劣等剣士は雷姫を導く
魔術の実技授業をやるからと、俺たち一年A組の生徒たちは武闘館へやってきた。
「これから君たちには、魔術であの魔術障壁を破壊してもらう」
そう言ってマーリル先生が指さしたのは、青い窓ガラスのような魔術障壁だ。それぞれ十枚ずつ、武闘館の壁に向かって等間隔に設置されている。
「一度の魔術発動で最低二枚の壁を壊せない者は、私の権限で退学とする。異論は認めない」
マーリル先生の言葉に、生徒たちは緊張感をあらわにした。
先生に指示された順に、生徒たちは壁に向かって魔術を放っていく。
さっきの苛烈な発言とは裏腹に、障壁はそこまで強固なものではなかった。ほとんどの生徒が三枚から四枚の障壁を破っていく。
「ふっ──!」
エルシーは指先から圧縮された水を発射し、八枚の障壁を貫いていた。さすがだ。
「私だって……はあぁぁッ!」
対するクラウディアは雷魔術で六枚の障壁を砕く。
「ふふっ、わたしの勝ちですね金髪さん」
「くっ、なんとでも言いなさいよ……」
意外にもすんなり引き下がったクラウディアが不思議で、俺は声をかけた。
「入学試験のとき俺に使った魔術なら、十枚くらいは壊せたんじゃないのか」
「壊せるとは思うけど、アレは一日一回が限度なのよ。使ったら最後、丸一日はマナがすっからかんになって、実践系の授業には一切ついていけなくなるわ」
そう言いながらも、クラウディアはどこか悔しそうだ。
俺も自分の思い通りにいかなかったときの悔しさは、よくわかる。
「……なによ。どうせ私はエルシーよりも魔術が下手くそな出来損ないだって言いたいんでしょ」
「全然違うし、そんなに自分を卑下しなくても」
「気休めなんていらない。自分のことは、自分が一番よくわかってる」
「いいや、クラウディアはわかってない。ちょっと腕を貸してくれ」
返事を待つことなく、俺は彼女の腕をとり制服の袖を捲る。
「ちょっ、いきなりなにするのよ変態!」
「いいから、もう一回さっきの魔術を使ってみてくれ」
「はぁー……なんなのよ、もう」
本来は魔術師ですら感覚でしか把握できないマナの流れを、俺は師匠と鍛錬を積み重ねる中で、明確な視覚情報として捉えることができるようになった。
再生した魔術障壁に手のひらを向けたクラウディア。
俺は彼女に流れるマナを見る。
マナが二の腕から手先に流れ込み、魔術へと昇華するタイミングで、俺は彼女の腕に残ったマナを物理的に押し込んだ。
強引に押し込まれたマナは、余すことなく手先へと伝い、そして──
クラウディアの手から放たれた雷は──轟音を立てて十枚すべての魔術障壁を破壊した。
おおおっ、と周りの生徒たちから感嘆の声が漏れる。
「えっ、ウソ……」
「ウソじゃない。これが本来の、いや、これからもっと強くなれるクラウディアの魔術だ」
「これが……私の、魔術……」
彼女の紫色の瞳に光が宿る。
なんとなく、本当になんとなくだけど、クラウディアはうつむいているより前を向いているほうが、ずっといいと思った。
「で、でも、いまのどうやって……あなたいったいなにを……?」
「ちょっとクラウディアのマナを動かしただけだ」
「他人のマナを動かしただけって、そんなのめちゃくちゃすぎるわよ……だとしても、どうしてそれだけでこんなに威力が……」
あごに手を当てたクラウディアに、俺は指を二本立てて話す。
「俺が見たところ原因は主にふたつある。ひとつは単純にエルシーを意識しすぎて、魔術に集中しきれていなかったこと」
「うぐっ」
「もうひとつ。こっちのほうがたぶん厄介で、クラウディアは自分のことを出来損ないだと思い込んでいるフシがある。自分を信じきれていない、それで無意識のうちにマナの動きが萎縮して魔術にもブレーキがかかってる」
「それは……」
「だけど実際は出来損ないなんかじゃない。さっきの自分の魔術を見ただろ、クラウディアは強い。エルシーにも負けてないって、俺は思うけどな」
あくまで軽く笑顔でそう伝えると、クラウディアは少しため息をついて、苦笑を返してきた。
「……カッコ悪いったらないわね私。自分で自分の首を絞めて、あなたにそこまで気を遣わせるなんて」
「気にしなくていい」
何度魔術を使おうとしても全くできなかったときを思い出す。
「うまくいかなくて悔しい気持ちは、俺にもよくわかるから」
「そうなの? あなたでもうまくいかないときがあるのね」
「そんなに意外そうな顔をするとか、俺をなんだと思ってるんだ」
「それは、別に……。ねえ、もう一度私の魔術を見てくれないかしら」
なぜか照れくさそうにするクラウディアに、俺はもちろんだと首肯した。
再生した魔術障壁に向かって、彼女は再び手のひらをかざし、叫ぶ。
「……私は……、天才だああああああぁぁぁあああああ──────ッ!」
青白い雷は、魔術障壁を七枚まで吹き飛ばした。
「このっ……! 自分の愚かさが心底ムカつくわね」
「力みすぎだぞ」
「わかってるっ! ……ハイド、もう一回私のマナを動かして。あのときの感覚をつかみたいの」
「はいはい」
「なに笑ってるのよ」
「いや、初めて名前を呼ばれたなと思って」
「べ、別にいいでしょそのくらい! ……ほらハイド、早く手伝ってよ」
そんな俺たちの様子を見ていた、エルシーを含む周りの生徒たちも盛り上がる。
「金髪さんだけなんてズルいです! ハイドくん、わたしもお願いします!」
「お、おれの魔術も見てくれハイド!」
「わたしもお願い!」
「わ、わかった! わかったけど押すな! 順番で頼む!」
ほんの少しだけ、周りのみんなが眩しく見えた。
だが、イーサンとその取り巻きだけは別のご様子で。
「けっ、ハイドなんかのサポートなんざ不要だぜ」
「イーサン様! 見せつけてやってください!」
「おうよ!」
イーサンは障壁に向かって手のひらをかざした。
「まずは突風を圧縮! 次に強化! 最後に照準補正魔術を施して、完成だッ!」
イーサンの風魔術が、魔術障壁を九枚ぶち抜いた。
「さすがですイーサン様!」
「だろ?」
「いやいや、お前いま三回魔術使っただろ。先生が一度の魔術で障壁を壊せって言ってたの聞いてなかったのか」
「ぐっ、ハイド、てめぇ!」
なにが「ぐっ」なんだ。
イーサンのやつ、まさか不正でアトランティアに入学したんじゃないのか。
腕を押さえるたびにときどき「んっ」と妙に色っぽい声をあげるエルシーに「変な声だすなら手伝わないぞ」とツッコみつつサポートしながら、俺はアトランティアの合格判断に疑念を浮かべていた。
「──他人のサポートも結構だが、次はお前の番だ、ハイド」
呆れる俺を、マーリル先生が冷たい目で見下ろしていた。
どうやら俺は先生からよく思われていないらしい。
「二枚の魔術障壁を破れなかったら、お前は退学だ」
その証拠に、先生が指さした魔術障壁は、それはもう露骨に分厚かった。
窓ガラスなんて例えじゃしっくりこない。一枚あたりの分厚さが、他の生徒の何十倍……数ヵ月前に行ったダンジョンのラスボスの扉並に厚かったのだ。




