劣等剣士は恥ずかしがる
魔法陣から現れた細身のゴブリンを見て、カトリーナは意気揚々と先陣をきった。
「今度こそあたしに任せてハイドはおとなしくしててね」
「言い方」
まあ彼女もアトランティアに呼ばれるくらいには実力のある魔術師だ。
本人もああ言ってるし、ここは様子を見ることにしよう。
「エルシーちゃん! クラウディアちゃん! ふたりともあのゴブリンを一緒に倒すよ!」
カトリーナの掛け声で、エルシーとクラウディアが魔術を放つ。
しかし。
放たれた雷と水流はゴブリンの体表面に触れた直後、金切り音をあげて霧散した。
目を丸くしたカトリーナが、間髪入れずに光の槍をゴブリンに向けて投げ込む。
だが結果はさっきと同じだった。並大抵のモンスターなら一撃で貫けるカトリーナの光槍も、ゴブリンの細い体躯に触れた瞬間に霧散してしまう。
「「キシャーーーーーーーーッ!」」
十体以上いるうちの二体が、カトリーナに向かって黒い塊のようなものを射出する。
闇属性の魔術を使うゴブリンなんて聞いたことないなと思いながら、俺は黒い塊を青い塵へ変えた。
「ウソっ、なにあれ……」
カトリーナの顔から余裕が失われている。
「アトランティアが用意したモンスターじゃないのか?」
俺がそう聞くと、カトリーナはふるふると首を横に振った。
「なら、まずはいったん倒して──」
「待ってハイド!」
白金に手をかけた俺を呼び止めたのは、クラウディアだった。
彼女の両手には、銀に輝く二対の刃……双剣神薙が握られている。
「せっかく剣術の実戦経験が積めそうなんだから、ひとりで全部倒さないでよね、先生」
「ハイドくんに教えていただいた剣術、ぜひ見ていただきたいです!」
大剣ツヴァイハンダーを肩に担いだエルシーも、気合の入った表情を見せた。
やる気になっているところに水を差すのは野暮というものだろう。
「わかった、ふたりは一体ずつに集中してくれ。残りのゴブリンは俺がなんとかする。──アルディナク流剣術、【烈震】」
地面を踏み抜く。二体だけ残して、他のゴブリンをふたりから遠ざけるようにまとめて吹き飛ばす。
それを見たクラウディアが呆れるように笑った。
「相変わらず無茶苦茶ね……でも、ありがとう!」
クラウディアの全身にバチバチと電気が走っていく。
自身の筋肉のリミッターを外して運動性能を上げる、雷属性ならではの身体強化魔術だ。
「ハイド流双剣術──【千羽鴉!】」
ゴブリンの懐に潜りこんだクラウディアが、舞うように連続斬りを浴びせる。
「ハイドくん流大剣術──【ディメンションブレイク!】」
水の柱で跳躍したエルシーが、重力を乗せた一振りで敵を押しつぶす。
斬り刻まれたゴブリンと圧壊されたゴブリンから、青い粒子が立ち上り始めた。マナを循環させる血液を失ったことによるマナ還り……ってのはどうでもよくて。
「ちょっといいか? そのハイド流ってのはなんなんだ」
「ハイドくんもいつも言ってるじゃないですか、アルディナク流剣術って」
「剣術は学んだひとの名前を頭にもってくるのが普通なんじゃないの?」
「あれは師匠の剣術をアピールしたくて俺が言ってるだけだ」
ふたりは顔を見合わせると、俺に向けて満点の笑顔をつくった。
「それならわたしもハイドくんと同じ気持ちですね」
「アトランティアで剣術を広めるのがあなたの目的なんでしょ。私も協力させてもらうわ」
うっ……かなり恥ずかしいからやめて欲しかったんだけど……
ありがた迷惑とも言い切れないこの善意……俺には断ち切れそうもない。
そういや師匠も、俺がアルディナク流剣術って言い始めたときはなんかモジモジしてたな。
あれは恥ずかしかったのか。すみません師匠、いま頃になって気づきました。
「ハイド流双剣術──」
「ハイドくん流大剣術──」
残りのゴブリンもさっきと同じように一体ずつふたりに討伐してもらう。
師匠! この気恥ずかしさはいつになったら慣れるのでしょうか……!
「先ほどのゴブリン、魔術は効かないようでしたが剣術は通用しましたね。ハイドくんにご指導いただいたおかげで助かりました」
「ええそうね。ってハイド、なんだか顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。これも師匠になるには必要な試練だと思うことにする」
俺の返答に、ふたりはよくわからなさそうな顔をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アトランティア魔術学園の空き部屋にて。
黒いフードを目深にかぶった男は、違和感に首を傾げた。
「ん?」
「ど、どうかしましたか」
男の隣で少し怯える素振りを見せたのは、一年A組の担任教師、マーリル・オーランドである。
「オレが召喚したゴブリンシャーマンが何者かにやられちまったみたいだ。まぁ何者かっつっても、ゴブリンシャーマンに魔術は通用しない。となれば、この学園にはひとりしかいないだろうけどなァ」
男がマーリルににじり寄り、マーリルは肩をびくりと震わせた。
「で?」
「……なんでしょうか」
マーリルの反応が気に食わなかったのか、男は彼女を蹴倒した。
「なんでしょうか、じゃねえよ。わざわざ罠を張っておいたってのに、普通に突破されちまったら意味がない。今回はハイドに付き従うやつらを排除する予定だったんだが……」
「…………」
しばしの沈黙のあと、男は軽薄そうに笑った。
「まぁいいさ。焦りは禁物ってもんだ」
男は空き教室を後にしようとして。
「お互い頑張ろうぜ。剣術なんて誰も救えないものが世界に広まったら、アンタの父親みたいに嫁を守れない人が増えちまうからな」
それだけを言い残し、男の姿は黒い粒子となってあっという間に見えなくなる。
取り残されたマーリルは俯き、誰にも聞こえない声で独りごちた。
「……剣術なんて、誰も救えない、か」