力には代償が伴う
「……は? え? なんで……なんでなんだよぉぉッ!」
あの体じゃ、叫んでも手を振り回しても無駄だろうな。
結局イーサンはなにも起こせず、修練場の管理者にがっちりホールドされる。
管理者に羽交い絞めされた状態で、イーサンは俺を睨みつけてきた。
「て、テメェ、まさか……!」
「魔術が使えなくなったのは俺が斬ったからじゃない」
「だったらなんでだよ!」
「お前に変な力を与えたやつは誰なんだ」
俺がそう聞くと、イーサンは一瞬息を詰まらせた。
心当たりがあるらしい。
「……知るかよ。そんなことよりオレの……ま、待て、剣を抜くな、本当に知らないんだ! 名前も聞いてねえ! 黒いローブを羽織ってたってことくらいしか」
「そんなやつから力をもらうなよ……とにかく、お前の魔術の件はそいつに聞け」
ルチノが言ってた魔神ってのとなにか関係があるのかな。
っと、それよりもうひとり壁に隠れているひとを呼ぶか。
「いつまでコソコソ隠れてるつもりですか、会長」
修練場の出入り口の陰から、いそいそとエリック生徒会長が姿を見せた。
「は、ハイド君……気づいていたのか」
「見てたのならいまの状況はわかっているはずです。会長は回復魔術を使えますよね、衛兵の方々も負傷していますから、手伝ってください」
「たしかに使えるが、どうして君がそれを」
「エルシーに大剣で殴られたとき、会長元気だったじゃないですか」
本当は宿っているマナを見れば大体わかるんだけど、いま説明してもツッコまれて長くなりそうだしやめておこう。
「話を戻して、手伝っていただけますか」
「あ、ああ、もちろんだとも。……そ、それとハイド君」
「はい、なんでしょう」
「い、一週間後の決闘の件だが、ぼ、僕には大事な用事があったことを思いだしてね」
ああ、そういやそんな話もあったっけ。
よくわからないけどエルシーが妙に喜んでたし、一応受けたほうがいいよな。
「俺は後日でも構いませんよ」
「そ、それはありがたい申し出だけど、最近生徒会長としての職務が溜まっていてね。いつ手が空くのか……」
「でしたら手伝いますよ。会長にはこれから回復を手伝っていただきますし」
「せ、生徒会の役員にしか明かせない非公開の職務でね!」
「なら俺が学園長に相談してみますよ」
「そこまでは溜まっていないっ!」
エルシーに大剣で殴られてもピンピンしていた会長は、なぜか額に玉のような汗を浮かべ、ズレた眼鏡を直そうともせず、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。
「と、とにかく、決闘の話はナシだ。僕はもう行く」
会長は逃げるように衛兵たちのもとへ走っていった。
あ、しまったな。会長と戦えば剣術の宣伝になったのに。
「──ん?」
いま、なにか気配がしたんだが。
周囲を見回してみたけど、不審なマナの動きは確認できなかった。
「気のせいか……」
「ハイドくん、おつかれさまです」
エルシーが駆け寄ってきた。
制服はところどころ穴が開いていたりボロボロだが、外傷はアネットの回復魔術でほとんど回復しているようだ。よかった。
「エルシーのほうこそ。よく持ちこたえてくれた」
「本当はわたしだけで片づけたかったんですが、まだまだですね。精進します」
「お互いな。クラウディアの様子は?」
エルシーに案内されて修練場の医務室についていく。
診療台に寝かされたクラウディアは、アネットを含む四人のヒーラーから回復魔術を施されていた。
「……あ、ハイド。来てくれてありがとう、痛っ……」
「無理するな。そのままラクにしていてくれ」
「……ごめんなさい、迷惑をかけて」
クラウディアも外傷は回復魔術でほとんど回復している。
しかし、酷使されたマナだけは回復魔術で治すことはできない。
時間経過を待つしかないだろう。
──でも。
ただ待っているだけなんてのは、師匠のすることじゃないはずだ。
「…………」
「……ハイド?」
「悪いけど用事ができた。ここはエルシーとアネットに任せてもいいか」
ふたりの首肯を確認して、俺は家へと全力で駆けた。
「師匠!」
「おわっ! か、【影抜き】で帰ってきてどうしたんじゃ……びっくりしたわい」
「驚かせてすみません。急ぎ、折り入って師匠に頼みたいことがあります」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………」
修練場からほど離れた住宅街。
その屋根の上を闊歩する黒いフードを目深にかぶった男は、口元を歪めてつぶやいた。
「やっぱあの無能養子じゃあハイドの相手にもならないな。それにあの剣術、アレは……おっと!」
背後から心臓を狙った細剣の一突きを、男は器用に身をよじって躱した。
急激に体勢を変えたため、目深にかぶっていたフードがめくれる。
「他人が考え事をしている最中に刺そうとするなんて、穏やかじゃないな」
「……やっぱりあなただったんだ──ヴィクター」
そう話したのは、栗色のショートボブに翡翠色の瞳の女子生徒、ルチノ・フラペルだ。
唇を引き結んだルチノとは対照的に、ヴィクターと呼ばれた背の高い男はへらへらと笑う。
「プロヴィデンスの犬か。どうしてオレばかりをつけ狙う」
「自分の胸にでも聞いてみて──ッ」
風魔術を利用してルチノは跳ぶ。
高速の斬撃を、ヴィクターは軽薄な笑みを絶やさず躱し続け、鋭い蹴りを放った。
金属音が鳴り響き、互いに再び間合いをとる。
「ったく、しつけぇなァ。アンタらには何度も言っただろ。オレは別に世界征服なんて企んじゃいないって」
「…………」
「信じてないって顔だな。あぁ、アジダカーハの件はオレもやりたくはなかったんだ。まだ時期尚早だって言ったんだけど聞いてもらえなくってさァ。そしたら倒されたって聞いて、あのときはさすがにビビったよ。きっとハイドのやつが斬ったんだろうな」
「っ! ハイドくんが……!?」
「なんだ知らなかったのか。って言ってもオレも直接この目で見たわけじゃないが、オレの知る限り、アジダカーハを倒せる人間が他にいるとは思えない」
ヴィクターの周囲に、黒い粒子が立ち上り始める。
ルチノが斬りかかる前に、ヴィクターはその姿を跡形もなく消していた。
「ま、これからもせいぜい気をつけるこった。支配ってのはどうでもいいが、オレとしてもこのまま剣術が広まっていくのは少し困るんでね」
そう声だけ残して、ヴィクターはルチノの前から完全に気配を消したのだった。




