水の乙女は再会を喜ぶ
いくらオヌシが強くても魔術なしで受かるとは思えんけど、という師匠の小言を真摯に受け止め願書にサインをもらい、俺は入学試験の手続きを済ませた。
ちなみにクエストを手伝ったアトランティアの卒業生から話を聞いてあるので、入学試験でなにが重要視されるかは事前に把握済みである。
願書の受理に「有名貴族が~」や「由緒正しき魔術師の家系じゃない~」などと言われて手こずったものの、試験料の百倍を払ったらあっさり受理された。
鍛冶屋で師匠が白金をつくらせたときに『金が通れば道理が引っ込む』と言っていた通りだ。師匠の教えがなければ、願書を受理してもらうことすらできなかっただろう。
心から師匠に感謝し、そうして向かえた入学試験の日。
「いかにもエリートが通っていそうなところだな」
白を基調とした格式高そうな門を見やって、俺は気を引き締めた。
王立アトランティア魔術学園。
完全実力主義を掲げ、数多くの優秀な魔術師を輩出している王都最高クラスの魔術学校である。
完全実力主義というわりには願書を出すときに揉めたので、既に若干懐疑的ではあるが。
ここの卒業生というだけで、王都有数の騎士団や冒険者パーティーからは引っ張りだこ程度の話は枚挙にいとまがない。過去主席で卒業した男はエルフの姫を嫁に迎えたとか眉唾ものの話も聞いた。
胡散臭い内容はともかく、剣術が魔術に劣っていないと証明するにはまさにうってつけの場所だろう。
警備兵に受験票を見せて門を抜けると、大きな噴水が視界に飛び込んできた。その奥に洋館のような荘厳な校舎が建っている。
案内板に従って校庭へ向かい、受験生と思しき人たちの輪に加わったところで。
「ん?」
こちらを驚いたような目で見つめてくる銀髪の少女と目があった。
「あ、あのっ! ハイドくん、ですよね!?」
銀髪の少女はたたっと駆け寄ってきた。顔が近い。
「そ、そうですけど。どうして俺の名前を?」
「あっ、そ、それは、その……実は以前にお会いしたことがありまして」
「俺と?」
こくりと頷く少女を、改めて凝視する。
肩にかかる程度のふわりとした銀髪。清楚と愛嬌を兼ね備えたあどけなさの残る顔立ち。メリハリのあるスタイル。
……やはり見覚えがない。こんなに可愛い子を忘れられるほど、俺は男を捨ててないはずなんだが。
「もしかして、ギルドの仕事で一緒になったことがありましたか?」
「い、いえ。それはないです。……忙しそうだったので、わたしが一方的に遠目で見てただけですし」
「俺になにか用事があったんですか?」
「ななななんでもありません! わたしはエルシーと言います! 試験、お互い頑張りましょうね!」
「は、はい。って」
エルシー……だって?
俺は四年前にブラックウルフに襲われていた銀髪の女の子を思い出した。
「エルシーって、あの四年前のエルシー、なのか?」
「──っ!」
エルシーは青い瞳を丸くして潤ませる。
「……はい! 覚えていてくれたんですね」
「忘れるわけないだろ……ですよ」
「同い年なんですから敬語は要りませんよ。あっ、わたしのは気にしないでください。普段からこうなので」
「そ、そうか。じゃあ遠慮なく」
まさかこんなところでエルシーと再会するとは。
って思ったけど、そういやエルシーは優秀な魔術師一家テティス家の人間だ。なら名門アトランティアの試験を受けくるのも変な話じゃないな。
「ああっ! き、貴様はっ!?」
同い年の美少女と一緒にいるという微妙に慣れない空気感を、素っ頓狂な声が突き破った。
たしかアイツは、一年前くらいに会った火球を使う魔術師の……
「……誰だっけ」
「レオンアルトだ! どうして貴様がアトランティアにいる! 魔術が使えないんじゃなかったのか!」
「逆だよ。魔術が使えないからここに来たんだ」
俺が剣の柄を軽く叩くと、レオンアルトは「ひっ……」と小さく悲鳴をあげて逃げてしまった。いったいなんだったんだ。
「……虫の分際が。次にハイドくんをバカにしたら潰す」
隣でエルシーが物騒な独り言をこぼす。この子ってこんな子だったの?
しばらくして試験官だろう大人たちが顔を見せた。
その中にいた、短い白髪に赤い瞳、白衣を羽織った若い女性が前へ出てくる。
「全員集まったか。それでは、これから王立アトランティア魔術学園の入学試験を始める。私は試験監督を務めるマーリルだ。
知ってのとおり、徹底した実力主義を掲げる我が校の入試には筆記試験がない。さっそくだが、君たちにはもっとも得意とする魔術を見せてもらう」
騎士然とした佇まいのマーリルに、受験生たちの顔が引き締まる。
試験官に促され、受験生たちが次々と魔術を使っていく。
「──いきます」
エルシーは二十三個もの大きな水球を瞬時に宙空へ浮かべた。
使うマナの量を増やせば増やすほど魔術は強力になるが、そのぶん制御は難しくなる。
魔術は使えない俺だが、教養だけは一流の内容を学んできた身だ。エルシーの水属性魔術は高位の魔術師にも引けを取らないレベルだった。
「あれが水の乙女、エルシーか。さすがは名門魔術一家、テティス家の娘だな」
「おまけにめちゃくちゃ可愛いし……ワンチャンお近づきになれねえかなぁ」
「やめとこうぜ。俺らじゃ釣り合うわけがないだろ」
周囲の受験生たちが感嘆の声を漏らすなか。
エルシーの浮かべていた二十三個の水球が──稲妻によって消失した。
「あら失礼。ちょうどいい的があったものだから、ついやっちゃったわ」
かざしていた手を腰に当てて鼻を鳴らすのは、金髪ツインテールの女の子だった。
つり目がちな紫色の瞳。エルシーに引けをとらないプロポーション。エルシーとは方向性こそ違えど美少女と言っていいだろう。
「おい、あっちは雷姫、クラウディア・ブリッツか!」
「さすがはアトランティアだぜ。ブリッツ家のご令嬢も来てんのかよ」
「やめとこうぜ。俺らじゃ釣り合うわけがないだろ」
「まだなにも言ってねえよ!?」
騒ぎ立てる周りの反応をクラウディアは満足げに眺めていた。一方で、水球を壊されたエルシーは光のない瞳をクラウディアに向けている。
戦いの予感を察したところで、俺の前にはマーリルさんがやってきた。
そうだ、まずは他人のことより自分のことだ。
俺の目的は剣術が魔術に劣らないと証明すること。
そのためには、あのふたりに負けないくらい──目立つ必要がある。
俺は魔剣白金を納めた鞘に触れ、深呼吸をひとつおいた。




