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劣等剣士は証明する

「ルールは簡単だ。相手を戦闘不能に追い込んだほうの勝ちとする。ただし、これは試験だから殺すのはナシだ。追い込まれたほうも、実戦なら死んでたと思ったら積極的に降参してくれ」

 

 マーリルさんの説明に、俺とクラウディアは首肯する。

 俺は剣の柄に手をかけて気合を入れなおした。


「……最後にもういちどだけチャンスをあげる。棄権しなさい、無能男」

 

 上から目線で物を言うクラウディアは、どこか無理をしているようにも見える。さっきから彼女に向けられているエルシーの殺意のせいかもしれなかった。


 だが奴は師匠を馬鹿にした女だ。同情する理由も言うことを聞く道理も、ない。

 

「なにがチャンスだ、できるものならやってみろと言ったのはお前だろ」

 

 クラウディアの紫眼に、明確な嫌悪が宿る。

 

「あんたみたいな実力差も把握できない無能が、私は大っ嫌い」

「奇遇だな。俺も師匠を馬鹿にする奴は大っ嫌いだ」

 

 マーリルさんが「はじめ!」と模擬戦開始の合図を告げた。

 

「言われたとおりすぐにわからせてあげるわ。格の違いってヤツを──ねッ!」


 クラウディアの右手から雷が放たれる。


 二十メートルの距離なんてものともしない神速の蒼い槍が、俺が立っていた(・・)場所を通り過ぎる。


「……えっ?」


 俺は白金しろがねの剣先をクラウディアの胸元に突きつけていた。


「これが実戦なら俺の勝ちだ、クラウディア」


 そう言って──俺はすぐに後悔した。


 クラウディアは口を少し開いて固まったまま、紫の瞳を丸くしている。

 

 恍惚とした表情のエルシーを除き、受験生たちもみんなクラウディアと同じような顔で呆然と立ち尽くしていた。


「い、いま、ハイドのやつ、瞬間移動してなかったか?」

「きっと魔術が使えないなんてウソよ! 本当は高位の魔術師に違いないわ!」

「おい起きろレオンアルト! お前なにか知ってるんだろ!」


 いかん、周りがよくない方向で盛り上がり始めた。

 

 クラウディアも受験生たちも、こちらの動きが見えていないらしい。


 そして見えていなければ、師匠の剣術の凄さも伝わらない。それどころか剣術ではなく魔術だと思われているようだ。本末転倒にもほどがある。

 エルシーはもしかしたら見えているのかもしれないが、彼女に師匠の剣術を広めてもらうのはいろいろと不安だった。剣術をバカにされるたびに脅し返されたら悪い意味で広まってしまう。


 しかし、もうクラウディアに勝ちを宣言してしまった。

 怒りに任せて目的を見失ってしまうとは、何たる未熟だ。


「……私は」


 かと思ったら、クラウディアがなにかを言おうとしている。

 ようやく少しは師匠の凄さが伝わった、そう思いかけたところで。


「私は、負けて、ないっ!」


 クラウディアは降参することなく全身にバチバチと雷を走らせた。

 

 雷属性魔術による筋力のリミッターを外す身体強化の類だ。


 勝ちで終わってしまったかと思っていたが、これはちょうどいい。

 接近戦を挑んでくれるなら師匠の剣術も映える。


「なんで嬉しそうな顔してんのよッ!」

 

 白い歯をむきだしにして、期待通りに彼女は接近戦を挑んできた。


 触れるだけで敵にダメージを与える雷纏う殴打と蹴りの連撃。主に中遠距離を主体にする魔術師にしては珍しく、キレの良い体術だ。魔術師だけで終わらせるのは惜しい。


「ハイドのやつなんで攻撃が当たらないんだよ!」

「アイツはな……とにかくめちゃくちゃ速いんだ」

「うおっ、レオンアルトいつの間に!」


 感心しながらクラウディアの攻撃を躱していると、良い感じに注目が集まってきた。


「アルディナク流剣術──【烈震(れっしん)】」


 地面を勢いよく踏み抜き、衝撃波でクラウディアを軽く吹き飛ばす。加減はしたので模擬戦前のようなクレーターはできていない。


「くっ、いまのはいったいなんなのよっ……」


 態勢を立て直したクラウディアに、俺は丁寧に解説する。


「いまのはアルディナク流剣術【烈震(れっしん)】だ。自身の周囲に衝撃波を起こす、主に集団戦で一対一に持ち込みたいときや敵に囲まれたときに使う剣術だな。あと範囲が広いから相手と間合いをとりたいときにも使える」

