雷姫は負けたくない
俺はクラウディアの提案を了承した。
場所を学園長室から貸切状態の武闘館へ移し、学園長の許可のもと、壇上に聖域が展開される。
イーサンと戦った入学演武のときと同じ魔術だ。この中でなら、たとえ本気で戦ってもケガをしない。
聖域に入ったクラウディアが、双剣神薙を構えた。
まだ剣術を学んで一ヵ月も経っていないのに、以前よりも構えが様になっている。いい感じだ。
「驚いた、クラウディアさんも剣術を使うんだね」
「私もルチノが剣を出したときは驚いたわ。あんたとは一度戦ってみたかったのよね」
「そうなんだ、それはまたどうして?」
レイピアを構えたルチノさんが無邪気に微笑む。
彼女の構えも堂に入るものだった。少なくとも、一朝一夕で身につけたレベルではない。
「あんた、授業で一度も本気を出したことないでしょ」
「…………」
「別に答えなくていいわ──嫌でも本気を出させてあげるからッ!」
最初に仕掛けたのはクラウディアだ。
雷魔術によって強化された脚力で、ルチノさんを双剣の間合いに捉える。
「悪いけど一瞬で終わらせるわ。ハイド流双剣術──【千羽鴉!】」
激しい金属音が連続で鳴り響く。
華麗に舞いながらも怒涛の剣撃を浴びせるクラウディアの剣術は、見ていて気持ちがいい。
でも、剣術の練度は、ルチノさんのほうが上だ。
クラウディアの双剣は、ルチノさんの剣捌きに阻まれている。
「あんまりこういうこと言いたくないんだけど、クラウディアさん」
ルチノさんは涼しい顔をしたまま、クラウディアの剣撃を左腕で受けた。
なるほど、土属性魔術でつくった籠手か。
「その程度でハイドくんの名前を語るの、やめたほうがいいと思うよ」
目を見開いたクラウディアを、風属性魔術を纏ったレイピアの一突きが吹き飛ばす。
剣術だけじゃない。土と風、ふたつの属性の魔術もかなりのものだ。
ルチノさんは、一年生にしては戦闘慣れしすぎている。
「くっ……!」
クラウディアはギリギリのところでルチノさんの猛攻を躱し、防ぎ続けている。
けど完全じゃない。魔法障壁は半分からゼロへと徐々に削られている。
一方で、ルチノさんの魔法障壁はほとんど満タンの状態だ。
クラウディアの剣術はおろか、雷魔術も通用していない。
剣術も魔術も、ハッキリ言ってルチノさんが遥かに上回っていた。
普通の生徒の範疇を超えている。
『それをオヌシが言うんか』
師匠の声が聞こえた気がした。
それよりも、これ以上は──
「ねえ、ハイドくん。君に直接相手をお願いするってのはダメかな」
「……っ! 待ちなさいよ、私はまだ負けてない!」
「そんなボロボロなのに私に勝つつもりなの?」
「ボロボロかどうかは、関係ない!」
疲弊しきった体で繰り出す剣撃がルチノさんに届くはずもなく、横っ腹を蹴とばされたクラウディアは横転する。
転がったクラウディアを見下ろしながら、ルチノさんは温度のない声を発した。
「一応言っておくけど、私弱い者いじめは趣味じゃないんだ。クラウディアさんだってわざわざ傷つく必要ないと思うよ。これは体じゃなくて心の話ね」
「私は、弱くなんか、ない……!」
なおも立ち上がるクラウディアを、ルチノさんは目を細めて見つめる。
「……負けん気が強いのは結構なことだと思うけどさ──」
ルチノさんがため息をつきながら、細剣を構えた。
彼女を纏う空気が変わる。
「──本当によかったね。ここが聖域の中で!」
突進。
勝負を終わらせんとする烈風の如き刺突は──クラウディアに届くことはなかった。
クラウディアの全身が青白く発光する。
雷鳴と共に彼女の中心から発せられた衝撃波が、ルチノさんの攻めを躊躇させる。
「だから言ったでしょ、私は弱くなんかないって。だって」
体中に電気を帯びたクラウディアは、少しだけ俺のほうを見て、桜色の唇をひらいた。
「私の師匠が、私を強いって言ってくれたから──!」
「──えっ、消えた……!? があぁっ!」
クラウディアの双剣が、初めてルチノさんを捉えた。




