ティアラの行方:聖女と下僕の恋愛喜劇②
( 俺が、護ってやる・・・!!!)
確かにそう聞こえたのだと、エレンゼは今でも信じている。
その少年と出会ったのは、10年前。
父と共に宮殿に訪れた1人の少年。彼は短い謁見の去り際、声なき言葉を残していった。
彼の強い眼差しが、凍えた心に光を灯す。
生まれて初めて知る温もりは、幼い少女の 宝 になった。
エレンゼが 恵みの御子 になったのは、まだ字も満足に書けない幼少時。
群がりへつらう知らない大人達が怖かった。国を導く重責を課せられ、何度も心が壊れそうになった。
その度、護衛として仕えてくれるあの少年に救われてきた。
愚直なまでにひたむきで、呆れるくらいに天衣無縫。
大人達が氷の微笑を浮かべる中で、太陽のように笑ってくれた。
気性が激しく素直になれない、そんな自分が嫌いだったが真正面から受け止めてくれた。
ただ、側に居てくれる。
それだけでとても幸せだった。
誰より大切な人だから、今回の王城行きに「一緒に来て」とは言えなかった。
エレンゼに危険が迫った時、魔法を使えないからこそ身を挺してでも護ってくれる。
彼はそういう人。だから宮殿に残るよう命令した。
しかし、彼は来た。危機に陥るエレンゼのために。
大切な人が自分のために怒り傷つき、命を削って魔法を放つ。
このままでは死んでしまう!心の底から戦慄した。
「・・・やめてやめてやめて !
や め て ーーーーーっっっ!!!!」
エレンゼは我を忘れて絶叫した。
---☆◇☆---☆◆☆---☆◇☆---
ゴルバが膝から頽れる。
倒れ伏しつつあってなお、腕に抱えたエレンゼはそっと優しく地面に降す。
自分はぬかるみに顔から突っ込む形でぶっ倒れた。
ゴルバはそういう男である。
泥にまみれたゴルバの巨体に、エレンゼは半狂乱で取りすがった。
「ゴルバあぁ!
いや!死なないで!
お願い、死なないでーッ!!!」
無我夢中でゴルバを揺さぶり泣き叫ぶ。
そこにはただ有りのままの、か弱い少女の姿があった。
「大丈夫。そいつ、死んだりしないわよ。」
突然聞こえた女性の声。
エレンゼはハッと顔を上げた。
「魔女」が居た。
金のローブをはためかせて立つ赤毛の魔女が、辺りの様子を伺っている。
雷光・烈風・地響き地割れで、人々が阿鼻叫喚に陥っている。
彼女は首飾りに左手を添えた。
そして、右手を大きく薙ぎに振る!
キィン!
湿原に美しい音が響き渡った。
その途端、雷鳴が止み竜巻は消えた。
割れた地面は綺麗に閉じて、空を覆った暗雲も綺麗さっぱり消え失せた。
右手を一振りしただけで湿原は静けさを取り戻した。
これほどの力を持つ魔女は、この世にたった1人しか居ない。
かの国の 大魔女 。
その圧倒的な魔力を前に、人々は愕然と立ち尽くす。
「言っとくけど、私はこっちに付くわよ?」
棒立ちになる敵兵団へ目を向け、大魔女は超然と笑って見せた。
「さぁ、とっとと帰って王太子に伝えなさい!
