剣豪師匠は覚悟する
「どうだセンセー、オレのアークデーモンは覚えてるだろ」
「……ど、どうして、お前がそれを……!」
体を震わせるマーリル先生を、ヴィクターは愉快そうに見下した。
「どうしてもなにも、アンタを産んだクソ魔術師を殺してやったのは、オレの召喚モンスターだからなァ。本当は肩慣らしにアンタら三人とも全員殺させるつもりだったんだが、そこにいるジジイが剣術なんてもんを使うせいで殺し損ねちまった」
「…………っ!」
「そしたらどうだ、小さかったセンセーは"お父さんが剣術なんてやってるからお母さんを守れなかったんだ!"って、命の恩人にひどいこと言って逃げだしたときた。いやー、あのときは死ぬほど笑ったよ」
「ひどい……!」
「今回ばかりは金髪さんに完全同意です。あの虫は即刻叩き潰すべきでしょう」
クラウディアとエルシーが武器を顕現させた直後、見たこともないモンスターがふたりを襲う。
俺はふたりに襲いかかってきたモンスターを斬り伏せる。
ヴィクターに接近を試みるが、アークデーモンを筆頭に、魔法陣から続々と出現するモンスターに行く手を阻まれた。
「で、センセー。いまの気持ちを教えてくれよ。アンタが憎くてたまらないはずの相手から、これまで魔術を学んできた気持ちはさァ」
「…………ああぁぁぁあぁあああああああッ!」
ヴィクターの周囲の空気が凍る。
局所的につくられた銀世界。魔神の男を囲うように氷の剣が顕現し、絶対零度の牙を向く。
だが、それらは高い金切り音を響かせただけで、跡形もなく消えてしまう。
「おいおい忘れちまったのかよ。オレに魔術は通用しない」
「ああっ! ああああっ! ああああああああッ!」
「……壊れちまったか、まぁいい。必要なモンは手に入れた」
パチンとヴィクターは指を慣らしてから、ダンジョンの奥へ悠々と歩いていく。
当然追いかけようとしたが、マーリル先生の体が紫色に発光したのを見て、俺は足を止めた。
すぐさま彼女の体がイーサンのときと同じ異形へ変異し始める。
「アルディナク流剣術複合奥義──【回帰魔穿斬!】」
マナを断ち斬る【魔穿斬】と回復剣術【回帰刃】の複合技。
マーリル先生に無理やり埋め込まれたマナだけを切除し、本来宿っていたマナは留める。
これでイーサンのときのように魔術を失うことはないはずだ。
ゆっくりと倒れたマーリル先生を、師匠が支えた。
「ありがとうハイド、オヌシはあの男を追ってくれ」
「大丈夫なんですか」
「ここはワシらでなんとかする。それに──」
師匠の鋭い眼光が、うなり声を上げるアークデーモンを捉えた。
「──あれはワシがケリをつけるべき過去だ。ワシに任せてくれんか」
「師匠……」
「ハイド、私たちの分までヴィクターをぎゃふんと言わせておいて!」
「ここにいる小虫はわたしたちでじゅうぶんです。お手を煩わせて恐縮ですが、ハイドくんはあの無駄に大きい虫をお願いします」
「頼んだよハイドくん。安心して、こう見えても私たちプロだから」
「がううぅっ!」
大きくなった黒龍丸とみんなに背中を押され、俺は短く首肯を返した。
俺個人としても、ヴィクターのやつは看過できない。
「……わかりました。師匠、あとを頼みます。みんなもよろしく頼む」
背後に聞こえる戦闘音を置き去りに、俺はヴィクターが消えたダンジョンの奥へ足を進める。
行き止まりの壁に、まるで誘うように転移門が設置されていた。
「行き先は……闘技場か」
魔術に仕込まれたマナを見れば座標が割りだせる。
なにが待ち構えているのかは知らないが、やつの好き勝手にはさせない。
みんなの想いを胸に、俺は転移門へ飛び込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……アルディナ、ク……」
「無理をするなマーリル、そこでゆっくりしておれ」
ワシはアークデーモンと対峙しながら、背後で横たわるマーリルに声をかけた。
こうして娘と言葉を交わすのは三十年ぶりだろうか。
「頼りない父親ですまんかった。……オヌシからすれば、もはやワシは父とも思っていないかもしれんが」
マーリルはなにも言わない。
だけど、それで構わなかった。
いまワシのやるべきことは、許しを請うことでも、自分を慰めることでもない。
「道理でどれだけ探しても見つからんわけじゃ。まさか召喚モンスターだったとはのぅ」
ゆっくりと深く息を吐く。眼前に立ちふさがる仇敵の一挙一動に集中する。
「──妻の仇、とらせてもらうぞ!」




