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師匠として、師匠の弟子として

「いくわよ。ハイド流双剣術奥義──」


 電気が小さく爆ぜる音を響かせ、クラウディアは翔ける。


「【雷鳥・紫電滅壊らいちょう・しでんめっかい──!】」


 二つ結びの金色の束が舞う。

 舞に遅れて雷鳴が轟く。

 幾重にも張り巡らされた剣線が、格上であるはずのルチノさんの余裕を、動きを、逃げ場を奪う。


「くうぅっ!」


 苦し紛れに生成した土の防具も、稲妻と化した雷姫の刃には紙切れ同然だった。

 逃げも防御も許さない紫電の光は、瞬く間に土の鎧を斬り捨てる。


 いまのルチノさんは、クラウディアの動きが追えていない。

 クラウディアが地面を蹴るたびに、ルチノさんの魔法障壁が擦り減っていく。


 だが、俺には見えていた。


 擦り減っていくのは、ルチノさんの魔術障壁だけじゃない。


 これ以上は、危険だ。


「アルディナク流剣術奥義──【魔穿斬(ませんざん)】」


 魔術の素であるマナの流れを断ち切る師匠の剣術。

 それを以って俺は、自らを省みないクラウディアの魔術を斬った。


 マナ(がえ)りによって紫電の光を失ったクラウディアは、その場で力なくへたり込む。


「……っ! ハイド、どうして止めるの……!? あと少しで勝てたのに……」

「勝ちと同時に、もう二度と戦えない体になってたかもしれないけどな」


 俺の視線から逃げるように、クラウディアは紫色の瞳を伏せた。


「あの技は禁止だ。体にかかる負担が大きすぎる」

「でもっ!」

「なにをそんなに焦ってるんだ。さっきの模擬戦もルチノの剣術を見るためのものだろ。あそこまで本気を出さなくたって──」

「本気じゃなきゃダメなの!」


 拒絶、否定。そんな声音の叫び。


「私は、本気を出さなきゃ、ダメなのよ……っ」

「クラウディア! ──っ!?」


 走り去るクラウディアの背中を追いかけようとしたところで、ルチノさんがレイピアで斬りかかってきた。


「なにをするんですか!」


 とっさに受け止めた太刀筋は鋭かった。

 怒っているようにも、哀れんでいるようにも思える太刀筋だ。


「クラウディアさんに剣術を教えたのは、ハイドくんなの!?」

「っ! そうですけど、剣を収めてください!」

「彼女、剣術を始めて何年目?」

「まだ二週間ちょっとです!」


 俺はルチノさんの細剣を空に打ち上げた。

 重力に従い地面に突き刺さったレイピアを見下ろして、ルチノさんはつぶやく。


「──十年」

「……え?」

「私はいまの強さになるまで、十年かかった。なのに二週間って、いったいハイドくんはクラウディアさんになにをしたの?」

「俺はなにもしていません。あの技だって、クラウディアが自分で身につけたものだと思います」

「……まぁ、いまはそういうことにしておこっか」


 栗色のストレートボブを揺らして、ルチノは真剣な表情をつくった。


「単刀直入に言うね。ハイドくん、あなたはこんな学校なんかで(おさ)まっていい器じゃない。私たちと一緒に来てくれないかな」

「……どういう意味ですか」

「場所を変えて話すよ。ついてきて──」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アトランティアから逃げるように走ってきた私は、いつも朝練で使わせてもらっている修練場に足を運んでいた。


