劣等剣士は新記録を出す
課外授業でゴブリンを討伐したその翌日。
放課後、俺は学園長室を訪れていた。
俺の他に学園長室にいるのはカトリーナとアンジェルム教頭先生だ。
「昨日のクエストのことなんだけど、他の班についていった魔術師に聞いてみたら、学園が用意したホブゴブリン以外は見てないって言ってたよ」
「そうか……となるとあの魔術が効かなかった細いゴブリンは、俺たちの班を狙ったってことか」
「けどそれだとよくわからないよね。ハイドに魔術が効かないモンスターをぶつけても無意味だし……それとも敵はハイドが剣術で戦うことを知らないのかな? ってそんなわけないか」
「なんで俺が狙われている前提なんだ?」
俺の疑問に、カトリーナはあっけらかんと答えた。
「だってハイドってよく絡まれるじゃん。『剣術なんてゴミだ~』ってさ」
「否定はしないけど、俺を狙うなら魔術が効かないゴブリンを出してきた意味がわからないだろ」
「そのゴブリンのことなんですが」
教頭先生はなにやら難しそうな顔をして、一冊の本を広げた。
「あーっ! このゴブリンだよ!」
「文献を見るかぎり、あなた方が見た魔術の効かないゴブリンは、このゴブリンシャーマンかと思われます。ただ……ゴブリンシャーマンはわたくしたちが生まれるよりもずっと前に、既に絶滅しているはずなのです」
「絶滅、ですか」
「召喚魔術でなら可能かもしれないのですが、魔術が効かない召喚モンスターとなると……」
「──ここにいたのか、ハイド殿!」
俺が頭を悩ませていたところに、ゴウラン学園長がやってきた。
「すまないハイド殿。ここ二週間いろいろと掛け合ってはみたのだが、やはり貴殿の剣術を直接見ていない上級生とその保護者を無視して、アトランティアで大々的に剣術の授業や部活動を行うのは難しそうだ」
「そうでしたか。無理を言ってすみません」
「いや、ハイド殿が謝る必要などない。むしろこちらの援助の類をすべて断ってもらっておきながら、ハイド殿なしではなにもできない私自身を不甲斐なく思っている。誠に申し訳ない」
土下座に移行しかけた学園長を俺は止めた。
援助の件は師匠が「頼むから学費くらい払わせてくれ」って言ってたし、剣術を広めることで俺の成績が上がるのも、それはなにか違うと思うしな。
「だが、なるべく早めに剣術を広められるよう、ひとつ手を打たせてもらった。といっても、これもハイド殿なしでは意味のない手なのだが」
ゴホンと咳ばらいをして、学園長は続けた。
「我が校では年に一回、クラス・学年ともに自由に四人パーティーを組んで、ダンジョン攻略や模擬戦など様々な競技に挑戦してもらう"武神祭"を行っている。本来ならあと三ヵ月先に行われるイベントだが、私の権限で一ヵ月後まで早めさせてもらった。
武神祭は生徒の保護者をはじめ、近隣諸国の王や貴族も見に来られる。そこでハイド殿の剣術をぜひ披露していただきたい。
貴殿の剣術を直接見れば、我が校で剣術を広め始めたとて、反発する者も少なくなるだろう」
そんなイベントがあるのか。
なんかちょっと楽しみになってきた。
「わかりました。俺としても、この機会に剣術の認識をみんなに改めてもらえたらと思います」
「かたじけない、さすがはハイド殿だ。生徒諸君への正式な告知は、明日の朝のホームルームで行うよう手配済みだ。ハイド殿も明日の朝までは内密にしてもらえると助かる」
俺は頷いて、学園長室を後にした。
召喚魔術の件は気になるけど、いまの俺の目的は剣術を広めることだ。
まずは自分のできることに集中しよう。
「ハイド・オーランド」
冷たい声に呼び止められる。ってマーリル先生じゃん。
そういやこのひとも剣術への当たりが強いよなぁ。
他の先生は入学演武と授業で剣術を見せてから、少なくとも剣術を見下すことはなくなったってのに。
「マーリル先生、なにかご用でしょうか」
「落第寸前の君には、いまから私が用意するテストを受ける義務がある。ついてこい」
なんか物騒なこと言われてたんだが。
「俺って落第寸前だったんですか?」
「当然だろう、君は魔術の授業で一度も魔術を使っていない。だから魔術の実技に関する評価点はすべてゼロだ。この結果がアトランティアでなにを意味するのか、説明が必要か?」
くっ、言われてみればそうなるのか。
こんなことなら学園長に頼んで成績だけ加点してもらえばよかった……もう断っちゃったからいまさら頼めないけど。
武闘館についたタイミングで、マーリル先生は俺に向き直った。
周りには魔術の鍛錬に励んでいる生徒がちらほらいる。
「いまから君には体力測定を行ってもらう。そこで平均点を超えられなければ、退学だ」
「わかりました。まずはなにから始めればいいでしょうか」
「相変わらず余裕そうだな。言っておくが、この体力測定は身体強化魔術込みで計測されている。君はその平均を超えなくてはならないのだぞ」
「なるほど、魔術が使えない俺には厳しいかもしれませんね」
マーリル先生は不敵に微笑んだ。
前に分厚い魔術障壁を目の前で砕いてみせたんだけど、覚えてない、わけないよな。
「まずは反復横跳びだ」
体力測定ならギルドでも同じものをやったことがある。
俺は二十秒間、魔法で引かれた線を交互に踏み続けた。
「ん、どうした? さっさと始めてくれ」
「いやいま終わったんですけど……」
どうやらマーリル先生も見えていなければ、計測用の魔法線すら反応していないようだ。
なんか前にも似たようなことあったなと思いながら、俺は少しスピードを落としてやり直した。
途端、マーリル先生は目を大きく見開き、周囲の生徒たちもどよめきはじめる。
「おいおいなんだあの高速ステップは!」
「分身魔術で反復横跳びはズルだろ!」
「いや違うよく見ろ! アレは分身じゃない、残像だ!」
二十秒経ったところで、マーリル先生はぎりりと歯を食いしばっていた。
「バカな……平均二百点のところを、九千五百点オーバー、だと……!?」
俺は二年前にギルドの計測係を卒倒させて、師匠に怒られたことを思いだした。
今回は平均を超えていればいいんだ。マーリル先生に平均を聞いてから計ってもらおう。