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妻と娘と家族と弟子と

 妻のアスリーンと知りあったのは、学校間の合同課外授業だった。


『アルディナクくんかぁ。なんかちょっと呼びにくいから、アルディナくんでいい?』

『い、いいけど。俺はなんて呼べば……』

『普通にアスリーンでいいよ。それともつけたいあだ名でもあるの?』


 魔術学校に通っていたアスリーンは、明るく、美しく、そして強かった。

 白い髪をなびかせ赤い瞳を光らせる。彼女の操る氷属性魔術は、その鮮やかさで味方を魅了し、敵を圧倒していた。


 そんな彼女とパーティーを組んだとき、かつてのワシは言われたのだ。


『アルディナくんの剣術って、カッコいいね』

『そうかな。魔術のほうがいろいろできるし、強いと思うけど』

『そういうことじゃなくてさ。なんていうか、アルディナくんの剣術からは信念が見えるんだ。絶対に負けないって気持ちとか、これまでの努力の積み重ねとか』

『……そりゃあ、俺は大した魔術が使えないから、せめて剣術くらいはって思ってるけど』

『控えめだね。……わたしは素敵だって思うよ。アルディナくんの剣術、好きだなぁ』


 剣術は魔術よりも下。

 魔術師からはバカにされるのが当たり前の世界で、アスリーンは嫌味でもなんでもなく、笑って好意を伝えてくれた。


 単純だった当時のワシは、たったそれだけで彼女を好きになった。


 彼女はギルドのクエストに頻繁に参加していた。

 ワシもいろいろと理由をつけて、彼女と一緒に何度もクエストをクリアした。


 そして。


『勘違いだったらごめんだけど、もしかしてアルディナくんって、わたしのこと好き?』

『……勘違いじゃないって言ったら、どうする?』

『……わたしも、って返すかな』


 魔術師ではないワシと結ばれたアスリーンは周囲にいろいろ言われたりもしたが、彼女はそんなことは一切気にする素振りも見せなかった。そんな彼女の姿に、ワシは何度も救われた。




「グアアアアアァァァァァアアアアッ──!」


 人ならざる咆哮。

 妻の体を引き裂いたアークデーモンの爪が、ワシを葬らんと振り下ろされる。


「はああぁッ──!」


 ──重い。

 受け止めた剣を握る腕が、めきめきと悲鳴をあげる。

 後ろにマーリルがいる以上、ワシにやつの攻撃を躱す選択肢はない。


 アークデーモンがもう片方の手のひらをかざす。

 魔術の気配。放たれたらワシではマーリルを庇えない。ならば。


「ぬんッ!」

「グギャアアアア」


 受け止めていた爪を横に流す。

 バランスを崩したやつの懐に潜りこむ。

 一瞬で深く呼吸をすませ、剣を握る手に全力を込める──




『──えっ、俺が師匠に剣術を教えるんですか? そんな恐れ多いこと無理──』

『いやそういうのはいいから。誰がどう見てもワシよりオヌシのほうが五兆倍すごいから。

 ……ほら、オヌシのおかげで最近剣術を学びたい生徒が増えてきたじゃろ。正直オヌシが一人前を遥かに凌駕したときはワシの仕事も終わったもんかとばかり思っておったが、オヌシも含めエルちゃんやクラちゃん、みんなの頑張っている姿を見ていると、ワシもまだまだ学ばなけばいかんと思ってな』

『師匠がそこまで言うなら、謹んで引き受けさせていただきますが』

『頼むぞ、変な遠慮は無用じゃからな』



『つら、いやつら。オヌシ毎朝どんだけ走り込んでるんじゃ』

『そうですね、軽くアップに王都の外をぐるっと百周。十五分くらいで──』

『いや無理だから。百周なんてその辺の公園でも十五分じゃ無理だから。というかワシの体力じゃまず百周が無理だから』

『変な遠慮は無用なんじゃなかったんですか』

『しまっ……やめて! ご老体を引っ張らないで!』

『大丈夫です。加減はしますので安心してください!』

『ぎゃああああああ人間転移門んんんんんん!』




 あのときは本気で死ぬかと思った。


 だが、そのおかげで──あの頃とは違う"いま"の自分がいる。



「──ハイド流剣術奥義」


『──マーリルをお願いね、アルディナくん』


 妻の最期の笑顔が、淡く光る一枚の絵となって、脳裏に浮かんだ。



「【斬響・宵時雨ざんきょう・よいしぐれ──ッ!】」



 一太刀で敵の動きを封じる。

 遅れて地響きのような音と、五臓六腑を抉る衝撃がアークデーモンを襲った。


「グギィギャアアアアアアァァァーーーーッ!」


 生物は血液によって全身にマナを循環させ、形を保つ。

 血液を失えばマナを循環できなくなり、生物は形を保てなくなる。


 魔術が効かない召喚モンスターとて、例外はない。


 不気味な角の先端から足先まで、アークデーモンは青い粒子を放出し、空気に溶けていった。


「……遅くなってすまなかった、アスリーン」


 背中になにかがもたれかかってきた。


「…………ごめん、ごめんなさい……お父さん……」


 こんなワシを父と呼んでくれた、後ろで小さく泣いている娘が、どうしようもなく愛おしい。


「いいんじゃよ。すっかり髪も白くなって、オヌシにも苦労をかけたな、マーリル」

「……こ、これはそういうのじゃなくて、お母さんの遺伝が遅れてきただけだから……」


 ワシがアークデーモンを倒したことで、他のモンスターも一斉に姿を消していた。

 どうやらあやつが召喚魔術の核になっていたらしい。


 クラちゃん、エルちゃんと目があう。ワシはふたりに頭を下げた。


 さて、本当はあのヴィクターとやらにも一撃、いやもっと加えてやりたいところなんじゃが……あいにくと全身が悲鳴をあげていた。この状態でハイドのもとへ行っても足を引っ張るだけだろう。正直立っているだけでも限界……早く帰って体洗って黒龍丸をモフモフしたい。


「……あとは頼んだぞ、ハイド」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 転移門をくぐって闘技場に戻ってきた俺の前にいたのは、ヴィクターだけではなかった。


「は、ハイド……私の息子よ……」

「うぅっ、ハイド……助けてくれ……!」


 ヴィクターの両側に浮かんだ光る十字架に、元父ウィルマクとイーサンが張りつけられていた。

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