 ううん、本当はアトランティアから逃げたわけじゃない。

 自分でもわかっている。私のマナが見えているハイドは、ただ私の体を心配してくれただけだって。


 それでも、私は……


『クラウディアは強い。エルシーにも負けてないって、俺は思うけどな』

『うん、いいんじゃないか。なんだか構えもサマになってるし』

『俺はこういうときにお世辞は言わないようにしてる』


「ハイドの前では……強い私でいたかったのに……」

「だったら最初からそう言えばいいじゃないですか。面倒な金髪ですね」


 鈴のような透明感のある声に似つかわしくない、不遜な声音。

 私のよく知る銀髪碧眼の美少女もどきが、そこに立っていた。


「エルシー、どうしてここに」

「ハイドくんに様子を見てきてって頼まれたんですよ。でなきゃメンヘラ金パツンデレについていくなんて酔狂な真似、するわけないじゃないですか」


 ひとが弱っているのをいいことに、彼女は好き放題言ってくれる。


 本当ならあの色白な顔面を今すぐ黒焦げにしてやりたいところだけど、生憎(あいにく)といまの私にはそんな余力も残っていなかった。


「あっそ。じゃあもう帰っていいわよ、ハイドには元気にしてたって伝えておいて」

「そういうわけにはいきません。少なくとも、あなたがちゃんと家に帰るまでは」

「……放っておいてよ。家には戻りたくない気分なの」

「じゃあどうして修練場にいるんですか」

「ルチノに勝てなくて気が滅入ってたのよ。軽い運動でもして気分を変えようかなって」


 エルシーにいきなり腕をつかまれる。

 急な痛みに、私は思わず「うっ」と声を漏らしてしまった。


「あなたが修練場にいるって言ってたのはハイドくんです。わたしとしてはあなたが自滅してくれるのは好都合でしかないんですが、それだとハイドくんからの頼まれごとを果たせません」

「……いちいちうるさいわね、あんたは」

「ハイドくんに面倒な思いをさせる金髪さんよりは百倍マシでしょう」


 うっ……

 ハイドを引き合いに出されると、返す言葉が見当たらない。


 きっと心配してくれているし、謝りたい気持ちもある。


『──その程度でハイドくんの名前を語るの、やめたほうがいいと思うよ』


 でも、いまはハイドに会うのが、少し怖かった。


「ねえエルシー……ハイドって、本当は私のこと、足手まといだって思ってないかしら……」

「なに言ってるんですか、思ってるに決まってますよ」

「あのねぇ、あんたの私に対する評価を聞いてるんじゃないの」

「でも、それは金髪さんだけじゃない。わたしも同じです」


 エルシーは両手に大剣を顕現させると、練習用に設置された魔術障壁を一振りで三枚叩き割った。


「ハイドくんなら、十枚全部は余裕で割っていましたね」

「……なにが言いたいのよ」

「ハイドくんは優しいですから、わたしたちのことを足手まといだなんて考えないでしょうし、仮に思ったとしても顔には出さないと思います。

 けど、ハイドくんがどう思っているかは別として、ハイドくんにとってはあなたもわたしも、今日パッと湧いて出てきた栗色ボブの女も、きっとゴウラン学園長さえも、等しく足手まといなのに変わりはありません──でも、それでいいと思うんです」


 エルシーの言っている意味が、私にはよくわからなかった。


「足手まといのままでもいいってこと? 弱いままでもいいってあんたは言うの?」

「そうは言ってません。いつまでもハイドくんの側にいられるよう、努力はすべきだと思います」

「なにそれ、意味がわからないわ」

「……もしかして、あなたはハイドくんに勝つつもりでいるんですか?」


 私が答えあぐねていると、エルシーは呆れたように大げさなため息をこぼした。


「身の程知らずというか分不相応というか、金髪さんごときがハイドくんに勝てるわけないじゃないですか」

「い、いまは私もそう思うわよ! これからの話だから」

「わたしにはあなたの考えのほうが理解できません。わたしはハイドくんに勝てるとも思いませんし、勝ちたいとも思わない。戦いたいとも思いません。そんなことはハイドくんだって望んでいないはず」

「ハイドが望むかどうかは関係ないわ」


 優しくて常に余裕ありげな彼の顔が思い浮かぶ。

 ハイドには感謝もしているし、返しきれない恩義も感じている。


 だけど、それとこれとは話が別というやつだ。


「これは私の望み。ハイドに勝って、真正面から私の強さを認めさせてやりたい。いつも余裕なハイドの悔しがる顔が見たい」


 私はエルシーの口元が一瞬だけ緩んだのを見逃さなかった。


「いまあんたもちょっとだけ見たいって思ったんでしょ」

「い、いえ! 悔しがるハイドくんの顔も可愛いだろうなぁなんて決して思ってませんから!」

「ウソつくの下手くそすぎ……」


 なんだかおかしくなった私は、笑いをこらえきれなくなった。

 エルシーも呆れるように微笑んでいる。


 こうなることを見越して、ハイドはエルシーを寄こしたんだろうか。

 だとしたら、ハイドはなんて大人なんだろう。私が子どもすぎるだけかもしれないけど。


「もう帰っていいわよエルシー」

「家まで送りますよ。さあお尻をつきだしてください、家の前までかっ飛ばすので」

「だすわけないでしょ……。今日はもう練習もしないし、学園によってハイドに謝ってからちゃんと帰るわよ。あ、でもそれだと入れ違いになっちゃうかしら」


「──見つけたぜ」


 ──ズドンッ! と地面が大きく振動し。


 ──修練場の真ん中に、なにかが落下してきた。


「久しぶりだなぁ、エルシー、クラウディア」

「あの緑髪の虫は……!」


 土煙の中から出てきたのは、イーサン・オベロンだった。

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