劣等剣士はカチンとくる
「? なにをしている。魔術を見せてみろ」
鞘を軽く叩いてから、俺は口をひらく。
「俺に魔術は使えません。使えるのは剣術だけです」
途端、"予想通り"周囲から嘲笑が巻き起こった。
「おい、アイツ受けるとこ間違えたんじゃねえの!」
「あははっ! 魔術が使えないのにアトランティアに来たとか舐めすぎ」
「てか剣術って! いまどきそんな古臭いやつ聞いたことねえわ! そうだよなレオンアルト!」
「…………」
「レオンアルト?」
「ハッ! う、うむ、そそそそうだな! けっけけけ剣術なんて、ごごっごゴミも同然だ!」
──これでいい。
なんかひとり冷や汗かきまくってるやつがいるけど、これでいい。
剣術が魔術に劣っていないと証明するには、とにかく注目される必要があった。剣術の凄さが伝われば現時点の評価など容易くひっくり返るので、まずは注目度の質より量が先決である。
「──虫けらが」
順調だと思っていた矢先。
温度のないエルシーの声が、俺の耳を震わせた。
「ハイドくんの価値がわからないようなら、わかるまでわたしが教えて差し上げましょう」
エルシーの周囲に、粘着質なマナが集まっていく。
嫌な予感がした。
「ま、待てエルシー! なにをする気だ!」
「これからハイドくんをバカにする虫を潰そうかと」
「頼むからやめてくれ! 気持ちだけでじゅうぶんだから!」
わなわなと震えるエルシーの手を「どうか矛をお納めください」と優しく包む。
するとたちまち闇のオーラが消え去り、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「……あの、ハイドくんはバカにされるのが好きなんですか? だ、だとしたら、わたし……が、頑張りますね」
「それは違う。なにを頑張るつもりなんだ」
周囲から視線を感じて見回すと、剣術をバカにされたときとはまた違った種類の──とりわけ男たちが、俺に刺すような視線を向けていた。俺は慌ててエルシーから手を離す。
そんな俺たちを見ていた試験官のマーリルさんが、冷めた態度で話を進めた。
「……ハイド、だったな。君の得意な剣術とやらを見せてもらおうか。これから受験生同士の模擬戦を始めるんだが、君にはクラウディアと戦ってもらう」
マーリルさんが告げた内容に、クラウディアは眉根を寄せ、受験生たちは騒ぎ始めた。
「魔術が使えないのにクラウディアと模擬戦とか、アイツ落ちたな!」
「つーかオレがあの男と戦いたかったわ~。剣しか使えないとかザコ同然だろ! なあレオンアルト!」
「うるさい黙れええっ!」
「お、おいっ! レオンアルト!?」
「あっ……! いや、すまん……。なんでもないんだ……なんでも」
周囲が騒がしくなる。俺は青い瞳を黒くしたエルシーをなだめる。
話題のクラウディアは、マーリルにも不機嫌な態度を隠さず桜色の唇をひらいた。
「マーリル試験官。本気で言っているんですか? まさかとは思いますが、私の魔術をご存知ないわけではないですよね」
「知っているとも。だから彼を相手に選んだんだ」
「魔術のひとつも使えない無能男を、ですか」
一触即発の空気に周囲がどよめく。エルシーが暴れだしそうになったのを片手をあげて制す。
そんなことより、これは千載一遇のチャンスだ。
周囲の反応、そしてさっきの雷魔術を見るにクラウディアは結構な強者だろう。
ならば、師匠の剣術を見せつけるのに一役買ってくれる可能性が高い。
喉の調子を整えて、俺はクラウディアに話しかけた。
「クラウディアはもしかして、剣を使う俺に負けるのが怖いのか?」
「……はぁ?」
露骨な挑発に、クラウディアはすっかりご機嫌である。
「魔術も使えない無能男とやりあったら可哀想だって思ってたんだけど。そんなセリフがさらっと言えるのなら、覚悟──できてるってことよね」
クラウディアの手元でバチバチと火花が弾ける。良い感じだ。
「もちろん。ぜひ俺と戦ってくれると嬉しい」
つい笑顔で答えてしまった。
クラウディアは一瞬目を丸くする。
「……なんか調子狂うわね」
「クラウディア、存分にわからせてやるといい」
「はい、マーリル試験官。──あんたも全力でかかってきなさい、死なない程度には手加減してあげるから」
返事の代わりに、俺は鞘から魔剣白金を抜いて構えた。
「へぇ。無能男のくせに良いもの持ってるじゃない」
「だろう。これは師匠からもらった俺の宝物だからな」
「こんな良いものを魔術も使えない無能男にあげるなんて、あんたの師匠も無能ね。無能同士お似合い──」
ズドンッ、という轟音と共に、俺の周囲にクレーターができていた。
正確には、俺がクレーターをつくってしまった。
「いまの、なに……? 魔術……?」
「い、いや。全然マナは感じなかったぞ……」
「ハイドのやつ、いったいなにをしやがったんだ……っ! おいレオンアルト! 誰か! レオンアルトが気絶してる!」
周りがざわついているが、知ったことじゃない。
「取り消せよ」
固まったままのクラウディアに、俺は白金の剣先を向ける。
「師匠は俺にとって大切な恩人だ。師匠を無能呼ばわりするのは、神が許しても俺が許さん」
「なっ、なによ。本当のことを言って咎められる筋合いなんてないわ」
「そうか。ならお前の言ったことが全くの間違いだったとここで証明するしかないな」
「で、できるものならやってみなさいよ」
「ああ、遠慮なくそうさせてもらう」
紫色のつり目を細めてクラウディアは笑う。エルシーからなぜかうっとりとした視線を感じるが、集中しにくいのでやめてほしい。
息を吐いて空を見上げ、雑念、というよりエルシーの妙な視線を頭から振り払う。
──見ていてください、師匠。
師匠の剣術は無能なんかじゃないってことを、俺が必ず証明してみせます──
『ワシ、まだ生きてま~す』
若さを感じるツッコミが、空から聞こえた気がした。




