外部講師は疑問を浮かべる
マーリル先生から課外授業について一通り説明を受けたあと。
俺たち一年A組の面々は、王立アトランティア魔術学園の校舎一階にある転移門をくぐり、ラドニア平原へとやってきていた。
「クエストの内容は、最近数が増えてきて近隣の村や街に被害が出てきているのを防いでほしいとギルドから依頼された、この先にある廃墟を根城にするゴブリンの討伐だ。
事前に伝えた通り君たちは三人ずつの班を組んでくれ。それぞれの班にひとりずつ外部講師の方についていただき、計四人のパーティーでクエストクリアを目指してもらう」
マーリル先生が淡々と説明を済ませる。
いくらアトランティアとはいえ、ギルドが学校の、それも一年生に依頼することなんてあるのか。
ラドニア平原の近くの街には、常駐している魔術師も少なくなかったと思うんだが。
「ハイド、一緒に組みましょ」「ハイドくん、一緒に組みましょう」
「よしケンカしなくていいから三人で組もうな」
班分けはスムーズに決まった。
イーサンあたりが突っかかってくるかなと思ったけど、そういや姿が見当たらないな。
「はーい。外部講師としてお呼ばれしました、カトリーナでーす……ってハイドじゃん! 超久しぶりっ!」
「うおっ!」
俺を見るなり黄色い声をあげた二十歳手前くらいの女性が──思いっきり抱きついてきた。
ピンク色の髪。薄い衣を纏った防御に不安の残る装備。
魔術師というよりは踊り子のような格好をしているが、これでも彼女はれっきとしたプロの魔術師である。というか服の生地が薄いせいでいろいろアレな感触が……!
「い、いまこそ……ハイドくんから学んだ剣術を見せつけるとき……!」
「そ、そうよね!」
エルシーが大剣ツヴァイハンダーを顕現させた。クラウディアも双剣神薙を構えている。そうよね、じゃないんだが。
「か、カトリーナ! とりあえず離れてくれっ!」
「あっ、ごめんねー。久しぶりでついテンション上がっちゃって」
カトリーナはあっさり離れてくれた。エルシーたちも剣をマナに戻す。
「前にクエストで一緒になったっきりだよね。って言っても、あのときはハイドにおんぶにだっこだったけど」
「あのドラゴンは魔術に耐性があったし、適材適所だよ」
ちろりと舌を出すカトリーナに、俺は苦笑を返す。
すると制服の裾を思いっきり引っ張られた。
「ちょ、ちょっと! カトリーナって……カトリーナ・ツァンディのこと!?」
「なんだクラウディア、知ってたのか」
「知ってたのか、じゃなくて! カトリーナ・ツァンディと言えば、アトランティア在学中に古代都市に眠っていた巨大ゴーレムの暴走を止めた最強クラスの魔術師のひとりよ! そんな魔術師となんで知り合いなの!?」
クラウディアが大声でまくし立てる。
そりゃその巨大ゴーレムを倒したのは俺だしな。
とは言えなかった。
この件については当時、剣術でゴーレムを倒したと伝えても信じてもらえず、世間的にはカトリーナを含む"パーティーみんなで倒したこと"になっているのだ。
まぁ結局はそのあとにみんなの証言と証拠(剣術)で信じてもらえたから、いまもそのときの報奨金が家に振り込まれ続けてるんだけど。ギルドが世間へ訂正しようとしたのは俺と師匠で止めたしな。あの頃は目立ちたい理由が特になかったし。
「だってその巨大ゴーレムを斬ったのはハイドだし。って、あれ、これって内緒の話だったっけ?」
「カトリーナ……」
「ご、ごめんって。えっと、クラウディアちゃん。さっきあたしが言ったことは内緒にしておいてね」
「……ねぇ、ハイド……あなたってどうしてアトランティアに通ってるの? これは嫌味とかじゃなくて純粋な疑問なんだけど」
「あ、それはあたしも気になってた。通う意味なくない?」
ゴブリンの根城へと向かう道すがら、俺は剣術が魔術に劣らないと証明するためにアトランティアに入学したことを話した。
いまはそれだけではなく、剣術をアトランティアに広めることも理由になっていると付け加える。