恵みの御子にはこの大魔女と、大地を裂くほどの魔力を持った 大魔道士 が付いている とね!」
王太子付きの警護兵団は、すごすご撤収していった。
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敵兵団を追い払った大魔女は、エレンゼの膝を枕にしているゴルバの姿に苦笑した。
「やれやれ、なんて奴なの?こんな所で 爆眠 だなんて!」
「ね、寝てる?!」
「そ! あんなに魔力を解放したら、並の魔道士なら死んじゃうトコロよ。
ゴーレムみたいに頑丈な奴ね。お見それしたわ!」
エレンゼはゴルバを見下ろした。
泥にまみれた顔のまま、幸せそうに笑っている。
地鳴りのようないびきまでかき始めたのには驚かされた。呆気にとられたエレンゼは放心状態でつぶやいた。
「でも、なぜゴルバが魔法を? 魔力は無いはずなのに・・・。」
「あぁ、それならあっちで伸びてる魔道士に詳しい話を聞いたらいいわ。」
大魔女が軽く首を巡らせ、ぬかるみの中でひっくり返るゴルバの弟・クラウドを示した。
「 呪術の反転 よ。
ゴルバは随分前からアイツに魔力を 封印 されてたみたいね。
アレ、ゴルバの弟なの?だったら動機は推して知れるわ。
兄の魔力を嫉んだのね。あわよくば家督の跡目も奪う気だったんじゃない?
でも、貴女が襲われてるのを見たゴルバが、怒りに任せて封印魔法を打ち破った。
封印魔法はある種の呪い。破られた力は術者に返るわ。何倍にも強力になってね。
その衝撃にやられたんでしょう。でもあまり同情できないわね。」
ゴルバを按じて側に控えるレビトゥ将軍の目がつり上がる。
鬼の形相で気絶している下の息子に駆け寄ると、怒気も露わにどやし始めた。
「さて。もう大丈夫よね?」
大魔女はニッコリ微笑んだ。
「貴女がしているティアラ、ウチの国から盗まれた物なの。
古の魔女の啓示じゃなかったワケだけど、結果良ければ全て良し!忠義に厚い大魔道士様が付いてるんですもの。貴女なら立派にこの国を導いて行けるわ。
だからそれ、返してくれる?
持って帰らなきゃ母親がギャーギャーうるさいのよ。」
「えっ?あ、は、はい!」
ぼんやりしていたエレンゼが慌てて頭からティアラを外す。
パヴェナ・トラル共和国で無くなった指輪とよく似た造りのティアラだった。金と白金の台座にはめ込まれた色とりどりの魔石が煌めき美しい。
泥汚れをドレスの裾で綺麗に拭いて、エレンゼはティアラを差し出した。
その時。
一陣の風が突然吹き付け、身を竦めるエレンゼの手からティアラを素早く奪って行った!
「!? 待ちなさい!!!」
大魔女が空を仰ぎ見る!
突風は古の魔女のティアラと共に、空の彼方へ消えていた。
漆黒の闇を秘めた禍々しい風だった。
大魔女は唇を噛みしめる。目の前で奪われるなど、これ以上無い屈辱だ!
(でも、正体の片鱗は見えたわね。
覚えてらっしゃい!絶対捕まえてやるわ!!!)
湿原に冷たい風が吹き始めた。
さっきの突風が呼んだのだ。大魔女は大きく右手を振り、邪気を含んだ風を払った。
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この話には後日談がある。
兄王子の不正を正したエレンゼが、王太子になった日の事だ。
立太子の儀式を終えたエレンゼが、王城最上階の露台に出ると盛大な歓声に包まれた。
新しい王太子の誕生を喜び祝う人々が、城下の広場に集まって来ている。休日には大きな市場になる広場は、遥か彼方までビッシリ人で埋め尽くされていた。
彼らに手を振るエレンゼの横で、ゴルバは滝のように涙を流す。
感無量である。側に控える女官や従者、大臣・家臣の目も憚らず、ただひたすら号泣した。
そんな中、声が聞こえた。
耳や首筋を朱に染めた、エレンゼの消え入りそうな小さな声が。
「ゴルバ・・・。私を支えてくれますか?」
声に魔力を込めているのだろう。
蚊の鳴くようなささやきだったが、大歓声の中でも耳と心にしっかり届く。
「貴方が居てくれたから、
私は今日まで頑張れました。
貴方が居てくれるなら、
この先どこまででも歩いて行ける。
だから、これからもずっと側に居てもらえませんか?
