劣等剣士は求められる
マーリル先生の抜き打ち体力測定について、俺は反復横跳びを除いた他すべての種目を、平均点より少し上くらいの成績で終わらせた。
なんか反復横跳びだけ異常に成績が良い意味不明な結果になってるけど、別に退学にならなければいいのだから問題ないだろう、うん。
「平均点が取れなかったら退学、そうでしたよね」
「……ああ」
マーリル先生は露骨に暗い表情でうつむいていた。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「先生の目を見てると、剣術が嫌いなのはよくわかるんですが、どうしてそんなに嫌っているんですか」
「…………」
答えるつもりはないって顔だ。
別に俺も無理強いをしてまで知りたいわけじゃない。
「まぁ、俺は退学にならなければそれでいいです。それじゃあ」
「お前に剣術を教えたやつの名前なんだが、本当にアルディナク・オーランドなんだな」
マーリル先生の口から突然師匠の名前がでてきて、俺はやや面を食らった。
「……そうですよ。でも、師匠のことをやつと呼ぶのはやめてください」
「そうか……アルディナクは、元気にしているか」
「元気にしてますよ。というか、どうして先生が師匠を気にかけるんですか?」
「マーリルせんせー!」
「なんでもない、忘れてくれ」
そう言って、マーリル先生は女子生徒に呼ばれて武闘館を出ていってしまった。
剣術に対する態度はアレだけど、悪い先生ではないんだと思う。
その夜、俺は住み込みメイドのシャロットがつくってくれたご飯を食べながら、師匠に聞いてみた。
「師匠、アトランティアのマーリル先生はご存知ですか?」
「オヌシのクラスの担任じゃろ。ワシはまだそこまでボケておらん」
「いえ、そういうことではなくてですね。どうもマーリル先生は個人的に師匠のことを知っていそうだったというか。師匠が有名なのはいまに始まった話じゃないですが」
「……その、マーリル先生はどんな見た目なんじゃ」
「白い髪に赤い瞳、それといつも白衣を羽織っています」
師匠は野菜スープの入ったお椀を見つめたまま、軽く息を吐いた。
「知ってるんですか、マーリル先生のこと」
「いや、ワシの一人娘もマーリルという名前ではあるが、白髪赤目ではなくサラッサラの黒髪にくりっくりの黒い瞳じゃ。名前が同じなだけの別人じゃろう」
「きゃうん!」
魔術で子犬サイズまで小さくなったブラックウルフの黒龍丸が、師匠に膝に飛び乗る。
「お~忘れておらんぞ~、今日は夜の散歩の日じゃもんな~。てなわけでハイド、留守を頼んだぞ」
師匠は野菜スープをかきこむと、黒龍丸を連れて散歩に行ってしまった。
師匠の娘について聞いてみたかったけど、まぁまた今度でいいか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の朝。
ゴウラン学園長の言っていたとおり、ホームルームで武神祭の説明が行われた。
「──武神祭の結果は成績に影響するだけではなく、有名貴族や魔術師、騎士団や冒険者パーティーも見に来られる。四人パーティーが決まり次第、パーティーリーダーは用紙にメンバーの名前を記入して、自分のクラスの担任まで提出するように。以上だ」
しんと静まり返った教室をマーリル先生が出ていった直後。
「ハイド! 俺をパーティーに入れてくれ!」「ちょっと、抜け駆け禁止だよ!」「お願い! なんでもするからわたしと一緒に組んで!」「おい、色目使うなんてズルいぞ!」「オレらも色目使うしかねえ!」「やめろ! 俺たちのハイドを苦しめる気か!」
イーサンの取り巻きを除くクラスメイト全員が、俺の席に殺到した!
「これはいったいどういうことなんだ!」
「アトランティアに通う生徒は野心家が多いのよ。武神祭でハイドと組めば、高位の魔術師や権力者にアピールできるチャンスも増えると思ってるんでしょうね……ちょっとみんな押さないで、ハイドが困ってるでしょ」
「はいはーい。わたしとハイドくんのパーティーに入りたい方は、こちらの整理券をもって並んでくださーい」
「しれっと私をハブにするな」
クラウディアとエルシーが俺を守るように取り仕切ってくれたが、それでもみんなの勢いは止まらない。
「なにちゃっかりハイドと組む前提で進めてるんだよ!」
「有名魔術師家のご令嬢だからって、授業も武神祭も毎回ハイドと組むのはどうかと思うぞ!」
「そうよ! わたしたちだってハイドくんと一緒に組みたいのに!」
「オレらだって!」
さすがのふたりも、全員に詰め寄られてはたじたじの様子だ。
「みんな聞いてくれ」
俺がそう頼むと、みんなは聞く姿勢をつくってくれた。
「俺はエルシーとクラウディアとパーティーを組むつもりだ。ふたりの家柄は関係ない、俺がふたりと居たいから一緒に組む。それじゃあダメか?」
「「…………っ!」」
クラスメイトのひとりが、観念したように頭をかく。
「ハイドがそこまで言うなら、誰も文句は言えねえよ。なあみんな」
「だな。つーか俺がハイドの立場でも、超ド級の美少女ふたりとは一緒にいたいと思うし」
「ちょっ」
「異議なし」
うんうんとクラスの男子たちが納得するなか、女子たちが俺のほうをじっと見ていた。
違うよ。いやたしかにエルシーとクラウディアは可愛いけども、そこで選んでいるわけじゃないから。男共が勝手にそう言ってるだけだから。
「ね、ねえハイドくん。私とか……どうかな? ふたりには及ばないとは思うけど」
「あっ、ズルい! あたしもあたしも! 料理とかオシャレとか得意だよ!」
「くっ……! もはや武神祭関係なくうらやましい……!」
「オレも美少女に生まれたかった……!」
「そっちかよ!」
女子たちが自己アピールを始めるかたわらで、男子たちは天を仰いだり、膝をついたり、腕を組んで得心したりしている。もう無茶苦茶だった。
「なにやら騒がしいな」
がらりと教室の扉が開かれる。
入ってきたのは、眼鏡をかけた男子生徒……制服を見たところ三年生みたいだ。
「エリック生徒会長だ……!」「どうして会長がうちのクラスに?」「まさか、会長もハイドを狙って……!」
会長と呼ばれた男子は、俺ではなくエルシーに向かって真っすぐ歩いていく。
あ、なんかヤバい気がする。
「僕はエリック・アペル。君が今年の新入生代表に選ばれたエルシー・テティスさんだね」
俺の予感したとおり、会長は無謀にもエルシーの左手をとろうとして。
「武神祭のパーティー、ぜひこの僕とごふうぅぅぅっ!」
顕現した大剣ツヴァイハンダーで殴られた会長は、開けっ放しだった教室の出入り口から外まで吹き飛び、廊下の壁にめり込んでいた。
「汚い汚い汚い汚い汚い無理無理無理無理無理生物的に無理存在的に無理」
エルシーは触られてもいない左手を、穴が開くんじゃないかと思うくらいの水流で洗浄している。
生きてるかな、会長……




