オスカーが不思議そうに眉をしかめる。

「なんだ?盗人、幽霊なのか?」

「ちょっと違うわね。

なんて言うか、ファヴィク国で見たアレは・・・。」

説明しかけた大魔女は、少し迷って言葉を切った。

「明日にしましょ、話が長くなっちゃうから。

もうこんな時間だしね。」

窓から見える空は、もう茜色に染まり始めている。

壁掛け時計も夕方の時刻。さっきから時間を気にしてばかりいたティナが、妙にソワソワし始めた。

「あの・・・私、そろそろ、これで・・・。」

「ん?ティナ、帰るのか?」

オスカーが腰掛けていたスツールから立ち上がった。

「夕飯、食って行けよ。

今日は料理長特製のミートローフだぞ?」

「お止めなさい、オスカーったら。」

大魔女は悪戯っぽく笑って夫を止めた。


「休日前の夜に 恋人 がいる娘を引き留める?

そんな野暮なマネ、するもんじゃないわ♪」


「あぁ、ソラムと会うのか!」

オスカーもニッコリ微笑んだ。

弦楽器職人見習いのソラムは、ティナの恋人。

忙しい彼はなかなか休みが取れない。今日は久しぶりの逢瀬だった。

「す、すみません、こんな時に。」

ティナの頬が真っ赤に染まる。

彼女はスカートの裾をちょっと摘むと、恥ずかしそうにお辞儀した。


「明日また来ますね。

失礼します、お姉様、お義兄様。」


いそいそと部屋を出て行く末妹を、夫婦は微笑ましく見送った。

どうやらそれが間違いだった。

()()()()になるなら無理に引き留め、ミートローフを一緒に味わうべきだった。

ティナは 消 え た。

城を出た後、行方不明になったのである。

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