劣等剣士は弟子を脱がせる
イーサンのフェルハイム修練場襲撃から、およそ一週間後。
俺はクラウディアの実家、ブリッツ家の屋敷へやってきていた。
屋敷のメイドさんに「見舞いに来ました」と伝えて、クラウディアのいる部屋の前まで案内してもらう。
メイドさんは部屋の扉をノックしてから、中にいるクラウディアに声をかけた。
「クラウディアお嬢様、ご学友のハイド様がお見舞いに来られました」
「えっ! ちょっ、ハイドが!? ホントに!?」
部屋からドタバタと音がして、ガチャリと扉が開かれる。
顔をだしたクラウディアは、いつものアトランティアの制服姿ではなく、生地の薄いゆったりとしたワンピースを着ていた。金髪もツインテールではなくおろしている。
「ハイドはいまどこ……に……?」
クラウディアと目があった瞬間、バタンと扉を閉められた。
「ごめんハイド。ちょっとそこのうちのメイドとふたりで話してもいいかしら」
「ああ。俺は構わないが……」
メイドさんが俺に頭を下げて部屋の中に入る。
「どうしていきなり部屋の前まで連れてきたの!」
「ハイド様は腰に剣を携えていましたし、年齢や背格好も、お嬢様がいつも話していらっしゃるハイド様だと思いましたので」
「だったらなおさら……あぁ、それより服を着替えないと……! もし時間がかかりそうだったらハイドを居間に案内してあげて、終わったら呼びに行くから!」
ふたりの小声が聞こえてきたあと、メイドさんは部屋から出てきた。
言っておくけど盗み聞きしてたわけじゃない。
自分で言うのもなんだが、師匠に「気配を感じ取るんじゃ」と言われて修行を積み重ねた結果、こと五感に関しては少し自信があるのだ。
「お騒がせして申し訳ございません」
「いえ、そんな。気にしていませんから」
「それにしても、ハイド様には本当に良くしていただいているようですね。あんなに楽しそうなお嬢様を見るのは初めてです」
「そうなんですか?」
「はい。これからもぜひ、お嬢様と仲良くしていただけると嬉しく思います」
にこりと微笑むメイドさんに頭を下げられて、俺は少し気恥ずかしさを覚えた。
「お、おまたせ……」
控えめに扉を開けたクラウディアは、部屋着っぽくないおしゃれな洋服を着ていた。髪もいつものツインテールになっている。メイドさんは「紅茶をご用意いたします」と軽く頭を下げて、廊下を歩いていった。
クラウディアに案内されて部屋に入る。
俺はさっそく本題を切りだした。
「見たところ、全治一年くらいか」
クラウディアは肩をびくりと震わせて、それから困ったように笑った。
「驚いた、そんなことまでわかるのね」
「修練場で見たときからダメージが大きいのはわかってた。……悪かった、俺があのときエルシーの厚意に甘えず、クラウディアを追いかけるべきだった」
「エルシーの厚意?」
「クラウディアがルチノと戦った後、俺はルチノにちょっと話を持ち掛けられててな。それでクラウディアのことは任せてくださいって、エルシーが」
俺がそう話すと、クラウディアは目を丸くしてから小さく微笑んだ。
「よくもまぁ、ひとのこと金パツンデレとか言ってくれちゃって……」
「金パツンデレ?」
「なんでもないわ。それよりも──」
クラウディアは目を伏せ、申し訳なさそうな表情をみせる。
「──さっきハイドが言ったとおり、私の回復には一年かかるみたい。そのあいだは魔術禁止だって診てもらった回復術師にも言われたわ。だから、ごめん。武神祭もハイドたちと出られそうにないし、それどころかアトランティアも留年確定。お母様に会ったらなんて言われるか」
俺の顔を見てハッとしたクラウディアは、慌てて明るい声をつくった。
「ハイドが気に病む必要なんてないわよ! ほら、今回のはどう考えても私の自業自得っていうか、勝手に意地張って暴走したツケが回ってきただけというか。それにね」
吹っ切れたように、クラウディアは屈託なく笑う。
「自分でもバカだなって思うんだけど、私は後悔してない。きっと過去に戻ってルチノと戦っても、私は同じように無茶してあの技を使う。それでハイドに怒られて止められて、性懲りもなく逆ギレして……本当に面倒くさい弟子よね」
「いや、クラウディアは身をていしてエルシーや修練場のみんなを守ったんだ。自慢の弟子だよ」
「……っ、あ、ありがとう……悪いわね、いつも気を遣わせちゃって」
「気を遣って言ったわけじゃない。それに、弟子の無茶を支えるのが──師匠の役目だ」
俺は白金の柄をぽんと叩いた。
「見舞いに行くのが遅くなって悪かった。クラウディアを回復させる剣術を覚えるのに、時間がかかってな」
「…………」
「ん、どうした。急に固まって」
「あのね、固まりたくもなるわよ。なによ私を回復させる剣術って、意味不明なことばかり言われるこっちの身にもなってほしいわ。……ふふっ、あははっ」
クラウディアは文句を言ったかと思えば、急に笑いだした。
「けど、そんな意味不明なことを現実にしちゃうのが、私の師匠なのよね」
「当然だ。でなきゃ俺が今日ここに来た意味がない」
「それで、私はここに立ってたらいいの? それともベッドに横になったほうがいい?」
「それについてなんだが……」
俺は唾を飲み込んで、それから深呼吸をしつつ、ごく真剣な口調で伝えた。
「──服を脱いでくれないか」
どうやら、クラウディアはまた固まってしまったようだった。




