栗髪少女はサバを読む
ルチノさんに「ついてきて」と言われてやってきたのは、アトランティアの空き教室だった。
「それでルチノさん、話ってなんなんだ?」
「"さん"も敬語も要らないよ。同級生なんだし」
「……同級生、ねぇ」
俺はルチノさん──ルチノに宿るマナを見た。
人間は十歳を迎えるころには魔術が使えるようにマナも成長する。
血液によって体内を駆け巡るマナを視認できる俺は、マナの成熟具合から他人のおおよその年齢を判断できるのだが──
「よいしょっ、と」
なにもない教室の隅に、ルチノはマナを込めた細剣を突き立てた。
ダンジョンで見かけた仕掛けのように、剣を突き立てた周囲がへこんでいく。
「隠し階段か」
「そういうこと。話はこの奥でしよっか」
しばらく階段を降りていく。結構な深さまで降りたところに、紺色を基調とした空間が広がっている。そこには、予想していなかった人物が待ち構えていた。
「教頭先生!」
「ようこそおいでくださいました、ハイドさん」
穏やかな雰囲気を醸し出す糸目の女性──アンジェルム教頭先生は品のある所作で会釈をした。
「ここはどこなんですか?」
「わたくしたち、武術機関"プロヴィデンス"のアジトのひとつです」
「プロヴィデンス?」
「ルチノ、説明を」
「えー」
露骨にダルそうな顔をしたルチノだったが、教頭先生が糸目を薄っすら開くと、観念したように両手を挙げた。
「詳しく話すと長くなるからカンタンに言うね。ハイドくん、魔術が効かない敵を見かけたでしょ?」
「ああ、あの細いゴブリン……ゴブリンシャーマンだっけか」
「そう。で、そのモンスターを召喚した相手は魔神っていうの」
「魔神……」
ルチノは黒板に雑な相関図を書き始めた。
このひと見た目に反して字がすごい汚いな。読めるけど。
「魔神は魔術以外の武術を排斥して、この世界を自分たちにとって都合の良いものにしようとしてるの。魔神に魔術は効かないから、他の武術が廃れちゃえば誰も魔神に敵わなくなっちゃう。
つまるところ、私たちプロヴィデンスは、世界征服を企む悪の組織をやっつける正義の執行機関ってところかな。ここまでは理解できそう?」
「……まぁ、大体は。俺を呼んだのはさしずめその魔神とやらを倒せってところか」
「そんな感じ。もちろんタダでとは言わないよ。仕事は大変だけど、プロヴィデンスは金払いだけはいいから安心して」
「それってアトランティアを離れることになるのか?」
「んー、そうだね。魔神はどこに潜んでいるかわからないから」
「悪いけど、引き受けられない」
俺の言葉に、ルチノと教頭先生がピクリと反応した。
「俺は師匠に誓ったんだ、剣術は魔術に劣らないと証明すると。俺を救ってくれた剣術をこの世界に広めていくと」
「だったら──」
「でも本当に世界に広めるつもりなら、まず変えるのはこのアトランティアからだ。ここを離れない範囲で、その魔神って奴らがよくないことをしてるのなら協力する。報酬は……俺が剣術を広めるのに協力してくれるってことで」
ルチノは納得いかなさそうな顔を教頭先生に向ける。
教頭先生は首を横に振って、それから俺に頭を下げた。
「そう言っていただけるだけで十分です」
「もっと早くお話しいただいてもよかったのに」
「ええ。本来ならもっと早くハイドさんにはご相談するべき内容でした。しかし、わたくしがプロヴィデンスに属していると周囲に悟られるのは、なにかと不都合なのです。
これまで通り、教頭としてのわたくしであれば、ハイドさんにぜひ協力させていただきます。プロヴィデンスとしての活動であれば、このルチノに何なりとお申し付けください」
「……まあ、私に決定権はないしね。なにかあったら言ってくれていいよ」
俺はさっそく気になっていることを聞いてみた。
「ルチノはさっき同級生だって言ってたけど、本当は二十歳過ぎだよな」
「…………」
「大丈夫だって。詳しくはわからないけど、年齢ごまかしてアトランティアにいなきゃいけない理由があるんだろ? それくらい俺も察してる」
歳ごまかしてギルド登録してるひとも何人か知ってるし。
「ハイドくん、とりあえず上いこっか」
目が笑っていない笑顔を浮かべたルチノと一緒に階段を上る。
その途中で。
「──ねえ、ハイドくん! 私が十代ってのはさすがにムリあるかな!?」
ルチノは突然、素っ頓狂な声をあげた。
「もしかして私のミニスカートとか死んだほうがマシって感じになってる!? 最初に任務の話を聞いたときは『アトランティアの制服って可愛いよね』とか思ってたけど思い上がりにもほどがあったのかなどうしよう死にたくなってきた!」
顔を真っ赤にして半泣きで迫ってくる。
どうしよう、は俺のセリフなんだが。
「い、いや、そんなことはない、と思いますよ」
「お願い私の目を見て! 敬語使わないで! 私を同年代として扱って!」
「ここ階段だから落ち着いて! 大丈夫、ルチノは童顔だし俺たちと同じ学年でも余裕で通用する!」
「言わせてる感がすごい! ああああやっぱり肌のハリとか私はおばさんなんだああぁぁ……!」
「面倒くさいなこのひと!」
「──きゃあっ!」
──ズドンッ! と激しい振動が俺たちを襲った。
転げ落ちそうになったルチノを反射的に抱きかかえる。
「……あ、ありがとう」
「いまの振動は……」
「えっ、ちょっ、恥ずかしいからおろして!」
なんだか嫌な予感がした俺は、ルチノを抱えたまま階段を駆け上がった。




