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劣等剣士は剣で回復する

「…………」

「…………」


 モンスターと対峙したときよりも百倍くらい嫌な沈黙が訪れる。


 いや、よく考えればいきなり「服を脱いでくれ」なんて言えばこうなるだろう。

 緊張しすぎて単刀直入にいきすぎてしまうとは情けない……


 どうして服を脱いでほしいのか理由を説明しようとしたとき、クラウディアが先に口をひらいた。


「……そうよね、私ってばハイドにはお世話になってばっかりだし、謝礼も用意はしたけどそんなのハイドには大したお金にならないし……いまの私がハイドにちゃんと払えるのは、それくらいしかないと思う」


 なにやら緊張した様子のクラウディアは、ベッドにゆっくりと腰をかけ、熱っぽい瞳で俺を見上げる。メドゥーサと目を合わせても石化しなかったのに、なぜだか体が動かせない。


「ごめん、ちょっとだけ心の準備をさせてほしいの。……こういうの私、初めてだから」

「そ、そうだよな。俺も初めてだ」

「……そうなんだ。それはちょっと嬉しいかも」


 クラウディアは控えめにはにかんでから、小さくつぶやいた。


「……脱ぐから、後ろ向いてもらえるかしら」

「あっ、わ、悪い……!」


 体をぎゅんと反転させる。

 待て待て、緊張しすぎだ。手元が狂って回復できなかったらどうする。


 深呼吸して心臓の鼓動を落ち着かせる。


「……おまたせ。…………きて」


 吐息交じりの声に、再び心臓が跳ねだした。


「あ、ああ……」


 感じたことのない異様な雰囲気に飲まれないよう息を深く吐いて、俺は魔剣白金(しろがね)を抜きクラウディアに振り返る。


 クラウディアはシーツで白い胸元を隠していた。


 ──というか全裸だった。


 全速で回れ右をした。


「な、なんで服着てないんだよ!」

「は、ハイドこそ、どうして剣を抜いたの!?」

「どうしてって、クラウディアを回復するために決まってるだろ」

「えっ?」

「え?」


 再び沈黙。


「ねえ、一応確認なんだけど、どうして私に服を脱いでって言ったの?」

「……俺も師匠も基本的に負傷しないから、回復系の技の習得は後回しにしてたんだ。だから急いで仕上げたんだが、熟練度はまだまだでな。回復はできるけど服も一緒に斬ってしまう」

「………………………………」

「だから、せっかく可愛い服に着替えてもらったところ悪いけど、さすがにその服を斬るわけにはいかないから別の服に着替えて…………あっ」


 しまった、緊張しすぎて順序がめちゃくちゃだ。


 俺は白金にセットされた魔術を発動させ、亜空間から特殊な服を取りだした。

 顔は彼女のほうを向かないようにしたまま、クラウディアに渡す。


「対回復剣術用につくってもらったこの服なら斬れないようになってるから、安心してくれ。って、本当なら先に説明するべきだったんだが、すまん。俺も回復剣術を誰かに使うのは初めてだから少し緊張してて……クラウディア、聞いてる?」

「……あっ、そ、そうね! すぐに着るわ……」


 衣擦れの音が俺の心を妙に刺激する。

 シーツから垣間見えたクラウディアの白い谷間が脳裏に浮かぶのを、師匠の笑顔でかき消す。

 鍛え上げた五感が完全に裏目に出ていた。


「おまたせ……」


 着替え終えたクラウディアは、心なしか少し疲れた顔をしていた。こういうときこそ俺の回復剣術で癒してあげなければ。


「じゃあ、いくぞ」

「う、うん」


 俺は白金に手をかけ、クラウディアのマナを繋ぐように剣線で結んだ。


「よしおわった」

「えっ、もう? てっきりいつもみたいに『アルディナク流剣術──』って言うと思ってたわ」

「いや、この技はまだ師匠の名を使える領域に達していない」

「基準があったんだ……」

「とはいえ回復はしているはずだ。試しに軽く魔術を使ってみてくれ」


 クラウディアは恐る恐るマナを動かし始めた。

 彼女の体に流れるマナが魔術へと昇華し、全身からバチッと電気が弾ける音を鳴らす。雷属性魔術による筋肉のリミッターを外す身体強化魔術だ。


「っ……すごい……すごいわハイド! これで元通り、ううん、前より調子がいいくらいかも!」

「喜んでもらえてなによりだが、まだ無茶はするなよ。この技はまだ発展途上だからな。これから何回かに分けてクラウディアにかけていくから、そのつもり、で……」


 不意に、目まいがした。

 たぶんアレだ、クラウディア用の回復剣術を習得するのに六日ほど寝ていないのが原因だろう。


 平衡感覚を失った俺は、立っていることもできず横に倒れる。

 顔のあたりに柔らかい感触がする。クラウディアがなにか叫んでいる。彼女の声がだんだんと遠ざかっていく──



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ──気がつくと俺は、白い(もや)が立ち込める空間にいた。


「ようやく来たな、ハイド」


 靄の中から、知らない男が姿を現した。

 男は体の右半分が骸骨と化しており、片方の目は赤く光る玉のようなものが浮かんでいる。


「お前は誰だ。どうして俺の名前を知っている」

「そう警戒するな。おれは……もう名前は忘れたが、かつて"武神(ぶしん)"と呼ばれていた男だ」

「──武神?」

「そうだ。お前は不思議に思ったことはないか、どうして自分にだけ圧倒的な剣術が使えるのか」


 そう言って、半分骸骨の男は口元をニィっと歪めた。

 男の問いに俺はまったく迷いもせずに答える。


「一度もない。なぜなら俺は、師匠の剣術を学んでいるんだからな」

「…………は?」


 半分骸骨の男は口を半開きにした。

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