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劣等剣士は師匠に頼む

 クラウディアのお見舞いから翌日。


「ハイド殿、相談したいことがあるのだが、いいだろうか」


 ゴウラン学園長が直接教室に俺を呼びに来たことでちょっとした騒ぎに──なることもなく、クラスメイトたちからは「なんだいつものことか」くらいのノリで見過ごされ、俺は学園長室にやってきていた。


「フェルハイム修練場襲撃についての問い合わせのなかで、"魔術が効かない"モンスターの報告があってな……厳密にはモンスターではないが」


 学園長の隣にいた教頭先生が、書類の束から一枚だけ取りだして机の上に置いた。

 羊皮紙に記された光属性魔術が発動し、映像を浮かび上がらせる。

 異形と化したイーサンに放たれた魔術が、金切り音をあげて霧散する様子が映し出されていた。


「エルシーさんやクラウディアさんが襲われたことについても、すでに一部の保護者のあいだでは問題視されています。学園側になにかしらの対応を求める声も多く届いており、彼らに応えなければ学園の信用に関わってくるでしょう。そこで、ハイドさんにぜひお力添えをいただきたいのです。つきましては──」


 詳細を聞いた俺は、喜び勇んで学園長室を飛びだした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ワシがアトランティアの外部講師じゃと!? ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ!」


 家に帰って師匠に話すと、師匠は首をどっか飛んでいくんじゃと心配になるくらい左右に振った。


「ワシの使える魔術知ってるでしょ? この人差し指に出せるロウソクみたいな火だけ! 若者に『なにあのクソしょぼいジジイ……』的な目で見られるなんて絶対に嫌じゃ!」

「話を最後まで聞いてください師匠。師匠にお願いしているのは魔術の講師ではなく、剣術の講師です」

「なんだ剣術の話か……ん、どうしてアトランティアで剣術の講師が必要なんじゃ?」


 ひとをダメにするらしいふかふかのソファーに座り直した師匠は、あごに手を当てている。

 疑問に思うのも当然なので、俺は事の背景を説明した。


「魔術が効かないモンスターに襲われたときの対処法として、生徒たちに剣術を学べる環境を学園は用意したいようです。もちろん俺も講師のひとりとして参加しますが、アトランティアには剣術を教えられる先生がいないので、師匠にお声がけさせていただきました」


 師匠は腕を組んで天井を見上げてから、ふぅと軽く息をついた。


「オヌシの剣術を広める活動が、徐々に実を結んでいるということじゃな」

「はい、周りのみんなの協力もあって、手ごたえを感じています」

「弟子にそんなふうに言われちゃ断るわけにもいかんのぅ。どれ、ワシも一肌脱いじゃおっかな♪」

「ありがとうございます、師匠!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「のぅ、ハイド……ワシ帰ってもいいかな……」


 翌日の放課後。第二武闘館にて。

 剣術部(仮)に集まった──名目上は部活ではなく魔術無効対策の一環だが──二百人の生徒を前にして、師匠は小さな声をこぼした。


「すみません師匠、剣術を広めるなどと言っておきながら、まだ二百人程度しか集められず……!」

「むしろ人数は多すぎるくらいなんじゃが!?」

「では、いったいどこに不満があるのでしょうか」

「不満というか……よくよく考えてみればオヌシのあとにワシの剣術を見せるのはイヤというか……」


 そう言って、師匠は他の講師陣を見回した。

 エルシーとクラウディア、そしてルチノ、我が家の住み込みメイドであるシャロットもなぜかいる。


「シャロットも剣術を使えるのですか?」

「あぁ、オヌシのクエストについていかなくなってからぶっちゃけヒマでな。ヒマすぎて剣を教えておった」

「さすがは師匠です!」

「……あぁもう、わかった、ワシも覚悟を決める!」


 こうして剣術指南が始まった。

 集まってくれた生徒たちも士気が高く、指南は順調に進んでいく。


 けど、さすがに講師の人数が不足しているな……

 俺は同学年の"先輩"に小声で相談することにした。


「なぁルチノ、プロヴィデンスから剣術が使えるひとを派遣してもらったりとかできないか?」

「それはムリだね。基本的に上のひとたちはどこかに居城を構えるってよりも、積極的に対象を潰していこうってスタンスだから」

「なるほど……」

「私からも確認したいことがあるんだけど、今日このあと大丈夫?」

「ああ」

「……金髪さん、最近ハイドくんとあの新入り仲良くしすぎだと思いませんか」

「……たしかに、妙に距離が近い気はするわね」


 エルシーとクラウディアの視線に気づいた俺は、背筋に寒気を感じたのだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「──なるほど、そっちがその気なら仕方ないなァ」


 アトランティア魔術学園の外にて。

 第二武闘館の方向に視線を向けたヴィクターは、軽薄な笑みを浮かべてつぶやく。


「忠告を聞かなかったのはそっちだぜ、プロヴィデンスの犬」

「……見つけたぜ、黒フード野郎!」

「お、来たか、時間通りだな」


 ──ずぶり、と。

 緑髪の男、イーサンはナイフをヴィクターの背中に突き刺した。


「オレの魔術を返せよこのクソがッ!」

「返せ? 別に最初からとってねえよ」

「……え?」


 手ごたえを感じたはずのヴィクターの体が徐々に薄くなり、完全にかき消える。

 それを呆然と見送った直後、イーサンは地面に頬を擦りつけていた。


 ヴィクターがイーサンを蹴倒し、彼の横顔を踏みつけていたのだ。


「ぐああああっ」

「アンタら人間が使ってる魔術はな、元々オレらの技術なんだ……って、お偉いさん方は言うんだろうが、まあそれはそれとして、アンタの行動は本当に御しやすいな」

「なんだ……って?」

「おいおい、少しも疑問に思わなかったのかよ。牢屋のカギが開いてたことも、警備の衛兵が倒れてたことも、都合よくナイフが転がってたことも。全部オレが用意した仕掛けだ」


 イーサンの緑髪を引っ張り上げたヴィクターは顔を歪ませて、言った。


「それともなんだ、まさかアンタを助けに誰かが来てくれたとでも思ったのか?」

「て、テメェ……」

「この期に及んでまだそんな口を聞けるのは感心するよ。……けどな、道化は道化らしくきちんと踊って客を楽しませろ」


 ヴィクターはイーサンの首をつかんで壁に叩きつけると、愉しそうに口端をつり上げた。


「客におもちゃを突き立てるなんて礼儀がなっちゃいねぇやつには、おしおきが必要だよなァ」

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― 新着の感想 ―
[一言] ぶっちゃけ都合が良すぎる状態だとしても、拘禁された犯罪者なら牢屋の鍵が開いてたり、警備兵が気絶していたら脱獄を行うだろうからそこまで間抜けな行動なのかとも思う
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