「なるほどねー。あたしはあんまり気にしたことなかったけど、たしかに剣術ってなんか見下されがちだしね。それでアトランティアで剣術かぁ」
カトリーナは納得したように膝をうった。
「ご心配にはおよびません。ハイドくんの一番弟子であるこのわたしが、剣術の素晴らしさをこれでもかと知らしめてみせますから」
「なんでエルシーが一番弟子なのよ。私のほうが先にハイドにお願いしたでしょ」
「知らないんですか? 一番弟子には最も優れている弟子という意味もあるんですよ。いくら金髪さんでも、これ以上は言わなくてもわかりますよね」
「ええ、とてもよくわかったわ。あんたがケンカを売ってるってことが」
目を細めて睨みあうふたりを見て、カトリーナが小声で話しかけてくる。
「あのふたりって、いつもああなの?」
「平常運転だから気にしなくて大丈夫」
「ハイドって結構モテるもんね~。あたしも参戦しちゃおっかなー」
「おい、引っ付くな」
顔を赤くするクラウディア、絶対零度の笑顔を見せるエルシー、けらけら笑うカトリーナの三人をなだめながら……ってこれ一生徒である俺の仕事じゃないよな外部講師の仕事だろ。なんで生徒と一緒になって騒いでるんだ。
そうして、俺たちはゴブリンの根城である廃墟にたどり着いた。
ところどころ人間が住んでいた形跡が見てとれる。どうやら捨てられた小さな村のようだ。
「それじゃあパパっとやっちゃいますかー。ゴブリンはあんまり強くないけど、不意打ちだけには気をつけてね」
カトリーナの掛け声で始まったクエストは順調に進んでいった。
ややすばしっこいものの、特段魔術耐性もないゴブリンがクラウディアの雷やエルシーの圧縮水鉄砲に耐えられるはずもなく、ゴブリンたちは青い粒子となって魔石を落としていく。
「ったく、これじゃあ剣術を使うまでもないわね」
「金髪さんに同意するのは癪ですが、たしかにもう少し張り合いが欲しいです」
「あんたねぇ……」
ドスドスと。
ゴブリンよりも重量感のある複数の足音が、廃墟の広場から響いてきた。
「どうやら、張り合いのあるモンスターのお出ましみたいだよ」
カトリーナの視線の先には、ゴブリンの体を一回り大きくしたモンスター、ホブゴブリンが四体ほど待ち構えていた──のを、俺は一瞬ですべて斬り伏せた。
青い粒子が立ち上りいくつか魔石が落ちる様子を、エルシーはうっとりと、クラウディアは呆然と見送っていた。
カトリーナだけが不自然な笑顔を浮かべていて、その額には冷や汗がにじんでいる。
「どうした、なにかマズいことでもあったのか」
「あー、いや~、その~……相変わらず凄まじすぎるよね、ハイドの剣術は……」
「他になにか言いたそうな顔だな」
カトリーナは観念したように俺の近くまでやってくると、耳元でささやいた。
「実はさ、さっきのホブゴブリンはアトランティアがこっそり用意してたモンスターなんだよねー……なんか実戦を意識するために内緒でって話で。講師の指導で班のみんなと一緒に倒してくださいって学園側から依頼されてたんだけど……」
そういうことは先に言ってほしかった。
「なんかすまん……。クエストにホブゴブリンは含まれてなかったし、あいつらは回復能力があって体力も高いから、入学二週間目で戦うモンスターじゃないと思って」
「ううん、あたしが最初からハイドにだけ言っておけばよかったよね。ハイドに教えてあげられることなんてなにもないし」
「それは大げさな気もするけども」
「金髪さん! またあそこのふたりがイチャイチャしてます!」
「ハイド! 先生と生徒ってのは不健全だと思うわ! い、イチャイチャするなら生徒同士で……」
「してないから。──ん?」
ホブゴブリンを倒した場所に、急に紫色の魔法陣が浮かび上がった。
これは、召喚魔術か。
魔法陣から、見たことのない細い体躯のゴブリンたちが十体以上現れる。
これもアトランティアが用意したモンスターなのか?
カトリーナに視線を向けると、彼女は親指を勢いよく立てたのだった。