「剣使ってなかったじゃない!」

「なにも剣を使うだけが剣術じゃない。師匠の剣術は剣を超えるからな」

「あんた自分でもなに言ってるのか絶対わかってないでしょ。ってそうじゃなくて」


 クラウディアは真っすぐに俺の目を見据えてきた。


「戦うなら本気できなさい。次は──私もあんたを殺すつもりで行くわ」


 手加減を見抜かれていたことに、俺は思わず目を見開いた。

 物騒な言葉とは裏腹に、口調からは敵意や殺意は感じない。


 だからなのか、いまこのときは彼女の気持ちに真摯に向き合わなければと思った。


「──わかった。俺も本気で行かせてもらう」

「行くわよ。これがいまの、私の全力……!」


 クラウディアの右腕に、濃密なマナが収束していく。


「はああぁぁぁあああああああーーーーーーッ!」


 裂帛の声と共に、彼女の右手から雷の奔流が放たれた。

 凄まじい威力の魔術に、受験生らは騒ぎ立て、試験官らは目を見張る。


「お、おいっ! あんなの当たったら死んじまうぞ!」

「マーリル試験官!」

「わかっている!」

 

 俺に迫りゆく奔流の前に、氷の壁が顕現した。

 

 だが、即席でつくったのかマナの練り上げが甘い。

 見立て通り、クラウディアの魔術は氷の壁を難なく貫いた。


 なおも勢いを落とすことなく、地面を抉りながら迫りくる奔流を、俺は息を吐きながら見つめる。


 クラウディアの魔術からは、血の滲むような努力が窺えた。


 使うマナの量が増えれば増えるほど、魔術をコントロールするのは難しくなる。

 魔術が使えない俺にとって、それがどれほど難しいかは感覚的にはわからない。

 

 それでも、一朝一夕で身につくものじゃないことはわかる。


 そんな彼女の魔術を、綺麗だなんて場違いにも思いながら、白金を抜いた。


 クラウディアが練り上げた青白い雷の奔流。


「アルディナク流剣術奥義──【魔穿斬(ませんざん)】」


 それを形作っているマナ目掛けて、真っすぐに剣を振りぬいた。


 斬り口から全体へ広がるように、クラウディアの魔術は一瞬にして青い塵となり霧散する。


「そ、そんな……」


 魔術の素であるマナを断ち斬ったことで起きた──マナ還りである。


「……ふふっ」


 クラウディアはうつむいて小さく笑っていた。


「降参よ」

「えっ?」


 予想外の言葉を発したクラウディアは、どこか清々しい表情で薄く微笑んでいた。


「言ったでしょ、殺すつもりで全力で行くって。もう魔術を使えるだけのマナは私には残ってない。だから……あなたの勝ちよ」


 途端、模擬戦を見ていた受験生らが一斉に騒ぎだした。


「うおおおすげええええ雷姫に勝っちまった!」

「いまの、本当に剣術なのか……」

「わたし感動しちゃったかも!」

「よく見るとカレ結構カッコよくない!?」

「いまの見たかレオンアルト! ってまた気絶してる!?」


 師匠の剣術を前にして盛り上がる周りに、俺もつい鼻が高くなる。


「やりましたねハイドくんっ!」

「おわっ!」


 後ろからエルシーに抱きつかれた。

 なにやら柔らかいものが当たっていてなかなか悪くない。……ではなく。


「ちょっ、恥ずかしいから離れてくれ」

「あっ、そ、そうですよね! わたしったらはしたない真似を……!」


 エルシーはすんなり離れてくれた。

 顔を赤らめてぺこぺこと頭を下げているあたり、悪い子ではないと思う。ただちょっとだけ思い込みが激しかったり、ちょっとだけ敵だと判断した相手への攻撃性が高いだけなんだろう。たぶん。


 ともかく、ギルドで知り合ったアトランティアの卒業生が言ってた通り、模擬戦で勝利したのなら受験は合格できるはずだ。


 剣術は魔術に劣らない。それを証明する大きな一歩に、俺はたしかな手応えを感じていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 受験生らが盛り上がり、試験官らがホッと胸を撫でおろすなか、白髪赤目に白衣の試験官マーリル・オーランドは胸中穏やかではなかった。


「……アルディナク流剣術、だと」


 母を助けられず情けない姿を晒した、忘れたくても忘れられない名前に、マーリルは強く歯噛みする。


「剣術など、絶対に認めない」

「──あら、よいではありませんか」


 そんな彼女の横に、穏やかな雰囲気を纏った糸目の女性がいつの間にか立っていた。


「きょ、教頭先生!」

「元々アトランティアは魔術を含めたあらゆる武術の研鑽を積む学び舎でした。わたくし達も、新しい風を取り入れるタイミングなのかもしれません。そうは思いませんか、マーリル先生」

「…………私は」


 その先は言葉にならず、マーリルは受験生に囲まれるハイドの後ろ姿を睨みつけた。

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