劣等剣士は弟子をもつ
師匠に熱狂する保護者たちから逃げるようにして、俺たちは帰路についていた。
「良かったですね師匠。人気者だったじゃないですか」
「主にオヌシのおかげでな! 一応剣を持ってきたらオヌシの保護者かどうか聞かれて、迂闊に頷いたら最後、二~三時間もあの状態じゃった……大変な目に遭ったわい……」
くったりした顔を見せた師匠は、後ろをちらちらと見て、急に元気を取り戻した。
俺も後ろを振り返る。そわそわしているエルシーと緊張した様子のクラウディアが静かについてきていた。
「そんなことより、オヌシもなかなか隅に置けんのぅ。登校初日であんな可愛い子をふたりも連れてきおって、このこの~」
肘で脇腹を小突いてくる師匠に乾いた笑みを返しつつ、俺は口をひらいた。
「師匠。実はアトランティアから頼まれごとがありまして──」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「──本当にごめんなさい」
家に帰ってきてすぐのこと。
すべてを正直に白状したクラウディアは、師匠に深々と頭を下げた。
慈悲深い師匠のことだ、彼女のことも許してくれるだろう。
と、思いきや、師匠はこれまでで一番深く長いため息を吐いた。
「オヌシもなかなか隅に置けんなと思っていたらこのザマとは……どうせハイドがワシに直接謝れとクラちゃんを脅したんじゃろ。嘆かわしいよワシは」
俺が許されていなかった!
「ち、違いますよ師匠!」
「どうかな。前に剣術でボコボコにした相手を無理やりワシの前で土下座させたじゃろ。えーっと、たしかレモンタルトみたいな名前の男だったような」
「レオンアルトはたしかに謝らせはしましたけど、土下座はアイツが勝手にやったことで……」
狼狽する俺を庇うように、クラウディアが一歩前へ出た。
「アルディナクさん、今回の私の無礼をハイド……くんはすぐに許してくれました。けれど私が直接謝りたいと申し出たんです」
「クラウディア……」
「入学試験ではボコボコにされましたけど」
「クラウディアっ!?」
彼女はむぅ……と悔しそうな表情で俺を見つめ、師匠は眉をしかめる。
違うんです! 師匠が思ってるようなボコボコにはしてません!
「改めまして……おひさしぶりです、アルディナクさん」
空気を読んだエルシーが、師匠に美少女感あふれる笑顔で軽く会釈をした。
師匠の険しい表情がすぐに緩くなる。助かった。
「おお、エルちゃん。五年ぶりじゃな、こんなにべっぴんさんになって」
「もう、アルディナクさんったら。ありがとうございます」
「ところでエルちゃんはどうしてここに? ま、まさかハイド、エルちゃんもボコボコに……!」
「だから違いますって!」
むしろ俺はエルシーが誰かをボコボコにしないよう止めてた側だ。
そんな普段の喧嘩っ早さなど微塵も見せない所作で、エルシーは両手を胸において口をひらいた。普通にしていれば天使なんだよな。普通にしていれば。
「遅くなってしまいましたけど、五年前のことできちんとお礼を言いたくて参りました」
「よくもまあぬけぬけと。ハイドの貞操がどうとか言ってたくせに」
「クラウディアさん? 少しふたりでお話をしましょうか。表へ出ろ」
「あらエルシーさん、笑顔と言葉遣いが噛み合ってないですよ」
「失礼いたしました、わたしとしたことが虫を目の前にするとつい」
「私には虫は見えませんけど、よかったら目の検査ができる教会を教えましょうか」
はい、天使の時間終了。
ふたりともせめて師匠の前では仲良くしてね。
「……ねえ、ハイド」
エルシーとのにらみ合いを切り上げたクラウディアが、意を決したように俺の名前を呼んだ。
「私に、剣術を教えてくれないかしら」
予想もしない彼女の言葉に、俺はもちろん、エルシーまでもが目を見開く。
「強くなりたいの、ハイドのように。もちろん謝礼は用意するわ、だから」
「どうしてそんなに強くなりたいんだ?」
「入学試験でハイドに負けたとき、授業でエルシーが私よりも魔術障壁を壊したとき……すごく悔しかった」
ぎゅっと握られた拳を緩めて、クラウディアは力なく笑う。
「それにね、雷姫なんて言われておきながら、私はブリッツ家のなかじゃ最底辺。家族に見向きもされない出来損ないなのよ。でもね」
彼女はハッキリと俺の目を見た。
「出来損ないのまま終わるなんて、そんなのまっぴらだわ」
紫色の瞳からは諦めの悪さが滲み出ている。
綺麗、だと思った。
「ハイド、クラちゃんに教えてやれ。学園からも剣術を広めるよう頼まれたのなら尚更じゃ」
「俺よりも師匠が教えたほうが良いと思うのですが」
「ワシよりオヌシのほうが二兆倍強い。それにオヌシの目的は剣術が魔術に劣らないと証明することじゃろ? ならオヌシだけ魔術に打ち勝っても、それで証明できたとは言えんじゃろうて。あっ、諦めるのならそれも悪くはないと思うがのぅ」
おどけてみせる師匠を見て、思わず俺は口の端をつり上げる。
この師匠の試すような口ぶり。久しぶりに燃えてきた。
「言っておくが、俺は師匠と違って優しくないぞ」
「上等よ。ハイドがウザいって思うくらい教えを請うから、覚悟しなさいよね」
「わ、わたしもハイドくんに剣術教えてもらいたいです!」
──こうして、俺に初めての弟子がふたりもできたのだった。