こんな私・・・ですけれど・・・。」
最近、エレンゼはすっかり優しくたおやかになり、さらに美しく綺麗になった。
そんな彼女が前を向いたまま、一生懸命言葉を繋ぐ。
「 私には、貴方が必要なんです。
私・・・私 、貴 方 の 事 が ・・・。」
(・・・おぉっ !!!)
聞こえないふりして聞いていた女官や従者・大臣家臣。
誰もがみんな心の中で、未来の女王に声援を送る。
そんな空気に耐えきれず、エレンゼが恥じらい俯いた。
その場に居合わせる人々は固唾を飲んで、告白の結末を見守った。
しかし。
彼らはすっかり忘れていた。
このゴルバという男。魔力と忠義は超一流だが、
粗暴で粗忽で配慮に事欠く抜け作唐変木 だという事を!
「はいっっっ!♡!
もちろん、喜んでっっっ!!♡」
ゴルバが突然、絶叫した!
無駄に魔力がこもった声は近くで聞いてる人々はもちろん、城下広場の隅々にまで実にハッキリ轟いた!!!
「このゴルバ!!!
終生 エレンゼ様の 下 僕 ですっっっ!!!」
・・・し~~~~~ん・・・。
あんなに盛り上がっていたというのに、広場中が静まり返った。
---♡♡♡---(゜◇゜;)---!??---
この残念な雄叫びは、娯楽に飢えた民衆の 恰好の餌食 になってしまう。
見目麗しい恵みの御子と魔力が無かった男の恋は、小説・戯曲にうってつけ。多くの作家が喜び勇み、こぞって作品を書きまくる。
ただし、恋愛物ではなく、喜劇として。
後に、もれなく大当たりするそれらの作品が流行する度、若く美しい女王は当然、露骨に機嫌が悪くなる。
夫の魔動将軍も、国民達から親しみを込めて、こう呼ばれちゃう事になる。
女王様の最強下僕!
唐 変 木 大 魔 人 ゴ ル バ !!!
・・・。
2人が治めるファヴィク国は幾久しく平和だった。
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ハーブティーをカップに注ぐティナの手が止まった。
「・・・実体が、ない?」
「えぇ。どぉりで今まで何の気配もなかったわけだわ。まるで肉身がないんだもの。」
自室のソファに深々と座り、大魔女はテーブル上の大皿からエクレアを1つ、摘んで食べた。
オスカーが不思議そうに眉をしかめる。
「なんだ?盗人、幽霊なのか?」
「ちょっと違うわね。
なんて言うか、ファヴィク国で見たアレは・・・。」
説明しかけた大魔女は、少し迷って言葉を切った。
「明日にしましょ、話が長くなっちゃうから。
もうこんな時間だしね。」
窓から見える空は、もう茜色に染まり始めている。
壁掛け時計も夕方の時刻。さっきから時間を気にしてばかりいたティナが、妙にソワソワし始めた。
「あの・・・私、そろそろ、これで・・・。」
「ん?ティナ、帰るのか?」
オスカーが腰掛けていたスツールから立ち上がった。
「夕飯、食って行けよ。
今日は料理長特製のミートローフだぞ?」
「お止めなさい、オスカーったら。」
大魔女は悪戯っぽく笑って夫を止めた。
「休日前の夜に 恋人 がいる娘を引き留める?
そんな野暮なマネ、するもんじゃないわ♪」
「あぁ、ソラムと会うのか!」
オスカーもニッコリ微笑んだ。
弦楽器職人見習いのソラムは、ティナの恋人。
忙しい彼はなかなか休みが取れない。今日は久しぶりの逢瀬だった。
「す、すみません、こんな時に。」
ティナの頬が真っ赤に染まる。
彼女はスカートの裾をちょっと摘むと、恥ずかしそうにお辞儀した。
「明日また来ますね。
失礼します、お姉様、お義兄様。」
いそいそと部屋を出て行く末妹を、夫婦は微笑ましく見送った。
どうやらそれが間違いだった。
あんな事になるなら無理に引き留め、ミートローフを一緒に味わうべきだった。
ティナは 消 え た。
城を出た後、行方不明になったのである。