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劣等剣士は全てを斬る

「どう、この変身魔術は。体も声も、そして心も、限りなく本人に近づくのよ」


 クラウディアに扮したヴィクターが、無防備に歩み寄ってくる。


「さすがのハイドも私と戦うのは嫌? だったら剣を納めて、もっと楽しいコトをしましょう」

「──あんたがひとりでやってなさいよッ!」

「あがぁっ!」


 さっきまで頬を赤らめていたクラウディア(ヴィクターのほう)が、クラウディア(本物)から顔面にドロップキックをもらって吹っ飛んだ。


「あのデカ虫、敵ながら完璧に金髪さんになってましたね。再現度百二十パーセントです」

「どこがよ! 私あんな痴女じゃないから!」


 闘技場の土を転がり滑ったクラウディア(ヴィクター)が、再び黒い粒子を纏う。

 頭から足の先まで姿形を変え、ふわりとした銀髪をなびかせる碧眼の少女が姿を現す。


「クソあの金髪虫、ぶっ潰してやるぅッ!」


 今度はエルシーと化したヴィクターが、直剣を振りかぶりクラウディアに襲いかかった。

 彼女はとっさに双剣で受け止める。良い反応だ。


「──この口の悪さといい重さといい……再現度百五十パーセントね」

「全然似てません! わたしはもっと慎み深いです!」


 クラウディアが受け止めている隙に、エルシー(本物)がエルシー(ヴィクター)を大剣で豪快にかっ飛ばす。


「……ちっ、変身対象が悪すぎたか」


 受け身をとったヴィクターが変身を解いた。


「ふたりともありがとう、無事でなによりだ。師匠は?」

「いまはルチノたちと一緒だから平気よ。あの大きいデーモンを倒してくれたわ」

「……そうか、さすがは師匠だ」

「──あァ、師匠か。そいつはいいな」


 口元を歪めたヴィクターの周囲に、黒い粒子が集まっていく。

 しかし、それらが奴の姿形を変えることは、なかった。


「俺がそんな冒涜(ぼうとく)を許すと思ったのか」


 黒い粒子が青い塵へと変わる。

 ヴィクターの喉元に切っ先を突きつける。

 これまで飄々(ひょうひょう)としていたやつの額から、一筋の汗が滴り落ちる。


「……それがアンタの本気の顔か……面白れぇ!」


 バックステップで空中へと躍りでたヴィクターが両手を広げた。

 やつの背後の巨大な魔法陣が形成され、そこから現れたのは──


「言っただろ、アンタを倒すには準備がいるってなァ!」


 ──俺がアトランティアに入る前に斬った、天災竜アジダカーハと呼ばれる巨大モンスターだった。


 それも一体じゃない。

 計四体のアジダカーハが暗雲を埋めつくさんと翼を広げていた。


「……な、なによ……アレ……」

「落ち着けクラウディア」

「あんなの見て落ち着いていられるワケないでしょ! に、逃げなきゃ……!」

「大丈夫だ。前に倒したことあるから」

「た、倒したことあるって……あぁ、もうっ!」


 クラウディアは自分の両頬をぱしっと叩いた。


「ハイド、私になにかできることあるかしら」

「え? そうだな……」


 将来的にはアジダカーハも倒せると思うけど、さすがにいまの彼女に任せるのは無理があるな。


「気を悪くしないでもらいたいんだが」

「…………そうよね、うん、わかってたから。無理なこと言ってごめん」

「そ、そうだ、俺に身体強化魔術でもかけてくれると助かるなあ!」

「……っ! 任せて! 私がんばるから!」


 ぱあっと明るい顔を見せたクラウディアに、エルシーが「メンヘラ金髪……」とつぶやいた。


「おいおい、ずいぶん余裕を見せつけてくれるじゃねぇかハイド!」

「見せつけたつもりはないが、前に倒したことあるのは事実だしな」

「アンタのその顔歪めてやるよ。食らい尽くせ……アジダカーハ!」


 四体のアジダカーハが大きな口をひらき、その奥で膨大なマナが蠢いている。

 闘技場の観客から奪ったマナもエネルギー源にされているようだ。


「ど、どう、ハイド。いい感じ?」


 一方、俺はというと、クラウディアから微弱な電気を浴びせられていた。

 というか微弱過ぎて身体強化になってなかった。


「もっと強くて大丈夫。そろそろあいつら光線吐いてきそうだから早めに頼む」

「こ、こう?」

「痛い痛い今度は強すぎ」

「ご、ごめんなさい。……初めてだから、慣れてなくて」

「あ、そうそうそれくらい……いい感じになってきた」

「金髪さんワザとちんたらやってませんか!? なにを見せられてるんですかわたしは!」

「私は必死よ!」


 四体のアジダカーハが一斉に光線を吐いた。


「ありがとうクラウディア。あとは任せてくれ」


 圧倒的な大質量。なにもしなければこの闘技場もろとも、付近一帯が壊滅するだろう。


「アルディナク流剣術──【鏡返(かがみがえ)し】」


 もちろんそんなことはさせない。

 弾き返した光線は、アジダカーハの体表面で金切り音をあげて霧散する。


 体が軽い。身体強化魔術ってこんな感じなのか。

 ちょっとだけうらやましい、なんて思いながら、俺は白金に手をかける。


「アルディナク流剣術神技(しんぎ)──」


 この世に存在するすべてのモノにはマナが宿っている。

 マナがなければ──モノはその形を保てない。


 それは、四体のアジダカーハが浮かぶあの黒い"空"も同じだ。


「──【乾坤一擲(けんこんいってき)】」


 空を形成している根幹のマナを、斬る。

 周囲の空間が存在を保てなくなり、黒い空ごと、アジダカーハを巻き込み青い粒子へ還っていく。


「なにあれ、なにが起こってるの……」

「本当に落ち着きがありませんね金髪さんは。ハイドくんがハイドくんしてるだけじゃないですか」

「なんか頭がくらくらしてきたわ」


 ちなみに、奪われたマナは持ち主のもとへ還るよう調整済みだ。

 いまは気を失っている闘技場の観客も、じきに目を覚ますだろう。


「…………マナに直接干渉する剣術? ……はは、ムチャクチャだぜ」


 煌々と青空に舞う青い粒子を見上げながら、ヴィクターはつぶやいた。

 やつの体もすでに下半分がマナ還りを起こしている。


「これは別れ際の忠告だ。魔神(イヴィル)はオレひとりじゃあない。必ず誰かがアンタを消しにくると思うぜ」

「そうか」

「……ククッ、その余裕がいつまで続くのか見物だなァ」


 消えゆく空間に飲み込まれ、ヴィクターは青い粒子へ還っていった。


 青空を眺めて、俺はふぅと息をつく。


「これで終わり……じゃあないか」


 ヴィクターの言うことが本当なら、魔神(イヴィル)はひとりじゃないらしい。

 であれば今後も俺の活動を邪魔してくるだろう。


 だとしても、俺のやることはただひとつ。

 師匠の剣術を広めること、それだけだ。


 俺の元にエルシーとクラウディアが駆け寄ってくる。


「ハイドくん、おつかれさまです。盛大にお祝いしたいところですが、まずはこのお水をどうぞ」

「待ちなさいエルシー。その水、あんたの魔術で出したものでしょ」

「い、言いがかりはやめてください。決してわたしだと思って飲んでもらおうなんて思っていませんから!」

「やっぱりあんたのほうが痴女じゃない!」

「なんですって!」

「なによやる気? いいわよ!」


 相変わらずな弟子を前に、俺は苦笑をこぼしたのだった。

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