劣等剣士は稽古をつける
まだ日が昇りかけの薄暗い早朝。
俺は王都にある師匠行きつけの修練場に顔を出していた。
円を描くように強力な外壁に囲まれたここの修練場は、常に何人かの治癒術師が在住していて、追加料金を払えばある程度のモンスターも用意してもらえる。修行にはもってこいの場所だ。
「おはよう。遅いじゃない、ハイド」
「ふわあ、ハイドくん、おはよーございます~」
やる気に満ちあふれているクラウディアと、どう見ても眠そうなエルシーが待っていた。動きやすい服装を指定したので、ふたりとも軽装である。
「これでも待ち合わせ十分前に来たんだけどな」
「ふふっ、冗談よ。昨日から早く修行したくてうずうずしていたわ。ハイド先生、今日はなにを始めるのかしら」
「は、ハイド先生って……」
なんだか背中がムズムズする。
そして少しだけ悪くないと思っている自分が微妙に嫌だった。
「師匠! って呼ばれるほうがハイドは好み?」
「いや、俺は師匠にはまだまだ及ばないからその呼び方はやめてくれ」
「言うと思ったわ。じゃあ先生で」
「それもちょっと……」
ふーん、とクラウディアは上目遣いで悪戯っぽく微笑んだ。
小悪魔を思わせる表情に、不覚にもどきりとさせられる。
「せーんせいっ」
「ぐっ」
「んー、どうしたの? ハイドせーんせっ」
「や、やめろ。その言い方は……なんかいろいろよくないっ」
「あははっ、ハイドってば照れてるの。かわい──」
──バシャーン! とクラウディアの顔面を水の球が打ち抜いた。
「気色悪い猫なで声で起こしてくれてありがとうございます、これはそのお礼です。寝ぼけてた頭も覚めたでしょう? ではハイドくん、早速ですがご指導の程よろしくお願い──」
「──寝ぼけてたのはあんたのほうでしょうがッ!」
クラウディアの右手から青白い雷が放たれる。それをエルシーは水のバリアで弾く。
「わたしくらい純粋な心の持ち主ですと、電気を通さない水だってつくれるんです。あなたのような不純な雷ではわたしには届きません」
「なーにが純粋な心の持ち主よ。濁りきった底なし沼の間違いでしょ」
「なんですって?」
「ふたりとも朝からケンカをするな。真面目にやらないなら俺は帰るぞ」
「だっていまのはエルシーが!」
俺がクラウディアを一瞥すると、彼女は肩をビクッと震わせた。
「クラウディアは俺を今後からかわないこと、いいな」
「……わかったわよぅ」
「ぷぷぷ、自業自得ですね金髪さん」
「エルシーはクラウディアにちょっかいを出さないこと」
「うっ……わ、わかりました」
「やーい、言われてやんのー」
「子どもか……それと」
ツインテールの先から水が滴り落ちているクラウディアに、俺は拭き布を渡す。
「あ、ありがとう」
「新品だから遠慮なく使ってくれ」
「……私は、ハイドが使ったものでも気にしないけど」
バシャーン!
今度はエルシーのほうから水が弾けた音を聞いた。
エルシーも顔がびしょ濡れになっていた。
「……なにしてるんだ」
「すみません。なんか水魔術を使ったら暴走してしまって」
「なんでいま水魔術を使おうとしたんだよ! ……ほら、これも新品だから」
「……わたしは、ハイドくんが使ったものでも気にしません」
頬を染めて照れたように微笑むエルシーに、クラウディアが顔を引きつらせていた。
「それじゃあ気を取り直して、ふたりにはまず、自分にあうと思った武器を選んでもらおうと思う」
用意した様々な剣の前にふたりを連れてくる。
「普段ハイドが使ってる白金に近いのはこれかしら……結構重いわ」
「別に無理に俺が使ってるものにあわせる必要はない。自分がいけると思ったものを選ぶのが大事なんだ」
「そうなのね……あっ! これなんかどう?」
真剣な表情で吟味していたクラウディアが手に取ったのは、二対の剣──いわゆる双剣だった。
「うん、いいんじゃないか。なんだか構えもサマになってるし」
「そ、そう? お世辞でも嬉しいわ」
「俺はこういうときにお世辞は言わないようにしてる」
「……っ、あ、ありがとう……」
強化魔術込みとはいえ、入学試験で見た近接格闘のキレは本物だった。
クラウディアには接近戦のセンスがあると俺は思う。目下の課題は自己評価の低さだな。
「エルシーはなにか良さそうなものあったか?」
「はい、わたしはハイドくんと同じものを」
エルシーは白金に似た直剣を軽く振ってみせた。
それを見た俺は被りを振るう。
「クラウディアにも言ったけど、俺にあわせる必要はないんだぞ。本当は他に自分が使いたいって思った剣があるんだろ?」
「……見抜かれていましたか。さすがはハイドくんです」
エルシーは苦笑して、キラキラした視線を一本の剣に向けた。
斬るよりも潰すのに特化した無骨な大剣──ツヴァイハンダーである。
「や、やっぱり女の子があんなゴツい剣を使いたいなんて変ですよね!」
「別に変だとは思わない。使ってみてもいいんじゃないか」
「そうよ。むしろエルシーには似合いすぎてるくらいだわ」
「ハイドくん。さっそくあの金色の喋るかかしをぶっ叩いてもいいですか?」
「いきなり対人戦はしないから早まらないように」
いつものふたりを適当になだめる。とりあえず武器は決まったな。
「次は素振りをしてもらう。最初に俺がやってみせるから、ふたりはそれを真似してみてくれ」
俺は直剣を使った剣術以外にも、双剣と大剣を含め一通りの武術は触れてきた。ある程度のレベルにはなってると自負している。
「──とまあ、こんな感じで」
「大剣を振るうハイドくん……カッコいいです!」
「すごい……ハイドって双剣も扱えるのね」
「魔術以外なら大体は。まずは十回やってみようか」
フォームのチェックをするため、俺はふたりの動きに注目した。
クラウディアの動きが露骨にぎこちない。
「ちょ、ちょっと、そんなにじっと見られるとやりにくいんだけど」
「それは我慢してくれ。変な型がつくと直すのはもっと大変になるからな」
「わたしはいくらでも見ていただいて構いませんよ。……といいますか、ハイドくんだけは、わたしのすべてを見てほしいです……」
「なっ……! どさくさに紛れてなんてこと言ってんのよあんた!」
「えっ? わたしはただ素振りのすべてを見て欲しいって言っただけなんですけど?」
「~~~~っ……! ハイド! やっぱり私のも見てくれていいから!」
「言われなくてもそうするつもりなんだが……」
まだ二回しか振ってないのにふたりとも顔が赤いな。
素振りの他に走り込みも必要そうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──クラウディアとエルシーに剣術を教えて二週間が経過した。
午前のホームルームが始まり、一年A組の教室にやってきたマーリル先生が、俺をちらりと横目見て口をひらく。
「今日は課外授業として、君たちにはクエストに参加してもらう」